「……暑い」
横で、黒髪の少女がぼやく
「ならやらなきゃ良かったのに」
いやこれやっぱり暑いわと鎧(とはいっても段ボール製のものにスプレーでシルバー吹いてるだけのもの)の中で思いつつ、トシキはそう返した
警察は帰り、裁定者兼今回の監督役だというとてつもなく怪しくてヤバそうなサーヴァントの気配も消えた
そして迎えたのは朝。となれば、やることは一つだ
バイトである
だからこうして朝っぱら……というにはちょっとだけ日が昇った所で、トシキはコスプレして立っているのである。アニメ5周年の祭は今日が本番。祭の中聖地巡りだと押し寄せるアニメファンをアニメキャラのコスプレしながら誘導するバイト(因みにバイト代は出ない。一応主催側なので払う側なのだ、残念ながら)も、より忙しくなる
とはいっても、まだまだ時計は9時を回ったところ。何時もならば人なんてほぼ居ない境内にはそこそこ人は居ても、流石にごった返す程ではないので話は可能だ
「でも、良いのか結城。寝てなくて」
「大丈夫」
「飛び入りで参加してもバイト代出ないんだぞ結城。そもそも夕方まで立ってるんだしインドア派には辛いぞ」
「……それより、不安」
きゅっと袖を掴む少女に、トシキは微笑して
「……結城。アーサーコスとモルガンコスが並んで横に立ってちゃ不味い。アニメ的には」
「……失敗」
そそくさと離れる
そう。昨日からトシキはアーサーコスプレで立っていたが、結城灯花は飛び入りである。当然ながら、コスプレ誘導員用に何かぴったりのコスなんて残ってるわけはない
結果選ばれたのが……このメイド服である。何でメイド服で初登場してたんだラスボスことモルガンとはアニメの謎としてファンの中では時折議論されるが、まあそれはそれ。借り物のメイド服に身を包んで、正体隠してたモルガンコスプレだと言い張る事で参加したのだ
『まあ、カッコいいわねマスターさん』
そして、誉める半裸な金髪の女性
「……頼むから霊体化しててくれランサー」
「……お願い、スーパーゼウス」
あまり喋らないが、サーヴァントは横に居る。元から決めていたバイトをサボるとか出来なくて。どれだけ魔術師が人としてイカれていても流石に人でごった返す中仕掛けてくるような超キチガイではないだろうと信じてはいても。それでもマスターが無防備に居るわけにはいかないと付いてきたのだ。霊体化こそしているが、ある程度の魔術師であれば其処にとてつもない存在が居る事くらいは気が付くだろう
つまり、サーヴァントが潜んでいると明かしてしまうわけだ。自分がマスターだと言っているにも等しい。結城を襲ったというライダーのマスター、トシキを襲ったセイバーのマスター、それらはそんなこと無くともマスターであると分かっているとは思うが、それとはまた別に厄介な相手に手の内を晒す事にはなる
そう、アサシンだ。マスター暗殺に長けたサーヴァント。誰とも知れぬアサシンに自分がマスターだと明かすということは、日常の最中すらアサシンの襲撃が有り得るという事だ
「……とっしー?」
「いや、何でもない。そもそも下手したら、昨日バレてるんだからな」
気にしても仕方ないか、と幼馴染をこれ以上心配させないように思考を振り払って、トシキは前を向いた
因みにだが、これでも神社の娘な黎南は今日はコスプレバイトではない。いや、巫女服なのは同じだが、皆の前で神事をやる本物の巫女としての仕事だ。その為、離れた場所に父親と居る
「……いっそれーなを見ててくれ、ランサー」
小声で呟く
『マスターさんは?』
「気にしなくて良い。ランサーより強いと自称する心強い用心棒が居るからな」
少しだけ眉を潜められた気がして、それをトシキは無視して告げる。結城灯花のサーヴァントがきっと護ってくれるだろう多分という丸投げを
「……そろそろ?」
「……だな」
そろそろ10時。祭が本格的になる頃……
「……遅いぞ、
背後から近付く足音に、トシキは軽くそう返した
「……御免」
「何かあったのか、柳我?」
珍しくあまり元気の無い友人に、トシキはそう声をかける
「い、いや……なんでもない。ちょっと徹夜でアニメを見ていたんだ」
「一挙か?有志が何かオールナイト一挙実況とかやってたんだっけか」
今アニメといえば祭の最中のアレだろうとアタリを付け、トシキは苦笑する
「オールナイトして結局終わったら寝てたらわざわざフェスの日にくる意味とかあるんだろうかな?どう思う?」
「……」
だが、何時もはもっと明るいトシキにとってはたった一人な同性の友人ー九条柳我は何も答えない
少しだけぼんやりした眼で、トシキを……アーサーコスプレのグローブで令呪がほぼ隠れた厨二心を少しくすぐられるその手を見ている。その頭に被るガウェインの帽子も割とズレていて……
「本当に大丈夫か柳我?結城と一緒に休むか?」
「……グローブ」
「このデザイン円卓共通だろ。お前だって付けてるじゃないか、しっかりしろ。本気で休むか?」
「……やっぱり、お前が……。いや、良いんだ」
「結城もだが、本当に体調には気を付けろよ。変なこと言ってるぞ」
「とっしー、も」
「俺は大丈夫だ」
本当は大丈夫ではない。昨日死にかけた。だがまあ魔術師だし割と慣れてると、トシキはそう返す
「って、皆言葉ではそう言うよな」
そういえば、とトシキは人が増えてきた辺りを見回す
「柳我、妹は?絶対今日こそ俺のアーサーコスプレ撮るんだって昨日の夕方言ってたんだが」
……ふと、トシキは違和感を覚えた
九条柳我はシスコンである。有名な話だ
そんな柳我が目に入れても痛くない程に可愛がっている妹、九条
その話題を出せば何時でも食いつくはずで、寧ろあの多少アニメは見るがというくらいの元気印の女の子が外に出ない方が珍しい。コスプレ撮りに来るというのだって、知り合いのコスプレの物珍しさからであってアニメのファンという訳ではないらしいのだし
九条彩月は今此処に居ても可笑しくないのだ。なのに居なくて、それに関して何か語るでもなく、少しだけ柳我の顔が歪んだ気がして
「……一緒に徹夜したから。今夕方行くために寝てるんじゃないかな」
「なら良いんだけど
ってかアニメ徹夜で見たのか?」
「どんな人の姿か知ってた方がギャップで楽しいって」
「そんなものか」
だが、トシキは忘れることにした
いや、正確には……人混みを捌く中、何時しか忘れていった
そして……特に何か起こることはなく。割とあっさり(というには人は多すぎではあったものの)フェス本番は終了したのであった