東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第十九話◆不退転【中編】

 

 わたしの中に憎しみのような気持ちが広がる。

 ……何がなんでも必滅してやるっ!!

 怒りが右手と右腕の痛みを薄れさせたとき、ふいにメイドが口元をおおう。

「怖い顔ですね。ゴブリンと変わらない顔つきですが、それほどわたくしを殺したいのでしょうか? そのようなお考えはお捨てください。天国へ行けなくなりますよ?」

 哀れみにも似た表情を浮かべるメイドに殺意が増大する。聖者然とした物言いとは裏腹なヘリクツが気に入らない。

 わたしは聖者面の吸血鬼に憎悪の視線を投げた。

「あいにくわたしは地獄行き確定者だ。それにお前の言う天国とやらへは行きたくもない」

 自分の行き着く先を宣言し、術式の組み上げに意識をそそぐ。

 わたしはこれまで妖怪退治屋として数多くの命を奪ってきた。幻想郷の閻魔(えんま)さまから「そう、あなたは少し命を粗末にしすぎる」と説教されたこともある。

 恩人である先代の巫女様が教えてくれた言葉は、今でもわたしの頭の中だ。

 ――「ここに転がるドングリ達を見てごらん。どれもこれも同じ姿だけど、一つひとつ違う命が宿っているのさ。生きてさえいれば、いつかきっと誰かと繋がりあうことが出来るんだ。命の価値はみんな同じってことを、覚えておくんだよ」

 ……巫女様の教えと真逆な道を選んだんだ。どのみちわたしの地獄行きは避けられないだろう。悪必滅の信念がわたしを縛り付ける呪いだとしても、今さらこの生き方は変えられない。こんな人生を送っていることに、きっと巫女様はあの世で失望しているはずだ。

 そんな想いを馳せていたわたしに、メイドは肩をすくませて吐息する。

「そう悲観なさらないでください。わたくしに殺されることで、あなたは必ず天国へゆくことができます。なぜなら、それは(しゅ)がお決めになられた運命なのですから」

 決め付けた言葉を聞き、わたしはこれまでの苛立ちが消え失せた。

 ……このメイド、どうやら「運命は自分で切り開く」という概念がないらしい。

 信心深いのは結構だが、わたしにすれば(しゅ)とやらにすがった神頼みでしかない。すべての事柄を“運命”だからと決め付けたら、それは可能性を否定することと同じだ。

 実力がありながら可能性を信じないこいつに、わたしはほとほと呆れ果てた。

 それならわたし流の返答をしようじゃないか。

「信じる者は足元をすくわれる。あらゆる物事を運命だと割り切るお前にふさわしい言葉だと思わないか?」

 周囲にただよう“わたし達”の言葉を受けたメイドは「ありがたいご助言、痛み入りますわ」と返し、かすかに頬を引きつらせる。

 運命についてどうのこうの悶着している間に、重撃魔砲の術式は完成していた。魔力は夜空の満月を超える大きさになり、幾重にも浮かぶ魔法陣がそれぞれ重い音を立てる。

 あとはタイミングを計るだけだ。それはメイドの攻撃直後に決まっている。確実な隙を狙うには、究極の選択を押し付けるしかない。

 ほどなくしてわたしは二体の幻影を操作する。重撃魔砲を構えた幻のわたしが前後からメイドに迫る。メイドの笑みが一層ゆがみ、身体を真後ろへとひるがえす。

 それは一瞬のことだった。

 ロングスカートから伸びた右足が夜空に昇ったそのとき、こいつの目前の幻影は弾け、蹴り上げの軌跡をたどるかのように飛び散る。背後の幻影は落雷と同時に姿を消す。

 姿勢とスカートを正したメイドは、吐息しながら眉根を詰めた。

「またまた外れですか。こうも続くと、いささかストレスがたまりますわね」

「奇遇だな。わたしもストレスがたまっている。もっとも、お前とは比べようがないがな」

 軽口を叩くわたしと幻影に、メイドは鋭い牙を見せつける。

 メイドにまた“外れ”を引かせれば決着がつく――と思う。

 わたしの読みが確かなら、合体攻撃には及ばないものの十分な効果はあるはずだ。魔力の大半を注ぎ込んだこれで復活したら、笑い話どころかシャレにもならない。

 わたしは迷いを払うため深呼吸する。腹の底まで溜まっていた空気をすべて吐き切るとともに、落ち着きを取り戻す。

 わたしと幻影はメイドの前後をはさむ。

「これが最後のチャンスだ。前のわたしと後ろのわたし。どっちが本物か選べ」

 圧迫する右手と右腕の痛みに耐えつつメイドを睨む。それを平然と受け、メイドは余裕を見せ付けるように(いびつ)な笑みで返す。

「なるほど。究極の選択というわけですか。まあ、わたくしがあなたの血を吸う運命は決まっておりますので、あしからず」

 神経を逆なでるイヤな面立ちだ。わき出る嫌悪と憎悪をかろうじておさえ、無表情の仮面で隠す。

 わたしと幻影は少しずつメイドへ迫る。距離は約四メートル。

 脳裏のヴィジョンには、かすかに焼き付いた妖怪どもを含め、メイドとわたしの幻影が()える。不気味に微笑むメイドがこれまで以上の殺気を放つ。どうやら隙を狙っているようだ。

 重撃魔砲を構えればすべてが動く。こいつが前のわたしを攻めるか、後ろのわたしを攻めるか、二つに一つ。

 わたしは勝負に出た。

 魔力が集まった右手を勢いよくかかげる。幻影も同様に動く。二つの発光球に満月がかすむ。

 “わたし達”にはさまれたメイドはその隙を見逃さなかった。即座に身をひるがえし、後ろへ貫手(ぬきて)を放つ。渾身(こんしん)の指先が大気を裂く。

 たなびくロングスカート。音速を越えた指先。気流にゆれる十字架のペンダント。勝利を確信したメイドの笑み。一挙手一投足が視える。

 その瞬間、メイドの貫手が胸をつらぬく。真っ赤な鮮血は――。

「なんですってっ!?」

 ――出ない。

 風穴を開けられた幻影は貫手の衝撃とともに飛び散った。

 思った通りだ。

 こいつが後ろを狙う確証はあった。こんな大物の悪党なら確実に背後からの攻撃を嫌う。その習性を逆手に取ったのだ。

 異様な笑みから驚愕の形相に一変させたメイドに対し、わたしは突き出した右腕を左手で支え、極上の皮肉を送る。

「外れだ。予告通り残念賞をくれてやる」

 メイドが肩越しに振り向いた直後、引き金の言葉を発す。

「重撃魔砲〈バスター・カノン〉」

 白銀の輝きが夜を消し、大地に響く轟音が大気を揺るがす。巨大な光の激流が容赦なくメイドを飲み込む。

 強大な魔力を制御する複数の魔法陣が、わたしの右腕をしめつける。腕中の血管が破裂するような激痛に顔がゆがむ。いや、実際に破裂している。

 右腕の周りに赤いオーラが浮かんでいるが、そんなんじゃあない。その正体は汗腺や毛穴からふき出したわたしの血だ。制御負荷の圧迫によるものだろう。轟雷魔砲をも超える魔力を制御する代償と言ってもいい。

 これだけ威力を上げた重撃魔砲だ。いくら吸血鬼であっても無事なわけがない。もっとも、わたしの右腕も同じだが。

 

 全身全霊ではなった重撃魔砲はやがて収束し、平原に夜がもどった。

 射線跡には草葉と土煙が舞い、わたしの視界をさまたげる。〈魔女の目〉も限界をむかえ、ヴィジョンに〈魔砲〉の輝きが焼きついていた。構えたままの右腕は絶叫したいほどの激痛が走り、噴出した真っ赤な血が表面にベットリとまみれている。

 痛みに耐えつつ目を凝らす。まき上がる土煙はおさまらず、不安と結果を求める気持ちが募る。今のところメイドの気配はなく、耳に入るのは遠くから聞こえる九尾と黒マントの戦闘音だけだ。

「やった――のか……?」

 最大出力の重撃魔砲を食らわせたが、わたしの心に何かが引っかかり、そのような疑問符を吐かせた。

 右腕を下ろそうとしたそのとき、土煙がゆれる。風ではない。

 ゆれた土煙の中から突然メイドの左手が飛び出す。

 完全に不意を突かれ、無防備のわたしは喉をつかまれてしまう。こいつの手首をつかんで抵抗するも、強烈な握力の前では無意味に近い。

 呼吸すらできずに意識が遠のく。おぼろげな視界に映ったのは、土煙から現われたメイドの姿だった。一度くだけ散ったのか、その身体は肉がえぐれて骨と筋肉も露出し、誰が見たって即死レベルの重い傷だ。しかし、黒い霧が無節操にこいつを再生させてゆく。

 わたしは渾身の重撃魔砲が効かなかった事よりも、ゆがんだ笑みの方に恐怖を覚えた。

「惜しい! 実に惜しいですわ! わずかにパワー不足でしたね!」

 優越感丸出しな声が耳に響き、吸血されると察した。

 いやだ! 吸血鬼なんかになりたくない!

 もがき続けるわたしに対し、完全に再生しきったメイドが「失礼いたします」と発す。右腕にこいつの息づかいを感じた瞬間、やわらかいなにか(・・・)が肌を刺激する。生温かくおぞましい感触が前腕部を伝う。それがメイドの舌だとわかったとき、遠のく意識がハッキリと戻る。

 味見のつもりだろうが同性に文字通り舐められるなど、もの凄く気色わるい。

 そんなことを考えていると、メイドが首をかしげた。

「ふむ……。まだ“芳醇さ”が足りませんか。でしたら――」

 こいつの握力が増した直後、とつぜん竜巻が起こる。首をつかまれた状態での竜巻は、確実にわたしの体力を奪う。ただでさえ呼吸がままならないのに、荒れ狂う強風が輪をかける。

 風音が遠のくほど薄れていた意識は強い痛みによって戻された。腹部にメイドの右膝がめり込んでいる。

 最後の〈紺碧衝壁(こんぺきしょうへき)〉が発動するも、それを読んでいたかのように、こいつは大気を衝撃波へ変えた。

 相殺しあう衝撃波。消える竜巻。二メートルほど宙を舞うわたし。

 その瞬間、メイドが跳躍(ちょうやく)し、左足でわたしを一閃した。袈裟懸(けさが)け状に激痛が走る。

 途切れかけた意識のなかで視えた光景は、丈長のスカートをひるがえし、陶磁器のような白い左足で弧を描ききったメイドの姿だった。そのあざやかな軌跡は、さながら平原に浮かぶ満月かのようだ。

 優雅なダンスのフィニッシュをきめるように着地するメイド。やや遅れ、わたしは無様に背中から大地へ打ちつけられた。

 

 続く。

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