東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第十五話◆鋼の結束【後編】

 

 大岩の上に立つわたしと九尾は互いの背を預けながら、襲い来る妖怪どもを片っ端から始末していた。

「七時方向、八メートルほどに泥田坊。二時方向、九メートルほどに土蜘蛛女郎。十時の方向、十メートルくらいからショウケラ――」

「ショウケラは光に弱い。その他は――」

 わたしが半径十メートル以内の敵を捕捉し、九尾が解析して弱点を示す。この連携はわたし達の長所を存分に発揮した。

 空中の妖怪は魔法や妖術を食らって墜落し、地上の妖怪も同じく地に沈む。夜風が血と燃焼のにおいを鼻腔に運び、怒号と断末魔が耳に響く。

 数で圧倒していた妖怪どもは徐々に減少し、吸血鬼姉弟の攻撃回数もそれと比例した。メイドと黒マントが仕掛けてきたら、魔法と妖術の集中砲火で退かす。これを何度も繰り返した結果、吸血鬼らの手出しが確実に減っていった。

 思った通りだ。

 メイドと黒マントはやはり妖怪どもを盾にしていた。その証拠に、ときおり()えるメイドの異様な笑顔が陰っている。

 ……なぜ最初から九尾とこんな風に連携しなかったのだろう? お互い嫌い合っていたからか?

 いや、違うな……。わたし自身、素直に認めようとせず歩み寄らなかったからだ。今こうしてこいつと結束しているのは、わたし自身の意思に他ならない。

 博麗が口にした「単独行動から生じる結束力」の意味はこの事だと、今になってわかった。たとえ反目し合っていたとしても、困難に対して信じあえば不可能はない――という事か。

 結局のところ不器用なんだろうな、わたし達は……。

 そんな想いを馳せていたとき、妖怪どもの攻撃が激しさを増してきた。〈魔女の目〉で視える範囲の敵勢はあまりにも多く、九尾に情報を伝えづらくなったくらいだ。

 それをこいつが見逃すはずはない。素早く両腕を広げ、大量の〈ヒトガタ〉を全周囲にわたってばらまく。式の憑いた人を模す和紙から一斉に苦無弾(くないだん)が連射され、押し迫る妖怪どもを抑えこむ。

 その直後、「術式を組めっ!」との声が耳に飛び込んだ。叫び声ではあるが焦りや迷いは一切ない。

 九尾の指示を受けた瞬間、わたしは魔導服の両袖をまくり上げ、轟雷魔砲の詠唱を開始する。両手を胸元に運び、包み込むように合わせて浪々(ろうろう)と呪文をつむぐ。

 詠唱が進むにつれ両手の平へ青白い魔力が集束してゆく。魔力のかたまりは徐々に雷球と化し、両手と胸を圧迫しだす。それと同じく両腕に幾重もの魔法陣が浮かび上がり、小麦色の肌を照らし始めた。

 幼いころはこの肌にコンプレックスを抱いていたが、今は亡き母から「お母さんと同じ肌はいや?」と、さとされて気が楽になった覚えがある。

 思い出を振り払ったころ、両腕をつつむ複数の魔法陣が完成した。魔力を制御する低い音がなり、魔法使いにとって心地いいハーモニーを奏でだす。

 長い詠唱が終わると術式は組みあがり、直径六十センチほどに膨張した雷球からいくつもの微小な稲妻がほとばしる。電流特有の痛みが両手と胸に刺す。

 一見すると今にも暴発しそうだが、これでも安定状態だ。あとは引き金となる魔法名を口にするのみ。両手に雷球のしびれを感じつつ、詠唱のあいだ〈ヒトガタ〉でわたしを守り続けてきた九尾に叫ぶ。

「組み終えたっ!!」

「よし! やれっ!!」

 絶叫に近い合図を聞いた瞬間、稲光が乱発する雷球を斜め上空へと押し出す。

「轟雷魔砲〈テスラ・カノン〉」

 両腕を斜め上に突き出し、引き金の魔法名を発す。直後、両手から離れた雷球は満月の立場をうばった。雷球が八メートルほどの上空へ到達したそのとき、数多くの稲妻が激しい音をともなって妖怪どもの頭上に降りそそぐ。絶えることのない落雷が夜の平原を青白く染め、轟音が怒号や悲鳴をかき消す。

 雷球が稲妻を放つたび、複数の魔法陣が両腕に負荷をあたえた。動脈から毛細血管にわたって絞めつけるような激痛が走る。強力な〈魔砲〉の行使には、相応の魔力を魔法陣で制御する必要があるからだ。それに見合う効果は十分あり、雨のごとき雷が妖怪どもを感電死させる。九時から三時方向に視える範囲は、雷がまるで滝のように落ち、まさに“轟雷”そのものだ。

 攻勢に出たのはわたしだけじゃあない。詠唱の時間を稼いでくれた九尾も、さらに大量の〈ヒトガタ〉をばらまいて反撃に転じた。妖怪どもの隙間に潜りこんだそれは、「発」の掛け声とともに爆ぜる。三時から九時方向の敵勢は次々と自爆する〈ヒトガタ〉に成す術もなく巻き込まれ、身体を四散させた。

 わたしと九尾を中心とした半径十メートル以内の光景は、轟雷魔砲と狐狗狸散(こくりさん)によって地獄絵図を描きつづける。妖怪どもがこの世で最後の絶叫を上げているはずだが、雷鳴と爆音がそれをかき消す。焼け焦げと鮮血を嗅ぎすぎたせいか、鼻が麻痺したかのように何も臭わない。

 敵勢力が確実に数を減らすなか、九尾がわたしに心を開いたのだと突然理解した。

 長年こいつを嫌っていたが、今は心の底から信頼している。それまで抱えていた嫌悪感もわだかまりも、もはやどうでもいい。むしろ、「なんでこんな簡単なことが出来なかったんだ?」との後悔すらある。

 こいつが心を開かなかったら、このような逆転劇はあり得なかったはずだ。それに引きかえ、わたしは猜疑心(さいぎしん)を拭いきれなかった。だからこそ、こいつの信頼に応えなければならない。

 〈深読み〉は不要だ。わたしの心に従えばいいのだから……。

 

 雷球は消失し、満月が本来の立場を取り戻す。名もなき平原は妖怪どもの(しかばね)で埋め尽くされていた。そのほとんどは轟雷魔砲による感電死か、狐狗狸散による爆死かに分別できる。互いの切り札を出した甲斐があったようだ。

 死屍累々(ししるいるい)の平原を見渡している九尾が冷淡につぶやく。

「“盾”は、あらかた排除できたな」

 普段どおりの両袖合わす姿勢をとるこいつは相変わらずきつい表情だ。左上腕に巻かれたハンカチが真っ赤に染まっている。淡々とした口ぶりとは裏腹にかなり無茶をしたんだろう。きつめな顔が痛みをこらえているようにも見える。

 それはわたしも同様だ。威力も範囲も重撃魔砲を上回る〈魔砲〉の代償として両腕に激痛が走っている。両腕の表面全体には血が浮くように滲んでいた。はたから見れば赤い汗と思うだろうが、実際は毛細血管が少々傷んだためだ。

 両袖をまくったのは、魔導服に施した術式を気にしたからであり、それ以外の意図はない。

 痛みに耐えながら予備のハンカチで血をぬぐう。その後、残り一本の秘薬を飲み干し、〈魔女の目〉で慎重に周囲を視る。轟雷と狐狗狸散から逃れた数十体ほどの妖怪どもが散り散りにおびえて戦意を失い、十時方向およそ八メートル先にあの姉弟が突っ立っていた。

 黒マントは無表情のままだが、左手で十字架を担ぐメイドは明らかに動揺している。冷静なら引きつった顔で冷や汗をかくわけがない。それに、妖怪どもが一気に減ったとたん、まったく攻めてこなくなった。やはり本気を出せないみたいだ。

 何気なくメイドを見やると視線が合ってしまった。見据える(あお)い瞳は氷のような眼光を放ち、それまで引きつっていた表情が険しいものに変わっている。「よくぞ見破ったな!」とでも思ってるんだろう。

 空っぽの小瓶を右に投げ捨てたわたしは、厳しい顔のメイドに身体を向けた。

「おい、小間使い。『返礼をする』と言っていたが、こんな前菜(オードブル)で満足するとでも思ったか?」

 わたしの皮肉を受けたメイドの顔がますます険しくなる。

「小間使いではなく“ハウスキーパー”とお呼びください。わたくしは紳士淑女(しゅくじょ)に仕える淑女です。あなた方と一緒にしないで頂けますか?」

「おごりたかぶった暴君が紳士だと? 笑えない冗談だな」

 メイドの主張をわたしは一蹴した。

 紳士淑女ってのは、少なくとも気品と礼儀正しさを持つ者だ。断りもなくよそ様の領域へ踏み込み、一方的に侵略を図るようなやつが紳士なわきゃない。おそらく自分たち以外の命などクソ以下にしか考えていないのだろう。この姉弟の在来妖怪に対する行為から、伯爵の品位などたやすく推測できる。

 わき返る怒りを心に押し込んで睨み飛ばしていると、メイドはわたしの眼光よりも言葉に反応し、興味深げな表情を作った。

「スカーレット伯爵をご存知なのでしょうか? ……流暢(りゅうちょう)な言葉に洗練された格闘防御術。ただの魔法使いではないようですね。お名前をお聞かせ願えますか?」

 誰かと問われれば、人妖関係なく必ず名乗り上げるのがわたしの流儀だ。両腕の痛みをこらえ、腰へ手を当て伸ばした背筋でメイドの誰何(すいか)に答える。

芳賀峰(はがみね)妖子(ようこ)。どこにでもいるただの魔法使いだ。三途の川の死神に教えてやれ」

 自分でも過剰だと思える名乗り口上だが、外の世界から来た吸血鬼にはこれぐらいが丁度いい。無表情の黒マントはともかく、メイドは虚脱したような面立ちだ。わたしの迫力に度肝を抜かしたんだろう。

 そんなことを考えていると、背後の九尾が右に並んできた。

「どや顔をさらすのはいいが、彼女らは唯一神をあがめる敬虔(けいけん)な信教徒だ。三途の川も死神も通用しない。あの十字架を見ればわかるだろうに」

 いちいち揚げ足を取るこいつに、これまで信頼してきた気持ちがぐらつく。

 名乗り上げくらい好きにやってもいいじゃないか!

 辛辣(しんらつ)なツッコミに文句を言おうとしたその寸前、わたしの言葉をさえぎるように九尾が右手で制す。

「口を閉じろ。ここから先はわたしの領分だ。お前は口出しせずに大人しくしていろ」

 険しい顔を向けて偉そうな口調にむかっ腹が立ってきた。言い返そうとして九尾の左肩をつかむが、こいつはわたしの右手をつかみ返し、険しい顔を寄せる。

「その両腕の状態で何ができる? まともに使えないのだろう? 魔力は回復するだろうから、いつでも詠唱できるようにしておけ。いいな?」

 小声で指示を出すこいつの瞳にくもりはなく、決意めいた光を放っている。何か企んでいるようなので「何をする気だ?」と声をひそませて問う。九尾はわたしから視線を外し、メイドと黒マントに目を向けた。

「『わたしの領分』と言ったはずだ。お前の魔力回復と腕の痛みが治まる時間を稼ぐ。そこから先はカストミラとクロードを追い込み一点砲火。一本に集束させた妖怪レーザーと重撃魔砲を合体させれば、やつらの再生能力に要する妖力を上回るはずだ。少しでもわたしに信頼を寄せるのなら黙っていろ。そのあいだの安全は保障する」

 ここまで真摯(しんし)に言われると黙るしかなかった。こいつの領分というからには、わたしじゃ無理なことをするつもりらしい。

「……わかった」

 了承の言葉を聞くと九尾は無言でうなずき、それまで掴んでいたわたしの右手を離す。

 両袖合わす見慣れた姿勢をとると大岩の端へ歩き出した。九つの尾を揺らすたび、尾毛が月光を映し返す。確固たる決意あふれる背中に既視感を覚える。「白面金毛九尾の狐(はくめんこんもうきゅうびのきつね)」を髣髴(ほうふつ)する後ろ姿に、こいつと初めて出会った記憶がよみがえった。

 程なくして大岩の端に着いた九尾は、肺腑(はいふ)の限界まで息を吸いこむ。

「わたしは『妖怪の賢者』に仕える八雲藍(やくもらん)。一時休戦を提案したいが如何(いか)に?」

 極端に兵数を減らされたメイドは焦っているに違いない。向こうは本気を出せないし、これ以上の戦闘を継続する余裕なんかないはずだ。その弱味につけ込んで話し合いを持ちかけ、時間稼ぎというわけか。……こっちもジリ貧だが。

 九尾による虚言を用いた交渉は、ウソが嫌いなわたしにとって容易に認められることじゃあない。とはいえ、九尾を信じなかったせいで大混戦になったのは事実だし、余計な真似をしてこれ以上めちゃくちゃになるのはごめんだ。

 わたしの出る幕はなさそうだし、〈魔女の目〉を通して静観しとくか。

 そのように気持ちを切り替えたわたしは、まくっていた両袖を戻し、治まらない激痛に耐えながら腕組みをする。こいつに対するできる限りのフォローは、半径十メートル周辺の生き残った妖怪どもを警戒することくらいだ。

 真円を描く月に照らされた平原で、九尾の狐と女吸血鬼の駆け引きが始まろうとしていた。

 

 ……それにしても九尾のやつ、メイドと同様に声と唇の動きが一致していない。

 異国語を話す九尾に対し、嫉妬(しっと)羨望(せんぼう)の眼差しを向けるわたしがいた。

 

 続く。




・轟雷魔砲〈テスラ・カノン〉の元ネタ:BASTARD!!‐暗黒の破壊神‐の魔法「轟雷(テスラ)
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