「……ランサー!」
『ええ、任せて』
簡素な槍との鍔迫り合い。硬さが取り柄故に、刃を合わせるには向かない刀ながら、何とか耐える
だが、地金は曲がり、しなやかな筈の鋼にひび割れが生じる。力任せに叩きつけるような槍さばきだが、二度は同じ武器で受けられない
当然のように刀諸共に両断してくる可能性があるセイバーの剣よりはまだマシで。けれども、圧倒的な膂力の差を見せ付ける
向こうの槍は無銘の槍。ある程度武器の目利きは出来るトシキの目から見て、本当に単なる槍だ。自動人形の持つ宝具だろうソレ等とも、同じく無銘ながらもとてつもない力を感じさせるセイバーの剣とも比べ物にならない程度には普通の槍。宝具でも何でもない
故に、武器の質としてはそう劣るものではない、だのに一方的に刀だけにヒビが入るのは、数倍の筋力の差を端的に示している
それを覆すように、トシキとフードの間に、雷鳴が降り注ぐ
ランサーからの援護だ。剣を砕く一撃。同じく上手くすれば槍だって雷槍は打ち砕けるだろう
だが、そうではない。今やるべきことは、本気を見せていないフードとまともにやりあう事ではない!
「違う!結城を連れてとっとと下がってくれ!」
痺れる腕に顔をしかめつつ、トシキはそう叫んだ
眼前のフードは、叩き付けてアスファルトの地面を割った槍をそのまま大地から抜き放ち……
「再鍛!」
咄嗟に作るのは、昨日の朝にも一度作って見せたオブジェ。所謂ライフル銃
トシキ自身、銃なんてものは作れない。天国トシキとは刀匠であり、銃は専門外だ
故に、出来上がるのはあくまでも外見がライフルなだけで、良く見れば銃口がそれっぽく穴空いてるだけで銃弾が撃てる構造になっていないハリボテ。7パーツくらいで作った金属でコーティングしただけのプラモデルみたいなものだと気が付くだろう
だが、トシキとしてはそれで良い。仮にモデルガンではなく本物のライフルだとしても、人外の膂力を見せ付けた眼前のフード、バーサーカーと推測されるその存在にロクロクダメージは通らない。自身は戦闘向いてないだろうランサーに向けて拳銃を撃って、素肌に弾かれるのだ。どう見てもキャスターではない肉体派の鍛えられたサーヴァントには対戦車ライフルとて豆鉄砲。いや、ゴム弾くらいの威力は感じるか?という程度だ
ただ、刀では槍よりもリーチが短い故に距離を詰められる。しかし、武器がライフルであればそのリーチは槍よりも数百倍。多少即座に踏み込んで来る事を牽制できるかと、それだけの目論見である
『でも、マスターさん』
「何とか暫くは捌ききる!だから!今は、結城を……」
『ふん。ならば』
突然の襲撃に止まった牛が、良かろうとばかりに足を進め
『……行かせると思うか?』
『……ぐっ』
その足に、黄金色の鎖が絡み付く
資料にあったその名を、トシキはしっかりと覚えている。流石に使ってこないだろう、使ってこないと良いなと思っていた、その名前を
「<
『この
故に、勿体無いが友を放つ。動くな、逃げるな、
あとそこの大たわけ!天の鎖は天の鎖、友の名を貴様が呼ぶな!』
黄金の渦、<
といっても、サーヴァントだけだ。背の結城には手慰みのように右手に一本軽く絡んでいるだけで、逃げられなくしている以外にはなにもしていない。とはいえ、複数の鎖で縛ってちょっと引っ張れば、小さな体は即座にバラバラに引き裂かれるのだろうが
三文芝居とは此れの事だったのだろうか
王の怒りと共に一本、避けようと思えば避けられるくらいの角度で飛んできた槍をバックジャンプで交わしながら、トシキは思う
やる気を見せておらず、本気で話に来たのかとすらトシキは感じた黄金の王が、その渦から盟友の名を冠したお気に入りらしく特別視していると資料に注釈された宝具すら使って、その逃走を阻む
更に……
『そうだ。私ならば行けるはずだ
マスターの命は奪わない。サーヴァントだけを、討つ!』
空駆ける白き流星。白獅子に飛び乗り、セイバーまでもが動き出す
「っ!」
ライフルに対し、フードのサーヴァントが円盾を構えて防御体制に入ったのもただ一瞬。直ぐに護りなど要らぬと判断したのか、その神速の槍が空を裂いて走る!
頬を走る朱色
槍を避けきれず、頬に軽い傷
『気を付けて、マスターさん』
どうにかならないかと一瞬だけトシキは自身のサーヴァントの方を見るが、金髪の少女もその牡牛も黄金の鎖に完全に縛られ、身動きが取れないでいる
何なら、鎖に引っ張られているのだろう。指一本、まともに動かせないように、珍妙なポーズで空に磔られている
……といっても、仕方の無い事。|天の牡牛<グガランナ>を捕縛した対神の鎖。天空の牛である今のゼウスにとっては、ほぼあらゆる意味で特攻が突き刺さる最低の相性と言っても良い。間違いなく、捕縛されたら抜け出せない。実際問題、トシキは資料にある天の鎖への対処法を、黄金の王が使ってきたら詰みだから使ってこないことを祈る、以外に思い付かなかった程だ
『……うご、けん……』
『そのサーヴァントさんは、トロイア戦争の英雄よマスターさん』
「良く分かったなランサー!?」
防戦であれば、何とか回避は出来ないこともない。すべての一撃をかすらせ、全身に軽い裂傷を作りながらも、トシキは叫ぶ
意味はある。相手はまだ切り札を全く見せていない。それが何なのか掴む切欠にはなるだろう。宝具の不意討ちを防げるかもしれない
<
『ええ、その槍と盾、トロイア戦争でギリシア側が使ったものですもの』
「……了解!」
方針は決まった
なぜフードを、ひょっとしてバーサーカーではなくアサシンだったりするのか?と思っていたトシキの疑問は一発で解けた
彼はギリシアの英雄だ。ギリシャ神話男性サーヴァントだ。しかも、恐らくは神々と近しい何かがある
神の息子なのか、或いは星座にでもなったのか、神に惚れられたのか……そのいずれかは分からない。けれども、確かに神と縁があるのであろう
故に……ゼウスの前に顔を晒した瞬間、あやつは○○だ、と真名から宝具まで一発で看破される。それを恐れ、彼或いは彼女はフードを被った
ならば!やることはひとつ
「その仮面に隠した素顔、晒して貰う!」
『アマクニィィィッ!』
実際問題、トシキは本気でフードを取れるとは思っていない
だが、奴はフードを被っているのだ、真名を明かしたくない。だからこそ……フードを攻撃して剥がすぞと言っておけば、それだけで牽制となる
フードに斬り付けるなんて実際には出来ずとも、ソレっぽい軌道を見せれば対処を強要出来る。体に刃は通らずとも、フードはフードだ。布に過ぎない
<
少なくとも古代ギリシャのものとは見えない。サーヴァントが持ち込んだものではなく、現代のブツだ
ならば、斬ろうとする行動に、奴は対処をしてくる!
手の中の刀を鍛造し直してヒビを消し、トシキは刀を中段に構えた
「……どう、しよう……」
天国トシキが、ほぼ時間稼ぎとしかならない無謀なフード斬りを始めた頃
結城灯花は、空中で呆然としていた
事態に付いていけない。特に何も分からない
分かることはたった5つ
一つ。大好きな、助けたかった少年が、変なフードの人に襲われていてとっても危険な事
二つ。スーパーゼウスは、セイバーって名乗ったアニメ通りなら恐ろしく強い円卓の騎士ユーウェイン卿を引き受けてくれているが、それも時間稼ぎというか、せめて此方に来ないような足止めに過ぎない事
三つ。黄金の鎖はギチギチと音を立ててランサーのサーヴァントを絞め上げており、同じ力でやられていたら、今頃自分の腕の骨は地上5階から落としたスマートフォンの画面並にバキバキに割れていたろうという事
四つ。それを成し、今悠然と……黄金の渦から進み出てきた白い鋼の馬?の背に立って(跨がるのではなく、コトバ通り背に立っている)いる黄金の王ギルガメッシュは、トシキの言葉のように、とてつもなく恐ろしく、最強の名に相応しいサーヴァントである事
そして五つ。自分がどうしようもなく足を引っ張ってるだけである事
身動きの取れない少女を見下ろすように、白馬の上から視線が落ちる。黄金の王ギルガメッシュが、静かにその赤い瞳で、カラコンの少女を見詰めていた
『』雑種、貴様、何をしに来た』
降ってくるのは、そんな問い掛け
当たり前だろう、と灯花は自答する
少しは役に立てると思っていた。サーヴァントは居る、自分だってマスターなんだ、と。自分の知らないところで、彼が傷付くなんて嫌で、一緒に居たかった
だというのに、現実は全く違った。そんな甘さは何処にもなかった
結城灯花に出来る事は何一つ無く。残るという意地は、天国トシキにとって単なる迷惑であった。庇わせて、護らせて、傷付かせて
巻き込まれたんだから、親友だから。そんな理屈で、一人体を張らせただけ
獅子の牙に、彼は最初から気が付いていた。結城が居なかったら、大人しく帰っていたら、居ると分かっていて食らうかよ!と避けられたろう。けれども、何も知らない自分を庇って、怪我しかけた
「……たすけ、たかった……」
現実は逆。意地を張って。ただ、助けられて
『ふん、愚図の癖に、理想だけは高いか
……ならば、護らせてやろうか?』
「……え?」
『英雄には、それに相応しい戦場というものがある。
ただ、この
義理は果たした、貴様次第ではこの三文芝居、此処で納めてやっても良い』
「……ほん、とうに?」
『迂闊に信じてはダメよ?』
『黙れ神妃。
鎖が更に力を増し、サーヴァントを締め付ける
「……ほんとうに、助けてくれるの?」
藁にもすがる思いで。彼が凄い英雄だと言うならば、英雄と呼ばれるような存在ならば、助けて欲しいと、その黄金を、少年が好きだというアニメキャラに合わせたカラーコンタクトな自分と異なり生来のものである赤い眼を見上げる
『……ただし』
「あうっ」
腕に絡み付いた鎖が引っ張られる
体勢を崩し、右腕を付き出してしまう。その右手の肘に、冷たいものが触れた
……冷たい鋼。日緋色の刀の刃
『相応の代価を払うが良い
体とは言わん、首も要らん。
ただ、その腕を置いていけ』
見下ろすように、見定めるように、赤い瞳が、灯花を眺める
黄金の渦から出きった刀を手に取り、何時でも斬れるように柄を握り、静かに黄金の王は灯花の答えを待つ
『ダメよ、マスターさんのお友達』
「っ!それは……」
即答すれば良かった
即答する気だった
それで本当に助けてくれるなら、と言ったつもりになった
自分が怪我しても。その結果もし死ぬとしても天国トシキを助けたいから、その覚悟を決めて、結城灯花は聖杯戦争から降りないと、昨日決めたはずだった
……なのに。その口は動かなかった
流石に否定の言葉は溢れず。しかし、心の中では言えた言葉を、現実の口は紡げなくて
「結城!結城がそんな傷付かなくて良い!」
そう、天国の魔術師は叫ぶ
自分だって巻き込まれていて。聖杯戦争だけど俺は聖杯なんて要らないと言っていて
だというのに真っ直ぐに、彼はそうして結城灯花を護ろうとする。あの日、隣のクラスで縁も所縁も無いのに、仕方ないと諦めた結城灯花を助けに来てくれたように、『俺は結城のファンだから』と、矢面に立つ
だから、助けたかった。マスターに選ばれたならば、自分にも出来ることがあると思っていた
けれども、体は震えるばかり
目の前で散った血飛沫が、直面した死の香りが、机上の覚悟を吹き飛ばし
「ギルガメッシュ王、腕ならば俺がっ!?」
その少年の言葉は、背後から足を貫く短剣により中断される
『言ったはずだ大たわけ
大体……』
体勢を崩した少年の首に鎖を巻き付け、黄金の王はその鎖を引く
地面を擦り、既に閉まった肉屋のシャッターに叩き付けられ、その体が宙吊りにされる
その下の空間を、フードの戦士の槍が貫いていった
『貴様は鍛冶であろう。腕を無くして何をする。
すっ、と王の眼が細まる
『次に貴様が
「……がはっ!」
「とっしー!」
「……だい、丈夫だ、結城……
結城が、傷付く、必要なんて……ない」
血を流し、首を絞められ
明らかに大丈夫だと言えない状態で、それでも少年は優しくそう言葉を紡ぐ
『何も出来ぬ大たわけが、言いおるわ
『悪い話ではなかろう?何の役にも立たぬ雑種めが、その腕一本で一つ役に立てるのだからな』
「……だめだ、ゆう、き」
『本気を出さぬのならば黙って見ていろたわけが』
更に、少年を縛る鎖が蠢き
「分かった」
王を見上げ、少女は呟く
「腕で、助けてくれるなら」
「結城っ!」
『ミス・マスター!』
怖い。嫌だ、そんな気持ちが渦巻く
けれども、それよりも、それでも。大事な人がこれ以上傷付くのを見たくないから
きゅっと眼をつむって、結城灯花は覚悟を決める
『アマクニィィィッ!』
その瞬間、宙吊りにされた少年に向けて、槍は投げられ
『黙れ臆病者。この大たわけは
鎖により絡め取られて空中で静止する
『眼を閉じるな、開けよ
しっかり見ておけ、五体満足なのは、今この時で終わるのだぞ?』
覚悟を決めたのに
それでも、黄金の王は、急かしたのが嘘のように、ゆっくりと刀を構える
「……なんの、ためだ」
静かに、少年の声がする
『何時か、星の大海へ』
「いつか、星のうみへ……」
轟く言葉に、静かに天国トシキは眼を瞑る
「鍛冶とは己の為ならず。何時か、星の大海へ
……槌を振るうは、剣を託す者の為に。託す彼を護るために、我等は槌を振るう」
静かな言葉が、結城灯花の耳を振るわせる
「応えよ、応えろ
今がその時だろう
誰が為の魔術刻印だ。今、護るべきものを護れないならば……貴様は何の為に魔術を継いだ
答えろ!応えろ!天国刀志鬼!」
叫ぶ声。喉を絞められ、掠れながら
けれども、何一つ事態は変わらない
それでも良いと。英雄ならば約束を護り、この場を終わらせてくれるから、きっと、と
けれども、怖くて
結城灯花は、静かに眼を閉じて
『……そうだな、天国!』
轟く咆哮、そして雷鳴
突如響く爆音と共に、閉じた結城の眼すらも焼く、とてつもなく明るい雷光が迸り
「ちょーっと待ったぁ!」
『アマクニィィィッ!』
更には、別の声まで響き渡った
そうして、腕に衝撃は来ず
結城灯花は、思わず眼を明ける
「……え?」
まず見えたものは、大きな背中。そして、担がれた日緋色の刀
少女の腕を断つはずの刃は、それと良く似た刀によって受け止められていた