東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第二十一話◆残光火

 

「零式重撃魔砲〈バスター・カノン タイプ・ゼロ〉」

 白い閃光が視界をさえぎり、聴覚の限界をこえる激しい音が響く。光は身の丈を上回る奔流(ほんりゅう)と化し、容赦なくメイドを飲み込む。五メートルほどは吹っ飛ばしただろうか?

 地に立つわたしは、〈魔砲〉の衝撃と負傷した三箇所の凄まじい痛みに耐えながら両足を踏ん張り続けた。

 

 特殊な呼吸法、〈波紋〉を体得した博麗いわく「生命エネルギーは太陽と同等」。万物が自然から発生するのなら、命も自然の産物に他ならない。それを〈自然魔力変換理論〉の応用で引き出し、零式重撃魔砲に直結させた。

 文字通り命を燃やしたんだ。これで効かないわけがない。

 メイドへ放った決めゼリフも、別行動をとる直前に博麗から教わったものだった。

 八雲紫によれば――。

「『明日は別腹』? それって『アスタ ラ ヴィスタ』でしょ。しかも『地獄でまた会おう』ですって? それ、誤訳の域を越えているわ。百歩譲っても『もう会えないけど、またね』と言う意味に近いわね。まあ、あなた達にとっては似たような言葉でしょうけど」

 ――とのことらしい。ついでに発音も教わったが、うまく言えただろうか?

 ヒントとなった呼吸法を体得した博麗と、明確な弱点を解析してくれた九尾、そして決めゼリフの意味と発音を教えてくれた八雲紫に感謝しなきゃな。

 ……もっとも、わたしが生きていればだが。

 

 零式重撃魔砲が収束した名もなき平原にメイドの絶叫がこだまする。五メートルほど離れた草地で吸血鬼はのたうち回り、苦痛の悲鳴を上げ続けていた。

「――あ、アツい!? い、いったいなんですの、こ、これは!?」

 起き上がろうとする身体が干乾(ひから)びたように崩れてゆく。崩れかける右手が再生しないことに目の色を変えている。

 驚愕の表情を作ることから、自分の身に何が起こったのかわかっていないらしい。ただの人間が太陽に等しい“力”を放ったんだから、そりゃあ当然だ。

 皮肉の言葉でも送りたいができそうにない。なぜなら命を燃やした影響で身体中の力が抜け続け、立っているのがやっとな状態だからだ。それに負傷箇所の痛みが増しているのでそれどころじゃあない。

 崩壊しかけるメイドを眺めていると、胸ポケットに閉まっていた懐中時計が足元へ落ちた。それと同時に魔導服がほころび始める。細切れとなる魔導服は、一陣の風によって飛び散ってゆく。施した術式が消滅した証だ。

 零式重撃魔砲を行使すると一張羅が台無しになるうえ、半裸をさらして帰らなきゃならない。だから奥の手にしていたんだ。だが、これしか攻撃手段がなかったんだから仕方がない。今身に着けているのは黒い尖がり帽子と首からさげる〈紺碧衝壁〉と腰のポーチ、そして下着とブーツだけだ。

 熱い痛みに耐えるなか、全身の力が抜け続けるわたしは崩壊するメイドを見据えることしかできなかった。

「み、認めません! わ、わたくしは(しゅ)の代行者なのです! い、異教徒にやられるなど認めませんわ!!」

 言葉の節々に吃音(きつおん)を生じさせ、なおも立ち上がろうとする。その執念を見たせいか、熱い痛みに侵蝕された思考へ焦燥と恐怖が襲う。

 こいつを突き動かすものはなんだ!? (しゅ)への信仰心か!? それとも吸血鬼としてのプライドか!? いずれにしろ、とっととくたばってくれ! もう反撃できる体力がない!

 わたしの願いとは裏腹に、とうとうメイドは立ち上がる。

 藤色の衣服も、弧を描ききった足も、切り札だった右手も、驚愕にゆがむ顔も少しずつ崩れてゆく。その様は、さながら砂で出来た人形のようだ。そんな“砂人形”がいびつな笑みを作る。

「き、吸血鬼……! そ、そう! わ、わたくしは吸血鬼なのです! ち、血を吸えばこんな傷などすぐにでも治りますわ! そ、そうに決まってますわ!!」

 自分に言い聞かすと、メイドはとつぜん奇声を交えて笑い出す。左手で頭をかかえて仰ぎ見る姿に寒気がおそう。その笑顔には不気味さも余裕さもなく、狂気に取り憑かれたとしか言いようがない。

 こいつ、あまりのショックに気がふれたか……?

 心中でおののいていると半狂乱のメイドと視線が合う。血走る瞳に思わず固唾(かたず)を飲む。

「……ああ(しゅ)よ、わたくしを救ってくださるのですね? 感謝いたします……」

 わたしを視認して何やらつぶやき、穏やかな表情になった。双眸(そうぼう)を閉ざしてうつむき、崩れかけた右手で胸に十字を切る。その直後、顔が上がり大きく目を見開いた。

「そこの人間! 血を吸わせなさいぃぃ!!」

 崩壊しかける身体にもかかわらず、メイドはわたしへと突進しだす。唾液まみれの口から奇声を上げ、狂気にゆがむ表情には理性の欠片もない。ついさっきまで戦っていたというのに、その相手さえ認識できていないほどだ。

 飛ぶことが出来なくなったのか、あるいはそれすら考えられなくなったのか、メイドは一心不乱に駆ける。わたしに伸ばす右の前碗部は骨がむき出し、左腕も同様だった。これまで異様な笑みをたたえていた顔の左半分は既に原形をとどめておらず、まき散らした灰がむなしく尾を引く。

 視界に入るメイドは朽ち果てる死兵と成り果てた。頬に冷や汗が伝う感触を覚える。

 こいつは血を吸うことしか頭にない。逃げたいのは山々だが、死に体のわたしでは立っているだけで精一杯だ。どうしたらいい!?

 ……こうなったら根競べだっ! わたしかメイド、どちらが先に燃え尽きるか勝負といこうじゃないか!!

 覚悟を決め、左手を握りしめる。

 距離が縮むにつれ全身の力は抜け続け、メイドの崩壊も進む。顔前まで迫ったそのとき、両肩をつかまれた。かたい感触を覚え、同時に怪我とは別の痛みが走る。

 ヴィジョンに()えるこいつの身体は、いつ灰燼(かいじん)と化してもおかしくない。奇声を上げるメイドに負けじと、わたしは眼光を放つ。

 鋭い牙を見たその瞬間、互いの顔が交差する。メイドの頭が灰の(かたまり)となり、わたしはそれを顔面に浴びたのだ。灰となったのは頭に限らず、四肢と身体も同様だった。

 完全に灰燼と化したメイドは、わたしの身体を突き抜け、平原の草地へ散った。メイド――いや、カストミラの命は今ここに尽きたのだ。人間によって灰となったことも運命による決定事項だったとすれば、これほど皮肉な話はない。

 根競べが終わった安堵か、それとも命の炎が消えかけているのか、全身の力が一気に抜ける。怪我の痛みの影響で耳鳴りと立ちくらみがしたとたん、後ろ髪を引っ張られたかのように身体が傾く。

 程なくわたしは草地に沈む。周囲はカストミラの灰が舞い上がり、半裸の肌に草葉の感触が刺す。

 右腕と肋骨、左肩から右(わき)下の痛みが治まらず、まるで焼印を押されたかのように熱い。夜空へ浮かぶ満月が〈魔女の目〉のヴィジョンに焼きついてゆく。死を間近にしたのか、解除する気すら起こらない。

 わたしは吸血鬼を倒したことよりも、博麗との約束を破ってしまったことに気持ちが揺らいだ。

 博麗、わたしは地獄に落ちる。今生の別れってやつだ。お前を殴る約束は果たせそうもない。……ごめんな。

 月光に照らされるなか、様々な思い出が次々と浮かぶ。

 妖怪退治に明け暮れた日々。数少ない友と杯を交した酒の味。博麗との出会い。九尾との対立。慧音先生の愛ある頭突き。先代の巫女様の教え。

 ……これが俗にいう“走馬灯”ってやつなのか? まるで動く写真を一気に見ているようじゃないか。

 そのとき、脳裏に巫女様の言葉がよみがえる。

 ――「命の価値はみんな同じってことを、覚えておくんだよ」

 その言葉に罪悪感の波が広がり、わたしの身体を震わせた。

 ……巫女様。妖子は地獄へ落ちます。巫女様の教えを守らず、たくさんの命を奪ってきました。許して下さい、巫女様。

 心中で謝罪していると、あのときの光景が思い浮かんだ。幼いわたしに、命の価値をドングリの実で教えて下さった巫女様――。

 ……待てよ。もしかして……!

 わたしは吸血鬼に対抗できるもう一つの可能性を見出した。

 もう一体の吸血鬼はきっとアレ(・・)で倒せる! 九尾も黒マントの再生能力に手を焼いているはずだ。何とかして伝えなきゃならないが、わたしには立ち上がるだけの体力はない。

 考えろ、わたし! 命が尽きるまであとわずかだ! 直接の答えでなくとも、せめてヒントだけでも伝えないと……!

 薄れゆく意識をなんとか保ち、わたしはひたすら考えた。その結果、答えに近しい“物”を魔法で示せばいいと思いつく。

 即座に詠唱を始める。

 右腕は使い物にならないので左腕を伸ばそうとするが、思うように力が入らない。それでも最後の力を振り絞り、ようやっと夜空へ伸ばす。左手に集まる魔力が白く輝く。

 術式が完成した直後、目標確認のため左に顔を向けて凝視する。焼きついたヴィジョンで見えにくいが、辛うじて捕捉できた。

 目標、雑木林。距離、およそ五十メートル。

 狙いを定めたわたしは、確実に九尾へ伝えるべく大きく息を吸い込む。

「らああぁぁんっ!!」

 絶叫した直後、夜空に伸ばした左腕の力が抜け、林の方角を指して草地へ沈む。

 名前を叫ぶことで、あいつはこの“メッセージ”を理解するはずだ。

 根拠のない確信を持ち、かすれた声で魔法名を発す。

「閃光魔法〈スパーク・フォース〉」

 左手から放たれた光柱が宵闇(よいやみ)の草地を駆ける。

 閃光魔法が雑木林に達したはずだが、確認するすべはもうない。命の燃焼と熱をおびた激痛で耳は遠のき、目もぼやけている。

 精も魂も果てたわたしは、人生の最期を迎えたのだと悟った。閻魔(えんま)様の裁きを受けたのち、数ある地獄のいずれかに落ちるのだろう。不思議と恐怖はない。むしろ意識が薄れてゆくことに心地よささえ感じる。わたしは夜空に顔を向けた。

 ……博麗、九尾、八雲紫。悪いがわたしはここまでだ。後の事を丸投げにするなんて無責任すぎるよな。……迷惑かけてすまない。

 心中で謝罪したとたん、熱く激しい痛みは薄らぎ、意識の遠のきが加速した。わたしは逆らうことなくそれを受け入れる。

 薄っすらと見える満月は煌々(こうこう)としており、幻となって脳裏に焼きついてゆく。わたしの意識は真っ白な“闇”におおわれ……。

 

 続く。




・零式重撃魔砲〈バスター・カノン タイプ・ゼロ〉の元ネタ:FAZZ(フルアーマーダブルゼータ)腹部ハイメガキャノン
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