東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第二十三話◇血闘幻葬【前編】

 

 蝙蝠(こうもり)の群れから元の姿へ戻ったクロードは、(しかばね)うずめく草地に立って槍鞭(そうべん)を繰り出す。

「なんだ、その攻撃は? カストミラはもっとマシな攻撃をしていたぞ」

 乱れ飛ぶ槍鞭を寸前でかわし、わたしは口端を吊り上げた。槍鞭を引き戻すクロードの表情が険しくなる。

 右に滑空しつつ無数の苦無弾(くないだん)を放つ。苦無型の妖力が一直線に黒衣の吸血鬼へ向かう。クロードの身体が陽炎(かげろう)のように揺らめく。その身体を苦無弾がすり抜ける。

 吸血鬼が持つ能力を防御へと活かしたことに、わたしはワザとらしく嘆息をつく。

「やるではないか。それはカストミラから教わったのか?」

 挑発の言葉に反応し、クロードの顔は険しさを増す。耳の先まで紅潮した表情は、月明かりに頼らずともハッキリわかるほどだ。

 相手の感情を揺さぶるには、大切な“もの”を引き合いに出すのに限る。こいつの場合、姉であるカストミラだ。わたしが紫様の意思を優先するように、こいつも姉の意思に従ってきたのだろう。ならばそこを突けばいい。

 カストミラに対する依存心を刺激し続ければ、こいつは必ず激昂(げきこう)するはずだ。現にクロードの無表情の仮面はもう崩壊していた。目じりは吊り上がり、瞳に炎をともし、頬も引きつっている。妖気は解析済みなので、大きな隙が生じればこいつの妖力を封じられるはずだ。

 緊張感がいっそうに増す。

 あと一息だ。

 わたしはさらに挑発の言葉をまくし立てた。

「感情が顔に出ているぞ。お前は今、あの魔法使いの生き血を吸う気なのだろう? だが無駄なあがきだ。なぜなら間もなく死を迎えるのだからな、あの人間は」

 八重歯を見せながら嘲笑(あざわら)うとクロードの顔がさらにこわばった。あらゆる負の感情が混じりあっているのだろう。

 わたしは苦無弾を連射しつつあおり続けた。

「今ならまだ間に合うかもしれないが、わたしを殺さない限りこの防壁(オリ)は消えることはない。早くしないとあの人間は死ぬぞ」

 苦無弾の嵐を防ぎきれなくなったのか、クロードは手近な屍に槍鞭を突き刺す。四つの屍を引き寄せると、そのまま盾にした。屍の盾に数多くの苦無弾が突き刺さる。槍鞭を正確に制御できないほど感情がたかぶっているとみた。畳み掛けるなら今だ。

 わたしは両袖を離した。苦無弾を乱発し、右手で印を切りだす。クロードの妖気を読み取り、脳裏で数字に変換する。あまりの桁の多さは解析の際に確認済みだ。湧き出す数字の源を割り出せば妖力は封印できる。

 封印の計算式を編み、わたしは徹底的に嘲笑う。

「どうした!? カストミラを人間ごときに殺されて悔しくないのか!? 姉弟同士での吸血で辛苦(しんく)をしのいで来たのだろう!? お前の体たらくを目にした姉は、さぞや地獄で嘆いているだろうなあ!!」

「黙れええぇぇっ!!」

 クロードの咆哮(ほうこう)が夜の平原に響き渡る。爆ぜた感情は、これまでの鬱積(うっせき)を晴らすかのような勢いだ。それは行動にもあらわれた。盾にした四つの屍をわたしに向けて投げ放つ。

 迫りくる屍を避けようとしたその瞬間、左腕の傷に激痛が走る。その痛みはわたしに対するカストミラの呪い、あるいは弟を守ろうとする想いなのかもしれない。

 身体の前面に強い衝撃を受けたのはそのときだった。激しい痛みに意識が遠のく。屍と衝突した弾みでわたしの身体は吹き飛ぶ。

 直後、いちめん屍の大地に激突する。背中に衝撃が走り、思わず苦痛の声を漏らす。

 視界には幾多の屍が映り、血と焦げた肉の臭いが不快感をあおる。死体の海へ沈んだわたしは額に右手を添え、頭を振った。

 ……失敗だ。

 妖力の封印は、あと一歩のところで不成功に終わってしまった。カストミラから受けた傷の痛みに、一瞬とはいえ意識を奪われたのが原因だ。

 わたしとしたことが、詰めを誤るとは……。しかし自己嫌悪におちいる暇はない。

 痛みに耐え、わたしは思考を加速させた。

 左腕の痛みさえなければ完璧だったが、まだ望みはある。やつに施した封印式は未完成だが、あとひとつの封印式を加えれば完成だ。そのためには、再び隙を生じさせる必要がある。クロードをまた激昂させれば封印は可能だ。

 ――ただし、好機は一回限り。

 それ以上の挑発行為は、こいつに猜疑心(さいぎしん)をもたらしかねない。疑われたら最後。わたしの策は見破られ、なす術もなく殺されるだろう。

 かくなるうえは最後の好機にすべてを注ぎ、クロードの妖力を封じるしかない。

 結論を出したわたしは、両袖を合わせて立ち上がった。

 屍埋め尽くす草地から足を浮かせ、クロードに目を向ける。紅潮させた顔面と憎しみあふれる瞳に思わず息を飲む。こめかみの血管がハッキリと見えるので、怒りの度合いがうかがえた。

 封印のタイミングを逃すまいとする重責がのしかかる。それを「紫様の意思」と変換し、自分に鼓舞(こぶ)を促す。ふかく息を吸い込む。吐息とともに焦燥や不安は消え失せる。

 眼光を放つクロードに負けじと睨み返す。張り詰めた空気が肌をさすなか、クロードが槍鞭を放つ。押し殺していた感情を解放したせいか、槍鞭の制御に乱れがない。

 襲い来る十二本の槍鞭が、曲線の軌跡をえがく。わたしは軌道を見切り、即時に上昇する。五メートルほど昇ると両袖を離す。その直後、正面に数珠状の妖力を投げた。連なった妖力の球体が膨張した瞬間、右手で印を切る。

「発」

 複数の球体から放たれた赤い光線が大地に降りそそぐ。幾多の屍が吹き飛び、草葉と土煙が立ち昇る。

 目を凝らすと負傷したクロードの姿があった。光線の直撃を受けたのか、左半身が消失している。あれぐらいでは致命傷には至らないだろう。

 十数秒たらずで再生し終えたクロードは、わたしを追って飛翔した。上昇と同時に槍鞭を放つ。狙いすました十二本の刃の蛇がわたしを襲う。

 避けようとした直前、また左腕の傷に痛みが走る。痛みに気を取られた瞬間、身体の数箇所がとつぜん熱を持つ。熱は一瞬で激痛に変わった。右肩、右脇腹、右太腿に槍鞭が突き刺さり、衣服は鮮血でにじむ。貫通しなかったのは、満月が妖怪に与えた恩恵なのかもしれない。

 激痛で顔をゆがめるわたしのそばに、憤怒の形相のクロードが近づく。

「姉さんを愚弄(ぐろう)した異教徒め……! ただでは殺さんっ!」

 怒号を聞いた直後、腹に重い衝撃が走る。痛みの源を見やると、クロードの右拳がめり込んでいた。

 槍鞭を食らった以上の痛みに意識がぶれる。激痛に身を屈めたそのとき、背中へ更なる痛みが襲う。痛みの範囲から両手を組んだ打撃らしい。その衝撃は、わたしを瞬時に落下させるほどの威力だ。

 痛みに耐えつつ飛空妖術を使い、なんとか地上との激突はまぬがれた。屍が乱雑する草地に足を着けたとたん、目まいをもよおす。槍鞭の傷から出血したせいだろう。片膝を着き、わたしは額に右手をそえた。

 クロードの性格からすると、おそらく槍鞭による追撃はない。親族を愚弄された場合、間近で殺さなければ気が済まないはずだ。わたしならそうする。

 姉を失ったこいつのことだ。愚弄したわたしの死を見届けるとみて間違いない。逆に考えれば最大のチャンスだ。それだけ冷静な思考ではないと言える。これを利用しない手はない。

 封印の策を練っていると、屍に降り立つクロードのブーツが見えた。先ほど「ただでは殺さん」と言ったことから、すぐにはわたしを殺さないだろう。わたしは最後のチャンスが訪れたと確信した。

「立て、女狐!」

 起立を促すクロードの語気が荒い。姉を侮辱したわたしに憎しみを抱いているようだ。それに従い、ゆっくりと立ち上がる。

 わたしを越える背丈のクロードは憤怒の形相のままだ。強い殺意が肌を刺す。それに対しわたしは敢えて頬と口元を緩ませた。

「……何がおかしい!?」

 薄ら笑いを目にしたクロードが凄む。

「いや……。やけに口数が増えた、と思ってな」

 鼻で笑ったとたん、襟首をつかまれた。衣服の襟が頚動脈を圧迫する。襟首つかむ両拳を小刻みに震わせ、クロードは怒りの顔を寄せた。

「同じ目にあえばわかる!」

「深い愛情と言うわけか。姉を失ってさぞかし不安のようだな」

 怒気を込める言葉に嘲笑(ちょうしょう)で返す。その裏でわたしは妖力の封印を試みる。

 頭の中にこいつの妖力が数字となって浮かぶ。湧き出す数字の源はすでに特定済みだ。あとは、残り一つの封印の計算式を施すのみ。

 隙をうかがっていると、襟首の絞め付けがいっそうに増す。その圧迫に意識が薄らぐ。

「俺の心は怒りでいっぱいだ! 不安などないっ!!」

 激昂するクロードを目にし、今が好機と悟る。薄ら笑いを浮かべ、人差し指で自分の頬をつく。

「ならば、その冷や汗はなんだ?」

 クロードはすぐさま右手を頬にあてた。紅潮していた顔は血の気が引いている。冷や汗などかいていないにもかかわらず、こいつはわたしの言葉に反応した。不安を抱えている証だ。

 片手で吊り上げられた形になり、薄らいだ意識が覚醒する。

 この瞬間を待っていたのだ! 魔女のようにカマをかけたのは(しゃく)だが……。

 下ろした右手で素早く印を切る。

 だまされたと気づいたクロードの右手が再び襟首をつかむ。

「俺まで愚弄する気か!?」

 両拳の震えが激しい。憤りの形相に戻ったクロードへ、わたしは八重歯を見せた。

「そんな気はない。殺す気でいるんだ」

 言い放った直後、襟首の絞めあげが強くなる。眼光も殺気も同様だ。

「……貴様の浄化を執行する。串刺しの刑だっ!!」

 わたしをよりいっそう高く吊り上げ、クロードの碧眼が憎悪に染まる。すべての槍鞭を突き刺すつもりらしい。だが、わたしの〈計算〉は完璧だ。

 

 クロードの怒号が響き渡って十数秒。名もなき平原は静寂(せいじゃく)に包まれていた。

 当惑する黒衣の吸血鬼が、まったく動かない槍鞭に目を向ける。紅潮していた顔は蒼白に変わり、疑問の声さえ発さない。

「……成った」

 つぶやくわたしに、クロードは真っ青な顔を上げる。無言で大きく目を見開いて驚愕することから、何が起こったか理解したようだ。

 わたしは、こいつの姉に相当するいびつな笑みを作る。

「察しのとおり、お前の妖力を封じさせてもらった」

 そう宣言した直後、クロードの握力が強まる。

「それがどうした!? 貴様を絞め殺すことくらいはできる!」

 襟首をつかんだまま下ろすと、クロードはわたしの喉元をつかみかけた。その直前、印を切る。

「発」

 掛け声と同時に、赤く光る卍型の刃が現われる。わたしの四方に出現した鉤刃が高速で回りだす。その瞬間、クロードは下半身を残して後方に弾けとんだ。遠のく上半身と間近の下半身が屍の海に沈む。

 絞め上げから解放されたわたしは、それまで圧迫していた首をさすった。頭部に滞流していた血液が正常に戻る。襟元をただし、両袖あわす常時の姿勢で考えに及んだ。

 妖力を封じたが、あの程度の傷ではすぐに再生するだろう。その証拠に、足元の下半身は黒い霧と化している。だが、再生はできてもダメージは残っているはずだ。

 妖術で弱らせ、心臓に樫の木の箸を突き刺す。その手順通りにやればわたしの勝ちだ。

 考えをまとめると、視界に再生したクロードの姿が映る。その手には、カストミラの形見となった巨大な十字架を携えていた。

 たしかあそこはカストミラが茶番をさらした場所だったな。やつめ、環集多槍鞭(かんしゅうたそうべん)が使えぬから持ち替えたか。あの女吸血鬼、得物を己の構成に含めなかったようだな。見た目の重量から察すると、自分の速度を抑えるために所持していたのかもしれん。

 まあいい。切り札も増えた(・・・)ことだし、そろそろ反撃に移るとしよう。

 真円を描く煌々(こうこう)とした満月の下、妖力が増幅するわたしは両袖を離す。左右の袖口から残り三十の〈ヒトガタ〉が飛び出す様子を目にしたとたん、思わず頬をほころばせた。

 気の緩みではない。紫様から与えられた使命を果たしている事に、例えようもない充実感を得ているからだ。

「今までにない最高な夜だ……!」

 

 続く。

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