「……」
無言
虚を突かれ、何も言えず、ただ、天国トシキは眼前の男を見ることしか出来なかった
『アマ、クニィィィッ!』
苦々しげな咆哮
安物のフードを被り、槍と盾を振りかざすその者の前に
蒼く輝く狼が立っていた
流麗な曲線を描く装甲。その隙間を覆う、細かく編まれた金属糸の鎖が、脆いだろう関節部を強固なものへと変えていて。生物というには少し歪なシルエットを持つそれは、間違いなく黄金の英雄王が足蹴にする白馬と同質の脅威、機械狼
「
その名前が、不思議と分かる気がして
己の決意も何もかも、乱入により吹き飛ばされ呆然とするなか、ぽつりとトシキはその名を呼ぶ
クテンロウ、何処か
その声に応えたのか応えていないのか微かな唸りが聞こえる
蒼き鋼の狼を動かしているだろう心臓……コアの駆動音のみを響かせ、何処からともなく一振の赫刀を咥え、狼が走る
『ぐるぅっ!アマクニぃぃっ!』
眼前のサーヴァントを、排するために
『クテンロウ……』
剣を振り下ろそうとしていた黄金の英雄も、その名を呟き
『なんと!』
その剣を弾き、黄金の王の足を断たんと
『貴様、この
迸る神の雷光に鎖を解かれ、日緋色の刃に剣を咎められ、不満げに、けれども唇の端に笑みを残し、黄金の英雄は問う
眼前の空に立つ、鬼の仮面を付けた、ゆったりとした和装の男に対して
……服としては、大体戦国時代頃だろうか。織田信長の有名な肖像が、似た服をしていたと言える程度には、その様式は似ている
体つきは、間違いなく男のもの。随分と鍛え上げられている。剣聖だとか、そういったレベルだろう。少なくとも、付け焼き刃の天国トシキの数百倍は剣に生きてきた、そんな存在だ。柳生なり何なり、恐らくは剣によってその名を残したろう男
その手の赫刀、主に鎌倉から江戸初期まで打たれた天国の刀、天境の一振の存在がそれを裏付ける。室町頃の資料に置いて日緋色の刀としてその性能を褒め称えられている天境は、一般的にそこらの武士の手が出るようなものではない
実際問題、一門と言っても天国は魔術師だ。当然その技は魔術刻印と共に一子相伝。故に刀は常に当代の当主のみが打つ上、日緋色金をわざわざ材質に使うのは量産の数打ではなく、刀匠にして魔術師として打つ本気の一振だ。本格的に打っていた記録があるのはトシキから見て50代ほど前から25代近く前まで。その25代で万に届くだろう数の刀が打たれたろうが、赫刀はその中で400本造られていれば多い方であろう
そのうち一振を持つのは、藩主や大名といった地域の名士か、或いは彼等に重用されて褒美とされたか。そして、眼前のサーヴァントであるはずの鬼面から感じる圧力は、とても為政者のものではない。軍を率いる王というよりも、己が暴れまわる壬生狼のような獰猛さ
ならば、恐らくは後者。権力者から天境を贈られるほどの剣豪が、眼前のサーヴァントの正体だ
それが分かったとして、だから○○だ、と言える決定打はトシキにはない。だがそれでも、ある程度の対策は出来る
間違いなく、奴は超武闘派だ。即ち、剣の一振で次元を屈折させるくらいの無体はやってくる
だが、既に空に立つ無体を起こすその鬼面は、静かに刀を構え、黄金の王のみを見据える
「ランサー!」
『ええ!』
ゼウス神の放つ雷により弛んだ拘束。そんなもの出来るなら最初からしろ!と叫びたくなる気持ちはあるが、切り替えて自分の首に絡む鎖も外し、地面へと着地
助けてくれるのであろう蒼狼の振るう刀により、フードは近づけず、5mほどの距離を落ちて着地に成功するや、トシキは空を見上げる
その横に、静かに降り立つ影
アーチャーだ
「アーチャー、セイバーは」
『乱入を確認するやそそくさと帰っていったとも。流石に面倒になったのであろうなぁ』
『っ!アマクニィッ!』
「っ!うるせぇ!」
刀を振るい、今もまだ襲い来るフードへ、トシキは吠える
更に、其処へ降り注ぐ雷槍が、そのフードを縫い止める
ゼウス神だ。解き放たれ、自由となった雷神が、黄金の王の相手を謎のサーヴァントに丸投げし、トシキへと加勢する
『ごめんなさいね、ちょっとお顔を見せてちょうだいな』
『死ね!アマクニィッ!』
牛の背で呑気にエウロペが語るなか、それでもフードの狂戦士は足掻く。安物のフードを力任せに千切り、トシキへとその手の槍を振るう
だが
『おっと、此処でミスター・カタナカジに怪我をさせては、ミス・マスターに怒られてしまう。それはいけない』
アーチャーの機械腕から放たれる雷は、物理的な圧を持ってその槍を止める
ギルガメッシュが謎のサーヴァントにかかりきりとなり、セイバーは姿を消した。高生黎南の、そして結城灯花の安全のために戦力の分散を強いられていた時期は終わった。逆に今は、トシキ達がフードのたった一騎を追う時
「再鍛、そこだ!」
刀を鍛造し直し、トシキは動きを止められたフードへと横凪に刃を振るい……
『天国、上だ!』
轟く警告
雷神の声に、弾かれたように下がる……ことはしない
全力で、逆に距離を詰め、辿り着くはゼロ距離。刀そのものをブラフに、そのフードに直接手を掛け
「かふっ!」
同時、トシキはその腹にとても重い衝撃を感じた
降り注ぐ、青い閃光
何とか横に地面を転がることで、ゼウスに警告されたソレを避け……
『ふむ。逃げ足は早いようだ』
弾かれるように蹴り飛ばされた衝撃から立ち上がったとき、其処にフードの戦士の姿は無かった
一息付きつつ、空を見る
ギルガメッシュの鎖が、鬼の面の男を絡めたところであった
だが
『堅いだけか』
『貴様、単なる人か』
黄金の王が鎖を解き、渦へと消す
横で、もう大丈夫よと地面に下ろされた親友が不思議そうな顔をしているが、トシキにとっては不思議はない
天の鎖は対神兵装である。ゼウス神のような神であれば、とてつもない捕縛力を持つのだろうが、上泉信綱や柳生宗矩といったサーヴァント足り得る逸話と力を持った単なる人、つまりは鬼面の男のようなサーヴァントにとっては、単なる鎖でしかない。堅いだろうが、それだけだ
故に、ギルガメッシュは鎖を収めたのであろう。あの王にとって天の鎖は特別なもの。効かんと虚仮にされるのは我慢ならなかったのだとトシキには思えた
『貴様、
『笑止』
『いかな猿芝居かは知らんが』
黄金の王が、その手の赫刀を掲げる
『この
『……阿呆』
『言うに事欠いて、それを言うか雑種』
『狭視』
短くあくまでも静かに返す男に、黄金の王が眉をひそめる
トシキ達を本気で追い込む気はなかったからか停止していた自動人形達が再起動、幾体かが翼を生やし、空へと舞う
そこに
「そうだー!分かりにくぞバーサーカー!そんなんじゃ臣民付いてこないぞー!」
場違いなまでに明るい声が降ってきた
その声に、トシキは聞き覚えがあった。何なら、1時間前まで聴いていた
森石姫乃。新進気鋭のVtuber。敵となるならば有り難くその人となり、性格を学ばせて貰おうと、トシキがカラオケの最中に動画サイトで視聴していた動画の声そのままで、その時動いていたポリゴンそのままの姿で、何故か巨大な鉄の烏の背に乗って、その半二次元の少女は戦場な空に居た
『瞭然』
『ふん、マスターを運んでいただけと言うか、であれば、当然』
「そうだー!やっちゃえバーサーカー!」
どっちの味方なのだろう。少なくとも、黄金の王のマスターではないはずだが
そんなトシキの疑問を他所に、煽られて鬼面も刀を構える
だが、その構えは歪。刃を天に向け、左の手を刃に添える不可思議な型。どの方向を斬るというのか分からぬ姿
だが、ギルガメッシュはそれを咎めず、逆に唇を釣り上げる
『……降下』
「ちょ、バーサーカー!タイム!動画止めてバーサーカー!?」
バーサーカーと呼ばれた鬼面の言葉を聞くや、王の白馬や、トシキを護り、近くで座る蒼狼のように鋼で出来ている烏が嘴を開き、声なき吠え声を響かせる。それに、背の少女はバランスを崩し……
一瞬、放っておこうかと思った
奴も魔術師であれば、身体強化くらいはしているであろう、と
だが、その服の袖を掴む感触がある。見なくても分かる、親友の不安のサイン
それを受け、トシキは……
「ランサー!」
『ええ、おばあちゃまに任せて』
哀れ、顔面から地面に落ちかけた少女を、空を駆けた白牛の背の金髪の少女が抱え救った
それを無視し、空の時は進む
『……合掌』
『さあ、
『一生護ると言っていたが……今世も頼むぞ、
鬼面をずらし、和服のサーヴァントが刀を撫でる
その面の下にある顔は、とても深く美しいもので……隠す意味など、良く分からず
『合装 鬼綱天狗』
その解号を口にした瞬間、空にあった鉄烏が弾け飛んだ
いや、違う。最初から想定されていた通り、パーツごとにバラバラになったのだ
その烏の中身は空洞で。コアらしきものも良く分からず
パーツとなった黒烏は解号を唱えた男の回りを渦巻いて
そして、一つになる
天狗の面をした、黒い烏の翼を拡げた、フルアーマーの鎧武者。優美な曲線が、烏をどこか思わせ(実際、烏の姿をしていたものが変化したから当然ではあるが)、足の爪が変化した下駄型の沓が、天狗らしさを醸し出す
その手の赫刀は、刀身が解けて消えており
軽く、男が残された柄を投げる。それは、何かに惹かれるように後頭部、鎧に覆われた其処へと動き、しっかりと合体する
同時、男が兜の前、天狗の面を顔半分横にずらし、素顔を晒す
柄が二つに割れて前方へと飛び出し、角と化し。空に、鬼の意匠を持った天狗の鎧武者が現れていた
それと完全に同時
『合装
白馬が砕け、黄金の王を覆い
一昨日見た、白い空飛ぶ騎士鎧が姿を現した