「降雷魔法〈ボルト・フォース〉」
感情が表れない仮面を作ったわたしは、軽くかかげた右手で指を鳴らす。十時の方向、距離五メートルほど離れた妖怪どもの上に魔法陣が浮かぶ。またたく間に数本の稲妻が落ちた。
一瞬だけ夜を侵略する明滅と轟音。落雷で複数の妖怪が短い悲鳴を上げ、焼けただれた身体を濃緑の草地へ沈ませた。
戦闘開始から最低でも二十分くらいは経つ。満月下の妖怪は妖力が増幅するだけあって中々しぶとい。
……これで十体目。吸血鬼の妖波解析はまだか!? これまでに高威力の魔法を行使してきたが、十体倒した程度とは……。魔法使いのプライドが折れそうになるのは気のせいだろうか?
数で勝る敵勢力に囲まれた状況のなか、わたし達は
文献などである程度の知識はある。だが外の世界から来た吸血鬼は未知の妖怪なので、できるだけ詳しい情報が欲しい。今はこいつの解析が頼りだ。
それにしても、わたしが九尾を守るとはな。……まあアレだ。奇妙な星の巡り合わせってやつだ。
半ば強引に決め付け、目視と合わせて〈魔女の目〉で周囲の妖怪どもを
わたしを中心とした半径七メートルの範囲は、脳裏に浮かび上がるヴィジョンで三百六十度わかる。その気になれば最大有効範囲十メートルに達するこの技能は、全天周を見渡すことなく“視れる”のだ。〈魔女の目〉に魔力は必要ない。
しかし地中は対象外。それと有効範囲以遠は
わたしの場合、時折解除したり範囲を七メートル以内にしないと連続発動の限界は三時間。なので、制限をかけないと二~三週間ほど日常生活に支障が出てしまう。
その技能で視る妖怪どもは人間を模す者や、野獣を模す者など様々な姿で殺気だっている。中には刀剣類や鈍器物などで武装する者もいた。みな一様にうなり声を上げている。
それにしても、よくこれだけの数が集まったもんだな。……大半は西洋妖怪の暴力に屈して寝返らざるを得なかった妖怪だろう。誤った道を選んだのなら、せめて悪として殉じさせてやるのが、わたしなりの情けだ。
そのような想いを馳せていると、右手に集まった魔力が赤い光りを放つ。
九尾は両袖を合わせた姿勢そのままに、うつむき加減で目を閉ざしている。どうやらまだ解析中らしい。
……こいつ、吸血鬼の妖波解析にいつまでかかっているんだ? これだけ時間がかかるんなら、せめて解析に要する時間を聞いておくべきだったな。それに
秘薬に即効性はなく、服用して効果があるまで五分ほどかかる。この状況じゃあ大っぴらに飲めやしない。
それなら飲む時間を作るまでだ。こいつらの行動は読めているし、それを誘発させる手段は心得ている。
わたしは右手を夜空にかかげた。魔力のかたまりが赤く光る。妖怪どもが火を恐れる獣のように
「人間風情のわたしにやられて、お前らそれでも妖怪か? だからよそ者の手駒にされるんだ。幻想郷の面汚しどもが……。恥を知れ!」
冷淡に決め付けるわたしの言葉は、警戒心を殺意に変える効果が十分あった。妖怪どもの殺気が一斉に増す。やにわに一体の妖怪が叫んだ。
「じゃあ死ねっ!」
それを皮切りに全方向から勢いよく襲い掛かる。
思った通りだ。二体の吸血鬼に屈した阿呆どもが死ぬ道を選択した。それもいいだろう。
妖怪どもに心中で念仏を唱える。かざした手を草地に向けて払う。
「
魔法名を口にした直後、わたしから三メートル隔てたまわりに炎が噴き上がる。およそ八メートルはある
焔壁魔法を行使した理由は二つあった。突撃かます妖怪の迎撃はもちろん、包囲する敵勢の牽制目的でもある。
よし! この隙に秘薬を――。
そのとき、脳裏のヴィジョンに予想外な光景をとらえた。正面七メートルほど先から巨大な十字架が飛んでくる。“あの女”が投げたのだろう。バカっ早く迫るそれは炎の壁を突き破り、どう見ても回避不能。
だが、わたしには〈
やばい! 九尾を忘れてた!!
衝撃波の巻き添えになると判断し、後ろの九尾へ顔を向けずに叫ぶ。
「九尾!! あぶ――」
口を開くと同時に巨大な十字架がわたしの腹部へあたる。その
両袖を合わせた姿勢の九尾。月光を照り返す巨大な十字架。天を焦がす勢いの炎の壁。紅蓮の炎に焼かれる妖怪ども。警戒の網をせばめていた敵勢。
〈紺碧衝壁〉の輝きがおさまったころ、わたしの半径五メートル以内のものはすべて吹き飛ばされていた。さながら竜巻が去ったあとのような有様だ。
魔法具の秘石が光っていないので、次の発動に二分ほど時間を要してしまう。その間は何とかしのぐしかない。
目視で十メートルほど先の正面にいる男女を睨みつつ、約七メートル先の九尾を視る。賢者の従者は、厳しい表情で両袖を合わせたまま立ち上がろうとしていた。
「すまん! 大丈夫か!?」
こいつに謝罪をしたのは、これが初めてかもしれない。九尾の心境の変化にあてられたからだろうか?
九つの尻尾で立ち上がった九尾の顔が変化している。わたしの態度に困惑しているようだ。
熟考する間もなく正面の男女が動く。二体の吸血鬼は黒い霧のようなものになり姿を消す。妖怪どもが再び包囲をせばめる。
その直後、隊列の隙間をかいくぐる大量の
「旋風魔法〈ストリーム・フォース〉」
とっさの判断で右手を振り上げる。風の壁が蝙蝠たちを飲み込む。それを見上げた直後、九尾が
一直線に連なった発光球。敵群勢の隙間へ入り込むや一斉に一メートルほどふくらむ。
「発」
九尾が片手で印を切る。球体群から左右個別に太い光線が発射された。
九尾妖術〈妖怪レーザー〉だ!
光線単体は高火力。それをスノコ状で放たれるのだから、食らった者はたまったもんじゃない。
――わたしは今まさにそんな気分だ。
重なり合うほどの間隔がせまい赤い光線。それは妖怪ばかりかわたしまではさみ込んでいた。レーザーが胸元をかすめ、魔導服からわずかに煙を上げる。わたしは「少しでも動けば命はない」と悟った。右手をかかげた姿勢のまま硬直する。包囲する妖怪どもは真横からの赤い光柱になす術もなく貫かれ、肉塊と化してゆく。
たち込める焦げ臭さととどろく絶叫を前にして、九尾が吐息しながら両袖を合わせた。
「他愛ない。『幻想郷の妖怪も
賢者の嘆きを代弁するようにつぶやく九尾の表情には険しさはない。むしろこいつ自身が心の底から嘆いているように感じられた。そんな九尾に対しそれまで肝を冷やしていたわたしは、後ろへ向き直るや無表情という名の仮面を崩す。
「わたしまで殺す気か!?」
冗談抜きで死ぬとこだった! 一歩間違えばわたしまで草地に沈む妖怪の仲間入りだ! なに考えてんだ、こいつは!?
憤りを隠せないわたしに対し、九尾は眉間に
「お前の位置や動きも計算の上だ! それから二度とわたしを衝撃波に巻き込むな! 先ほどの魔法具の発動が二秒早かった場合、また解析し直すところだったぞ!」
声を荒げ、九尾は正面に向かって歩みだす。
それはさっき謝ったじゃないか! ――と言いたいところだが、押し問答になることは容易に想像できる。それにこの口ぶりだと解析は完了したようだ。ここはわたしが折れるしかない。
わたしと九尾の攻撃で妖怪どもを打ち減らしたはいいが、それでもかなりの数が残っていた。〈紺碧衝壁〉の秘石が点滅しているのでいつでも発動できるが、秘薬を飲まないと魔法が使えなくなる。それに少し〈魔女の目〉を休ませなければ、今後の戦闘に支障を来たす。
優先順位を明確にし、わたしは正面の敵勢へ身体を向けた。
「秘薬を飲む。時間を稼げ」
左に二メートルほど離れた九尾へ告げると「不便なやつだ」と
大型の木槌を持った一つ目入道が迫る。博麗をゆうに越える身の丈の妖怪は、太くたくましい両腕で木槌を振りかざす。その一撃を食らえばわたしの身体はこっぱ
――当たればの話だが。
残りの魔力で術式を組む。接近戦用の魔法、光刃魔法〈ブレイド・フォース〉。射程は一メートルもないが抜群の切れ味を誇る優れものだ。わたしは腕を切断しようと構える。
迎撃しようしたそのとき、妖術の構えを取る九尾が視えた。「発」と掛け声を上げると、九尾の前後左右に赤光の
わたしは光刃魔法を強制解除する。魔法の暴発を防ぐためだ。魔力を解放し、即座に身をかがめる。迫り来る一つ目入道の脅威よりも、九尾の妖術のほうが命に関わることを知っていたからだ。
鉤刃は瞬時にして三メートルほどに達した。それが反時計回りで高速に敵勢を刈りだす。刃がわたしの帽子の先をかすめた直後、一つ目入道は下半身と永遠の別れを遂げた。
死の赤い鉤刃が敵勢を刈ること数十秒。九尾が袖を合わせると、おびただしい数の
九尾に二度も殺されかけたわたしは、憤然とした気持ちで立ち上がる。そのとき、ヴィジョンの全周にわたって蝙蝠の群れが視えた。〈深読み〉する間もあたえず目の前に集まり、人体を模して実体化する。一瞬にしてそれは“あの女”に変わり、わたしを
その女はわたしとさほど変わらない背丈だが、首からさげる十字架と身にまとう藤色のメイド服が目線をうばう。均整のとれた身体を限界まで
〈紺碧衝壁〉があるとはいえ、相手は外の世界の吸血鬼。それも肉弾戦を仕掛けてきたんだから、懐にもぐりこまれた魔法使いにとって命取りだ。このメイドが不確定要素のかたまりである以上、防御手段を重ねなければならない。
わたしは足の軌道を読むと、すぐさま博麗直伝の防御の構えを取る。突きだした右腕を直角に曲げ、夜空を指差す。左手で右肘を押さえる独特な構えができた瞬間、わたしの右肘にメイドの蹴りが直撃した。
構えた右腕に衝撃が走る。〈紺碧衝壁〉から碧い衝撃波が放たれた。それをものともしない強烈な蹴りは、激痛とともにわたしを九尾がいる方向へ小石のように吹き飛ばす。
こちらを振り向く九尾の姿が視える。迫り来るわたしに驚愕する形相は、「こっちに来るな」との抗議かもしれない。願い叶わず、程なくわたしの身体は九尾と衝突。折り重なるように転倒した。
メイドから四メートルほど蹴り飛ばされたわたしは、九尾を押し倒す形で覆いかぶさってしまった。柔らかい身体の感触が伝う。
思わず顔を突っ伏すと、うずめる大地から草葉の擦る音が耳中に響く。鼻腔に土の香りと草葉のにおいが刺激する。ものの数秒でこれらを味わったわたしは、九尾と一緒に土へ還った気分になり目まいを起こした。
こいつともども大地に還るなんて、それこそごめんだ!
心中でぼやいていると、ここぞとばかりに妖怪どもが群がり、一斉に襲い掛かる。迎撃しようにも魔力がないし、〈紺碧衝壁〉はチャージ中につき使用不能。
……こいつとともに地獄へ落ちるとは、わたしもヤキが回ったか。
そんな思いが頭によぎったそのとき、九尾は勢いよく両腕を広げた。左右の袖から大量の〈ヒトガタ〉が飛び出す。大の字を模し、和紙で出来ているであろう小さなそれは、襲い迫る妖怪どもの身体に次々と貼り付いてゆく。九尾が「発」と声を上げると白く輝き、一斉に爆ぜた。
続く。
・紺碧衝壁の元ネタ:平成vsシリーズのゴジラの体内放射