東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第五話◆決意と覚悟とけじめ

 

「待て待て! わたしは胡散臭(うさんくさ)い賢者に文句があるんだ! それ以前にわたしを罪人扱いするな――痛い痛い痛い痛い!!」

 博麗に背後から両腕をきめられ、廃洋館の敷地へ連行されるわたしは情けない悲鳴をあげていた。左手を右肩後ろまで回され、そのうえ右腕がこいつの(わき)下で固められているから手の出しようもない。両腕をひねり上げた状態なので否応(いやおう)なく前傾姿勢になってしまう。頭突きをしようにも届かないだろうし、だいたいこいつに効くはずがない。

 もがけばもがくほど関節の痛みが倍増する。千切れんばかりの痛みに耐え切れず、とうとうわたしは根をあげた。

「わかったからっ! 降参するからもう離してっ!!」

 懇願(こんがん)が届いたのか、それとも敷地に着いたのか、博麗はようやく両腕の拘束をとく。解放された直後にバランスを崩すものの、両腕をバタつかせてなんとか転倒は免れた。どうやら腕は左右ともに壊れていないようだ。

 節々に鈍い痛みが残っているが、これでも加減してくれた方なのだろう。こいつが本気を出せば、わたしなんかの細腕は根元から引き抜かれていたに違いない。

 各関節をさすりながら敷地内を見渡す。

 鬱蒼(うっそう)と生い茂る密林を思わせる庭の木々。敷き詰めた石畳の隙間から雑草が伸びる通路。(おごそ)かだった片鱗を見せる外れかけた玄関の扉。

 荒れ果てたその風景は、侵攻者に蹂躙(じゅうりん)された人里の末路を思わせた。

 幾分か痛みが治まったので博麗に身体を向け直す。すると鉄面皮(てつめんぴ)な顔をかすかに険しくさせている。上背のあるこいつと、子供のころに亡くなった父親の姿が重なり、わたしは一瞬だけ縮こまってしまった。

 廃洋館の庭へ連れ込んだ博麗がわたしを見据える。

「組み合わせを紫に提案したのはわたしだ。文句ならわたしが聞く」

 直立不動のまま話す博麗の瞳が熱を帯びたように揺らいでいる。八雲紫に詰め寄った態度を(とが)めているようだ。

 以前から気になっていたが、なぜこいつはあの胡散臭い賢者を信用しているんだ? 尊敬や羨望(せんぼう)が入り混じった眼差しをあいつに向けているが、それだけとは思えない。

 賢者たる風格や威厳を持ちあわせ、並外れた見識を有しているのは認める。だが、それゆえに考えが読みにくい。

 今夜の件にしてもそうだ。博麗大結界の管理者とはいえ、こいつの提案を思慮なく採用するはずがない。きっと何らかの狙いがあるはずだ。八雲紫の手駒になる気はないが、博麗を死なすわけにはいかない。

 わたしの心は、賢者に対する猜疑(さいぎ)であふれ返っていた。

 廃洋館の敷地にたたずむ博麗は、賢者の狙いに対して苦慮するわたしを知ってか知らずか、変わらない表情を浮かべている。それほどまでに八雲紫を信用しているのだろう。そう考えたとき、心の底にジリジリとした(くすぶ)りを覚えた。それは、胡散臭い賢者から博麗をとられまいとする、嫉妬にも似た保護感情なのかもしれない。

 意を決し、わたしは腰に手を当てて数少ない友人へ詰め寄る。

「博麗、ありのまま答えろ。八雲紫に何か吹き込まれたんじゃないのか?」

 真っ直ぐな心を持つ友人は、凄むわたしにひるみもしないで首を横へ振る。こいつの無口っぷりは昔から変わらないが、嘘をつかない点も同様だ。

 わたしは質問を続ける。

「自分の意思で参戦を決めたのか?」

 今度は頷いているので賢者にそそのかされたわけではないらしい。

 それじゃあなぜ死地へおもむく決心をしたんだ? そもそもこいつは自ら戦いを望むような戦闘狂なんかじゃあない。むしろ常人には思いつきもしない苛烈(かれつ)極まる修行を趣味にするようなやつだ。無欲のこいつのことだから金銭目当てとは思えない。

「八雲紫はわたしに『死に逝く覚悟』を問うた。お前にも確認してきたんだろう? 二つ返事で即答したお前の決意はなんだ? 何がお前を突き動かした!?」

 語尾になるにつれ口調がきつくなる。質問が詰問に変わるほど、わたしは博麗の本心を知りたかった。

 こいつが参戦する動機、理由、そして真意を知らずして友人と言えるか! それを確認しなければここに来た意味がない。

 やがて、質問責めに首の動きだけで答えてきた寡黙な巫女が声を発す。

「正義」

 たった一言の本心を聞いたとたん、その単純すぎる答えに熱を奪われた。同時に全身から力が抜けゆく感覚を味わう。こいつの本質は純粋そのものだから、難しく考える必要などなかったのだ。

 いまさらになって博麗の純粋さを再確認したわたしは、あれこれ思考を巡らせていた自分がバカらしく思えてならなかった。

 

 肩と腕の痛みがようやくひけたころ、わたしは博麗の参戦理由を知った。

 こいつが言うには、愛する幻想郷へ侵攻してきた外来妖怪に対して八雲紫が逆上するおそれがあるらしい。それを抑えることも参戦理由のひとつだと言う。あの賢者がブチ切れるとは思えないが、わたしに比べてあいつと会う機会が多い博麗の言うことだ。まず間違いないんだろう。

 それにしても、敵を心配するとは相変わらず甘い考えだな。だが、この優しさがこいつの美徳でもあるんだが。悪必滅を貫くわたしとは大違いだ。

 参戦理由はわかったが、もうひとつ重要な問題がある。わたしと九尾が組むことだ! その件の原因を作った張本人に、わたしは再び詰め寄った。

「なぜいけ好かないあいつと組まなきゃならないんだ!?」

 張り上げた声が庭中に響き渡る。

 露骨にいやな顔をするわたしへ、博麗は普段の仏頂面で聞き返す。

「なぜ藍を嫌う?」

 九尾に対する嫌悪を口にするたび、こいつは同じ質問をする。こいつなりに仲を取り持つつもりらしいが、わたしからすればお節介以外の何ものでもない。

「わたし個人の問題だ。何度も言わせるな」

 このセリフを口にするのも何度目だろうか? 少なくとも、こいつの口数を上回るのは確かだ。

 わたしを気にかける眼差しは慈愛に満ち、さながら菩薩(ぼさつ)様のように思える。なぜかその視線に後ろめたさを感じた。わたしは唇を噛みしめ、顔を逸らす。

 九尾とは浅からぬ因縁があるが、この場で口にすることじゃあない。それよりも、わたしと九尾を組ませようとする博麗の意図がさっぱりわからん。

 こいつの気持ちはわずかな表情の変化で推測できるし、悪癖の予兆も大体わかる。だが、何を考えているのかはまるでわからない。そもそも他者の心や考えがわかる者など、〈(さとり)妖怪〉以外にいないだろう。それ以外がいるとしたら、こいつの考えを是非ともお教え願いたいものだ。

 ――今すぐここで!

 つのる苛立ちに後頭部をかきまくるも、気休めにもなりゃしない。自身の胸に手を当てると同時、思いのたけをぶつける。

「わたしはお前の力になりたいからここへ来たんだぞ! お前のために決めた覚悟を無駄にさせる気か!? だいたいわたしが九尾と組んで協力関係を築けると本気で思ってるのか!? あんなやつと組むなんてまっぴらだ!!」

 一方的にまくし立てたわたしは、上気した身体にこもる熱を排出するような荒い息づかいでいた。そよ風が火照(ほて)る肌に涼を与えるも、心地よさを味わう気分ではない。耳に入るのは、わたしの呼吸音と枝葉がする音だけだ。

 わたし達のあいだに重い沈黙がおとずれた。やがて博麗は、頑健な身体に内包する肺腑(はいふ)の限界まで息を吸い、そして吐き出す。

「妖子、何か勘違いしてないか?」

 博麗の瞳に炎のような光が揺らいでいる。その表情は、わたしをここへ連行した直後と同様だった。

 わたしが勘違いしてる、だと? 何に対して?

 心中で疑問符をつぶやくと、博麗に対して憤然と聞き返す。

「勘違いだって? 根拠はなんだ!?」

「お前のためにチームを組むんじゃない。チームを組むためにお前が必要だったんだ。それでも我を通すと言うのなら、それは私情だよ」

 わずかな険しさを滲ませる顔とは裏腹に、その声はどことなく悲哀が込められていた。それを耳にした瞬間、頭の中でその言葉が幾度も繰り返され、わたしは硬直する。博麗を生かして帰す“覚悟”が“私情”だと、ほかならぬ本人に指摘されたからだ。

 熱い想いが込められた言葉のお陰で、わたしは過ちに気づいた。

 ……こいつの言う通り、わたしは勘違いをしていた。博麗を生かす覚悟そのものは本当だ。それを九尾と組むことへの否定材料にしてしまったことが間違いだったんだ。そんなわたしを博麗は、「共闘できない言い訳を“覚悟”だと思い込んでいる」と見抜いたのだろう。

 それじゃあ、なぜあいつと組む必要があるんだ? いがみ合う者同士がうまく連携できるとは思えない。

 疑問をふたつに絞り込み、硬直する身体を無理やり解いたわたしは、二本の指を顔前へ立てた。

「博麗、ふたつだけ答えてくれ。わたしとあいつが組む理由は? それと、いかにして協力関係を築けるか? ――だ」

 このふたつの疑問だけ、わたしには解けようもなかった。

 八雲紫がこいつの提案を採用するからには相応の理由があるはずだ。博麗は、その場しのぎの意見をするほど浅はかな人間ではない。その事は、十年以上つき合ってきたわたしがよく知っている。

 やがて、ふたつの質問を突きつけられた博麗は、落ち着いた口調で回答し始めた。

「妖子の〈深読み〉と、藍の〈計算〉の相性がいいと考えたんだ」

 一つ目の質問の答えに「なるほど」と心中でつぶやく。

 わたしが〈深読み〉による予測を立て、九尾の〈計算〉で確定させるわけか。役割分担できれば負担が減り、そのぶん攻め手を増やせるだろう。……お互いに歩み寄れば――だが。

 最大の障害をどのように越えるか? その疑問に対し、博麗は大きく息を吸い込む。

「妖子と藍の間には、協力関係などという都合の良い言い訳は存在しない。あるとすれば、単独行動から生じる結束力だけだ」

 博麗の言葉に、氷雪魔法のような衝撃を受けたわたしは瞬く間に凍りついた。その言葉には重厚さがあり、例えるなら、熟練者達をまとめ上げる統括者。そんな風格と威厳が今の博麗に備わったような感じを覚え、微動することなく聞き入っていた。

 こいつがこれほど口を動かすことは滅多にない。いつも大事なときに重みのある言葉で(さと)し、たしなめ、鼓舞(こぶ)を促す。わたしがこれまで魔法使いとしてやって来れたのは、こいつが口にしてきた数多くの言葉のお陰だ。

 そんな友人が、硬直しているわたしに優しく語りかける。

「今夜だけでも藍を信じてみないか?」

 温もりのある仏頂面を目にし、固まった身体が緩む。気が付けば頬も同様になっていた。

 強さと寡黙さは幻想郷一であろうこいつに、こうして背中を押されたのは星の数だ。まあそれはそれとして、今の話を冷された頭で〈深読み〉してみるか。

 犬猿の仲である九尾と協力関係をむすぶ可能性はゼロに近い。少なくともわたしから歩み寄ることはないし、あいつもそうだろう。

 そんなわたし達に共通の敵が現われたとしたら? 例えば今夜と違って戦える者がわたしと九尾しかいなかった場合、否応なく共闘するしかない。八雲紫の命令であれば、九尾も組まざるを得ないだろう。

 普段からいがみ合う魔法使いと式神が、戦場を共にするなど前代未聞。鴉天狗のブン屋が血相変えてシャッターを押しまくる姿が目に浮かぶ。

 それにしても「単独行動から生じる結束力」とは、言い得て妙だな。こいつがこれほど口数を多くして語ったんだ。不本意だが、今夜だけ“狐につままれて”みるか。

 意識せず苦笑する表情をわたしは引き締める。覚悟を曲げるからには、相応のモノを求めなければならないからだ。わたしは博麗に改めて視線を向けた。

「お前の言いたいことはわかった。私情を挟んでいたのは認める。今夜に限り九尾と組もう。ただ、わたしの覚悟を無駄にさせたけじめ(・・・)はつけてもらうぞ」

 確固たる決意を声に乗せ、わたしは博麗を指差す。八雲紫の問いかけに大口を叩いた手前もある。そう簡単に覚悟を曲げるわけにはいかなかった。

 博麗とともに生きて帰る意思は今も変わらない。しかし、わたしが決めた覚悟は、こいつのそばで戦うことを前提としたものだった。これをただで曲げたとあっては、魔法使いの端くれとしていい恥さらしだ。

 わたしの要望に「わかった」と口数少なく答える博麗の目には、想いを汲んだような力強さがある。こいつなりの贖罪(しょくざい)なのだろう。そんな博麗に、硬い意思の表れである握り拳を突き出す。

「博麗、帰ったら一発殴らせろ」

「今じゃダメなのか?」

 わたしの要求に、こいつはわずかだが眉を動かす。けじめをつける時期がおかしいと思ったのだろう。

 今殴っては意味がない。こいつもわたしと同じ立場になれば、きっと同じことを考えたはずだ。

 わたしは拳をさらに突き出す。

「ダメだな。お前が生きて帰る口実を作ってやったんだ。それでは不満か?」

 そうだ。これは生還を意識させるお互いの口実だ。

 覚悟を無駄にされたわたしはこいつを殴る権利がある。こいつはそれを無駄にさせた責任を負う義務がある。これを断ろうものなら“博麗の巫女”の名がすたるってもんだ。

「いや、不満はない。神社に帰ったらわたしを殴れ」

「約束したからな。破ったら縁を切るぞ」

 必ず帰るという約束を交わしたわたし達は、再確認する意味で拳と拳を小突き合わせる。それが二人だけの合図だ。

 硬い皮膚に包まれたこいつの拳を突き合わせるのは、数えだしたらきりがない。その度にこいつの拳から伝わる温もりは忘れたことはない。相変わらず硬くてささくれ立った温かい手だ。

 殴るために生還しようとするわたしは微笑みを浮かべ、殴られる約束を受けてくれた博麗も、仏頂面にわずかながらも笑みを滲ませていた。

 

 続く。




・博麗の巫女が発言した元ネタ。
仮面ライダーSPIRITS
一文字隼人
「正義」
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