山の中腹……というには少し低い位置だし山というにはちょっと語弊がある、寧ろ丘と呼ぶべきかもしれない隆起にある三輪明神神社。そこを越え、人などほぼ通らぬ狭い道を山頂へ向けて進んだ先に、ひとつの家がある
ほぼ山頂と呼べる位置に残る、巨大な平屋。小川の水源を仕事場に組み込んだいっそ文化財とでも言った方が正しい、鍛冶場と一体化したそこが、天国鍛冶の鍛冶場であり、天国家である。魔術的なものは魔術刻印に刻み込まれた特殊工房で行うが、包丁や斧といった人間の普段使いするものについては、現実の工房で完成させている為、現実に仕事場が存在するのだ。昔は其所で実際に刀を打っていたのを時折修繕、改装しながら現代まで使い続けた歴史からか、時折市から買い取らせて貰うので文化財として公開をとか言われるのだが、元々竜脈が集まっているという魔術的な位置から選んだこの地を離れる気はなく、断り続けて今に至る
古めかしく鍵すらも古臭い錠一つ。されども魔術的に守られた其所を鍵で解き放ち、天国トシキは皆を迎え入れる
向かうのは仕事場……では当然ながら無く、離れの畳の方。上は捨ててしまったが押し入れに残っている父の敷き布団を引っ張りだし、隅に畳んでおいた自分のものと並べ、ぞろぞろとやってくる古家には相応しくない存在を案内する
次いで大きめの机を広げ、そこらにあるコップに買い置きの茶を注ぐ
背負ってきた毛布とHDD等を広げた布団の上に友人の少女が横たえられたのを期に、トシキは腰を下ろして口を開いた
「……アーチャー、座らないのか?」
霊体化して姿を消している牡牛以外では、唯一座らない相手にそう訪ねる
『ミスター・カタナカジ、私に気遣いは不要だ』
「まあ、座布団とか無いからなーうち。立ってたいなら良いんだけど」
それだけ確認して、トシキは辺りを見回す
行儀よく足を折って畳の上に座るのはランサー、エウロペ。土足……というか蹄で踏み荒らすのを気にしているのか姿を消している牡牛のゼウス。結城灯花は未だに目覚めず、目覚めた高生黎南は良いから寝てろとトシキが布団に押し込んだ
「トシキくん、結局何がなんなの?ボクにはちっとも分からなくて」
「悪い、れーな
少しだけ待っててくれ。出来れば結城が起きるのを待ちたい。二度手間になるしさ」
「う、うん」
言いつつ、魔術を起動させておく。ついで、自分用のグラスではなく他人用のカップを二つ空で用意して
なんてやっているうちに、背後で人が動く気配がした
「大丈夫か、結城?」
「……ここ、は」
「俺の家。お前ん家瓦礫化してたから、こっちの方が良いだろ」
都合良く幼馴染の少女が目覚めたのを良いことに、よし、と一息入れつつ冷えた茶を煽り、トシキは気合いを入れ、魔術回路に魔力を流す
「れーなはレモンティー、結城はコーヒー、ブラックでだよな」
言いつつ、大袈裟に空のカップを横に並べた布団の上の少女達に渡す。空だと見せ付けるように
『あら?何か始まるのかしら』
「とっしー、何もない」
戸惑いながらも、少女はカップを受け取る。それを見て、トシキは右手で大袈裟に指を鳴らした
「結城、本当か?」
同時、こそっと仕込んでおいた鍛造魔術が効果を発揮。中身の無かったはずのカップに、インスタントのコーヒーとティーバッグ産の紅茶とレモンシロップが現れる
突然の湯気を立てる飲み物の出現に、金の髪の少女も黒髪の少女も揃って眼をしばたかせた
「……不思議」
「トシキくん、貰ったときは何もなかったよね?ボクの勘違いじゃないよね」
疑問に、トシキは頷く
「ああ、勘違いじゃ無いよ
……御免、下手したら溢してたかもしれないこれは手段として間違いだった
でも、これで分かってくれた?」
『まあ!マスターさんはマジシャンでもあるのね!』
「……ランサー、種も仕掛けもあるけどそうじゃない」
天然なサーヴァントは置いておいて、トシキは話を続ける
「れーなにも結城にも冗談めかして言ってたんだけど、あれ、実は嘘じゃないんだ。俺は魔法使いになりたい魔術師だ、ってあれ」
言いつつ、横に畳んでおいたアーサー王コスプレ服に仕込んでおいた魔法瓶と、袖口に仕込んだインスタントの袋を取り出して、振ってみせる
「今のが
お湯とインスタントの素から完成形を作り出すって奴」
「……魔法?」
「いや、魔術」
「差が、不明」
首を傾げる黒髪の幼い幼馴染に、ちょっと魔術師の言う魔術と魔法の差は難しかったか、と苦笑して
「魔術ってのは、別に凄いものじゃない
結城、お前の作るプログラムとかとそう変わらない。例えば簡単にするために電卓で例えると、あれは電卓本体というハードウェア、電卓のプログラムというソフトウェア、電池というエネルギーリソースを用いて、問題という入力から答えという成果を出力するもの
俺の今使った鍛造も同じで、魔術師というハードウェア、魔術を行使する回路というソフトウェア、魔力というエネルギーリソースを使って、インスタントの素とお湯という入力から、完成したインスタントコーヒーって成果を作り出した」
「……でも」
そんなトシキに、素朴な疑問が投げられる
「普通に作ればいい。手を使って
すごいけど、すごくない」
じっと黒い水面を見つめ、少女は呟く
「その通りだ結城。これは鍛造魔術の練習も良いところなんで本当はもうちょっと凄いんだが、そんなことはさておいてだ
魔術ってのは基本的に、どこまで行っても他の手段があるものを魔術師、術式、魔力の三点セットを使ってやってるだけなんだよ。無から有を産み出す奇跡でも何でもない。言い方は悪いし、魔術師としては失言なんだけど、魔術なんて結局特定の人間にしか使えない○○が出来る機械とそう変わらない
でも、魔法は違う。魔術師の言う魔法とは奇跡だ。他にどんな方法でも辿り着けない、等価交換の成り立たない奇跡。例えば、死人を生き返らせること。少し違う歴史を辿った別世界に行くこと、そういったものが魔法なんだよ
俺がなりたいのは、その奇跡の使い手」
「……どんな?」
語るトシキは、不意に投げられたそんな言葉に虚をつかれる
「どんな?」
「トシキくんは、どんな奇跡の使い手になりたいの?」
「……」
無言
いや、そこにはっきりと即座に答えを返せる魔術師は、恐らくそんなに居ないだろう
「……なんだろうな
ただ。総ての深淵、根源の渦。其処に辿り着く為に、魔術師の一族は代々魔術を受け継いできた。それは、俺もだ
何百年、何千年、一万と四千年、何時の日にか奇跡に辿り着けと積み上げられてきたそれを捨てられないから。それが、一門の悲願だから
正直な話、そうとしか言えないんだろうな。ってかさ」
茶化すように、トシキは手を振ってみせる
「根源に至ったとして、どんな奇跡を知るか分かってないんだぜ?鍛造魔術をやってきたから錬金術の秘奥、賢者の石とかが作れるようになる?命すら鍛造出来るようになる?或いは世界を鍛造しだす?
そうとは限らない。全く無関係の何かかもしれない。だからさ、辿り着いた先を語る事は無意味なんだ。だって、辿り着いたらどうなるか、皆目分かってないんだから」
一息つく
「で、だ。此処までは魔術ってのの基本知識
結城、お前が巻き込まれたのはそんな魔法に限りなく近い決戦術式、英霊召喚っていうものの模倣」
「……召喚?」
「そう。魔術ってのが現実に存在するんだ、空想的な生き物だって居る。ドラゴンとか、キメラとか、結城と先月見た映画の大怪獣みたいなのとか……
まあ、それは置いておいて。この星ってのは一皮剥けばそんな世界なんで、あの映画みたいな宇宙から降ってくる怪獣とかも現実に居るんだよ。人智も理論も法則もへったくれもない真の化け物が
それらに対抗する為の、正真正銘倒せなきゃこの星が終わるクラスの脅威を排除する為に、最強最善の7人の人類史上の英雄を一時的にこの現代に呼び出す最後の切り札。その劣化版」
「……スーパーゼウスも?」
その言葉に、偉丈夫が静かに頷く
「そう、そこのアーチャーも含めて、その儀式によって呼ばれた、かつての、或いは未来の英雄」
「最後の、切り札……」
「いや、劣化だって。本当はそんな星を守るための決戦術式である英霊召喚を、自分達が奇跡に辿り着く為の私利私欲の為に劣化させて使用した歪んだ大魔術、聖杯戦争
七人の人間に、それぞれ一騎サーヴァントと呼ばれる英雄の幻影みたいなもの、英霊とも呼ばれる彼等をつけて殺し合わせる。その為の生け贄に、結城は選ばれ……」
トシキは、左手を掲げる。そこにある、雷のような赤い痣を見せるように
「それを計画したバカどもを止めるため、俺は自分の意思でその戦争に参加した」