人でなしの恋   作:世嗣

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はじまりのうた

 

 ──人でなしの恋、この世の(ほか)の恋でございます。

 

 ──その様な恋をするものは、一方では、生きた人間では味わうことのできない、悪夢の様な、或いは御伽噺の様な、不思議な歓楽に魂をしびらせながら、しかしまた一方では、絶え間なき罪の呵責に責められて、どうかしてその地獄を逃れたいと、焦りもがくものでございます。

 

 

 

 

 

 

 乃木園子は勇者で()()()

 

「これが、新しい勇者システムなんだね〜」

 

 しゅわり、とベッドの上の園子の体が光に包まれると、包帯だらけの痛々しい少女が現れる。

 包帯だらけの手の中にはスマホが一つ。それを近くにいた大人が受け取り、近くの卓の上に置いた。

 

「乃木様、有事の際は……」

 

「わかってるよ。私が今の勇者たちを取り押さえるんでしょ」

 

「ご理解いただき感謝いたします」

 

「もう何度も聞かされたもん。忘れようがないよ」

 

 包帯の隙間から覗く、光を捉える唯一の目を園子困ったように細めた。

 

 仮面の大人が下がっていく。

 恭しいその態度とその表情を覆い隠すその仮面は、彼らが世界を守護する「大赦」の職員である証。

 

「……またね」

 

 気まぐれに声をかけてみたけれど、大人たちが返事を返してくれることはなかった。

 

 そして、園子を祭壇のような病室に残して扉が閉じられた。

 

「乃木様、だって。……へんなの」

 

 響いた声は誰に届くわけでもなくしん、と部屋に溶けていく。

 

 あの日、運命の日。

 

 かけがいないのない友人と世界を守るために戦った。

 神様に捧げて、捧げて、捧げ続けて、世界を滅ぼす敵を追い返した。

 その代償に友達は園子のことを忘れてしまって、園子は自分の足では歩けなくなった。

 

 仮面をつけた大人たちは園子のことを「神の御姿」だと呼んだ。

 神に全てを捧げてしまった園子は在り方が神様に近くなって、普通の人とはまるで違う存在になったんだと、そう言った。

 

 そして、この孤独な部屋に祀られるように閉じ込められて、もう一年が経つ。

 

「私は乃木園子」

 

 自分の中でその認識は変わってない。

 

 自分は乃木園子。

 あだ名はそのっち。お父さんとお母さんの娘で、寝ることとサンチョが好きで、将来は小説家になりたかった。

 

 でも、もしかしたらもう「ただの乃木園子」に戻れる日は来ないのかもしれない。

 

 きっと、自分はもう「人でなし」。

 神の御姿になった勇者は、人間であることを望むのはだめなのかもしれない。

 

「私は、乃木園子」

 

 繰り返すのはそうしないと自分が誰だか忘れそうだったから。

 

 そうしないと、この孤独に耐えきれなかった。

 

 不意に目頭が熱くなった。

 

 波紋のように瞳を透明な膜が多い、じんわりと視界をにじませた。

 

 いつもは上手に蓋をしてるのに、時折何かが溢れそうになってしまう。

 

 泣いちゃだめだ、と言い聞かせる。

 

 前大赦の大人たちに見つかった時は一週間ほどのっぺらぼうのような仮面が何も言わずに自分についているようになってしまった。

 

 一人でいるのは嫌だけど、自分を神様のように扱う人たちがずっとそばに居るのはもっと嫌だった。

 それはまるで、乃木園子としての部分がすり減っていく様に感じたから。

 

 溢れそうな涙は堪えられても、堪えきれない感情は抑えることはできずに、一つの言葉となって園子から漏れた。

 

「会いたいよ」

 

 今でも忘れられない友達の名前。

 鷲尾須美──いいや、今は東郷美森か。

 

 どうしているのか知りたい。この世界の真実を伝えてあげたい。

 いや、もうそんな我がままは言わない。せめて一言言葉を、一目見るだけでもいい。

 

 あの日の自分が大切な友達を守れたのだと、そう思いたかった。

 

「……わっしー」

 

 呟きを飲み込むように顔を背けて、ふと近くにある卓に視線が行った。

 

「……スマホ」

 

 園子を勇者に変える道具。歩けない園子を神様の力を借りて一時的に歩けるように、戦えるようにするもの。

 

 ──園子を「人でなし(ゆうしゃ)」にする道具。

 

 いつもは大赦の仮面の大人たちが持って変えるのに、忘れてしまったのだろうか。

 

「──んっ、んんっ」

 

 身動き一つ取れない大きすぎるベッドから手を伸ばす。

 もう動かせるのはこの左手だけだ。この手さえ届けば、何かが変わるかもしれない。

 

 このままベッドの上で自分が擦り減るように暮らすのだけは、嫌だった。

 

「お願い、もう一度、私を、あの人と……」

 

 必死に手を伸ばして、伸ばして、そして。

 

「行かなきゃ、いけないのっ!」

 

 園子の手がスマホに触れて、蓮の花が彼女を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あれれ〜お布団だ〜」

 

 乃木園子が目覚めた時、そこは布団の上だった。

 

「お外じゃない?」

 

 はて、と園子が首を傾げる。

 

「勇者になって〜大赦から出て〜、外から出て〜、それから……あれれ、どうしたんだっけ?」

 

 勇者に変わって歩けるようになって、こっそり外に出た……ところまでは覚えているものの、それからあとどうしたのが一向に思い出せない。

 

 園子は持ち前の明晰な頭脳を使って今の状況を考える。

 

「うーん、でもなんかいい匂いするしいっか〜おやすみなさーい」

 

 ふかふかのまくらは気持ちいい。お布団はあったかくていいにおい。畳の上で寝るのは実家ではベッドだった園子には新鮮だ。きっとここで寝たらぐっすりだ。それに比べたらどれも大したことではない。

 

 園子がまた身を横たえようとした時、不意に障子がするりと開いた。

 

「……目、覚めたのか」

 

 開いた障子から姿を見せたのは一人の少年。

 黒すぎるほど黒い濡羽の髪に、これまた黒い夜の瞳。白い肌、変わらない表情はまるでその黒さを引き立てる。

 吸い込まれそうに濃い色を纏った彼は、まるでそこだけが浮き彫りになった様で、園子はぼーっと彼を見つめてしまう。

 

「えーと、おはようございます〜?」

 

「朝食ができている」

 

「え?」

 

「来るといい」

 

「あの、ちょっと! ……行っちゃった」

 

 障子は開けたまま。ということは、食べに来いと言うことらしい。

 

 園子が布団をめくって自分の姿を見る。紫のインナーと和服のような白い上着。包帯だらけの体ではなく、紛れもない勇者装束。

 普通ならばこんなものを着ていることの方を先に問うのではないだろうか?

 

「変な人〜」

 

 君ほどはないと思うよ。

 

 園子は軽く伸びをすると鼻をひくつかせながら廊下に出てとことこと歩く。

 臭いを辿り座敷に行けば、そこには既に先ほどの彼が朝食を並べ、ぴしりと座って待っていた。

 

 炊き立てつやつやの白米と、わかめの味噌汁。だし巻き卵に、大根のおひたしと軽く焼かれたウインナー。

 

 園子の腹の虫が『人でなし(ゆうしゃ)』となって半ば食事すらも必要なくなっていたにもかかわらず、くう、と可愛らしい音を立てる。

 

「……あはは〜、お腹のむしさんが鳴いちゃった」

 

 少し照れたようにお腹を抑えて、ちら、と目の前の少年を窺う。

 

 食べていいの? と目できいた。

 ああ。と短く目で返された気がした。

 

「いただきます」

 

「ああ」

 

 園子が敷かれた座布団に座り、手を合わせる。

 

 彼が普段使っているのだろうか。飾り気のない黒い箸を手に取ると、園子は一口味噌汁に口をつけた。

 唇にはぴりつくような熱さ、そして一拍置いて和風のだしの風味と温かさが口いっぱいに広がり、そこからまるで体に染みていくかのように喉に流れる。

 

 飾り気のない、やさしい、あたたかさ。

 

 初めて食べたのに、なぜだか無性に泣きたくなった。

 

 けれど園子はそれをおくびにも出さずにっこりと笑う。

 

「美味しいです〜。こんな美味しいお味噌汁飲んだの初めてかも〜」

 

「……そうか」

 

「見たところ、私と同じくらいに見えるけど……これ君が作ってくれたの〜?」

 

「そうだ」

 

「すごいねぇ。私お料理できないから尊敬しちゃうな」

 

「そうか」

 

「…………お、美味しいなぁ〜」

 

「そうか」

 

 気まずい。というか目の前の少年の表情が全く変わらない。なんなら声の調子すら変わらない。

 園子はどちらかというと天然気質で周囲を振り回す方なのだが、ここまで無愛想な人と話すのは初めてだった。

 

 間を持たせるようにだし巻き卵に軽く箸を入れる。まるで新雪を踏むように、一口大に切り分けると断面からほのかな湯気。

 口に頬張ればとろりとだしが溢れて、その甘さに頬が緩む。

 

 つやつやのご飯はまるで宝石だ。硬すぎず柔らかすぎない絶妙な加減。

 

 一品一品の質が高く、そのどれもが丁寧に作られていることがわかる。

 園子の実家は名家であり、食事は常に専用のお手伝いさんが作っていたため舌は肥えているが、まるで不満を感じない。

 

 最初は間をもたせるように手をつけたのに、気づけば目の前の朝食をぺろりと片付けてしまった。

 

「ごちそうさまでした〜! こんなに美味しいご飯久しぶりだよ〜!」

 

「そうか」

 

「というか、男の子に作って貰ったことが初めて……?」

 

「お茶」

 

「えっ?」

 

「いるか」

 

「あっ、えっと、じゃあ、お願いします?」

 

 ぶっきらぼうな短い言葉。

 彼は園子が食べ終わったと見るや蒸らしてあった急須からお茶を入れると湯呑みに注ぎ、対面へと差し出す。

 

 ふと、湯呑みに目が留まる。

 

「……サンチョ?」

 

 四角い輪郭の、デフォルメされた猫のようなほにゃんとしたイラスト。

 大赦にいる間には見ることがなかったそのキャラクターに園子の目が輝いた。

 

「わあ、サンチョの湯呑みだ〜! 君、好きなの〜?」

 

「……商店街の福引で当たっただけだ」

 

「そうなんだー、何等〜?」

 

「八等」

 

「なんだか微妙だね〜」

 

「ああ」

 

「でも当たったのはうらやましい〜」

 

「そうか」

 

「……うーん、なんだろうねこれ〜」

 

 会話ができない訳じゃない。意思疎通はできているし問われれば答えてくれる。

 

(でも逆に言えばこの人きかれたことしか答えない〜)

 

 口下手なのか冷たいのか、それとも園子に興味がないのか。

 顔は心の鏡だ。目の前の彼にはその表情がない、つまり心が見えない。

 

(そう言えばなんで私がここにいるのかまだ聞いてなかったなぁ〜)

 

 目が覚めてすぐに食事にしたのでついつい聞くタイミングを逃した。

 普通ならいの一番に聞くところだろうに、「なんとなく悪い人じゃなさそうだしいいか」と後回しにしたのは園子らしいと言えばらしい。

 

(まあ後で聞けばいいか〜)

 

 のほほんと結論づけた園子がサンチョの湯呑みに手を伸ばす。

 

 

「待て」

 

 

 瞬間、ぴしりとした声が響いた。

 人を見る目に自信はあるが、この声は今までの一本調子なものと比べるまでもなく厳しい。

 声の主は言わずもがな目の前の少年。

 

 すわ、何かやってしまったかと、思わず園子が身を固くする。

 

 彼はすっと指を指した。

 

「お茶」

 

「……お茶?」

 

「熱い。気をつけて飲め」

 

 園子が、「あ、この人いい人だ」と確信した。

 

 重ねて、これめっちゃ口下手なだけなのかも? とも。

 

 「ありがとう」と園子がそっと湯呑みに触れたのに小さく頷いた彼は、皿をお盆に乗せて立ち上がり台所へ向かおうとする。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って〜」

 

 園子が慌ててそれを呼び止める。

 

「名前、まだ教えてなかったよね。教えるよ〜」

 

「……なぜ?」

 

「うーん、なんでって、私は君と仲良くしたいんだよ〜。だから、名前を知って、ちゃんと名前で呼びたいんだ〜」

 

 彼が黙り込むが、園子はにっこり、のんびりした調子で名乗った。

 

「私は『乃木園子』。ぐにゃ〜っとした『乃』に、緑の『木』に、公園の『園』に、子どもの『子』で、『乃木園子』」

 

 君は? と園子が問うた。

 

 それに対して、今まで押し黙っていた彼が、鉄面皮としか言いようのないその表情のままで、名乗った。

 

「郡。(こおり)千晴(ちはる)

 

 

 

 これは、『人でなし』が出会って始まる物語。

 

 誰にも語られぬ、いつか別れる彼と彼女の、この世の外の恋の(うた)

 

 

 

 

 

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