東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第三話◆敵の名は

「遅いっ!!」

 満月の光が八雲紫、九尾、博麗を照らし出し、待ちくたびれていたわたしは三者の姿を視認したとたん、声を張り上げた。背後に建つ住む者を失って久しい西洋の館は、荒れ果てた姿を月明かりにさらし、わたしの声を響き返す。

 湖畔に建つこの洋館は、かつて外の世界から転移したと聞く。灰色の壁は月光に照らされ白く見える。(おごそ)かだったであろう玄関は扉が外れかけ、獅子を模したレリーフが湖を見つめ続けていた。

 それほど広くない庭は荒れ放題だ。一目で手入れが一切されていないとわかる庭木は枝葉で鬱蒼(うっそう)としている。玄関に続く通路は雑草が生い茂り、長い年月が経っていることを物語っていた。

 廃洋館の入り口である(さび)だらけの崩れかけた門扉(もんぴ)前で三者を待ち続けていた。宙へ浮かせた魔法の杖に足を組んで座っていたわたしは、ようやく訪れた一行に頬杖をつきながら睨みとばす。

 賢者は表情を読み取られまいと、扇子(せんす)で目から下を隠している。相変わらず胡散臭(うさんくさ)い雰囲気だが、ここにわたしがいるとは思っていなかったようだ。

 賢者の後ろにいる九尾は、苦々しい顔でわたしを睨みつけていた。たぶん「本質を見抜け」と言ったことを後悔しているんだろう。

 八雲の姓を冠する二者の後ろに立つ博麗は、いつも通りの仏頂面だ。しかし、かすかに笑みを(にじ)ませている。こいつとは十年以上の付き合いだから、行動を読んでいたとしても不思議じゃあない。

 一人を除き、わたしに送られる凝視は「なぜお前がいる?」と思えてならない。

 ……なんだ? 一度拒んだとはいえ、人を呼びつけておいてだんまりはないだろ!? こっちは二時間近く待ってたんだぞ!

 わたしは座る杖をかたむけ、寄りかかるように頬杖のまま右肘をつく。そして左腕を軽くかかげ、呼びつけた張本人に指をさす。

「さんざん待ったぞ。賢き者なりの釈明を聞きたいものだな」

 妖怪の賢者こと八雲紫へ皮肉まじりに釈明を要求する。当の本人は顔下の扇子を閉じ、わざとらしくため息を漏らした。

「あら、来てたの? 藍の口ぶりから来ないと思っていたわ」

 胡散臭い雰囲気のまま、賢者は笑顔とともに扇子を袖の下にしまう。

 そっちから呼び出したくせによく言う。

 心中でぼやきつつ元の姿勢に戻す。

 ……さっきからわたしを睨む九尾に嫌悪感が増大する。人を粗大ゴミみたいに見るんじゃない!

「あなたの『(かん)のささやき』もいい線いっているわね」

 八雲紫が九尾の後ろでたたずむ博麗に振り向くと、頑健な身体の巫女は無言でうなずき、顔をわたしへ向けなおした。

「早かったな」

 仏頂面にかすかな笑みを覗かせていることから、こいつだけはわたしが廃洋館へ向かうと確信していたようだ。たまに口にする「勘のささやき」とやらか? そんな友人に右手を軽く上げて応え、座っている杖から立ち上がる。

「まあそれはそれとして。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」

 杖を小さくして腰にさげたポーチへ閉まった直後、八雲紫が話をすり替えてきた。

 ……釈明はなしか。

「あなた、ここをどのように割り出したのかしら? 藍から『場所は話す必要がなかった』と聞いたのだけれど」

 控える従者へ肩越しに振りむくと、九尾はいつも合わせている両袖を持ち上げるように一礼した。

 

 八雲紫。

 妖怪の賢者、神隠しの主犯、割と困ったちゃん等、複数の二つ名を持つスキマ妖怪。明治十七年に博麗大結界を張り、外の世界から幻想郷を隔離した張本人だ。

 上品な見かけとは裏腹に権謀術数(けんぼうじゅつすう)が服を着て歩くと言ってもおかしくはない。裏で糸を引くにおいがプンプンするので、正直この手のタイプは苦手だ。ゆえにわたしは敬称を込めず、フルネームか賢者と呼ぶようにしている。

 胡散臭ささえなければ好感を持てるんだが、本人はそれを改めようとしないのはなぜだろう? そんな八雲紫に親睦を持つ博麗と、狂信ともいえる忠誠心を持つ九尾の気が知れない。

 〈境界を操る程度の能力〉を持ち、万物に存在する境界を意のまま操り従える。本人の弁では、夢の中の人や物を強引に現実空間へ取り出すこともできるんだそうだ。

 物事の存在には境界がある。それを任意で操る能力は、論理的創造と破壊をもたらす。このことから「神に匹敵する能力の持ち主」といっても過言ではない。

 

「説明する義務や義理があるのか?」

 腰に手をあて、賢者の質問を突っぱねると、九尾が「魔女! わきまえろ!」と怒鳴った。瞳には炎のような輝きをともしている。夜の湖畔に式神の怒声が響き、やや遅れてわたしの後ろから返ってきた。

 忠誠心ってもんは、こうも一途になれるもんなのか? 他者の下につかないわたしには理解できん。

「いいのよ。妖子はわたしの部下ではないのだから」

 怒りに震える九尾を後ろ手で制し、八雲紫は笑顔のまま再びわたしを見据える。

 月明かりに映えるあの笑顔は、たぶん仮面のような気がする。本心は猜疑(さいぎ)に満ちているのだろう。胡散臭い賢者のことだ。今さらわたしを値踏みするわけじゃあるまい。

「あなたに義務はないわ。でもね、細かい事が気になるとこれから始まる決戦に支障を来たすのではなくて? あなたも同じことを考えているはず。違うかしら?」

 さすがに痛いところを突いてきた。聞きたいことがあるという本心を見抜いたか。だが、見方によってはチャンスだ。なぜなら、八雲紫が利害関係を示唆(しさ)したんだからな。敵の正体も気になるし、ここは賢者の誘いに乗ってみるか。

 意を決し、腰に当てていた手をやや大きめに開く。わたしはこの場所に至る経緯を話すことにした。

「この廃洋館からは湖の全景を見渡すことができる。敵の動向を知るうえで打ってつけの場所だ。対岸の紅い洋館が敵の拠点じゃないのか? それも用意周到かつ統率のとれた一群なんだろう? であれば、幻想郷の(かなめ)が人里だと把握しているはずだ。とうぜん制圧に乗り出すだろうが、総力戦を仕掛けてこない点が気にかかる。戦力を分けても拠点を守りきる絶対の自信があるとみた。違うか?」

 わたしの推論は、九尾との会話から得たキーワードを元に〈深読み〉して導き出したものだ。あいつから得た情報というのは(しゃく)にさわるが、あの状況じゃあ仕方がない。それに〈深読み〉に必要な情報量は十分あった。

 説明を一通り聞いた妖怪の賢者は相好(そうこう)を崩すとともに、片肘を持ちながら見つめ続けている。月光を浴び、顎に指を添える姿は、幼いころに読んだ絵本の中の女神様のようだが錯覚だろう。胡散臭い女神に御利益(ごりやく)などあるものか。

「あなたの推論だけど、だいたい合っているわ。『用意周到』と『統率のとれた一群』の根拠を詳しく聞かせてちょうだい。納得できる理由ならあなたの疑問に答えましょう」

 ……だいたいってなんだ? 微妙に違ってるのか? 根拠を聞きたいのなら聞かせてやろうじゃないか。そのうえで敵の正体を聞き出してやる。

「約束は守ってもらうぞ。最初に疑問を――」

 

 最初に疑問を感じたのは、「敵がなぜ今夜を選んだのか?」だった。

 今日のような満月は妖怪の妖力を増幅させる。人狼(ワーウルフ)しかり、人虎(ワータイガー)しかり、人白沢(ワーハクタク)しかり。吸血鬼も同様だろう。詰まるところ人間以外、敵も味方も今夜は絶好調だ。

 月齢周期は約三十日。一ヶ月以内に計画されたと仮定すると、短期間で人員や装備を整える事ができる敵だと推測される。それを可能にするには、名君や暴君にならぶ優れた統率力が必要だ。

 以上の点をまとめると――。

 

「――以上の点をまとめると、敵は一群の能力と装備をベストコンディションに整えたと推測できる。計画的に満月の今夜を狙った――と、わたしはそう考えたんだが。賢者よ、いかに?」

 〈深読み〉によって導き出した推論を、わたしは八雲紫へ真偽のほどを問う。笑顔を絶やさぬまま見つめ続ける賢者は、わたしの推論を検証しているようだ。今回の推論は九尾との会話で得た情報だけで〈深読み〉したもので、確証とはいえない。八雲紫はどう思っているんだろうか?

 わたしとてただ時間を無駄にしたわけじゃあない。ここで待っているあいだずっと敵の様子をうかがっていたが、拠点たる紅い洋館に動きはなく、名もなき平原に集まった勢力も同様だった。懐中時計を見ながら確認したので間違いない。

 やがて、わたしの推論を検証し終えた八雲紫が話し出す。

「ご名答。それは藍との会話で推測したのかしら? だとしたら大したものね」

 笑顔で称賛する賢者にわたしは戦慄(せんりつ)を覚える。さり気なく推論の根拠を言い当てたのだ。

 「大したもの」はお前の方だ。〈深読み〉の情報元が九尾と瞬時に判断したのだからな。

 天敵に狙われた獲物のように押し黙るわたしに対し、八雲紫は添えていた指を顎から離し、表情を改めていた。それまでの笑顔は消えうせ、胡散臭さが微塵(みじん)も感じられない。目の前にいる者は、まぎれもなく“賢者”だ。

「敵勢力は、カーマセイン・スカーレット伯爵とその一派。外の世界では暴君として名高い吸血鬼。おそらく、恐怖の(かて)を求めて幻想郷へ侵攻して来たのでしょう。こちら側の妖怪とは比較にならない吸血鬼を相手にする以上、人間であるあなたもただで済むはずがない。今一度問います。幻想郷の人柱になる覚悟があなたにはあって?」

 賢者たる風格を漂わせて指差し、わたしへ問いかける八雲紫の姿に思わず固唾(かたず)を飲む。「死に逝く覚悟はあるか?」と聞いているのだ。だが、最初に決めた覚悟は変わらないし、そもそも風格に吹き飛ばされるほど軽いものなんかじゃあない。

 それに吸血鬼の備えは十分してきたつもりだ。そのひとつが首に提げた防御用魔法具、〈紺碧衝壁(こんぺきしょうへき)〉。見た目は五芒星(ごぼうせい)を模した拳ひとつ分のペンダントだが、持ち主に攻撃を与えられた瞬間、小規模な衝撃波が発生し、ダメージを相殺させる備蓄魔力タイプの魔法具だ。四方八方から攻められてもダメージは軽微で済むし、敵をふっ飛ばしてくれるので、まさに一石二鳥!

 ただし物理攻撃に限られるので、魔法や妖術はもとより雨や雪などの自然現象に対して反応しない欠点がある。連続して発動できないが、この衝撃波に耐えられるやつなどそうはいないので問題ないと思う。ちなみに備蓄魔力は満杯だ。

 他にも色々と用意してある。魔力全快秘薬が四本。箸で作った即席の十字架がひとつ。ここへ向かう途中、知人宅から勝手に拝借した陰干しされたニンニクが一株。

 それら全部を腰のポーチに詰め込んできた。準備もしないで吸血鬼に挑めるか!

 一通りの装備を頭の中で確認し終えると、大きく息を吸い込む。

「……死ぬ気はない。わたしが決めた覚悟は、博麗とともに生きて帰ることだ。そのためにここへ来た」

 八雲紫の問いかけにわたしは腕を組み、毅然とした態度で生還を宣言した。

 三人の眼差しが集まるのがわかる。

 ゆるぎない覚悟だと確信するような視線。出しゃばるなと明らかに見下す視線。十年以上のあいだに培われた信頼の視線。その見つめる瞳が、わたしが幻想郷に存在するという現実を認識させていた。

 ……若干一名いやな視線を向けているが、見なかったことにしよう。

「趣旨は違うけど、覚悟は本物みたいね。藍、たった今よりプランBに変更します。いいわね?」

 肩越しに振り向く八雲紫に対し、「御意のままに……」と九尾が両袖を持ち上げてかしこまった。異論はあるだろうが、主の意思を何よりも優先させる。九尾とはそういうやつだ。

 わたしから見れば、主人の指示や命令に受動的で依存しているようにしか思えない。自分で自分を決められないようなものだ。賢者から「死ね」と命令されれば、こいつは喜んで自ら命を絶つのだろう。わたしには理解できないが。

 賢者の問いかけに緊張していたのか、冷や汗が頬を伝う。それを手の甲でぬぐっていると、月明かりに仏頂面と赤い巫女装束を浮かび上がらせた博麗が歩み寄ってきた。

 相変わらず半端ない背丈と頑丈そうな身体つきだな。

 わたしのそばまで近づくと、こいつの息づかいが耳に入ってくる。

 ……そう言えばつい最近、なにやら特殊な呼吸を修得できたと話していたな。たしか「生命エネルギーを巡らさせる呼吸」だとか。

 その話を聞かされたとき、未知の技術や知識に目がないわたしは習得方法をたずねてみた。しかし、あまりにも熾烈(しれつ)な修行内容を聞き、常人には無理だと悟った覚えがある。

「来ると思っていたよ」

 表情とは裏腹に、その声はわたしを信じ抜いた安堵感(あんどかん)があった。博麗の言葉を耳にし、賢者との緊迫したやり取りから解放されたと改めて思う。

「いつから待っていた?」

 わたしがここに来ると予感してたらしいが、先に来ていたとは思わなかったようだ。

 胸ポケットに入れた懐中時計を取り出してみると、長針はⅢをさし、短針がⅧを過ぎている。時刻を確認すると、待ちわびた怒りが再燃してきた。

「ここに到着してから二時間たった! 二時間もだぞ! 幻想郷に技術革新をもたらすかもしれない研究時間をどうしてくれるんだ!?」

 わたしの剣幕に博麗は仏頂面を崩さないものの、微妙に瞳が揺れている。従者になにやら指示を与えている八雲紫も、主の言いつけを聞く九尾も揃ってこっちに振り向いた。

 わたしの嫌いなものを三つ上げるなら、「九尾」と「ウソ」と「研究妨害」だ。研究の時間を無駄にされると、誰であろうがぶん殴りたくなる。怒りが再燃して当然だ。

 数少ない友人のために覚悟を決めたとはいえ、待つ時間にも限度ってもんがある。この煮えたぎる想いを晴らさずにはいられなかった。

 やがて、博麗の微妙に揺れる瞳が、不思議なものを見るかのように変わっていると気付く。

 わたし、何かおかしなことでも言ったか?

 釈然(しゃくぜん)としないものがあると、ハッキリさせたくなるのがわたしの性分だ。物珍しいような眼差しを向ける博麗に対し、腰に手を当てて睨みつける。

「なんだ? 言いたいことがあるならハッキリ言え」

 はたから見れば、姉妹ゲンカかなにかに映るだろう。わたしの頭頂部がこいつの目に位置するくらいの身長差があるので仕方がない。

 廃洋館の周辺は静寂に支配されていたが、博麗の言葉により破られる。

「神社に来れば話が早い、と思ってな」

 ……今の今までその考えに至らなかった。怒る理由が筋違いと気付いた直後、顔面が頬を中心に火照りだす。あまりにもシンプルな答えに、「あ……」としか返す言葉が出ない。

 こいつの背後から「ぷっ!」と八雲紫の吹きだす声と、九尾の漏らすため息が聞こえてきた。

「一本とられたわね、妖子」

 賢者が右手で口元を隠しながらクスクスと笑う姿は、十代後半の少女を思わせた。先ほどの覚悟を問うた風格は欠片もなく、普段の胡散臭さが戻っている。わたしから見れば、バカにしてる態度にしか見えない。

「深読みしすぎだ」

 九尾もバカにした言葉を発す。書斎で見せた最悪な笑顔を再び目にし、ふつふつと(はらわた)が煮立ってきた。しかし、ここで以前に発した博麗の言葉が脳裏をよぎる。

 ――「過ちを認めて糧とすることが大人の特権だ」

 感情を爆発させれば九尾の思うつぼ。「ご覧のように魔女は不覚悟でございます」と告げるに違いない。

 ……また博麗の言葉に助けられたな。

 どうにか腸の煮立ちを抑えて平静を取り戻したわたしは、謝礼と敬意を込め、博麗の瞳を見据えた。

「お前、天才だな」

 わたしが送る最高の褒め言葉を、博麗は仏頂面そのままに、キョトンとした目で見つめ返していた。

 

 続く。




・芳賀峰妖子の能力:深読みする程度の能力
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