東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

16 / 27
第十六話◇たばかり合う者たち【前編】

 

「わたしは『妖怪の賢者』に仕える八雲藍(やくもらん)。一時休戦を提案したいが如何(いか)に?」

 大岩の端に立つわたしと草地でたたずむカストミラの視線がぶつかり合う。

「八雲藍さんと仰いましたね。一時休戦とはどう言うことでしょうか?」

 先ほど告げたわたしの提案に、カストミラは巨大な十字架を片手で担いだまま(いぶか)しむ。表情も険しさが増し、碧眼から鋭い光を放っている。そのかたわらに立つ無表情のクロードは、殺意がこもった眼光を絶やさず発していた。

 わたしからやや離れた背後の魔女は、平原に散らばる四十体の妖怪を監視しているようだ。こいつなりのフォローらしい。

 ……あの両腕の状態にもかかわらず律儀なやつだな。

 向かい合うわたしとカストミラのあいだに緊迫した空気が張り詰める。神経を集中させているせいか、口内に酸味にも似た感覚が広がっていた。このような緊張感は嫌いではない。ゆえに気を緩めることなど(もっ)ての(ほか)だ。

 優勢に攻めていた者が一転して休戦を提案する。敵が訝しがるのも当然だろう。それは最大の好機とも言える。この話し合いはわたしの妖力と魔女の魔力を回復させる時間稼ぎだが、それと同時にカストミラの真意を探るまたとない機会でもあるのだ。

 わたしは背筋を伸ばし、毅然と答える。

「あなた方が本領を発揮できないことは察知している。それに至る事情もな。わたしとしては同胞だった者達をこれ以上殺したくはない。せめてこの場にいる者達だけでも解放して欲しい。そうすれば、あなた方の行為を我が主は許されるだろう」

「気付いていましたか。賢者の従者を名乗るだけあって優れた洞察力ですわね。感服いたしました」

 わたしの言葉にカストミラは愛想のいい笑みで返した。口端から覗く鋭利な牙が月光を反射させる。

 あの笑顔はこちらを警戒して作られたものだろう。自分らの弱味をにぎられ、わたしの狙いをうかがう。当然の反応だ。

 あの女吸血鬼、驚異的な能力の他に弁も立つようだな。そうでなければ弱味を握った相手に愛想笑いするはずがない。

 疑心が募りつつ、わたしは平静を装って答える。

「それはどうも。それで、解放していただけないだろうか?」

 わたしの声にカストミラはやや間を空けて返答した。

「条件によりますわね。わたくし達は、あなた方からみて侵略者にあたります。あなたの提案が『罠ではないか』、と疑いを抱いている事もお忘れなく」

 そう思うのは当然だ。返答の直前まで思考を巡らせていたに相違ない。ここは対等な立場であることを強調し、利害関係があることを示すべきだろう。

 わたしは咳払いをしたのち「失敬」と前振りした。

「そう思われても仕方がない。しかしわたし達も同じ疑惑を抱いている。この場がお互いの疑いを解くまたとない機会であると認識していただきたい」

 互いが対等の立場だと主張したわたしに、カストミラは愛想笑いを崩さずそのまま沈黙する。おそらくこちらに対する猜疑心(さいぎしん)が吹き荒れているのだろう。

 それでいい。じっくり悩め。長考するほどこちらにとって好都合だ。

 心中でほくそ笑んでいると、そよ風がわたし達のあいだに吹き込む。一陣の風は、妖怪の(しかばね)で埋め尽くされた大地からわずかに覗く草葉を揺らし、血と焦げが混じった不快な臭いを吹き飛ばしてゆく。まるで大自然が(よど)みきった大気を浄化させているようだ。

 耳にするのは風鳴りと草葉が擦る音のみ。それ以外は静寂が支配している。この長い沈黙が可能な限り続いてほしいと願っていたが、わたしの望みは叶わなかった。

「承知いたしました。では、わたくし達の要求を述べさせていただきます。そこの魔法使い、芳賀峰妖子(はがみねようこ)さんを差し出してもらいましょう」

「なんだって!?」

 カストミラが出した条件に、魔女は素っ頓狂な声を上げた。振り返ると、腕組みの姿勢で立つ魔女が大きく目を見開いている。

 驚愕した表情でそんな声を出されては、カストミラに付け入る隙を与えかねないではないか!

 わたしは「黙っていろ」と魔女を制したのち、正面に向き直る。

「理由を聞かせて欲しいのだが……?」

 聞くまでもない疑問をあえてたずねた。おおかたこの魔女を伯爵に献上するか、禁を破って吸血する気だろう。

 勢力の大半を失ったからには、主の下へおめおめと戻れるわけがない。仮にカストミラが伯爵へ叛意(はんい)を抱いているのなら、魔女の生き血を吸うつもりだ。

 いずれにせよ、到底のめぬ条件だな。もっとも、休戦する気もないが。

 わたしが推測を二つに絞り込んだと同時、カストミラはそれまで担いでいた十字架を草地に下ろす。月光に映える白肌の手を離すと、巨大な十字架が大地に倒れる。その際、腹に響くような音をたて、相当の重さだと実感した。

「愚問ですわね。伯爵への献上品に決まっていますわ。その要求をのんで頂けるのであれば、わたくし達はこの場に残った者達を解放すると約束いたしましょう」

 左の手の平を上に向け、カストミラは理由を明かした。愛想のいい顔を不気味な笑みに変えてはいるが、瞳から真剣さが伝わる。

 ……ふむ。推測した通りだが、こうもすんなりだとそれはそれで信用し難い。一人の人間に執着しているとも考えられる。狙いは魔女の血か? その理由を明確にさせる必要があるな。

 わたしは一度うつむき加減で顔をそらした。相手の要求に対し、ためらうような素振りを見せるためだ。この仕草でわたしが迷っているとカストミラに思わせれば主導権を握れるだろう。

 考えあぐねるふりをしたのち、わたしは正面を見据えた。

「たいへん心苦しいが、別の条件に変更願いたい」

「あら、それはなぜでしょうか?」

 わたしの返答にカストミラは怪訝(けげん)そうな表情を作る。小首をかしげる表情とは裏腹に、思考を巡らせているとみて間違いない。

 一人の人間と引き換えに妖怪四十体の解放。はたからみればこれ以上の好条件はないだろう。

 ――やつらにその気があれば、だが。

 紫様へ弓引く者は万死に値する。少なくともわたしは許さない。しかし、生き残った者達が相応の態度を示せば話は変わる。戦意を失った以上、敵にとっては取引材料以外に使い道はないだろう。

 幸いにもカストミラは話し合いに意識を集中しているようだ。もし攻撃の意思があるのなら、早くからわたし達に襲い掛かっていただろう。こちらの意図を察している様子はない。

 わたしはカストミラの本性を探るべく、深く息を吸い込んだ。

「今現在この魔女は、我が主である八雲紫様の所有物だ。主の許可を得ずして引き渡すわけにはいかない。主に仕える立場ならばわかっていただけるはずだ、“ミセス”カストミラ」

 魔女にその気はないだろうが、紫様の能力が施されているからにはその支配下だといえる。わたしはウソを言ったわけではいない。

 その直後、背中側から不快げな声を耳にする。

「誰が所有物だ?」

 話の腰を折られ、しかめた顔を逸らす。肩越しに振り向くと不快感をあらわにした魔女が睨んでいた。話を邪魔されたことに苛立ちが募る。

 この魔女、わたしとの約束を忘れたのか?

「大人しくしていろと言ったはずだ」

 小声で凄むが、それで引き下がる人間ではない。大事な場面にもかかわらず、こいつはなおも食って掛かってきた。

「それにあのメイドがミセスだと? 旦那は誰だ? 人狼か?」

 ……この魔女が「釈然としないことを明確にさせる」という性格を失念していた。こいつを黙らせるには、簡潔にハッキリと説明したうえで念を押す以外にない。

 小さなため息を漏らし、わたしは魔女に眼光を飛ばす。

「メイドの頂点たるハウスキーパーは、既婚や未婚に関わらず“ミセス”が敬称だ。わかったのなら口を閉じていろ。わたしが問うまでな」

 わたしの言葉に納得したのか、魔女は口を摘む仕草で応え、目深に帽子を被りなおす。

 まったく、下らぬ質問を場違いな時にしてくれる。やはり〈風呂のフタ〉だ、こいつは。

 わたしの苦悩をよそに、魔女は無表情の仮面を作っている。正面に顔を戻すと、微妙な表情をしたカストミラの姿があった。呆れるようなバカにしたような顔を向けられて心が乱れそうになる。それを「失礼」とごまかすと、カストミラは感嘆の吐息を漏らす。

「ほう……。ハウスキーパーの詳細を理解しておられるようですね。もっと早くあなたとお会いしていれば、いい友達になれたでしょうね」

 憂うような表情に加え、悲観ともとれる声を聞き、彼女の本心に思えてしまう。だがそれは親近感を持たせるための話術であり、向こうの条件をのませようとする魂胆に他ならない。

 ひとつ言えることは、魔女の身柄に固執している点だ。

 伯爵に忠を示して献上するか、それとも禁を破って吸血するか。

 魔女をどうするかでやつの本性がわかる。

 わたしは改めて表情を引きしめ、ただした背筋で毅然と答える。

「それはこの話し合いを終えた後にしよう。話を戻すが、仮にこの魔女を差し出したとして、生き残った妖怪達の安全が保障されるとは限らない――との懸念がある」

 わたしの言葉にカストミラの表情が再び気味悪くゆがむ。

 おそらくここが正念場と判断し、一気に畳み掛けるようだ。次の発言ですべてがわかる。それを聞き逃すまいと、わたしは全身を“耳”にした。

「約束は守りますわ。わたくしを含む館の者は、生命の重みを尊重しておりますから」

 左腕の幅を大きくするカストミラの言葉に、違和感が波紋のように広がる。違和感はすぐ憤りに変わった。

 妖精たちを(なぶ)り殺しておいて何が「生命の重みを尊重する」だ! 反吐が出る!! 生命の重みをわかる者が、他者に対してこうも暴虐を働くはずがない!!

 今の発言で、わたしはハッキリうそだと確信した。憤る気持ちを抑え、カストミラに矛盾を問いただす。

「……館周辺の妖精らを嬲り殺し、湖近辺の妖怪達に対する酷な扱い。それらの行為におよんだ理由をお聞きしたい」

 低い声で問いかけたわたしに、カストミラはいたって落ち着き払った態度で返す。

「その件に関しましては、すべて伯爵のご命令に従った結果ですわ。わたくし達も本当はこのような酷い事などしたくはなかったのですが、主の意思を優先させる事こそ従者の務め。この心得は、同じ立場であるあなたでしたならおわかり頂けると思うのですが、八雲藍さん?」

 カストミラの弁明を聞いた直後、わたしは心中で呆れ果てた。

 筋は通っているが、それだけだ。口数が多い割にはあまりにも薄っぺらい。おおかた献上品の話も大ウソだろう。

 この程度の弁舌でわたしを言い包められると思っているようなら、馬鹿にしているとしか考えられん。

 カストミラの異様な笑みに今更ながら嫌悪感を覚える。明らかにわたしを――いや、幻想郷に住む者を愚弄(ぐろう)している態度だ。

 しかし、感情をあらわにするわけにはいかない。なぜなら話し合いはまだ終わっていないからだ。

 どうやらこちらを舐めきっているらしい。ならば受けて立つまで。ご破算させるには、それなりのきっかけが必要だな。

 募る嫌悪を心の奥へ追いやり、わたしは顎を引き、抑揚(よくよう)のつかない声でカストミラに問う。

「つまり、本意ではなかった――と?」

 わたしの言葉に対して女吸血鬼は左手の平を上に向け、過剰なほど笑顔を見せる。

「わたくしの意思よりも伯爵の意思が大事か、と問われておいでですか? ええ、その通りですわ」

 カストミラの返答に、わたしは話し合いの潮時を悟った。

 質問を都合よくすり替え、体裁を取りつくろったか。聞いてしまえば意外とあっけない最後だな。だが、茶番劇の幕引きとしては丁度いい。後は“打ってつけなやつ”にこの場を破綻させるだけだ。

 わたしはカストミラから視線を外し、肩越しに背後の魔女を見やる。

「――だそうだが、聞いていたのだろうな?」

 あらゆる事柄を〈深読み〉するこいつのことだ。話し合いの内容を聞き、カストミラのウソに気づいているとみていいだろう。

 わたしの問いに魔女は腕組みを解く。

「ああ、全部聞いていた。メイド、わたしにウソは通用しないぞ」

 魔女は腰に両手を当て、無表情で冷たい眼光を飛ばす。こいつの目線をたどると、わずかに頬を引きつらせているカストミラの姿があった。気味の悪い笑みを崩さないことから、おそらく動揺を隠しているのだろう。

 さて、魔女の詰問にどのような弁明をほざくか……。見ものだな。

 わたしは正面のカストミラを見据えた。

「ウソですって? 何を根拠にそう仰るのでしょうか?」

 白を切る女吸血鬼に対し魔女の言葉が容赦なく襲う。

「お前は最初から妖怪どもを解放する気がなかった。むしろ追い詰められた際の取引材料程度にしか考えていない。わたしの身を『献上品』と称しておいて、隙を突いて吸血するつもりでいたな?」

 カストミラの笑みが陰る。どうやら図星のようだ。

「それと“質問に質問で返し、自分が発した質問に答えた”。互いの立場をわきまえた話し合いにもかかわらず、自分が賢いように見せてわたし達を格下扱いした証拠だ」

 その点に気づいていたか。この魔女、意外と抜け目がない。その証としてカストミラの笑みが完全に消え失せている。

「そもそも、首にさげた十字架と相反する行動をしておきながら、それは伯爵の命令だとぬかす。チグハグじゃないか! お前は(しゅ)(あるじ)、どちらに仕えている!?」

 語気を強める魔女に指差され、カストミラは「それは……」と声を詰まらせた。頬がますます引きつり、額に油汗を滲ませたその表情は、隠しきれない動揺に他ならない。

 二十を数える時間が経ったころ、黙り込んでいたカストミラが口を開く。

「……それは伯爵に決まっていますわ。伯爵は、わたくしを含むすべての従者に、これまでと変わらない生活を約束されたお方です。わたくし達が不本意であったとしても、従者達の未来を危惧されたことに変わりはありません」

 己の胸に左手を当て、カストミラは熱弁をふるった。真剣な表情と眼差しから本心を明かし、熱意を伝えようとする努力がうかがえる。しかし、わたしには無意味だ。

 一聞するともっともらしいことを言っているが、その実きれい事で飾った責任転嫁に過ぎない。それに加え、彼女らが紫様の提唱される「変化を求める心」を理解するとは思えん。

 化けの皮が剥がれたな。

 カストミラの返答に両拳を引き込んで「ふざけるな!」と魔女が怒鳴る。それを後ろ手で制し、わたしは紫様のお言葉を引用した。

「……紫様は、『変わらぬ時代に固執する者』を必要とはしないお方だ。これ以上の話し合いは無意味。お前(・・)とは友達になれないな、ミセス」

 冷たく放ったわたしの言葉を受け、女吸血鬼は呆然とたたずんでいた。その瞳に光はなく、さんざん見せていた不気味な笑みなど微塵もない。

 余裕がないほど追い詰められたのだろう。叩くのなら今だ。

 わたしは振り向くことなく背後に立つ魔女へ確認を求める。

「準備はできているんだろうな?」

「いつでも」

 口数少なく答えたことから、魔力と腕の痛みは回復したようだ。

 身体中に流れる妖気が満ちあふれる。わたしは妖力が全快したと実感した。

 そのとき、カストミラの表情が悲哀一色に急変した。瞳をうるませて目尻が下がったその面立ちは、心の底から嘆いているように思える。

 いったい何の真似だ……?

 猜疑心であふれかえるわたしをよそに、カストミラの口から悲観する言葉が出る。

「わたくしは真実だけを申し上げております。すべて伯爵の命令に従った結果であって、わたくし達の本意ではございません。館にいるほとんどの者は敬虔(けいけん)な信教徒です。『汝の隣人を愛せよ』との戒律を守る以上、この期に及んでなぜウソをつけましょうか? どうかわたくしの話を信じてください」

 左腕の幅を広げ、カストミラはわたし達に懇願を示す。その態度を目にしたわたしは再び呆れ果てて吐息し、魔女に至っては大きく肩をすくませていた。

 まだ茶番を続ける気らしい。どうあっても魔女の身を確保するつもりか? だとしたら、やつの考え方は人間以下のようだ。ならば逸早く魔女との合体攻撃でまとめて滅ぼすとしよう。

 腹の虫が暴れるような気持ちを抱えたわたしは、浅はかな吸血鬼をどのような策で一箇所に追い込むか思案する。

 視界に一匹の蝙蝠(こうもり)を捉えたのは、そんなときだった。

 

 続く。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。