バレンタインなので本編とは異なる時間軸のifとなります
『……あら、マスターさん』
不意にかけられた声に、トシキは魔術工房を兼ねた鍛冶場の火を消して、顔を上げた
「ランサー」
『ええ、おばあちゃまですよ』
「……何か、用があるのか」
……今は聖杯戦争の最中……ではない
あの魔術は失敗し、7つの英霊はこの地に集わず。奇跡は宙に掻き消えた
しかし、尼谷市の竜脈を保持し、長き時に渡って紡いできた天国の魔術は、ただ一騎のサーヴァントのみを現世に繋ぎ止めたのだ
「ランサー、折角現世に残ったんだから、のんびりすれば良いのに」
『あらあら、おばあちゃまを心配してくれるのかしらマスターさん
でも大丈夫よ、おばあちゃまは、好きに生きているもの。マスターさんが魔力供給で大変だったら言って頂戴ね』
くすくすと柔らかく少女であり慈母でもあるヨーロッパの名を持つサーヴァントは笑う
『それに、マスターさんもそれは同じよ?
ゆっくり寝ないと疲れちゃわないかしら』
そう言って、金髪のサーヴァントはトシキの肩に手を置く
『ほら、肩ががちがちよ?
おばあちゃまの手に委ねて?』
「……未だ、魔術は天に届かない」
聖杯戦争は起きなかった
けれども、刹那感じた感覚を信じ、トシキは天国の魔術師として、その槌を振るう事を止める気は起きなかった
届かせなければならないものが其処にはあったのだから
「大丈夫だよ、ランサー」
『マスターさん』
「俺には、結城から貰ったチョコレートがあるから」
と、手作りではない既製品の包みをトシキは振ってみせる
『あら!まぁ!
早いのね、マスターさん。まだ日付が変わった頃よ?』
「まあ、結城だしな
何時もの事だよ」
と、黒髪の親友を思い出してトシキは言う
結城灯花という少女は、既製品を溶かして作る劣化したチョコよりも美味しいのが一番と、毎年2/13に既製品をくれるのだ
『あらまあ!マスターさん
折角のバレンタインデーなのに残念だったわね』
「いや。結城はそういう他の皆にからかわれたくなくて、日付よりも早くくれるだけだよ」
でもそうか、バレンタインか
そう思って、トシキは手から離していなかった槌を置く
『ええ、そう。バレンタインよマスターさん
今日はゆっくりお休みなさいな』
『……その通りだ』
同時、遠雷のように響く声
ゼウス神の声
だが、その声は少しくぐもっていて
「ゼウス神。結城からのチョコ勝手に食べないで下さい」
『我への捧げ物だ』
「いやまあ、ゼウスさんにもと渡されたのは確かだが……
そもそも、牛ってチョコレート食べられたっけ……」
『我、神ぞ?』
「まあ、それはそうですが……」
何となくやりたいことを理解して、トシキは頷く
「じゃあ、俺は寝ます」
そうしてトシキは自身の部屋で横になり、目を瞑った
眼を覚ます
そして朝の光を浴びて一つ伸びをして、トシキはサーヴァントが待つだろう居間へと向かった
『はいどうぞ、マスターさん!』
『……味わうが良い。エウロペちゃまの厚意を』
果たして
机の上には砕かれたチョコをふんだんに使ったブラウニーと、湯気を立てるホットミルクが置かれていた
これを作りたくて、作るところを見られぬよう、眠ることを推奨してきたのだろう
「有り難う。戴くよ」
『ええ、チョコはゼウスさまが砕いたのよ?』
「ご利益とか、凄そうだな」
言いつつ、トシキは朝ごはん代わりにカロリーのあるチョコブラウニーを一つ摘まみ、口に入れる
予想とは異なる雷のような刺激的なビターな味が口に広がった
「きゅ、99%カカオ……」
『あらあらまぁ!
ゼウスさま、ゼウスさま?』
『ふははははははは!その顔よ!
我、満足なり!』
「美味しいけど苦っ!」
飛び付くようにトシキは横のホットミルクに手を伸ばし、一気に半分流し込んだ