東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第二十話◆不退転【後編】

 

 草地へ叩きつけられたわたしは、身体をくの字にさせて(もだ)えていた。打ちつけた背中もそうだが、メイドの蹴りによるダメージが大きい。左肩から右(わき)下にわたって激痛が走っている。

 おさまらない痛みに絶叫を上げたいが、今の状態ではできそうもない。斬撃のような蹴りを受ける直前、鳩尾(みぞおち)を膝蹴りされたせいで満足に呼吸ができないからだ。

 鳩尾は人体の急所のひとつなので、強い衝撃を受ければひとたまりもない。強烈な痛みが肺の機能を狂わせている。それに、重撃魔砲を最大まで増幅して放ったから右腕が壊れてしまった。もう使い物にならないだろう。

 わたしは三重の激痛で芋虫みたいにのた打ち回るしかなかった。そんなとき、かたわらに立つメイドが気味の悪い笑みを浮かべながら近づく。

「あなたの奮闘には敬意を表しますわ。ですが、満月下の吸血鬼にいどむ行為は浅はかと言わざるを得ませんね」

 こいつの言うことはもっともだ。敵が強大な力を持つ吸血鬼だからこそ、八雲紫は即時決戦を(のぞ)んだのだろう。とはいえ、人間のわたしにとっては思いっきり不利な状況だが。

 それにしてもこのメイド、いつまでわたしをいたぶるつもりだ? その分こっちにもチャンスはあるが、こうもやられっぱなしだとプライドが傷つくな。

 激痛が走るなか、思考は心中でぼやくぐらいに落ち着いてきた。わたしはうつ伏せになって今の状態を確認する。

 怪我。肋骨数本に骨折の疑いあり。激しい痛みが頭脳を支配している。それでも冷静さを保たないと反撃の策が立てられない。

 右腕の血管が破裂。少なくとも毛細血管は壊滅したようだ。すっかり壊れたようで、腕どころか指先ひとつ動かない。とうぜん痛みも肋骨が折れたのと同等だ。

 左肩から右腋にかけての重度の打撲。たぶん傷に沿って青あざができているだろう。こっちも思いっきり痛い。

 わたしの身体は博麗と違ってあまり頑丈じゃあない。こればかりは魔法使いに付きまとう“(もろ)さ”だ。どっちにしろ、それぞれの負傷による熱い痛みは当分おさまりそうもない。

 〈魔女の目〉。使用時間を大幅に過ぎたため、ヴィジョンの焼き付きがひどい。〈魔砲〉の輝きがまだ脳裏に残っている。だが、解除したらメイドへの対処ができなくなってしまう。今はこのまま継続するしかない。

 魔力残量は辛うじて一発分。反撃するにしてもどれもこれも決め手に欠ける。全力で行使した重撃魔砲が通用しなかったんだ。たとえ魔力が満杯だとしても致命傷を与えるには程遠いだろう。

 ……もう打つ手なし。完全に詰んでしまっ――。

 待て待て! 簡単にあきらめるな!

 不死の王(ノーライフキング)だろうが死を迎えない命なんてあるわけがない。原点に戻って考えろ。きっとなにか手があるはずだ。

 有効手段は「陽の光を浴びせる」か「白木の杭で心臓を貫く」かの二つ。しかし夜を明かす持久力はないし、白木にしても今から林へ探しに行くのは不可能だ。陽の光に匹敵するモノがあれば別だが、そんな都合よくあるわけがない……。

 各々の傷が熱を帯びて頭脳に侵蝕(しんしょく)してゆく。

 わたしは草地に突っ伏すと歯ぎしりの音を立てた。弱点がわかっているにもかかわらず、なんの策も思い付かないことに悔しさと焦りがつのる。焦燥感と呼応するように、呼吸と鼓動が激しさを増す。

 その、内なる音がわたしにヒントを与えた。

 ――呼吸……。――鼓動……。

 あるっ! 陽の光と同じモノがわたしにも(・・)あるじゃないかっ!!

 これ(・・)を研究中の魔法理論で引き出せば勝てる! 魔導服へ施した術式に魔法理論を書き加えれば〈魔砲〉が使える! ――はずだが、これ(・・)を使えば博麗との約束が果たせなくなってしまう……。

 わたしは友人との約束を守るか、それとも眼前のメイドを倒すか選択しなければならなくなった。つのった焦りが恐怖となって飲み込み、痛みにうずく身体を震わせる。

 考えぬいた結果、わたしは恐怖をふり払った。

 ……博麗、許してくれ。……この命、使い捨てるっ!!

 そう決意し、左の人差し指を口元に運ぶ。指先に八重歯をたてて噛み切る。痛みが走るが、メイドの蹴りと身体中の激痛に比べたら大したモノじゃあない。

 口内に血の味が広がる。自分の血だからか、それ程イヤな感じはない。とめどなくあふれ出ているので当分は流血し続けるだろう。

 術式に細工を加えるためにはそれなりの道具が必要だ。あいにく持ち合わせていなかったが、これで道具は出来た。あとはメイドに気付かれないよう術式を改変するだけだ。そのためにはできるだけ注意を逸らさなきゃならない。

 わたしは魔導服の懐に左手をしのばせ、異様な笑顔のメイドへ眼光を放つ。

「……お前の本質が見えた」

「わたくしの本質――ですか?」

 小首をかしげ、わたしの言葉に興味を示している。術式に細工を加えるなら今だ。

 左手の動きを悟られないよう注意しつつ、わたしは語り続ける。

「救済と称して弱者を(しいた)げ、苦痛の顔と声に快感を得ずにはいられない異常性。お前の本質は“残虐(ざんぎゃく)”だ」

 気味悪く笑うメイドの表情がわずかにくもる。

「わたくしをあなた方と一緒にしないで下さい。先ほども申し上げましたが、わたくしは(しゅ)に代わって異教徒たちを救済している身です。(しゅ)の代行者たるわたくしを残虐と呼ぶなど聞き捨てなりませんわね」

 左の手の平を上に向けながら主張する姿が見え、心中で「思った通りだ」とつぶやく。どうやら思い当たる節があるらしい。

 そもそも救済とは、苦しんでいる者に救いの手を差し伸べることだ。「自分たちの教えに当てはまらない」と決め付け、殺害する事が救済なんてあり得ない。こいつの考えは間違っている。

「……違うな。そんなのは救済なんかじゃあない」

 否定の言葉を受けたメイドは、肩をすくめて吐息した。

「わかっておられないようですね。唯一にして絶対たる(しゅ)をあがめぬ者は誰であろうと罪になります。その罪は、より残酷な目に遭うことによって浄化されるのです。あなたも本心では地獄に落ちたくはないのでしょう? わたくしがあなたの(けが)れを清め、そして天国へとお送りいたしますわ」

 さも当たり前といった態度にむかっ腹が立つ。こいつの考えだと、幻想郷に存在する神々でさえも救済の対象なのだろう。

 わたしは再びメイドを睨む。

「よけいなお世話だ。宗教の数だけ天国と地獄がある。どれを信仰したところで他からみれば天罰も同然。生きるも地獄、死ぬも地獄。どっちにしたって行き着く先は地獄だ」

 否定する言葉を聞いたメイドの顔が険しくなる。こいつの(はらわた)は煮え繰り返っているに違いない。

 もう少しで細工が終わる。その調子で挑発に乗り続けてくれよ。

 そう願いながら、懐に忍ばせた左手の速度を上げる。わたしはメイドの注意をそらすため、負傷した痛みに耐えつつ憤りの言葉をまくし立てた。

「お前が何を信仰しようと、わたしには関係のないことだ。だが、救済と称して悪逆非道を重ねる行為は許せない。残虐な本質を持つ者が救済だあ? お前は頭がイカれた異端者だ!」

 侮蔑(ぶべつ)の言葉に反応し、メイドは身をかがめて顔前まで近づく。月明かりの逆光で表情はよくわからない。しかしヴィジョンには(おぼろ)げながら険しい顔が()える。詰める眉根の下の碧眼は炎にも似た光が揺らめき、わたしを凝視していた。

「……あなたとはわかり合えないようですね。たいへん残念に思えてなりませんわ」

 大仰(おおぎょう)に頭を振る仕草がムカつく。だが、わかり合えないという点だけは同感だ。

 これまで交わした話は水かけ論なんかじゃあない。お互い火だるま状態で油を掛け合ったようなものだ。

 その甲斐あって術式の改変は済んでいる。あとは最大の隙を突いて行使するだけだ。

 ――最後の〈魔砲〉をな。

 最大の隙、つまりとどめの一撃を促すべく、わたしは顔を険しくさせた。

「だったら、早くわたしを絶望させないと後悔することになるぞ。その右手がお前の切り札なんだろう? 殺すならさっさと殺せ」

 こいつがなぜ右手をポケットに突っ込んでいたのか今まで考えていたが、左の貫手(ぬきて)を見てピンときた。武器を隠していると思ったが、右手そのものが武器だったんだ。

 例えるなら(さや)に見立てたポケットから放つ居合い斬り。――といったところか。とどめの一撃として温存していたに違いない。

 〈深読み〉による結果をぶつけた直後、思いっきり腹立たしい笑みを見せつけられた。

「右手の件は正解ですわ。優れた観察力は賛嘆(さんたん)に値します。しかしながら、絶望という答えは不正解です」

 メイドは称賛と(あざけ)りの言葉を送ったのち、大事な魔導服の襟首をつかむ。片手で吊り上げられたわたしは手足を脱力させ、疑問符で返す。

「なんだと……?」

 右腕と肋骨と袈裟懸(けさが)け状の激痛に耐え、わたしは疑いの問いを投げる。メイドは嬉々とゆがませた顔を寄せた。

「絶望の寸前に踏みとどまり続ける人間の血。それが何よりの好物なのですよ、わたくしは。今のあなたのように」

 鼻と鼻が触れるほど迫り、メイドはそのようにぬかした。

 瞳に映るわたしの表情は、恐怖の淵につま先立って耐えているように見える。どうやらメイドの言う「芳醇な香りの赤ワイン」になったらしい。

 そう簡単に血を吸われてたまるかっ! その寸前にとっておきを食らわせてやるっ!

 そんなことを思っていると、メイドが首を傾けつつたずねる。

「あなた、今――」

 しまった! 表情に出たか!?

 最後の手段を見抜かれたかと思い、とっさに目をそらす。

「――『吸血鬼になりたくない』と、思っていますわね?」

 微妙な問いかけに安堵しそうな気持ちを辛うじておさえる。ため息ひとつ吐こうものなら、せっかくのチャンスがなくなってしまう。わたしは目をそらし続けた。

「あなたを眷属(けんぞく)にする気などありませんのでご心配なく。心臓を直接もみながら吸血したのち、握りつぶしてさし上げますわ。あなたは至高の快楽を味わいながら天へ召されるでしょう」

 その直後、メイドは愉快そうに笑い声を上げる。

 目線を戻すと、まるで勝利を確信したかのようなメイドのゆがんだ笑顔が飛びこむ。よっぽど吸血を待ち望んでいたんだろう。

 直に心臓を揉んで吸血するなど良い趣味とは思えないな。だが、こいつの趣味に付き合う義務もなければ義理もない。

 わたしが睨みつけると、メイドは牙を光らせて言い放つ。

「人間にしては最高の魔法使いでしたわ。せめて異教徒の分際であるあなたのために祈りを捧げましょう」

 穏やかな顔に変え、メイドは双眸(そうぼう)を閉ざす。うつむき加減で祈りの言葉をつむぐ仕草は、本気でわたしのためにと思えてしまう。

 やがて祈りを終えると、再び気味の悪い笑顔にもどる。

「さようなら、芳賀峰妖子さん! 心おきなく天国へお行きなさい!!」

 その直後、メイドはポケットから右手を抜き放つ。こいつの上半身が勢いよくねじれる。思った通り、とどめの一撃だ。腰だめの貫手がヴィジョンに視えた瞬間、襟首つかまれるわたしは頬を吊り上げた。

Hasta(アスタ) la() vista(ヴィスタ)Mrs(ミセス) Castmilla(カストミラ)(地獄でまた会おう カストミラ)!!」

 突然の異国語にメイドの動きが一瞬だけ鈍る。狙い通りのこの隙を見逃すわけがない。間髪いれず、わたしは“引き金”をひく。

「零式重撃魔砲〈バスター・カノン タイプ・ゼロ〉」

 

 続く。




・妖子の決め台詞の元ネタ。
「ターミネーター2」
T‐800
「Hasta la vista,Baby!」
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