東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第七話◆長くアツい夜の始まり

 

「今夜だけでも藍を信じてみないか?」

 

 九尾と並んで名もなき平原手前の林にひそむなか、博麗の言葉を思い返していたわたしは、今さらになって迷いが生じていた。

 博麗に言われて「狐につままれてみよう」と思ったが、本当にこいつを信じていいんだろうか?

 これまでにない不安が生じ、たまらず左を向く。視線の先には、屈むわたしと同じ姿勢の九尾が前方を注視している。

 鬱蒼(うっそう)と生い茂る(やぶ)の後ろ側で、これから人里に対して襲撃するであろう敵勢力を遠くからうかがっていた。八雲紫の手筈(てはず)通りに行動しているものの、伝令がつく様子はまだない。そんなわけで、こうやって敵の行動を探っている。

 林を形成する幾多の雑木は天高くそびえ、ときおり吹く風が枝葉を擦らす。月明かりの細い光が差すその風景は、木漏(こも)れ日こぼれる慰安地を思わせる。

 地面には雑草の絨毯(じゅうたん)が敷かれていた。その上には小枝や木の実、木の葉などが散らばっており、人の手の及ばない林に彩りを添えている。秋だったら目を奪うような紅葉で映えることだろう。

 足元に転がった無数のドングリの実を目にすると、幼いころの思い出がよみがえる。十数年も前に亡くなった先代の巫女様は、命の大切さをドングリの実で教えてくれた。あのときの光景は今でも覚えている。

 この林に来る移動手段として九尾の〈スキマ〉を使用し、一瞬で到着した。初めてこいつの〈スキマ〉をくぐったが、複雑な気分を抱いたのは普段から反目し合っているからなのだろう。

 湖畔に沿って広がる名もなき平原は、廃洋館から徒歩で二十分ほどの距離に位置する。日中は濃霧でおおわれる湖周辺において、その影響をあまり受けないとして広く知られる場所だ。

 見渡す限り広がる草地は月明かりのお陰もあって濃緑に染まり、大小複数の岩が点在していた。平原の中央には一際大きな岩がある。高さは、外の世界の単位で言えば約二メートル。縦幅およそ五メートル。横幅が三メートルほどはあるだろう。

 意識しなくても目を引く圧倒的な存在感は、まるでこの場所のヘソを思わせる。あの岩に座って飲む月見酒は格別な味なので、今夜の満月を(さかな)にして洒落(しゃれ)込んでみたい。

 ――こんな状況じゃなければ。

 今の平原は、寝返った在来妖怪が中央の大岩を中心に動き回っている。数は二百ぐらいだが、在来妖怪ばかりで吸血鬼どころか西洋妖怪すら見当たらない。

 〈魔女の目〉を使おうにも、この技能は特定の範囲を視認するものだし、最大有効範囲はわたしを中心とした半径十メートル。ここからでは遠すぎる。

 わたしとの距離は――五十メートルといったところか。廃洋館から見た限りでは集合しているくらいしかわからなかったが、ここから眺めたら今現在まで隊列訓練を受けているようだ。兵員の現地調達にしては酷な気がする。おそらく支配する者とされる者を明確にするためだろう。

 見た限りの情報を元に〈深読み〉すると……。

 極少数の外来妖怪が、言葉の通じない在来妖怪に無理やり統率力と上下関係を押し付け、それを優先したせいで人里襲撃が遅延している――と、思われる。暴力という名の共通語しか通じないなら、そりゃあ当然だ。

 それにしても、こんな戦略を立てたスカーレット伯爵とやらは、かなりの傲慢者(ごうまんしゃ)じゃないのか? 自らを絶対的な強者と(おご)りたかぶっているとしか思えん。しかも満月によってパワーアップしているから厄介なことこの上ない。わたしの研究を邪魔しやがるし、まったく迷惑極まりないやつだな、吸血鬼ってのは。

 心中でぼやきながら胸ポケットにしまっていた懐中時計を取り出す。時刻を確認すると九時ジャストだった。

 ここに到着して以来、お互い舌をなくしたように黙り込んでいたが、九尾が口火をきる。

「おい」

 いつもなら嫌な声に聞こえるが、今に限ってそのような感じはない。こいつの心境の変化に違和感がつのりつつも左へ視線を向ける。九尾は眉根(まゆね)の詰めた厳しい顔を作っていた。

 こんな時ぐらい両袖を離せないのか?

「時計をしまえ。月光の反射で居所がばれる」

 九尾が顎で上をしゃくる。その方向を目で追うと、枝葉から漏れる月明かりが差し込んでいた。夜中の“木漏れ日”を眺めていたいが、そんな余裕はない。

 もっともな意見なので無言で時計をしまう。

 顔を正面に戻した九尾は、遠く離れた敵勢力を凝視し、しばらくして目をつむる。この行為を藪の後ろへひそんで以来ずっと続けていることから、どうやら妖波を解析しているらしい。

 わたしが持つ参考書によると、妖波とは妖気を細分化した内の一種であり、妖怪個別の性質を表す波だと記されていた。人間は妖気を感じ取れる程度だが、妖怪はそれを個体別に判断できるときく。

 九尾は高い〈計算〉能力でそれらを数字に変換し、対象の能力や弱点などを解析できるそうだ。

 九尾にならって正面を向くと、わたしは複雑な想いに駆られた。猛烈に嫌っているはずなのに、なんとなく気持ちがわかるという疑問。博麗に指摘されるまで、それは「嫌い合う者同士の共通認識」としか思っていなかった。しかし、何故なんとなくわかるようになったんだろう? 思いあたる節はない。

 しいてあげるなら、博麗と同様に「最悪な印象を受けた出会い」をしたからかもしれない。

 この十年以上の間に、博麗とは紆余曲折(うよきょくせつ)を経て友人と呼べる間柄になった。だが、こいつだけはあいつのようにはいかず、いまだに相成れない関係のままだ。人間に対する偏見さえなければ、わたしも変に意識することはなかっただろうし、お互い歩み寄れたかもしれないのにな……。

 あいつの口ぶりでは、「今からでも遅くはない」と聞こえたが本当にそうだろうか? 博麗と九尾に共通する何かがあるはずだ。それを見つけられれば、こいつへのわだかまりがなくなって受け入れられる――と思う。

 隣の九尾に複雑な想いを馳せていると、心地よいそよ風がわたしの前髪をなびかせた。ほどよい風は雑木や藪の枝葉を鳴らし、さながら草木の息吹を感じさせる。それと連動し、頭上から不規則に月の輝きが降りそそぐ。

 妖怪どもの行動を探るなか、幼かったころによくやった遊びの記憶がよみがえる。

「……まるで隠れん坊してるみたいだな」

 懐かしい光景が浮かび、われ知らずとそんな想いを口にさせた。

 わたしのつぶやきを耳にし、九尾が不快げな顔を向ける。

「暇を持てあましているようだな。これは遊びではない。しっかり役目を果たせ」

 小声の割には威圧感を込めて凄んでいる。わたしの何気ない一言を、こいつは皮肉と捉えたらしい。かすかな声で叱責を済ませた九尾は、険しい顔を正面に戻す。

 皮肉ばかり口にするから仕方がないが、遊んでいるとは心外だ。敵勢を探る九尾に対し、ひそませた声でわたしは抗議する。

「ちゃんと働いてるさ。そっちこそ、ただ睨んでないできちんと仕事したらどうだ?」

 声を細めつつ反論すると、こいつは顔も向けずに口を開く。

「ならばその成果を聞かせてもらおうか。根拠に基づくものなら、わたしの情報を提供してやってもいい」

 九尾の言葉に復唱を求めそうになったが、辛うじてその衝動を抑える。通訳の申し出に次いで、情報交換を提案してきたからだ。横顔にもなにかしらの魂胆が感じられない。

 今夜に限ってどうしたんだ、こいつは!? わたしが博麗に説得されていたあいだ、別の者になったとしか思えない。

 八雲紫に何を吹き込まれたか知らないが、自分で自分を決める努力が感じられる。……話し方は相変わらずだが。しかし、ここで口論する暇はないし、こいつの情報も気になる。まあ、事前に段取りを決めたわけでもないし、情報が得られれば(もう)け物だ。

 そんな感じで割り切ったわたしは九尾に密着するように身を寄せると、〈深読み〉の結果を話すことにした。

 

 〈深読み〉でまとめた情報を聞いた九尾は、厳しくしていた表情を緩ませたとたんに鼻で笑いやがった。

「この現状から深読みした結果がそれか? もはや妄想の域だな」

 嘲笑(ちょうしょう)する態度にむかっ腹が立ってきた。

 考えてみれば受動的なこいつが情報共有を持ちかけるわけがないじゃないか! 話すんじゃなかった……。

 後悔の念を心中で吐き出していると、九尾が言葉を重ねてきた。

「敵が動き出さない理由だが、可能性としてはあり得るだろう」

 言い終えた九尾の表情は、先ほどまでの嘲笑から澄ましたものに変化していた。普段通りの見下した態度かと思えば、わたしの意見を認めるような言い振りに戸惑ってしまう。

 ……やっぱり変だ。一時間ほど前までいがみ合っていたのに、こうも軟化するか!? もしかして、昼飯の油揚げが今頃あたった――ってのはないな、たぶん……。

 わたしが物珍しげな視線を送っていると、九尾は不快げな面立ちを向ける。

「なんだ、その目は? ……まあいい。今まで敵の妖波をしらみつぶしに解析していたが、二百二十八のなかで吸血鬼特有の妖波がふたつある。しかし、在来妖怪の妖波が邪魔だな。伝令が着く様子はまだない。それまでに吸血鬼の詳細を解析してみせる」

 顔を正面へ戻した九尾に、わたしは感心するやら呆れるやらでため息すら出なかった。約束通りに情報をくれたのはいいが、今までご丁寧(ていねい)にも一つひとつ妖波を解析していたという。それなのに吸血鬼の妖波解析はまだだときた。

 こいつは式神なんかじゃない。気の済むまで計算しなければ存在意義を見いだせない計算魔だ!

 ……そういった意味では、わたしの〈深読み〉と同じ性質なのかもしれない。そのような認識はできるが、浅からぬ因縁と思考の相違によるせいもあってか、そう簡単には歩み寄れない……。こいつも同じ事を考えているんだろうか?

 感心と呆れる気持ちは、いつしか「こいつの心境を知りたい」という好奇心に変化していた。その気持ちがわたしの目を九尾に向けさせたのだろう。

「……なんだ?」

 わたしの眼差しに気づいたのか、計算魔が見向きもしないで疑問符を口にする。その表情は月光に頼らずともわかるほど厳しいものだった。こいつに今の心境を話しても、また嘲笑されるのは目に見えている。結果が予想できるので話を現状に戻すことにした。

「二百二十六体もの妖怪を二体で束ねようとするからには、よほどの手練(てだ)れだな」

 付け加えると、その数の妖怪を屈服させたことに他ならない。それにどんな武器を装備しているか気になる。

 まったく、厄介な敵だな。

「だから迂闊(うかつ)に手を出すべきではない。生きて帰りたければ、おかしな真似はするな。いいな?」

 そう口にした九尾は厳しい表情をますます険しくさせ、わたしに釘を刺す。吸血鬼が持つ妖波の解析を邪魔されたくないようだ。

 まったく、それならそうと段取りぐらいつけろよな。

 そのように思案していると、拠点の方角から凄まじい妖気が名もなき平原を飲み込んだ。

 

 なんだ、この妖気は!?

 妖怪退治屋のわたしでさえ経験したことがない強力な妖気に恐怖を覚える。その凄まじい妖気には相応の殺意が込められていたからだ。

 強大な妖気は夜空に輝く満月と呼応するかのように、頭上から殺意をまき散らしてゆく。まるで殺気の大波に飲み込れたような感覚だ。またたく間に広がる勢いは、幻想郷に生きる者たちへの殺害予告のように思える。気づけば全身が総毛立ち、額から油汗がにじみ、小刻みに膝を震わせていた。

 わたしだって怖いと思うことぐらいあるさ。人間だもの。とにかく、この殺意込みの妖気を頭目である吸血鬼が発したのだとしたら、超大物級に違いない。

 文献によれば「吸血鬼は強力な再生能力を持つことから“不死の王(ノーライフキング)”と呼ばれる」と記されていた。

 だとしたら博麗はどうなる? 霊力をまとわせた神速の貫手(ぬきて)も不可視の打撃も再生されると無意味だ。あいつはいつだって約束を守ってきた。だが、この強烈な妖気を感じてしまっては、その信頼がぐらついてしまう。

 ……あいつを死なせるわけにはいかない! こうなったら逸早くここの妖怪どもを掃滅(そうめつ)し、拠点に乗り込むしかない!!

 そのように結論づけると即座に右手を突き出し、呪文の詠唱を始める。予想外の事態に行動を起こそうとするわたしへ、九尾が身をよじって猛然と抗議しだす。

「なんのつもりだ!? 敵に居所を教えるようなものだ!」

「緊急事態が発生したんだ! 大人しくしていられるか!」

 詠唱を中断して返答する間にも、これまで唱えた分の術式が組みあがりつつある。自身の右腕に魔法陣が淡く浮かぶのを確認し、すぐさま詠唱を再開した。

 こいつはこの妖気を感じていないのか!? こんなもん(・・・・・)を放つ妖怪は幻想郷にはいないはずだ!

「何を根拠に言っている!? 今すぐやめろ!」

 九尾が制止の声を上げるころには、強烈な妖気はウソのように消えていた。

 あの妖気はおそらく脅し目的と思われる。ということは、博麗と八雲紫が拠点に殴り込んだ証拠だ。目の前の妖怪どもを片付けないと間に合わない。右腕に幾重もの魔法陣が包み込むと、再び返答するため詠唱を中断する。

「拠点から吸血鬼の妖気が流れてきた! ここにいる妖怪どもを根絶させる! 博麗を助けるんだ!」

 詠唱を中断される苛立ちか、もしくは友の危機に対する焦燥(しょうそう)なのか、わたしは声を荒げた直後、詠唱を再開する。右手に集まる魔力が銀色の輝きを発し、藪にひそむわたしと九尾を照らし出していた。

 集束する魔力に熱さはないが、右手を圧迫する密度がある。右腕の魔法陣は既に形成を終え、各々が低い音を立てていた。それはまるで、腹をすかせた獣のうなり声に思える。

「紫様がたてられた作戦を無駄にする気か!?」

 こいつの怒声がわたしの集中力を()ぐ。それをどうにかこらえる。右手に集束する魔力のかたまりは夜空の満月のような大きさと化す。この時点で〈魔砲〉の術式は完成をむかえた。

 九尾の制止する声に苛立ちが頂点に達する。博麗には悪いが、殺気含みの妖気に平然とするこいつを心底信じる事などできようもない。わたしはあらん限りの声で九尾に怒鳴り返す。

「お前はあんなバカっ怖い妖気よりも賢者の意思の方がそんなに大切か!? んなもんに縛られてたまるか!」

 その直後、大岩に集まる敵勢力へ狙いを定める。何体かこちらに気づいたようだが、もう遅い。残るは引き金となる魔法名を口にするだけだ。

 魔力が集束する右手をかかげると同時、わたしは立ち上がる。

「重撃――〈バスター――」

 魔法名を口にするその直前、九尾が絶叫した。

あれ(・・)は紫様の妖気だっ!!」

 ――えっ?

 

 続く。

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