東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第四話◇妖怪のプライド

「仰っている意味がわかりかねます」

 紫様に八雲の姓を与えられて千余年。長年仕えてきたわたしが異論を口にしたのは何百年ぶりだろうか?

 従者の身であるわたしが反発したことに、紫様は大仰(おおぎょう)に目を丸くされ、右手で頬を押さえている。わたしが反意を示したことに驚かれたのだろう。その仕草さえ気品にあふれ、思考が鈍るほどの優美さを有す。

 紫様とわたしは湖を背にし、魔女と巫女が(すた)れた館側に立っている。

 現在、我々は月光照らす廃洋館前の湖畔で、作戦の最終調整に入っていた。

 紫様が採用されたプランBの内容は、戦力を二つに分けた連携作戦だ。

 チームAが拠点を攻撃。大打撃を受けた敵は、襲撃勢の撤退の伝令を出す。その伝令をあえて見逃し、残りを掃討。

 チームBは、伝令の知らせで拠点に戻る襲撃勢を尾行し、チームAと挟撃。

 以上が「拠点攻撃による襲撃勢誘導ならびに挟撃作戦」の詳細だ。

 紫様がわたしと魔女に言い渡した命令は、「襲撃勢の方は藍と妖子でお願いね」という容易に承服できないものだった。主の命令は絶対だ。しかし、この命令ばかりは反論せざるを得ない。

 巫女の隣に立つ魔女も、感情むき出しで不満を紫様へぶつけていた。

「ちょっと待て! それはわたしと博麗の役目だろう!? 拠点制圧はお前と九尾でやればすぐ片がつくはずだ!」

 口やかましく異論を唱えているが、わたしには騒音でしかない。夜雀の鳴き声がまだマシだ。

 この組み合わせは、わたしが魔女の住居へ向かった際、紫様と巫女で取り決めたのだろう。仮に巫女の提案だとすれば、こいつはわたしを差し置いたことになる。

「あなた達の気持ちはわかるけど、『妖怪と人間のコンビがより良い効率を生み出す』との意見が出てるの。そうよね?」

 紫様が魔女の隣に立つ者へ同意を求めると、巫女は無言のままうなずく。

 やはり取り決められていたか。この巫女、紫様になにを吹き込んだ?

 巫女に疑念を抱いた直後、魔女がつかみかかるような勢いで紫様に詰め寄る。

「わたしと博麗は、これまで何度も組んできた! その実績はお前もわかっているはずだ! 九尾と組むぐらいなら独断行動をとるからな!」

 紫様の顔前でまくし立てる魔女は腕の幅を広げ、反論を主張した。月明かりに浮かぶ顔は耳の先まで紅潮している。あらん限り張り上げる声は廃洋館の周辺に響き渡り、やや遅れて廃屋から跳ね返ってきた。

 この魔女の無礼を我が主はどのように思っているのだろうか?

 敬語もつけずに主張し続けるこいつは、紫様の寛大な御心によって生き長らえている事を知らぬとみえる。このお方が真に怒りを(あらわ)にされたとき、お前ていどの存在などまたたく間に消えるだろう。

 そんな魔女に対し、紫様は袖下から取り出した扇子(せんす)で顔下を隠していた。口が開くたびに飛ぶこいつの唾を防ぐためだろう。

 わたしも異論を持っているが、この魔女と違って主に対する反抗心は一切ない。紫様が何を意図しているのか確かめたいだけだ。

 ……それにしてもこいつ、賢者たる紫様に対して敬称もつけぬばかりか「お前」呼ばわりするとは……。無礼、無作法、不躾(ぶしつけ)の三拍子だな。しかし、どこまで食い下がる気だ? 駄々をこねる子供か、この魔女は?

 腹に据えかね、力ずくでも黙らせようと思ったその矢先、魔女の悲鳴が周囲にこだました。

「なんのつもりだ、博麗!? 痛たたたっ! 力を入れるな!」

 後ろに立っていた巫女が音もなく近づき、背後から魔女の左手首をつかみ、強引に背中へひねり上げていた。右腋(みぎわき)で魔女の右腕をしっかりと固めているため、巫女の拘束から逃れられないのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。関節をきめられた魔女はそれまでの紅潮がウソのように消え、苦悶(くもん)の表情を浮かべている。

 心なしか涙目に見えるが、月光による瞳の反射に違いない。あれだけ捻りあげるからには、肩と肘の関節にかかる負荷は計り知れないだろう。……痛がる魔女を見ていたせいか、腕の節々に幻痛がわいてきた。

 様々な格闘術に精通しているであろう博麗の巫女が口を開く。

「向こうで話そう。紫、少し妖子を借りる」

 紫様が「手短にね」と答えると、背を向けた巫女は廃洋館の敷地に魔女を連れ出してゆく。

「待て待て! わたしは胡散臭(うさんくさ)い賢者に文句があるんだ! それ以前にわたしを罪人扱いするな――痛い痛い痛い痛い!!」

 二人が錆びついた門扉(もんぴ)をくぐっているはずだが、耳に入る魔女の声量には変化はない。語尾は完全に悲鳴――。

 ……そういえば、あの魔女の悲鳴は現在に至るまで耳にした覚えがない。口を開けば皮肉しか出さないが、悲鳴は年頃の女性そのものだ。

 隣に視線を向けると、フリルのついた白いハンカチを上下に振り、巫女と魔女を見送る我が主の姿があった。

 

 魔女の悲鳴がおさまったころ、わたしは意を決し、紫様へ口を開いた。

「……おそれながら具申いたします」

 満月の光が紫様とわたしの影を廃洋館前の湖畔に映し出している。

 我が主に対して(うやうや)しく一礼するわたしは罪悪を感じていた。紫様の意思に逆らった以上、明確な根拠をしめす義務がある。そもそも異論を唱えることが越権行為にほかならない。

「あなたが異論を唱えたり意見するなんて、今夜に限って珍しいわね。なにかしら?」

 見据える紫様の瞳は空に映える星々のように輝いている。わたしが意見することなど滅多にないので、珍しがるのも無理はない。

「拠点制圧は紫様とわたくしで実行すべきかと。満月の影響により妖力が増大している紫様とならば、吸血鬼どもの殲滅(せんめつ)はじゅうぶん可能と存じます。襲撃勢力は返す刀で討伐できましょう」

 根拠というよりは言い訳に近かい。袖を持ち上げて締めくくると、それまで輝いていた紫様の目はくもっていた。わたしの言葉がご期待に沿えるものではなかったらしい。

 紫様とわたしの間に沈黙がおとずれる。

 ときおり吹く風が湖畔の周囲に広がる草木を揺らし、湖面に映る満月がさざ波でゆがむ。廃洋館から魔女の怒鳴り声が聞こえてくるが、それを仏頂面のまま聞く巫女の姿が容易に想像できる。

 野良犬のエサにもならない喧騒は放っておくとして、紫様の答えを待つことが先決だ。

 やがて、紫様が憂いたように小さなため息を漏らす。

「要するに妖子と組みたくないわけね。けど、私情をはさんだ人事変更に意味はあるのかしら? 仮にわたしがあなたと組んだとしても、プランAとなんら変わらない。そうは思わなくて?」

 わたしを(さと)す紫様は憂い顔だが、瞳に威圧めいた光をともしていた。主の眼差しに、袖を合わせたわたしの両手が汗でにじむ。

 紫様が仰ることはもっともだ。実際わたしは私情をはさんでいるが、それ以外の懸念がある。

 越権行為を重ねることにためらいつつ、わたしは紫様へ進言を試みた。

「お言葉を返すようですが、それでは幻想郷の(ことわり)が守れません。明治十七年の〈博麗大結界〉による外の世界との隔離の折、『人間は妖怪を恐れ、それを(かて)とする者が人間に恐れを与える』と、あなた様から教わった(ことわり)でございます。なにゆえ人間などと共闘できましょう」

 進言というよりは忠言に近かった。わたしの話を聞いていた紫様は、それまでの憂い顔を真剣な表情に改めている。わたしに向ける眼差しは、心の内を見透かしているような光へと変わっていた。

 このお方はわたしの懸念に対してどのような心持なのだろうか? 「従者の身でありながら、主の意思に従わぬばかりか、異論や忠言をするなどおこがましい」と思われても仕方がないのかもしれない。紫様の心内を知ろうとする衝動は抑えられないでいる。

 人間は日常文化に当てはまらない現象が起こった場合、危機意識から恐怖を生む。恐怖を与える立場の妖怪が矮小(わいしょう)な人間とともに戦うなど、わたしのプライドが許さなかった。

 永遠に思えるほどの長い沈黙は、紫様が口を開くことで破られる。

「あなたの気持ちはよくわかるわ。今日(こんにち)にいたる幻想郷はその(ことわり)により成り立っていることも」

 一呼吸の間をあけ、紫様は右手で大きく髪をかき上げた。八つに分け束ねた内の二房が舞い上がり、月光に映える。宙を舞った髪が元の位置に戻ると、湖へ身体を向けられた。後ろ手を組みながら夜空をながめる紫様は、どことなく(はかな)げなように見える。

「ただね、時代は変わりゆくものなのよ。“時代の流れに適応するには、変化を求めることが重要”とわたしは考えているの。変わらぬ時代に固執するようでは、やがて幻想郷は閉塞(へいそく)し、存在理由をなくした末に滅びゆく。それを回避するには、この世界に住むすべての者が“変化を求める心”を持つ必要がある。そうは思わなくて?」

 わたしに幻想郷の未来を語る紫様は真面目な顔で振り向く。賢者たる風格を漂わせるその姿は威厳に満ちあふれ、わたしよりやや高い背丈にもかかわらず巨大に思えてしまうほどだ。その言葉が、わたしの疑問を氷解させてゆく。

「……わたくしにも『変化を求める心』を持てと仰っているのでしょうか?」

 わたしの問いに紫様は「わかってるじゃない。その通りよ」と満足げな笑みを作る。その笑顔に応えようにも、新たな疑問の陰が(きざ)す。

 紫様の指示や命令なくして行動できるのだろうか?

 そんなわたしに、主は心中を読んでいたかのように語りだす。

「あなたも十分に変わる兆しを表しているんだけど、気が付かないかしら?」

 紫様の指摘に心当たりなどあるはずもなく、わたしはうつむき加減で考えに及んだ。

 主の意思に従うのが従者の務め。受動的態度は自覚している。他者から「小間使い」「腰巾着」「スキマ妖怪の犬」と揶揄されようとも、わたしはそれを愚直なまでに守ってきた。紫様の指示や命令で行動したわたしは、常に正しい結果を出し続けてきたからだ。

 考えあぐねているわたしをじれったく思ったのか、紫様は答えを提示された。

「芳賀峰妖子の存在が、あなたを変える切っ掛けになるわ。認めたくないでしょうけど、事実として受け止めなさい」

 あまりにも意外な答えに、落雷のような衝撃が全身を伝う。それまでうつむいていたわたしは、思いもしない名を口にした我が主へ、勢いよく顔を上げる。そこには、湖に向けていた身体をわたしへと改め、真剣な眼差しを送る紫様がたたずんでいた。

 あの魔女がわたしを変える鍵である、と仰るが、お(たわむ)れとは思えない。わたしがあの魔女に影響を受けるわけがない。たかが人間風情に共感するなどあろうものか!

 心に否定の嵐が吹き荒れる。

「仰っている意味がわかりかねます」

 気が付けば、組み合わせの命令直後と同じ言葉を口にしていた。頬に汗が伝う感触を覚える。平静をよそおうも、紫様の射抜くような眼差しの前では無意味にひとしい。

「じゃあ聞くけど、わたしがいつ『芳賀峰妖子を嫌いなさい』と命じたのかしら? 妖子を『あの魔女』と呼び、彼女の皮肉に反発する言動は、自発的な意思ではなくて?」

 わたしは紫様の指摘に返す言葉どころか、声までも失う。あの魔女を意識していた事実に、たった今自覚してしまったからだ。

 人間相手に感情をむき出していた自分が情けない。これでは妖怪の面目が丸潰れではないか。しかも、よりによってあの魔女を無自覚に意識していたとは……。わたしは妖怪の面汚しだ。

 自身を卑下(ひげ)すると同時に再びうつむいていると、紫様の声が耳にはいる。

「藍を責める気はないわ。むしろ自発的傾向を見せるあなたに喜びさえ感じているのよ。負の感情とはいえ、それは藍自身が決めたことに変わりはないのだから。これを機会にあなたが能動的となり、いつの日かわたしと双璧をなす時代が来るといいわね」

 その言葉を聞き、わたしは紫様へ顔を向けた。見つめる瞳は期待感に満ちている。心からの期待に応えることこそ、従者が主にできる最大の恩返しだ。

 ……もしや、わたしの変革を促すために、紫様はあえてプランBへ変更されたのだろうか? それが真実ならば、幻想郷を我が物にせんとする侵攻者よりも、式神であり従者たるわたしに重きを置いたことになる。このわたしをそこまで想って頂ける以上、なんとしてでも本作戦を成功させなくては。それを実行するにあたって大きな問題がある。

「ですが、わたくしとあの魔女とのあいだに協力態勢を敷くなど、不可能に思えてなりません」

 本作戦における最大の問題を紫様へ提起する。わたしとあの魔女にある溝は計り知れない。それを解決しない限りは共闘など不可能だ。そんな不安をよそに、紫様は含み笑いを浮かべる。

「博麗の巫女が妖怪と人間のコンビを提案したとき、あなたと同じ質問をしたのだけれど、彼女、なんて答えたと思う?」

 わたしの不在時の情景を思い出したのか、我が主は笑いをこらえている。月光を浴びるその姿は、大陸の神話に記された月の女神のようだ。

 あの巫女の思考が読めないので「わかりかねます」と答えると、紫様は巫女の言葉を口にする。

「彼女はこう言ったのよ。『あの二人の間には、協力関係などという都合の良い言い訳は存在しない。あるとすれば、単独行動から生じる結束力だけだ』――ですって。面白いでしょう? 人一倍寡黙な彼女が、今のあなた達を的確に言い表しているのだから」

 言い終えた直後、紫様はこらえていた笑いを愉快そうに吹きだす。まったく同じ感想を持ったわたしは頬がゆるんでいた。

 ……確かにわたしと魔女は協力関係など築きようもない。だが、共通の敵が現われ、戦闘を余儀なくされたのなら話は変わる。排除のために結束力が生じるのは必然と言えるだろう。それにあの魔女が悪必滅をかかげる以上、選択の余地はないはずだ。

 あの巫女がそれを意図して発言したとすれば、紫様と違う意味で底が知れない見識を持っている――かもしれん。

 それまで抱いていた疑問が消え、わたしは清々しい気持ちになっていた。これほどの爽快さは久しく味わっていない。

 表情を引きしめ、わたしは姿勢を正す。従者の身でありながなら主に異論を唱えた罪は重い。

「出すぎた発言を致しました。数々の無礼をお許しください」

 わたしが深々と頭を下げると、紫様は陶磁器のように白く清らかな手を顔前で振る。

「謝る必要はないわ。私情を挟んだのはともかく、あなたは幻想郷の未来を思って発言した。それを(とが)める気はないわ」

 さすが賢者と呼ばれるお方だ。その見識と同様に御心も大海のごとく広大であり、そしてなによりも底深い。

 わたしが心中でそのように感嘆していると紫様が呼びかけてきた。

「藍。幻想郷の未来のために、心ゆくまま尽力なさい。芳賀峰妖子とともにね」

 満月の明かりに照らされる笑顔まぶしく、紫様は意思を示された。

 主の意思は何よりも優先させる。

 それが従者としての務めであり、わたしの存在意義だ。自発性を鍛えるのは今宵(こよい)の決戦のあとからでも遅くはない。

「承知いたしました。それにつきましてお願いがございます。九尾妖術〈妖怪レーザー〉、ならびに飯綱(いづな)術式〈アルティメットブディスト〉の使用を――」

「許可します。『心ゆくまま』の意味、わかるわね?」

 全身全霊をもって遂行せよとの仰せだ。主の望みはわたしの望み。主が幻想郷を真摯(しんし)に愛しておられるなら、当然わたしも幻想郷を愛している。

「御意のままに……」

 使命を与えられ、あふれる歓喜を隠しつつ一礼する。ここから先はわたし自身で方針を決めなければならない。

 襲撃勢のほとんどが在来妖怪と思われる。その中から西洋妖怪を見つければ勝機はあるはずだ。大陸の吸血鬼だとすると文献などに記された弱点は宛にはならない。妖波を解析できれば弱点が明確になり、勝利は磐石なものとなろう。伝令の到着する時間が鍵だな。

 ……問題は〈風呂のフタ〉だ。ただでさえわたしを苛立たせるあの魔女が大人しくしているはずがない。どうにかして主導権をにぎる必要があるが、一筋縄ではいかないだろう。

 本来なら総力をもって拠点制圧するべきなのだが、紫様はわたしに「変化を求める心」を促すため、あえて最善策を選ばなかった。ここで奮起せねば、断腸の思いで吸血鬼掃討を二の次にされた紫様の意志に背くことになる。我が主のご期待に沿うためなら、あの魔女とともに戦うことさえ(いと)わない。

 ……最悪の場合、あの魔女の皮肉を一晩中聞かされることになるが――。

 わたしが自発的になる道は前途多難なようだ……。

 

 続く。




・博麗の巫女が発言した元ネタ。
攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX
荒巻大輔
「我々の間には、チームプレーなどという都合のよい言い訳は存在せん。有るとすればスタンドプレーから生じる、チームワークだけだ」
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