Fate/Tonitrus   作:雨在新人

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プロローグ(2/3)

天国(あまくに)トシキは、魔術による攻撃を疑う

 アニメフェスにより、多くの人間がこの尼谷市へと来ている。当然ホテルは満杯で、ネカフェ泊まりなんて人も居るらしい

 かつてならば兎も角、今の天国という魔術師の家系は由緒こそ正しいが没落しているも良いところ。3年前にトシキの父親が失踪し、今や未熟者だが一応魔術師である程度のトシキが当主となっているのだからさもありなんという状態である。父から継いだ魔術工房と、教え込まれた天国の魔術の基礎。トシキにあるのはそれだけだ

 失踪の前に父から与えられた先祖代々の魔術刻印は、しかしトシキの言葉に何一つ答えを返してはくれない。そんな没落魔術師の家系に遠慮するような魔術師は居るまい。人の波に乗じて尼谷へと乗り込んでくる魔術師を事前に察知するだけの人脈も魔術も、トシキには既に無い

 そして、抱き締め続けている幼馴染の熱は尋常なものではなく。ならば、魔術による何かであると結論付けるしか無い。ああ、実際問題、トシキは知っている。眼前で意識を失った少女は、魔術師からしてみれば喉から手が出る程に欲しい"モノ"、根源接続者だと

 実験に使うには最良だろう、喉から手が出る程に欲しいに違いない。実際問題、天国という魔術師一門が積み上げてきた歴史があまりにも重いものでなかったとしたら、今更道を変えることなど出来ない1000年の積み重ねの黒鉄が無かったとしたら、トシキの父も彼女を使って根源に至ろうと思ってしまったかもしれない

 冗談じゃない、とトシキは思う

 彼女は根源に至るための、根源に既に繋がっているちょうど良い材料なんかじゃない。高生黎南(たかばねれいな)

 

 「『鍛造、再開』」

 魔術を起動。天国一門の魔術を解き放つ。魔術刻印の真髄には程遠い基礎ではあるが、トシキにだって刀匠として、そしてこの地の魔術師の末として、何より黎南の幼馴染としての意地はある

 「『再鍛、偽打・小烏丸』!」

 魔術により鍛造した刀を、少女を右手で支えたまま左の手で振り抜く。魔術の火は消え、しっかりとした感触を腕に伝える

 そのまま、トシキは鳥居へと振り返り……

 

 其処に、死が待っていた

 月明かりを受けて輝く鎧。光を放たない、鈍い色の大剣。フェス参加者の中には、確かにコスプレ勢も居た。黎南がそんなコスプレ野郎に一緒に写真撮ってされるのを、人員整理のバイト中に何度も見た。大半は非戦闘状態の服装コスプレにカツラだったが、極一部気合い入れて段ボールか何かで作った鎧を身に付けたハイレベルコスプレイヤーだって居た。武器持ちのコスプレだって当然居た。大きすぎるものは他の人の邪魔になるので一時的に預けてくれと案内した覚えもトシキにはある

 だが、眼前に立つ青年のソレは、コスプレと呼ぶにはあまりにも生々し過ぎた

 刀匠としてのトシキの勘が告げている。眼前の刃は、今魔術で鍛造した紛い物とはいえ伝説の業物……そこらの刀であれば振りあえば相手を一方的に折るようなトシキの魔術、偽打・小烏丸と比べても尚向こうの方が圧倒的に格上の業物である、と

 「円卓の騎士の末裔が、ご先祖様の剣をコスプレに持ってきただけ、なんて笑い話は……無い、わな」

 空気は重苦しく。真剣を持った金属鎧の男は、静かにトシキを見据える

 いや、正確にはその腕の中で意識を喪っている根源接続者の少女を

 

 「無銘の剣。何処かの英雄が持っていた無名の剣と見える

 幾ら強靭とはいえ、そんなものを人様の土地に持ち込んで振り回そうというのは、魔術師としてどうかと思うぞ?」

 男は答えない

 「そもそも、魔術師ならば英雄の剣なんてもの、何で持ち出しているんだ?確かにコスプレに見えて咎める人はほぼ居ないだろうが……」

 騎士のコスプレしてる人間はこの市に3桁居る。何ならトシキ自身昼間のバイト中はアーサー王コスプレをしていた。だからこそ言える。今剣を持ち歩いていても怪しまれないだろう、と

 

 『……大人しく下がってはくれないか、少年』

 「天国トシキ、この尼谷に根差す、魔術師だ!」

 自然体の男に向けて刀を突き付け、トシキは吠える。渡さないという覚悟を込めて

 

 「……何をしているんだい、セイバー?」

 だが、その覚悟を砕くように、青年の背後から一人の小さな影が躍り出る

 未だ少年にも見える一人の男。トシキよりも若いだろうか。中学生くらいにも見えるふわふわの髪のその少年は、鬱陶しげに青年を見上げる

 「なにやってんのさセイバー。天国なんて没落魔術師、とっとと殺せば良いじゃん」

 『……マスター、人殺しはそう軽々しくやるものではない、はずなのだが?』

 困惑気味に、青年がトシキから目線を外し、横に立つ少年を向く

 だが、トシキは……その場を、動けなかった

 

 (セイバー?セイバーと言ったのか、あの少年は)

 頭の中を駆け巡るのは嫌な予感

 聖杯戦争という魔術の失墜を目的としたとはいえ、円卓の聖戦というアニメにサーヴァントやクラスという言葉は出てこない。アーサー王がセイバー、ランスロット卿がランサーといった形で召喚されたとする円卓の騎士7名をそれぞれクラスに当て嵌めて描写こそしているものの、表向きの設定としてはそこら辺は存在しない。即ち、それらの言葉を交わせるのはアニメファン等ではなく、魔術師のみ

 そして、眼前の男は……自らをセイバーと呼ぶ少年の言葉を、否定しなかった。ならば、眼前の騎士コスプレっぽい男は……

 「サー、ヴァント……」

 『……そうだな、名乗られていた以上私も名乗り返そう

 サーヴァント、セイバー。真名を……と、流石にそれを言うのは不味いか

 ならばこう名乗ろう。この地の魔術師であるというならば、きっとこれで分かってくれるだろうから。私は……

 円卓の、騎士だ』

 円卓の騎士。アニメ設定そのままに、男は告げた

 だがしかし、トシキには分かる。彼は、嘘など一つもついていない。眼前の男は自分をアニメの登場人物だと思い込んでいる頭のネジの外れたコスプレ男などではない

 彼はセイバー、それが真実ならば……アニメで描写されたように、本当にこの現代日本に召喚されたアーサー王伝説に語られる伝説の騎士当人、本物の円卓の騎士である

 「……アニメかよ」

 その手に在るのは無銘の大剣。纏う空気はある意味トシキにも近い地属性らしきもの。ならば有名な剣を持つアーサー、ランスロット、ガウェイン等の絶望的な化け物では無いだろう

 20年以上前に冬木という街で行われたらしい聖杯戦争に召喚されていた……らしい円卓の騎士は聖剣からビームぶっぱなしてくるアニメの住人レベルの化け物であったらしいが、無銘の剣ならばそこまでの無体はやってこないはずだ

 (ってだからどうしたんだよ俺!?)

 と、セルフでトシキは自分に突っ込みを入れる

 ガウェイン、ランスロット、そしてアーサー王。ガラティーン、アロンダイト、そしてエクスカリバーという名だたる伝説の剣を持っていない円卓の騎士になら勝てるとでもいうのだろうか

 <転輪する勝利の剣>(エクスカリバー・ガラティーン)を放ってくるガウェイン卿には勝てないがそういったチート剣の無いユーウェイン卿ならワンチャンだとか、ランスロット卿は無理だがガレス卿なら倒せるだとかそんな魔術師が居れば是非時計塔に行くと良い。恐らくだがロードの地位くらいならぽんと貰えるだろう

 例え伝説の剣が無くとも、彼等彼女等は実際に幻想種であるドラゴン等が跋扈する古代ブリテンを生き抜き、ガウェイン卿等伝説の剣持ちと並んで円卓の騎士とまで呼ばれた英雄だ。伝説の剣無しの相手なら魔術師が勝てるとかそんな次元の存在であるはずがない

 

 (でも、何故だ?)

 と、トシキは疑問を深める

 彼が本当に円卓の騎士であるならば、そしてセイバーであるならば。この地で聖杯戦争が行われている事となる。だが、トシキはそんなもの知らない。この地には聖杯だって無い。幾らなんでも、万能の願望器となりえるようなナニカが持ち込まれたとしてそれを見落とすほどには天国一門は衰退していない

 

 『円卓の騎士。その言葉の意味は分かりますね』

 「サーヴァント、セイバー

 人が勝てるような相手ではない。挑めば死ぬ。ああ、分かるよ」

 『では、今から私が言う事に従って戴けますね?そうすれば、貴方の命は保証される』

 「まどろっこしいなーセイバーは

 いいから聖杯を渡しなってアマクニ」

 「聖杯じゃない、高生黎南だ」

 右手の幼馴染を庇うように、トシキは叫ぶ

 確かに、根源接続者であれば、聖杯戦争だって起こせるだろう。なんたって当人が万能の願望器に近い性質を持つのだ

 『ならば、言い換えよう

 その少女を、黎南を渡しなさい。その首が、明日も付いていて欲しいのであれば』

 「断る!これが聖杯戦争だってなら、れーなには聞かなきゃいけない事がある!

 『再鍛、偽打・亀戸天刃(かめどてんじん)』!」

 渡さない。例え敵が英雄そのものであれ

 その覚悟と共に、トシキは先祖から伝わる刀の習作として教え込まれた五本のうち一本の刀を鍛造する

 亀戸天刃、抜けば局所的豪雨を呼ぶという魔術の込められた伝説の一振。父親が言うにはかつてオリジナルは菅原道真の刀であったともいう。物理的な性能で言えば左腕に有る小烏丸よりも脆いものではあるが、豪雨を呼ぶ性質は未熟な刀匠による再鍛であれ健在。目眩ましにはなるだろう

 超局所的豪雨。雨雲ひとつ無く、昼間は黎南と明日も晴れだなと話していた空が突如曇り、分厚い雨粒のカーテンを溢す

 その隙にトシキは手の刀を砂利の地面に突き刺し少女の体を抱え上げようとして……

 その体の横を、大きな影が通りすぎた

 「……え?」

 腕の中から消える熱いまでの感触。トシキの手は一瞬前まで幼馴染のあった空間を素通りする

 雨が上がる。元々亀戸天刃は初代が鍛造した刀、トシキにとってはそもそも再鍛それ自体が出来ないあの剣を除けば一番不完全なものしか鍛造出来ない。豪雨と言っても降らせていられる時間は……10秒あるか無いか。雨乞いにも使えるオリジナルからすれば、見る影もない

 

 『有り難う、盟友(とも)よ』

 雨のカーテンが剥がれた時、黒い影の姿は既に無く。幼馴染の体は、騎士の腕の中に移っている

 「れーな!」

 逃げる際には邪魔、そう思って突き刺した先だけが両刃の刀ー偽打・小烏丸を地面から引き抜き、トシキは叫ぶ

 その噛み合わせた歯が、恐怖で震えるのも構わずに

 

 分かる。分かってしまう。父親があのアニメに参加していたから。その縁で円卓の騎士の話であれば読み漁ったから。だからこそ、あの一瞬で眼前の騎士が何者であるのか、おおよその推測は付く

 そして、勝てないという事も

 

 イヴァン、ウ・ル・シュヴァリエ・オ・リオン。イヴァン、或いは獅子の騎士

 父親に提案し、実際にライダーのモチーフとして採用された円卓の騎士。伝説の剣は持たずとも、竜をも殺す伝説の獅子を友とせし化け物、ユーウェイン。黎南をトシキの腕から奪った時、微かに獣の香りがした。だとすれば、だ。そこまでしっかりとした動物と共にセイバークラスで召喚されるとしたら、やはりその可能性が一番高い

 

 勝てるか?勝ち目などあるはずもない。アレはガウェイン卿の友人とされる騎士。ガウェインは無理だがユーウェインなら勝てると言える奴がいるならばそれはきっと太陽が弱点な吸血種か何かだ

 それでも、トシキは騎士へと剣を向ける。それは、この地の魔術師としてか、高生黎南の幼馴染としてか。それとも、両方か

 『足の震え、歯の音。戦える者とは言い難い

 大人しく下がれ。命だけは』

 「良いからさぁ

 殺せよ、血を見せてよセイバー」

 「……れーなを、返せ!」

 それでも。トシキは足の震えを無視し、駆け出す。狙うはセイバー、ではなく、その横の少年。サーヴァントとは、マスターと呼ばれる魔術師により召喚される存在、ならばマスターさえ倒せば消えるのが道理

 刀匠として刀が振るえなければ話にならんと鍛えられた一閃、突きを追求したが故の先端両刃の切っ先が少年を狙い(はし)

 放たれる炎の魔術を切り裂き、刀が少年の喉を捉える……

 寸前、その鋼は上へと打ち上げられる。下から振り上げたセイバーの剣によって

 「『再鍛、偽打・小烏丸』!」

 だが、トシキは止まらない。セイバーの妨害を予期し、打ち上げられた刀は未練無く手放し、予めもう一本鍛造しておいた同じ刀でもって、少年を貫く!

 寸前、あまりにも嫌な予感に、攻撃を中断。振り上げたならば、振り下ろせる。そのあまりにも当たり前の事に対して頭の前に小烏丸を掲げることで対応しようとして……

 

 地面を、舐めた

 眼前の石畳に突き刺さる、半ばから折れた刀の切っ先。それを汚していく赤い水溜まり

 「……ぁ……」

 掲げた刀ごと、抵抗すら無く斬られた。そうトシキが理解するのに、数秒を要した

 広がっていく赤いものは血だ。頭から流れ出す、命を繋ぐ水だ。間違いなく死ぬ量の命の水が、こんこんと天国トシキというポットから湧き出ているのだ

 そんなこと、トシキにも分かって。けれども、出来ることなど無い。単純な刀としての出来としては小烏丸は最強の一振りである。それが抵抗無く斬られる時点で、何一つ勝ち目はない。そんな事分かっていて、それでも挑んで当然のように負けた。これはそれだけの話

 (終わ、れるか)

 それでも、天国トシキは足掻く。何も手が無くとも

 

 「バカだねぇアマクニ

 サーヴァントに人間が勝てるわけ無いじゃん」

 (それでも、れーなを守る。守らなきゃ、いけないんだよ!)

 口は動かず、トシキは心のなかだけで吠える。負け犬の遠吠え、言葉になっても虚しいだけの果たせなかった言葉を

 「サーヴァントに勝てるのはサーヴァントだけ。召喚できればワンチャンあったかもしれないのにねー」

 トシキの頭が蹴り飛ばされる

 「ま、召喚しようとしてもさせなかったけど」

 その言葉に、漸くトシキは思い出す

 聖杯戦争が起きたならば召喚されるサーヴァントは、セイバーだけではない事を。セイバー、アーチャー、ランサー、アサシン、キャスター、ライダー、そしてバーサーカー。7騎のサーヴァントによるバトルロイヤル、それが本来の聖杯戦争

 ならば、セイバーの他にも6騎、サーヴァントが存在する。もう既に召喚されているのか、されていないのかトシキには分からなかったが、マスターらしき少年がそう言うならば、まだ何騎かは召喚されていなかったのかもしれない

 それならば。そのうち一枠、誰かがトシキの声に応えてくれたならば……。セイバーに対する勝ち目も、あったのかもしれない

 

 (もう、遅い、か)

 そもそも、サーヴァント召喚とはかつての英雄を、英霊と呼ばれる彼等を現代に呼び出す大魔術だ。しかも、サーヴァントという指向性こそあれ、生前と似たようなスペックで。魔術師自身を遥かに越える強力な存在を召喚する以上聖杯戦争という大枠があって、サポートされていても尚とても長い詠唱を必要とする

 何らかの理由で詠唱無しでも降臨する事はあるらしいが、そんな特例は起きなかった。トシキは一応呪文は教えられているが、だとしても敵の前で唱えきるなんて芸当は不可能。待っててくれる優しさは基本敵にはない

 「素に血潮と(くろがね)。 礎に石と契約の大公

 祖には一門が縁□□□□」

 だというのに何故、トシキはもう遅いその詠唱を始めているのだろう。知りもしない天国一門の始まりの名すらも、譫言のように呟いて

 「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 関係ない。だって……

 誰にも見付けられない少女を見付けたあの日、天国トシキは高生黎南を最期まで守ると誓ったのだから……

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