東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第十七話◇たばかり合う者たち【後編】

 拠点の方角から飛来した一匹の蝙蝠(こうもり)は、わたしと魔女ふくむ平原に存在するすべての者達を確認するかのように、満月が浮かぶ夜空を旋回し続けていた。夜半に蝙蝠など珍しくもないが、黄金の輝きを放つとなると話は別だ。

 ただでさえ目立つ黄金の蝙蝠は、この場に生存する者たちの目をとらえて離さない。特にカストミラは強い反応を示し、それまでの悲観さがウソのように消え、表情を引き締めている。その背後にたたずむクロードは相変わらず無表情のままだ。

 おそらくあの蝙蝠が伝令と思われるが、それにしては到着が遅すぎる。もしや紫様の方にも何か支障をきたしたのかもしれない。

 わたしの心に不安の嵐が吹きすさぶ。

 すぐにでも紫様が居られる拠点に駆けつけたいが、それはできない。我が主は「作戦が破綻した場合は各自の判断に任せる」と仰っていた。敵を目の前にして主の元へ赴くことは、戦闘を放棄することに他ならない。それはわたしに変革の道を示された紫様の意思に背く行為だ。

 主の期待に応えることこそ従者ができる最大の恩返し。わたしはまだ紫様に恩を返してはいない。

 そのように新たな決意をしたとき、魔女が左隣へ歩み寄ってきた。

「……あの派手な蝙蝠が伝令らしいな」

 顔を向けると、こいつは腕組で夜空の蝙蝠を仰ぎ見ていた。月明かりに照らされた顔はクロード張りの無表情だが、瞳に疑惑を見抜こうとする色がある。どうやら〈深読み〉しているようだ。

 それにしてもこいつ、いったい何を根拠に〈深読み〉している?

 わたしが思案するなか、魔女は視線を正面に戻して結論づけた。

「今ごろになって到着という事は、博麗達にも何かあったか?」

 そのような推測を立てた魔女に心中で嘆息する。わたしとまったく同じ考えを口にしたからだ。

 同じ結論に達するとは大した妄想力だな。もしや紫様は、こいつの〈深読み〉を未来予測の一種と認識していたのかもしれない。……そういえば、あの巫女も直感を「(かん)のささやき」とか言っていたな。

 それは後で考えるとしよう。今は伝令の動きが重要だ。

 わたしは夜空に羽ばたく蝙蝠を再び見やる。

 名もなき平原を隅から隅まで探るように飛び回った黄金(こがね)色の蝙蝠は、やがてカストミラの顔前へおもむき、そして滞空した。その直後、女吸血鬼の引き締めていた表情がつのる。わたし達にさんざん見せ付けていた薄気味悪い笑みはない。どうやらあの蝙蝠はカストミラよりも格上な吸血鬼のようだ。

 黄金(こがね)の蝙蝠が叫ぶ。

「カストミラ! 現状任務を放棄して今すぐ戻りなさい!」

「これは四天王のジョセフィーヌ様。そんなに慌ててどうなさいました?」

 ジョセフィーヌと呼ばれた蝙蝠がひどく動揺した声を張り上げる。それに対し、カストミラは落ち着いた態度を取っていた。

 やはり幹部か、あの蝙蝠。それにしてもあの慌てようはなんだ?

 わたしは聴覚に意識を注ぐ。

「二時間ほど前、二人の襲撃者が館に殴りこんできたわ。最初はたかが二人と(あなど)っていたけど、想像以上の被害が出てるのよ。『賢者』と名乗る妖怪はわたし達四天王で辛うじて抑えてるけど、もう一人の女が問題だわ! 人間のくせしてあの女、中庭の武装グールも人狼部隊も壊滅状態にしてくれちゃって……! 伯爵自ら中庭に迎え出ると仰ってるわ!」

 語尾に近づくほど蝙蝠の焦りが増してゆく。そんな彼女に「なるほど。それは大変な問題ですわね」と答えるカストミラだが、落ち着き払った態度が不自然に見えた。何かバツが悪そうな素振りだ。

 不自然な態度のカストミラに、ジョセフィーヌと呼ばれた黄金の蝙蝠が「何をのんきなこと言ってるの!」と声を荒げる。彼女らの会話を聞いていたわたしの心は疑問であふれ返っていた。

 話の内容から、紫様は四体の手練(てだ)れを相手に奮闘されているようだ。だがあの〈昼行灯(ひるあんどん)〉、紫様を差し置いて伯爵と勝負するつもりか!? 出しゃばるにも程がある!

 わたしが心中で憤っていると、隣の魔女は誇らしげにつぶやく。

「博麗、絶好調じゃないか」

 左に視線を向けると、無表情だった魔女が八重歯を覗かせていた。腕組みを崩さないこいつの表情は、先走った時とは別人のような信頼に満ちた笑みを浮かべている。

 調子のいい事をぬかすやつだ。誰のお陰でその自信を取り戻せたと思っている……!

 心中でぼやいて正面へ向きなおり、わたしは再び全身を“耳”にした。

 一方的にまくし立てる蝙蝠へカストミラが適当な相槌を打ち続ける。その光景は蝙蝠の発言によって崩された。

「現地調達した雑兵(くずども)がことごとく()られてるのはどういうわけ!? あなた、こんな辺ぴなド田舎の負け犬二匹にやられて恥ずかしくないの!?」

 図らずとも蝙蝠の口から真実が暴かれ、カストミラの表情が急激にくもる。

 カストミラが「あ……」と漏らした直後、わたしは魔女に「今の聞いたな?」と確認したところ、「なにが『隣人を愛せよ』だ」と、しかめっ面で返してきた。

 ウソを上塗りした報いだな。

 血の気が引くカストミラを無視し、蝙蝠は立て続けに責め言葉をぶつけた。

「制圧完遂の褒美に吸血解禁を伯爵へ願い出たのはあなたじゃない! どう見ても失敗としか思えないわ! 今すぐ撤退して救援に来なさい! わたしの言葉は伯爵の言葉よ!」

 沈黙するカストミラを見たわたしは、事の大筋を理解した。

 

 伯爵は姉弟の真価を恐れ、吸血禁止を命令。その命令に不満を抱えてきた姉弟は、幻想郷侵攻の手柄と引き換えに解禁を望んだ。

 伯爵の目的が「住み難くなった外の世界を捨て、新天地として幻想郷を選んだ」と仮定すれば、姉弟の望みを聞き入れてもおかしくはない。征服してしまえば(かて)となる人間を独占し、優位に立てるのだからな。

 以上の点をまとめると、カストミラは伯爵に踊らされているようだ。女吸血鬼がそのことに気づいているのなら、伯爵は手強い反逆者を生むことになるだろう。

 

 ――そんなところか。身から出た錆とはよく言ったものだ。

 使い古された(ことわざ)を思い出したそのとき、蝙蝠からの叱責に押し黙っていたカストミラの妖気が増大しだした。わたしはそれに凍てつく殺意を感じ、先ほどまとめた推測を思い返す。

 わたしの推測が正しければ、最悪な局面だ!

 魔女も殺気を感じてか、無表情で身構えている。

 カストミラの表情がゆがむ。血色を取り戻した頬――。

「承知いたしました。そちらは劣勢なのですね?」

 吊り上った口端――。

「だからさっきから言ってるでしょ!? わかったらさっさと――」

 とつぜん蝙蝠を掴んだ左手――。

「ジョセフィーヌ様。伯爵にお伝え願います」

 月明かりを反射させる牙――。

「伝えるって何よ!? それ以前にその手を離しなさい!!」

 冷たく光る碧眼。そして――。

「ここから先は競争です――とねっ!!」

 満面に広がる不気味な笑み。

 離反を宣言した女吸血鬼は、立場が上であるはずの蝙蝠をにぎりつぶした。周囲に絶叫が響き、金粉にも似た粒子が霧散する。

 吸血鬼の能力のひとつとして「蝙蝠の群れへの変化」があるが、損失すると相応の苦痛を伴うようだ。

 握った拳を顔前で凝視したカストミラは、程なくして不気味な笑みを一層ゆがませ高らかに笑い出す。腹の底から発す笑い声は実に禍々(まがまが)しく聞こえ、名もなき平原のすみずみまで響き渡った。背後に控えるクロードの無表情さと差があり過ぎるせいか、その笑顔はわたしと魔女や周りの妖怪達を黙らせるほどだ。

 魔女の固唾(かたず)を飲む音が耳に入る。カストミラの奇行に肝を冷やしているのだろう。

 ひとしきり笑うと、カストミラはこちらに視線を移す。興奮が落ち着いたのか、いたって穏やかな面立ちだ。その穏やかさが不安を増大させた。

「失礼いたしました。身体の一部を潰されたくらいで大げさに絶叫しなくてもよろしいでしょうに。吸血鬼の恥さらしですわね」

 言い終えたのち、痛快な笑い声を上げた。やがて彼女は落ち着いた態度で話し出す。

「これほど晴れやかな気持ちは久方ぶりでしたので、少々はしゃぎすぎてしまいましたわ。それにしても良いものですわね、正直になる事は。あなた達もそうは思いませんか?」

 それまでの鬱積(うっせき)を晴らしたかのような余韻にひたるカストミラだったが、清々しい顔とは真逆の殺意を放つ。

 何と言うことだ。やつめ、追い詰められた挙句に開き直ったか!

 戦慄(せんりつ)を覚えたわたしは、周りの妖怪達へ叫んだ。

「お前達、紫様に謝罪の意思があればすぐ逃げろ! 口添えはしてやる! とにかく逃げろ!」

 逃走を促したのは戦闘の邪魔になるからであり、何もこいつらを許した訳ではない。

 戦意を失った妖怪達は、わたしの叫びを理解していっせいに逃げ出す。だがその直後、複数の稲妻と槍鞭(そうべん)が妖怪達を襲う。

 あの姉弟、使い道がなくなった妖怪達を始末する気だ!

 次々と妖怪が倒れるなか、左から魔力の集束を感じた。隣を見たその瞬間、般若(はんにゃ)の形相の魔女が魔法を行使する。

「爆裂魔法〈スプレッド・フォース〉」

 手毬(てまり)ほどの光弾がカストミラ目掛けて一直線に飛ぶ。着弾後、爆発の光と音が夜を支配する。爆裂魔法を食らった姉弟は、爆発の衝撃によって身体を四散させた。だが、強力な再生能力によって数十秒もたてば復活を果たす。妖怪達を逃がすための時間稼ぎだろうが、一度悪だと決めたこいつがたやすく考えを改める訳がない。

 わたしは疑問を般若顔の魔女にぶつけた。

「悪必滅を貫くお前らしくもない。どういう心境の変化だ?」

「優先順位を守っただけだ。それにあのメイドのやり方が気に入らん」

 即答した魔女は、般若の形相から無表情に変え、こちらを向く。わたしを見据える瞳は、熱い光を絶えずともしている。信念を変えたわけではないようだ。

 十七体の妖怪が犠牲になったが、こいつのお陰で残り二十三体は逃げ切れたのだから文句などない。

 奇妙な満足感を得て安堵するわたしに魔女の頬がゆるむ。

「お前らしくないぞ、その顔。それよりも、どうやってやつらを一箇所に追いやるか教えてく――」

 そのとき、わたしの視界から魔女が消えた。横合いからの突風が魔女をさらったのだ。右の耳に魔女の絶叫が聞こえ、そして遠のく。強烈な風がわたしの衣服を左から右へなびかせる。風上を背にしてこらえながら目にしたものは、およそ十五メートル吹き飛ばされて草地に転がる魔女の姿だった。おそらくカストミラが突風を起こしたのだろう。

 状況を把握した直後、焦燥の津波が襲う。

 これでは合体攻撃ができない!!

 急いで魔女の元へ向かおうとするも、わたしの前にクロードが立ちはだかった。無表情から放つ殺気があらゆる行動を奪う。阻まれたことへの焦りは瞬時に怒りとなって身体を震わせた。

「どけっ!」

 怒鳴り声が聞こえないようなクロードの反応のなさに、怒りが倍増する。

 眼光をぶつけるわたしの真上からカストミラの声が響く。

「クロード。わたくしが血を吸うまでのあいだ、八雲藍さんの相手をなさい。頼みましたよ」

 夜空を見上げると、嬉々とした表情のカストミラが魔女の元へと飛び去っていった。このときになってわたしはカストミラの真意を悟る。開き直った吸血鬼は死兵よりもタチが悪い。

 蝙蝠を握りつぶす直前、「ここから先は競争」との発言から伯爵と争うことは明白だ。吸血鬼同士の覇権争いによる被害は予測できない。そうなれば幻想郷は戦国時代どころか真の意味で地獄と化す。「敵の敵は味方」とはいうが、これほど宛にならない言葉はない。

 カストミラの叛意(はんい)を予想しておきながら、それをみすみす許してしまうとは……。明らかにわたしのミスだ。

 このときばかりは詰めの甘さを思い知った。

 何としでもカストミラの吸血を阻止せねばならん。幻想郷をカストミラと伯爵との戦場にするわけにはいかない。そのためには眼前のクロードをかい潜る必要がある。

 紫様が真摯(しんし)に愛しておられる幻想郷の防衛。それがわたしに与えられた使命なのだ。

 

 続く。

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