東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第六話◆明日は別腹

 

 話がまとまったわたしと博麗は、敷地の庭から八雲紫と九尾のいる廃洋館前に戻った。湖面に浮かぶ満月はさざなみでゆがみ、風が湖畔に茂る草葉をなでている。決戦前だというのにその風景は印象深く、まるでこの世で最後に見る景色と思えた。……縁起が悪いので、払い落とすように頭を振るう。

 九尾と向かい合っていた賢者が「あら? 思ってたより早かったじゃない」と、白々しい笑みを浮かべながら迎える。こいつのことだから時間通りだと思っていたに違いない。

 九尾も主と同様に顔をこちらへ向けているが、その表情はどことなくさっぱりしたものになっている。賢者に(さと)されたんだろうか? それでもきつめな視線は変わらないが。

 九尾を睨み返した直後、八雲紫が厳しくも冷静な口調で話す。

「これより『拠点攻撃による襲撃勢誘導ならびに挟撃作戦』の決行にあたって最終確認をします。わたしとあなたで拠点を強襲。救援の伝令は“見逃して”それ以外を制圧。藍と妖子は、伝令の知らせで退却する襲撃勢を尾行。拠点制圧後のわたし達とあなた達でこれを挟撃し、全滅させる。大丈夫だと思うけど、もしも作戦が破綻した場合は各自の判断に任せます。いいわね?」

 賢者の確認に博麗が無言でうなずき、九尾が「御意のままに……」と一礼し、わたしは「仕方がない」と頭に両手を回す。応じる仕草は様々だが、異論を唱える者はもういなかった。

 あとは予定通りに行動し、西洋妖怪勢を全滅させるだけだ。例え命乞いしようが話し合いに持ち込もうが、皮肉で返し――。

 ……ちょっと待て! 外国の妖怪に日本語が通じるのか!?

 異国語といっても英語や仏語など色々ある。そもそも敵が外の世界のどこの国なのかも不明だ。賢者と九尾は長いこと生きているので、異国の言葉を話せても不思議じゃあない。言葉の壁がある限り、わたしの皮肉も通じないだろう。

 この緊急事案を賢者にさり気なくたずねてみる。

「そう言えば、相手は西洋妖怪なんだろ? 言葉の壁はどうする?」

 両手を頭の後ろに回したまま八雲紫にたずねると、こいつの式神が鋭く睨んできた。

 敬語すら使わないわたしの態度に立腹しているようだ。だが、わたしは賢者の配下に加わったわけじゃないし、博麗のように親睦を持った覚えもない。誰の下にもつかない魔法使いは気楽な立場なのだ。

 九尾のにらみは無視し、賢者に視線を戻す。すると作戦の首謀者から大きなため息を見せつけられた。

「魔導書の大半は異国語で書かれているはずなのに、それでよく魔法使いを名乗れるわねぇ」

 わざとらしく肩をすくめる賢者の姿が目に映った。その瞬間、わたしに流れる血のすべてが頭部へと集中する。そして頭へ回した手を腰に当てた。

「うるさい! 魔導書を読み書きできる者が異国語すべて話せると思うな! ……ほんの少しだけしゃべれる程度だ。博麗、お前もそうだろう?」

 となりに立つ巫女へ同意を求めると、強く頷いている。拳で語るこいつは肉体言語という共通語を持つので、覚える必要がなかったのだろう。

 ……それにしても、今夜に限って怒鳴りっぱなしな気がする。研究を邪魔されたからか? なんにせよ、これから制圧に乗り出すんだから、落ち着かないとダメだ。

 左右の頬を叩いて咳ばらいし、表情を引き締める。その直後、九尾が意外なことを口にした。

「わたしが通訳してやってもいい」

 ……なんだって!?

 驚きを心中に押し込み、九尾を見やる。さっきまでの鋭く睨んでいた顔は鳴りをひそめ、澄ました表情でたたずんでいた。

 わたしの前ではいっつも見下す顔を見せていたが、どういう風の吹き回しだ? 普段のこいつなら、こんな風に自発的行動はしないはず……。何か裏があるな……?

 疑心めいた気持ちを腕組で隠し、「ただじゃないんだろ?」と返すと案の定、九尾は薄ら笑いを浮かべた。

「察しがいいな。なら話が早い。今までの紫様に対する数々の無礼を、相応の態度で示せ。自ら礼儀知らずと認めるのなら、わたしが外国語を翻訳すると約束しよう。それがいやなら黙って働け。せっせとな」

 思った通りだ……。

 要約すると「通訳を頼みたきゃ土下座しろ」ってわけか。わたしを見る九尾の目になにかしらの魂胆が感じられない。どうやら通訳を請け負うのはウソではないようだ。それにしても土下座とは穏やかな話じゃないな。

 わたしを礼儀知らずと思っているらしいが、あいにく人並みの礼儀作法は身につけている。真に敬意を表する者に対してはわきまえるが、胡散臭(うさんくさ)さただよう賢者に対する敬意などない。博麗と約束はしたが、こんなイヤミ全開な九尾の言いなりなんてごめんだ。

 「やなこった」と、言いたいところだが、ただ断るだけじゃ面白味がない。三者の注目を浴びるなか、どうしてくれようかと思考を巡らせていると、土下座に相反する作法がひらめく。

 わたしは大きく肩をすくめてみせた。そのあと、深い吐息とともに肩の力を抜く。夜でも目立つ黒い尖がり帽子を目深に被りなおしたのち、ただした姿勢で背筋を伸ばす。この動作をわびる決心と捉えたのか、九尾の薄ら笑いが明確なものになる。

 してやったり顔の式神へ身体を向け直したわたしは、丈が長いスカートの裾を軽くつまむ。そのあと左足を右足の後ろに引き、片膝を折り曲げた。

 この所作は北欧における伝統的礼儀作法、カーテシーというものだ。しかしこれだけではインパクトに欠けるので、わたしなりのアレンジを加える。

 最敬礼をする場合、本来は帽子を脱ぎ、深くお辞儀をするんだが、それをあえて省いた。帽子を脱がず、背筋を伸ばしたままのカーテシーは「礼儀作法ぐらい身に付けているが、お前に示す敬意はない」との意思の“お上品”な皮肉だ。

 ダメ押しで八重歯が見えるぐらい口の端を吊り上げると、わたしは声を放つ。

「やなこった」

 上品な反抗を目の当たりした三人が、異なる反応を示した。九尾は、背中に氷を入れられたような面立ちだ。いくら計算高いこいつでも、この作法は予想できなかったに違いない。八雲紫は関心の目を向け、博麗がわずかな苦笑を滲ませる。

「あなたを交渉に向かわせたら、宣戦布告と見なされるでしょうね」

 八雲紫が口元をおおい、笑顔を見せている。

 さすがは賢き者だ。皮肉まで品がこもってる。

 そんな賢者に目線を合わせ、元の姿勢に戻す。

「交渉する気はないが、何をしゃべっているかわかれば皮肉の一つでも返せると思ってな」

 手の平を上に向け、本心を打ち明けたわたしに対し、賢者は愉快そうに笑い声を上げた。

「なかなかおもしろい発想ね。いいわ。言葉の〈境界〉をいじってあげるから、思う存分に皮肉ってらっしゃい」

 発想を気に入った賢者とは反対に、従者の九尾が苦い顔を向けている。土下座か黙って働くかの二択を迫ったんだろうが、ご期待に沿う義理はない。

 式神を睨み返し、手招きする八雲紫に応じて近づく。すると、わたしの額に手をかざしてきた。意識が浮いたような違和感を覚えるも束の間、「もういいわよ」との声が耳に入る。

「すまない。正直いって助かる」

 言葉の〈境界〉を操作し終えた賢者に対して礼で返す。無愛想、無作法、皮肉屋と呼ばれるわたしでも他者の施しを受けた場合、感謝の念を直接伝えることは忘れない。それが胡散臭い賢者であってもだが、人間を見下す九尾は別だ。交換条件抜きで施そうとはしないだろう。

「紫、わたしも頼めるか?」

 拳による共通語を持つ博麗が歩み寄ってきた。便乗する理由が知りたいわたしは、隣に立つ博麗へ顔を向ける。

「拳で語ればいいだろ? それとも例の『(かん)のささやき』か?」

「挨拶ぐらいしか話せないんだ」

 仏頂面で頭をかきつつ振り向いた博麗は、その表情とは裏腹にどことなく恥じらいを見せていた。

 こいつが異国語を話したいとは意外だな。……挨拶と言えば、いつだったかこいつと組んだとき、妖怪へとどめを刺す際に奇妙な決めゼリフを言っていたな。あの時は気にも留めなかったが、思い返すと永遠の別れを思わせるような口ぶりだった。

 あのときなんて言ってたっけ? たしか、明日はなんたらかんたらだったような……。

 ――あ。思い出した。

 本人がいるうえに広い見識を持つ賢者もいることだし、この際だからたずねてみるか。

 そう決めたわたしは、言葉の〈境界〉をいじられた博麗と、かざした手を下ろす八雲紫へ質問しだす。

「なあ、後学のために聞きたいんだが、『明日は別腹だ』はどういう意味の挨拶なんだ?」

 

 続く。

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