東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第十八話◆不退転【前編】

 

 突風に飛ばされたわたしは正直いって参っていた。なぜなら、開き直ったメイドと一対一の戦いを強いられたからだ。

 本来の予定では、九尾と吸血鬼姉弟をどこか一箇所へ追い込み、一本に集束させた妖怪レーザーと重撃魔砲による合体攻撃でおしまいのはずだった。ところがわたしはメイドに吹っ飛ばされ、九尾は黒マントに阻まれたといった状況だ。なんとかして九尾と合流したいが、メイドはその隙を与えてくれない。どうやら合体攻撃は出来そうもないようだ。

 魔力が全快したとはいえ秘薬を使い果たしたこっちと違い、あっちは満月が浮かんでいる限り無尽蔵な妖力を持つ。メイドがいつから血を吸っていないか知らないが、人間と吸血鬼との力の差は歴然。しかも満月のお陰でパワーアップしているのでタチが悪い。

 この不利な状況のなか、わたしは思考をフル回転させた。その結果、三つの可能性を見出す。

 一つ。妖力を封じる。魔法なら封印できるが、そもそも魔力と妖力は別物なので却下。

 二つ。妖力の源をつぶす。満月の破壊は不可能だし、霧の魔法で月光を遮断しても、メイドが繰り出す突風に散らされるのでこれも却下。

 三つ。メイドを力押しで倒す。九尾が言うには、「再生に必要な妖力を超える攻撃力なら倒せる」らしい。

 増術魔法で重撃魔砲を底上げできるはずだが、一度も試したことがないし、たぶん合体攻撃の威力には及ばないだろう。しかし、現時点で実行可能な手段であるし、やる価値は十分にある。それに九尾と合流できないのでこの方法以外にない。

 わたしはとんでもないゴリ押しを選ぶしかなかった。

 

 大岩から十五メートルほど離れた平原の草地に、わたしとメイドは向かい合っていた。その距離およそ五メートル。吸血鬼にとっては一足飛びで縮められる距離だ。

 右手をロングスカートのポケットに突っ込んだままのメイドは、異様な笑みで冷たい眼光を放つ。在来妖怪らを掃滅させたときの動揺は微塵(みじん)もない。むしろ開き直ったことで余裕を取り戻したとも言える。なんせ吸血禁止を命じた伯爵から離反したんだから当然だ。

 狙い定めるような眼差しが恐怖をあおる。

 やばいから逃げろ! 死ぬ気か!? どう考えても勝てっこない!

 頭脳に危機を知らせる警告が響く。しかし悪必滅の三文字がそれを上回り、わたしをこの場に留まらせた。

 自分自身の士気は問題ないが、〈魔女の目〉は万全とは言いがたい。太陽を直視したのと同様に、ヴィジョンが薄っすらと焼きつきを起こしている。逃げたはずの妖怪どもが(おぼろ)げながら()えてしまうので〈魔女の目〉はもう限界だ。だが解除できない理由があった。

 ……メイドが巨大な十字架を持たないのが気になる。あれだけ重そうな得物を担いでいたんだから、おそらく身軽になるため手放したんだろう。てことは天狗以上の速度を持つと思われる。その動きを把握する必要があるので、このまま発動し続けるしかない。

 そんなことを考えていると、メイドは気味悪い笑みのまま左の人差し指を突きつける。

「しばらくぶりの生き血ですから、それ相応に味付けさせていただきますわ」

 ゆがめる笑顔と嬉しそうな声に寒気が走る。

 味付けと言うからには、人喰い妖怪と同じく精神的に追い詰め、絶望させたところで吸血するつもりだろう。

 かすかに舌を覗かせるメイドに対して、わたしは飛行魔法で草地から足を浮かせた。こいつの動きにいつでも対処できるようにするためだ。

「やなこった。吸血されてたまるか。どうしても血を吸いたければ(しゅ)に祈れ。『哀れなわたくしに生き血を与えたまえ』とな」

 地表すれすれに滞空するわたしは、はやる気持ちを抑えつつ詠唱し始める。その隙を突いてメイドが跳躍した。左腕を後ろに引き、一瞬で距離をつめる。わたしの顔めがけて貫手(ぬきて)を放つ。それを寸前でかわす。右頬が風圧に揺れる。

 天地が逆転したのはその直後だった。竜巻に飲まれたわたしは一瞬で上空へ吹き飛ばされる。

 意思に逆らい上昇する身体。呼吸すらままならない強い風。

「強風にお気をつけなさいませ」

 メイドの声が遠のくころには十メートルほど飛ばされ、全身が悲鳴を上げる。だが、わたしにとっては好都合だ。組み終えたこの魔法は一定の距離を取ることで効果がある。

 夜空に放られたわたしは、崩した体勢のまま両腕を広げた。

「分身魔法〈ブランチ・フォース〉」

 左右に三つずつ光球が飛ぶ。横一列に並んだそれは、すぐさま“わたし”となった。これは魔力で作った幻影であり、六人分の攻撃力になったわけじゃあない。だが目くらましの効果としては十分だ。

 やがて、地表すれすれまで降下した“わたし達”は右腕を同時に突き出す。やつとの距離は約七メートル。その距離を保ち、増術魔法の詠唱を始める。

 メイドは驚くでもなく口を開いた。

「あらまあ、たくさん増えましたね。本物はどれなのでしょうか?」

 七人のわたしを見渡すメイドは、ワザとらしく左頬に手を添えた。

 ……いちいち鼻につく仕草だ。

 (はらわた)煮立つ気持ちを抑えて答える。

「七分の一の確率だ。当たれば特賞を、外れたら残念賞をくれてやる」

 横一列に並ぶ七人のわたしから同時に答えられ、メイドは片眉を吊り上げる。本体を見抜こうとしているようだ。そのあいだ、あちこち移動させた幻影にまぎれて右方向へ動く。メイドは顔と目で幻影を追っている。

 わたしは呪文をつむぐ。メイドを中心に、半径七メートルほどの範囲で滑空する幻影らが詠唱しだす。右手に集まった魔力が金色の輝きを放ち、術式は完成した。右腕を夜空へかかげ、魔法名を発す。

「増術魔法〈ブースト・フォース〉」

 その直後、わたしの身体は金色のオーラで覆われた。当然メイドを囲む幻影もオーラに包まれる。

 この魔法は、次に行使する魔法の威力を四倍まで増幅できるんだが、魔力の消費も相応に跳ね上がってしまう。これで重撃魔砲を最大まで増幅すれば、わたしの魔力はほとんど残らないはずだ。合体攻撃に比べたら威力は劣るだろうが、九尾と合流できないからには自前で何とかするしかない。

 チャンスも行使も一回限り。外せば後がないが当てれば望みはある。

 ……大丈夫。きっとうまくいく。

 プレッシャーに押しつぶされそうな気持ちを奮い立たせる。わたしは右袖をまくり上げ、重撃魔砲の詠唱を開始した。

 

「わからない魔法使いさんですね。その魔法はわたくしを含む吸血鬼には通用いたしませんよ」

 周りの幻影を目で追いつつ、メイドは薄気味悪い笑みを浮かべていた。再生能力からくる自信だろう。だからこそ増術魔法をかけたんだ。

 六つの幻影を操り、わたしは口を開く。

「この〈魔砲〉は特別だ」

 七人のわたしが八方から答えると、メイドは十時方向の幻影に身体を向けた。

 わたしは詠唱を続ける。右手に銀色の魔力が少しずつ集束し、右腕にも複数の魔法陣があわく浮かぶ。増術魔法の影響か、集まる魔力が右手をしめつける。魔法陣も同様に右腕を圧迫しだす。

 最大まで増幅した重撃魔砲を行使すれば、わたしの右腕はただでは済まないだろう。なんせ、こんなのは初めての事だからな。当然、必中させなければならない。

 焦燥と不安と重責がない交ぜになる。そんなとき、信念である「悪必滅」の三文字と、果たすべき博麗との約束が頭に浮かび、わたしを勇気づけた。

 重撃魔砲の術式が組み上がるなか、メイドは手近な幻影相手に動きだす。

「こちらでしょうか?」

 そうたずねながら均整のとれた身体をひるがえす。

 なびく黄金(こがね)の短髪と藤色のメイド服。バランスを取る左腕とポケットに突っ込んだままの右腕。裾が広がるロングスカート。限界までひねる上半身。真横に構える陶磁器のような白い右足。

 直後、メイドは藤色の旋風と化す。繰り出した回し蹴りが“わたし”をとらえる。高速の蹴りを食らった幻影は砕けるように左方へ飛び散った。一度は耐えたとはいえ、あれをまともに食らったらと思うと全身が凍りつく気分だ。

 手応えのなさにメイドは「あら? 外れでしたか」とつぶやき、周りを見渡す。まるでくじ引きを楽しむかのような表情だ。その姿を視ながらわたしは詠唱し続ける。もちろん一定の距離を保つことも忘れない。

 魔力と魔法陣の密度が増す。

 術式が組み上がるまであと少しだ。それまでの時間がほしい。

 そう考えたわたしは、時間稼ぎも兼ねてメイドに問いかける。

「そんなにわたしの血を吸いたいか?」

 八方からの“わたし達”に問われ、メイドはいちばん近い幻影を見据える。

「当然ですわ。それが吸血鬼の(さが)だと言えますから」

 異様な笑みで答え、メイドは左手を垂直に素早く振りおろす。その瞬間、幻影のわたしが真っ二つに裂けた。たぶん真空波だろう。両断された幻影は左右に分かれて霧散する。

 これで残り四つか……。

 分身の数が減るたびに不安と焦りが募りゆく。気持ちを落ち着かせるため、わたしは大きく息を吸いこみ、そして吐きだす。幻影も同様の動作をする。

「それならさっさと吸えばよかっただろうに。なぜこんな回りくどい事をする?」

 メイドは気味の悪い笑みを崩すことなく返す。

「先ほども申し上げましたが、久方ぶりの生き血です。ただ吸うだけでしたら造作もありませんが、それでは余りにももったいないと思いまして。せっかくありつける血ですから、相応の味付けを施さなければなりません」

 月明かりが鋭い牙を冷たく光らせた。メイドは幻影の動きを注視している。視線が合うたびに冷や汗をかく思いだが、やつはどれが本体か察知していないようだ。

 それにしてもこいつ、人喰い妖怪と同じ理屈をぬかしやがる。わたしに言わせれば、人の血なんて鉄錆くさい水に塩を混ぜたような味だ。それを味付けするなど、ジュースじゃあるまいし……!

 命をもてあそぶような口ぶりに熱いモノがふつふつと込み上がる。わたしはメイドとの距離を保ち、義憤を抑えながら反発した。

「お前の口ぶりだと、人間の血は絶望的な恐怖で味が変わる、と聞こえるな」

「人間のあなたには理解できないでしょう。しかしながら人の生き血は心を追い込むことによって熟成されるのです。『芳醇な香りの赤ワイン』とでも申しましょうか」

 周囲の幻影を見回し、独自の理屈をほざくメイドにわたしの苛立ちは倍増した。

 魔法に関する事しか取柄のないわたしだが、人並みの宗教知識ぐらいはある。記憶違いじゃなければ、十字架を持つ信教徒は「殺害」「強奪」「偽証」などは禁じられているはずだ。

 それなのにこいつらは妖精を(なぶ)り殺し、妖怪達の自由を奪い、「それは本意ではなかった」とウソをついた。それと九尾との話し合いのなか、「隣人を愛せよ」とかぬかしたのも記憶に新しい。

 どう考えても矛盾してるじゃないか!

 苛立ちのあまりわたしは語気を強める。

「大罪をさんざん犯しておいて何が『赤ワイン』だっ! そんなんでよく信教徒だと言えるな! なにもかも矛盾だらけじゃないか!!」

 四方からの異口同音にメイドはたじろがず、右方向の幻影へ碧眼を向ける。

「あなたの仰るとおり、たしかにわたくしは罪を犯しました。ですが、戒律には例外があるのです。あなた方のような異教徒どもに対しては、(あや)めても奪っても偽っても(しゅ)はお許しになられます」

 当然だと言わんばかりの態度に反吐が出そうだ。

 こいつ、戒律とやらを曲解してやがる! 異なる宗派の者には何をやっても許されるとでも思っているのか!?

 こめかみの血管が激しく脈打つ。憤慨(ふんがい)すればこいつに付け入る隙を与えることになる。だが怒りをぶつけずにはいられなかった。

「異教徒だからという理由だけで、なにも罪のない者達を地獄に落とすのか!?」

「それは違いますわ。これは救済なのです」

 メイドの言葉に耳を疑う。

 暴虐(ぼうぎゃく)行為が救済だと!? 何を言っているんだ、こいつ!?

 憤りは瞬時に疑問で上書きされてしまった。そんなわたしを尻目に、メイドは気味の悪い面立ちで言葉をかさねる。

「数多くの罪を重ねた異教徒は、残酷な目に遭うことで罪の(けが)れが清められ、天国へと旅立てるのです。わたくし達は『(しゅ)の代行者』とでも申しましょうか。ですのでこれは(しゅ)による救済であり、それを代行するわたくし達の魂も救われるのです」

 平然と言ってのけ、メイドは幻影に向けて貫手を放つ。左手につらぬかれた幻影は、衝撃波を食らったように後方へ飛び散る。消えゆく幻影を「おかしいですね。くじ運が悪いのでしょうか?」と、メイドは残念そうに眺めていた。

 これで残りは三つ。

 メイドの話を要約すると、「殺しも盗みもウソも救済だから戒律を破っても許される」ということらしい。

 冗談じゃない! そんなのは大罪を犯すための口実じゃないか!

 こんなあぶない考え方をするやつが幻想郷に存在したら、住民は地獄を味わうだろう。そうなったら無念の想いを残す犠牲者はもちろん、残された者の憎悪や悲哀の連鎖が永遠につづく。こいつを生かしておく訳にはいかない。

 わたしの中に憎しみのような気持ちが広がる。

 ……何がなんでも必滅してやるっ!!

 

 続く。

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