東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第二十二話◇託された閃光

 

 襲いくる槍鞭(そうべん)苦無弾(くないだん)で打ち落とした直後、わたしとクロードは膠着(こうちゃく)状態におちいった。六メートルほど距離をおき、互いに大岩のかたわらで眼光をぶつける。

 カストミラから受けた傷が痛む。左上腕部へまかれたハンカチは朱に染まり、不規則な間隔で血の雫が落ちる。止血処置を受けていなければ今ごろこの程度ではすまなかっただろう。

 したたる血は、草地を埋め尽くす二百五十三にもおよぶ妖怪の(しかばね)に落ちる。足の踏み場もないため飛空妖術で身を浮かせ、隙をうかがいながら戦っていた。わたしはこれまで魔女との合流を試みていたが、黒衣の吸血鬼に阻まれている状況だ。

 いかにして魔女と合流するかを再考していたその時、とつぜん昼夜が逆転した。耳をつんざく衝撃音が平原に響く。目がくらむ左方からの光源に思わず顔を向ける。凝らした目に予想外の光景が飛びこんだ。

 大岩から十五メートルほど離れた草地に、白光の〈魔砲〉を放つ魔女と勢いよく吹き飛ぶカストミラの姿があった。魔力をまったく感じない。わたしはすぐさま理解した。

 普段の重撃魔砲と違い、あの〈魔砲〉は明らかに命の輝きがある。まるで夜明けを告げる朝日のようだ。

 どのように編み出したかは不明だが、魔女は命そのものを魔力の代わりにしたとしか思えない。その輝きから察するに、あいつは死ぬ覚悟で行使したのだろう。それを証明するかのように吹き飛ばされたカストミラの妖気が急激に弱まる。

 とどろく衝撃音のさなか、聞き覚えのない声を耳にした。

「姉さんっ!!」

 正面からの絶叫に顔を向け直すと、思いもよらぬ光景が映りこむ。

 光源へ顔を向けたクロードが、これまでの表情の無さを一変させ、驚愕の形相を作っていた。殺気を放つ眼光は消えうせ、真一文字に結んでいた口が半ば開いている。姉の危機に動揺しているようだ。

「しゃべれるのか?」

 問いかけた瞬間、クロードはすぐさま無表情へと戻す。わずかに瞳を揺らすことから、姉の身を案じているのは確かだ。

 わたしは瞬時に確信した。おそらく今までこいつはカストミラの意思に従ってきたのだろう。紫様の意思を何よりも優先させるわたしのように。

 ならばこいつの考えはわかったも同然だ。自分の立場に置き換えればいいのだからな。

 そのように考えた直後、まばゆい光と(とどろ)く音が収束した。わたしは思考を加速させ、これから起こる近い未来を読む。

 盛大な悲鳴を上げ続けるカストミラの妖気は急速に弱まっている。命が尽きれば、この男は姉の意思を継いで伯爵に挑むだろう。そのためには人間の血を吸い、本来の力を取り戻す必要がある。魔女の血を狙うことはほぼ確実。

 ……今度はわたしが阻む番か。奇しくも立場が逆になったな。

 複雑な気持ちを押し込み、わたしは考えをまとめた。そしてすぐさまクロードに目を向ける。その碧眼にはそれまでの動揺はなりをひそめ、研ぎたての刃のように光っていた。わたしの隙をつき、姉の救助に向かうと見て間違いない。

 ならば阻止するまで!

 わたしはすかさず合わせていた両袖を離す。右手で印を切ると、満月うかぶ夜空がゆがみ始める。

 わたしが張れる最大の防壁だ。風景が湾曲するほどの全周防壁は、直径十メートルにもおよぶ。全周防壁がわたしとクロード、草地に沈む大量の屍と大岩をおおう。霧や蝙蝠(こうもり)の群れに変化して潜り抜けるおそれがあるため、わたしもろとも閉じ込めたのだ。

 この防壁は守りの切り札といってもいい。なぜなら使用中は他の防壁が張れないうえ、満月の影響下であっても三十分と持たないからだ。したがってその時間内にクロードを始末しなければ幻想郷は地獄と化す。それを阻止することこそがわたしの使命だ。

 そう決心し、あらためて視線を正面の吸血鬼に移す。するとクロードの顔がかすかにこわばる。わたしの意図を理解したらしい。その証に碧眼から明確な殺意と憎悪を放っている。どうやら本気になったようだ。

 そう確信した直後、カストミラの妖気が完全に消えた。

 クロードを警戒しつつ左へ一瞥(いちべつ)し、その光景を焼き付ける。脳裏に焼きつけた光景は仰向けで倒れた半裸の魔女と、その周囲に飛散する灰だった。

 趣味の悪い魔導服が消失している。切り札の零式重撃魔砲を行使したのだろう。それとカストミラの亡骸(なきがら)がなかった。魔女の周囲に舞うあの灰は“ミセス”の成れの果てのようだ。

 カストミラの死亡を悟ったこのとき、一抹の陰がきざす。

 ……あの魔女がたった一人で吸血鬼を倒した。これは幻想郷の(ことわり)(くつがえ)ったのではないのか?

 魔女の生死や雑多な妖怪らの落命は些末(さまつ)なことに過ぎない。問題は、人間風情が高位の妖怪たる吸血鬼を倒したという事実だ。この由々しき事態を、紫様はどのように思われるのだろうか?

 考えあぐねるさなか、魔女の絶叫が平原に響く。

「らああぁぁんっ!!」

 その声を聞いた瞬間、魔女の方に顔を向ける。すると白い閃光が平原を駆け、草葉と土煙を散らす光景が視界に飛び込んだ。程なくして地を走る閃光は雑木林に達し、倒木の音がなる。

 わたしは、それが何らかのメッセージであると瞬時に理解した。

 あの魔女が訳もなくわたしの名を叫ぶわけがない。あいつは命がけで吸血鬼を倒した。その事実とあのメッセージに何か関係があるのかもしれん。

 幻想郷の(ことわり)については後回しだ。人間に後れを取るようでは八雲の姓がすたる。今は目の前のクロードを倒すことが先決だ。

 黒衣の吸血鬼は無表情ではあるものの、カストミラの死に激しく動揺している。冷静ならば、紅潮したり瞳を微動するはずがない。感情が読めるようになったのは好都合だ。ならばクロードを牽制しつつ魔女のメッセージの解読といこう。

 事の手順を明確にし、わたしは思考を巡らせつつクロードに仕掛けた。

 

 複数の苦無弾が大気を裂く。曲線を描く槍鞭が宙に舞う。ぶつかり合う苦無弾と槍鞭。鋭利な(やじり)は刃こぼれすることなく苦無弾をくだいた。

 阻むわたしと阻まれたクロードの視線がぶつかり合う。殺意を宿す瞳に負けじと睨み返し、わたしは思考をめぐらせ続ける。

 まず優先すべきは妖力の封印だ。満月がある限り、再生に要する妖力は無尽蔵。いくら傷を負わせてもたちまち再生してしまう。通常の妖術では倒すことはできない。

 懸念を抱いた直後、幾多の槍鞭が迫りくる。刃の蛇が曲線を描く。瞬時にその軌道を読む。わたしは次々と襲う槍鞭の動きに合わせ、寸前でかわす。

 最後の槍鞭が右肩を掠めたとき、反撃に転じようと身構えた。その瞬間、左腕に痛みが走る。カストミラから受けた左上腕部の傷が痛んだのだ。大した痛みではないが、行動を鈍らされるには十分だった。

 攻撃の機会を逃したわたしは、クロードとの距離を五メートルほど保って牽制する。

 クロードの顔がかすかに険しくなった。行く手を阻まれたことに苛立っているようだ。直立不動のまま睨みつける両目は灼熱化された鉄のように輝き、わたしの行動を奪う。合わせた袖の手に汗がにじみ、焦燥をつのらせる。それを深呼吸で落ち着かせ、わたしは次の攻撃を警戒しつつ考えに及んだ。

 

 これまでクロードの妖力を封じられなかったが今は違う。こいつは感情を押し殺している。抑えこんだ怒りを爆発させれば大きな隙が生じ、妖力を封じられるだろう。

 わたしとて今まで闇雲に攻めていたわけではない。攻撃しながらこいつの妖気を探っていたが、解析は十分できた。だが、どのような方法で隙を大きくさせるかが問題だ。

 その難題に思い悩んでいると、黒衣の吸血鬼がすべての槍鞭を放った。曲線を描く十二本の槍鞭が目前に迫る。わたしは襲い来る槍鞭すべての動きを読む。

 ゆるやかな曲線を描く中速度の槍鞭が四本。極端に曲がりくねり、高速で迫るのが同じく四本。超高速でメチャクチャな動きをみせるのが残りの四本。

 中速の槍鞭以外はダミーだ。わたしの目を引きつけるため大きく動き、避けきったところで本命を叩き込むとみて相違ない。これまでとまったく異なるパターンだ。

 防壁は張れない上にこの距離では回避不可。ならば妖術で代用すればいい。

 槍鞭の軌道を予測し、わたしは両袖を素早く離す。

「発」

 右手で印を切ると、赤く光る卍の刃が正面(・・)に現出した。四つの鉤刃(かぎやいば)は高速で回り、迫る槍鞭を次々と弾く。落ちた槍鞭は即座にクロードの元へ引き寄せられた。確認したのち術を解く。

 わたしは間髪いれずに大量の苦無弾を放つ。音速を越えた苦無弾がクロードに襲い掛かる。

 着弾の寸前、クロードの身体が奇妙にゆがむ。数多くの苦無弾が標的をすり抜ける。身体の一部を霧にした、吸血鬼ならではの避け方だ。

 わたしとクロードの視線がぶつかり合い、再び膠着状態におちいった。この間にも思考をめぐらせる。

 

 どうやら早期に封じなければならないな。このままだと紫様の命令が果たせない。

 わたしはいかにしてクロードの感情を爆発させるか考えたすえ、ある点に気づく。こいつは姉に依存している節がある。いわば最大の弱点だ。そこをつく以外に手はないだろう。

 本腰を入れるにはまだ早い。魔女のメッセージの謎が残っている。おそらく吸血鬼を倒すヒントのはずだ。

 メッセージの解釈に考え及んだそのとき、クロードの身体が再び黒い霧と化す。霧は夜の空間へ広がり、文字通り霧散した。衣服も槍鞭も跡形なく消え失せる。

 ……闇にまぎれての不意打ちか、それとも蝙蝠の群れに変化しての八方攻撃か。

 いっそうに張り詰めた空気が肌を刺す。わたしは周囲の気配に神経を尖らせ、メッセージの謎に思考をめぐらせた。

 

 魔女が放った魔法は林をさした。真っ先に思いつくのは白木。

 たしかに白木の杭は吸血鬼を倒せる数少ない道具だ。中でもセイヨウサンザシで作られた杭は最良だときく。

 セイヨウサンザシは、冬の終わりと春の訪れを告げる「良き希望」の象徴とされ、吸血鬼とは対になる存在だ。杭の材料に用いるのも納得がいく。だが、あの林には様々な木々が群生している。あの中に入ってその木を探す暇はない。

 そのとき、真後ろから殺気が刺す。複数の妖気だが、迫る殺気はひとつだけだ。蝙蝠の群れに変化したのだろう。

 わたしは寸前まで引きつけ、素早く身をひるがえす。尾毛をかすめた蝙蝠の群れが上昇する。

 全周防壁の(いただき)すれすれを蝙蝠たちが舞う。満月に照らされるその姿は、いつまでも旋回し続ける鳩の群れのようだ。もっとも平和の象徴とは程遠いが。

 わたしは蝙蝠の群れを目で追いながら、魔女と白木について考えを深めた。

 

 魔女と白木。その接点さえ判明できれば謎は解ける。

 白木といっても種類はさまざまだ。トネリコ、ビャクシン、クロウメモドキ、ポプラ。いずれも魔女との接点がない。強いて言えば、あいつが投げ捨てた箸の十字架ぐらい――。

 わたしはそのときの状景を思い出す。

 あいつは――。

「箸はドングリの木で作った物だし、ニンニクも知り合いの物だから気にしなくていい」

 ――と言っていた。

 そうか……! 樫の木でもいいのだ!

 樫の木とドングリの木は同一植物。樫の木は数多くの象徴として描かれ、〈生命の樹〉の観念をもたらしたとされる。不死者と〈生命の樹〉は真逆の存在。これほど打って付けな物はない。

 メッセージの答えは「樫の木の箸」。どのような経緯で知り得たかは不明だが、魔女はそのことを伝えたかったのだろう。頼りない箸ではあるが、妖力を封じて弱体化させればさしたる事ではない。

 問題なのは、あんな小さな箸を平原の中から探し出すことだが幸いなことに宛はある。残る〈ヒトガタ〉は三十枚。それを小さな〈スキマ〉から防壁外に出し、探させるとしよう。

 考えをまとめたわたしは、クロードの抹殺に本腰を入れた。

 

 続く。




・飯綱術式〈アルティメットブディスト〉の元ネタ:式弾「アルティメットブディスト」
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