東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第二十四話◇血闘幻葬【中編】

 

「発」

 掛け声と同時に赤い光が放たれる。連なる光球から左右に伸びる光柱。重なり合うほどせまい間隔のレーザーが蝙蝠(こうもり)の群れを飲み込む。次々と焼け落ちる蝙蝠たち。

 九尾妖術〈妖怪レーザー〉が収束すると、(しかばね)の海に沈んだ蝙蝠たちは黒い霧となって消え失せた。霧は四メートルほど隔てた正面に集まりだす。やがてそれは巨大な十字架を拾い上げたクロードとなった。かなりのダメージが蓄積しているらしく、肩で大きく息を切っている。

 肩の環集多槍鞭(かんしゅうたそうべん)はまだ装備されたままだ。おそらく、衣服と同様に身体の一部として構成しているのだろう。わたしにとっては都合がいい。

 それはともかく、これまで受けた傷の痛みがひどくなってきた。左上腕部、右肩、右脇腹、右太ももに熱を帯びたような激痛が走り続けているが、出血は止まったようだ。この分だとしばらくは持つだろうが、油断してはならない。それに、防壁の維持は十分が限度。急がねばならん。

 そう判断し、わたしはクロードとの距離を詰める。間近まで迫ると、黒衣の吸血鬼が十字架を頭上に振りかざす。炎ゆらめく碧眼がわたしを捉える。それに構わず真っ正面から突っ込む。

 大気を裂く十字架が頭上から襲う。すかさず右手で印を切る。

「発」

 掛け声とともに四つの刃が現われた。赤く光る巨大な卍がわたしを中心に回りだす。高速の鉤刃(かぎやいば)がクロードの身体を()ぐ。十字架を持ったままのクロードは絶叫とともに下半身と別離し、勢いよく吹き飛んだ。それを確認し、わたしは術を解く。

 吸血鬼の上半身が屍うずめく大地に沈んだ直後、目の前の下半身は黒い霧と化す。霧が完全に散ると、四メートル先のクロードは勢いよく立ち上がった。

 大岩の前で巨大な十字架を構えるクロードの身体は、いたるところから黒い霧が噴きだしている。それは四肢の関節を含め、これまで与えた傷にも及んでいた。よく見ると、先ほど切断した腰の傷の再生がこれまでより遅い。どうやら、再生に要する妖力は底を尽きかけているようだ。

 わたしに言わせれば、再生できない吸血鬼など雑多な妖怪に等しい。封じてしまえば妖力は無尽蔵に増えることはない。苦悶(くもん)の表情を浮かべていることから、相当のダメージがたまっているのだろう。

 いま少しだ。あと一押しで紫様から与えられた使命を果たすことができる。

 そのように思い及んだとき、黒衣の吸血鬼が十字架を担ぐように構えた。これまでの構えとは異なり、柄の部分をわたしに向けている。異様な構えを目にし、危機感の鐘が頭脳へ鳴りひびく。

 もしや――。

 直感するや瞬時に身をひるがえす。

 やにわにクロードが叫ぶ。

「食らえ!」

 弾ける音とともに柄の末端部が放たれた。音速を超えた末端部がわたしに襲いかかる。髪の毛一本ほどの隙間でそれをかわす。直後に起こる衝撃波。吹き飛ばされたわたしは、頭を庇いつつ屍で埋め尽くす草地に転がった。

 三メートルほどは飛ばされただろうか?

 丸めた背中に鈍い衝撃がつたわる。同時に左腕の傷と、槍鞭(そうべん)を受けた傷が激しく痛みだす。焼けるような痛みに耐えきれず、わたしはその場でうずくまるしかなかった。

 先ほどのあれは切り札だったのだろう。その証拠に連続して撃ってこない。爆発物ではなかったのは幸いだ。炸裂弾なら直撃した瞬間、爆発の衝撃によって身体が四散しただろう。

 直感どおり、避けて正解――。

 ……待て。

 クロードがわたしの行動を読んでいたとすれば? 数箇所の深手を負っているわたしが無理やり回避したらどうなるか? それが狙いで切り札を使ったのならば、素早く攻撃に移るはずだ。

 顔を上げたわたしの目に、巨大な十字架を振りかざしながら迫るクロードの姿が映りこむ。憤怒の形相はもはや怒り狂った鬼と化していた。その表情に我知らずと息を飲む。

 切り札を使ったとなれば、わたしにとどめを刺すことはほぼ確実。それなら新たな“奥の手”で迎え撃つまでだ。

 そのように考え、わたしは目を閉じた。集中力を高めるなか、クロードの迫り来る音が耳に響く。うずめく屍を踏みつけ、()ねのける不快な音だ。

 強烈な殺気が肉迫し、肌を刺す。

「召されよ、女狐っ!!」

 クロードの怒号と同時に、わたしの準備は整った。目を開くと、姉の形見を頭上にかかげたクロードの姿が飛び込む。灼熱(しゃくねつ)の炎のような眼光とともに十字架がわたしを襲う。

 振り下ろされた十字架は――。

「な、何っ!?」

 ――とつぜん止まる。

 そのたくましい両腕には四本の槍鞭(・・)が貫き、こいつの動きを封じていた。それは腕に限ったことではない。背中に残りの八本が突き刺さっている。

 操作できなくなった槍鞭がおのれの身に突き立っているのだ。何が起こったのか理解できないのも無理はない。

 苦痛と疑問の表情を浮かべるクロードに、ゆっくりと立ち上がったわたしは冷たく言い放つ。

「妖力の波長がわかれば、環集多槍鞭の制御を奪うことなど造作もない」

 その言葉にクロードの顔が凍りつく。

「貴様、乗っ取ったのか!?」

「槍鞭は制御できなくとも、再生することや霧と蝙蝠になることができた。――そのことを疑問に思わなかったのか?」

 冷淡に聞き返すと、わたしは環集多槍鞭の制御球へ妖力をそそぐ。直後、クロードの背中に突き立った八つの槍鞭がますます食い込む。わたしは言葉を重ねる。

「――だとしたら大馬鹿者だ、お前は」

 言い終えた瞬間、槍鞭はこいつの厚い胸板をつらぬいた。その強烈な勢いに、クロードは屈強な身体をのけ反らす。振りかざしていた巨大な十字架が屍で埋まる大地に沈む。激痛による絶叫は名もなき平原中に響き、噴きだす大量の血が月光をさえぎる。

 突き出した槍鞭はクロードの心臓を露出させた。動脈と静脈とともに引き出された心臓は激しく鼓動を打っている。その様は、まるでこいつの悔しさと怒りを飛躍的に増幅しているかのようだ。

 

 〔敵の得物である環集多槍鞭の操作を奪う〕

 それがわたしの新たな切り札であり、妖力を解析した際の副産物だ。

 紫様から聞き及んだとおり、雑多な妖怪であれば扱いに難儀するだろうが、わたしには苦もなく操作できた。これも主から授かった知識の賜物(たまもの)だろう。

 十二本の槍鞭を操り、改めてこの武器の恐ろしさがわかった。わたしのような高位の妖怪であれば妖力を中央の制御球に注ぎ、念じるだけで敵を貫いて殺すことができるのだ。この危険性は、外の世界の銃器類に近いものがある。

 この武器が幻想郷のエンジニア集団たる河童(かっぱ)たちに知られたら厄介だ。好奇心旺盛なやつらのことだから、模造品か簡易版を大量生産する事はほぼ確実。しかも悪意がない分、余計にタチが悪い。

 このような武器を幻想郷に残してはならない――と、紫様もそうお考えになるだろう。幸いにもクロードの構成物の一部らしいので、こいつを殺せば消滅するはずだ。

 そう決断し、わたしは屍で埋めつくす草地に横たわる十字架へ手を伸ばした。先端部に触れると無機質で冷たい感触が伝わる。質感から察すると、この十字架は花崗岩(かこうがん)に近い鉱石物でできているようだ。柄の末端部以外に細工を施された形跡はない。

 巨大な十字架を前後逆さで水平に持ち上げる。わたしの身の丈を越えるだけあって相当な重量だ。少なくとも三百キロ以上はあるだろう。その重さに身体中の傷が痛み出す。

 痛みに耐えて十字架の柄をクロードへ向ける。こいつの腹部に狙いを定めたその直後、勢いよく投げ放つ。

 放たれた十字架が月光に(きらめ)く。肉と臓物(ぞうもつ)のつぶれる鈍い音が耳に伝わる。わたしの手から離れた十字架は大気を裂き、平原の象徴である大岩にクロードもろとも突き刺さった。大岩の真横に串刺しとなったクロードの絶叫が響く。

 十字架が貫通した腹部の傷と、槍鞭によって(えぐ)られた胸部の傷は、おびただしい血と黒い霧をふき出す。再生する速度がかなり遅い。霧や蝙蝠の群れに変化して脱出しないことから、吸血鬼としての能力は限界を迎えたようだ。血の泡を吹くその口からは、激痛に耐え切れない声を吐き続けていた。

 串刺しの吸血鬼に、わたしは感心の視線を送る。

 ようやく追い詰めたか……。わたしをここまで疲弊させるとは、さすが不死の王(ノーライフキング)と呼ばれるだけはある。

 串刺しとなった黒衣の吸血鬼が激しい恨みの言葉を吐く。

「貴様のような異教徒は絶対に浄化してやるっ! それが姉さんの意思だ!!」

 憎悪がこもった眼光を受け、わたしは無言のままでいた。いや、何も言い返せなかったのだ。その碧眼の奥にゆらめく光がなんなのかを、わたしは理解した。

 こいつにとってカストミラは信頼し合える唯一の肉親だったのだろう。

 もしも紫様が何者かによって亡き者にされたとしたら? わたしもこいつと同じ気持ちになるはずだ。主の喪失など今まで想像すらしなかった。

 ……わたしとこいつは同類なのかもしれない。奇妙な縁だな……。

 クロードに少なからず親近感を持ってしまったわたしは、当惑が(かせ)となって微動すらできない。

 ためらうわたしの視界に〈ヒトガタ〉を捉えたのは、丁度そのときだった。和紙で出来た大の字を模す三十の“式”が一箇所に集まって滞空している。その中には吸血鬼退治に必要な物があった。魔女が投げ捨てた樫の木の箸で作られた十字架だ。

 適当に交差させた箸は凧糸(たこいと)できつく結ばれ、たやすくほどけるようには見えない。まるで悪必滅を貫徹するあの魔女の信念のように思える。

 この箸を平原の中から探し出すのは思いのほか簡単だった。至極単純な発想だ。あのときあいつは、この箸とともにニンニクも投げ捨てた。ならばその匂いをたどれば良い。

 わたしの推測は的中し、白木に相当する樫の木は入手できた。しかし、迷いの(もや)は晴れないでいる。

 ためらい続けるわたしの脳裏に、紫様の言葉がよみがえった。

 ――「心ゆくまま尽力なさい」

 紫様の意思は何よりも優先させる。

 これまで貫き通してきたわたしの信念が迷いの靄を払い散らす。

 そうだ。我が主と同じ姓を冠する者として、わたしには果たさねばならない使命がある。まさにこの瞬間ではないかっ!!

 迷いは完全に晴れた。

 わたしは〈ヒトガタ〉が探し当てた箸の十字架に手を伸ばす。漆が塗られていないかわいた木の質感を覚える。なめらかな肌触りから、あの魔女と長い年月をともにしたのだろう。

 細い箸を手に持った瞬間、残った〈ヒトガタ〉をクロードへと飛ばす。人の形をした和紙が、あがき続ける黒衣の吸血鬼の四肢に貼りつく。それを視認し、すかさず印を切る。

「発」

 

 続く。




・九尾妖術〈妖怪レーザー〉の元ネタ:式輝「狐狸妖怪レーザー」
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