「……かひゅっ」
暗がりにPCの明かりだけが点る小さな部屋に、苦しげな吐息が漏れる
部屋の主である
「……あ、」
言葉を発せない。眼前に立ち、ただの片手で高校二年にしては小柄に過ぎるーそれこそ、小学生にも間違われる事もある体を持ち上げ、宙に吊るしている男は180cmはあるだろう。灯花の短い手では、やはり短いのが少しだけ不満な足では、暴れてもろくに相手の体に届かない
(どう……して……)
酸欠の頭の中、灯花は思う
結城灯花という少女は天才である。中学の時に作ったプログラムが無断で父の会社に持ち込まれた結果、今ではそれがその会社で公用されているらしい。そんな発育不良で頭でっかちな娘を、両親はほぼ無視している。欲しいものがあると言えば、勝手に部屋の前に置かれていて。食事も、何時も冷蔵庫の中にあって
自分より頭の出来が良い娘に、近寄ろうとしない。だから、部屋に来る人間なんて居ない。自室は灯花の聖域だった
その聖域に、見知らぬ何者かが居る。家のロックは万全で、なのに、居るはず無い男が其所に居る。そんな有り得ない事態に、灯花は恐怖にかられ、動けないでいた
どうすれば良いか、分からない。何をすれば良いのだろう。何が出来るだろう
堂々巡りの頭の中、思い付いた事は一つだけで
「……あ」
けれども、スカートのポケットから取り出したスマートフォンは、手の中から滑り落ちて、マットレスの床に転がる
「……無意味な事を」
告げる男の顔には大袈裟な仮面があって。声色は変声機による電子音声であるとしか分からない
平坦極まる音で、感情は読み取れない。怒っているのか、いないのか。呆れているのか、安心しているのか、それとも助けを求めても来るはず無いとたかをくくっているのか
(……たす、けて)
スマートフォンの画面は電話帳。そこに登録されている、3つしか無い電話番号のうちの一つの画面。あと少しで、電話をかけられたはずのそこに刻まれた名前は、とっしー
(レナちゃん、とっしー、たすけて!)
だが、宙に吊られた体では、床のスマートフォンは遠すぎて
体が揺られる。男が、1歩前に出る
そして……たった一つ灯花が思い付いた希望の映るソレを、部屋の中で履くものではない土足で踏み砕いた
「どうせ今頃はライダーが殺している頃。とはいえ、万が一という事もある」
ライダー、そして殺す
意味は良く分からない。ライダーとは、日曜日の朝にやっているあの特撮番組に出てくる変身ヒーローか何かだろうか
けれども、眼前の男が、灯花の数少ない友人を殺そうとしていることは分かって、せめてもの抵抗に首を絞め付ける割と細い腕に、手を掛ける。インドアな少女の力では、あまり痛くないだろうけれど
「……助かりたいか?」
仮面の男が、不意に問う
こくこくと、為す術なく灯花は頷く
「ならば、これを読み上げろ」
翳されたのは、男のものらしいスマートフォン。テキストが開かれており、そこには長ったらしい文字列があった
少しだけ、手が緩む。息が出来るが、まだ宙吊りのまま
為すがままに、灯花は意味も分からず言葉を読み上げる
その、素に銀と鉄、礎に石と契約の大公、から始まる訳の分からない文章を
(こういう言葉、呪文、とっしー、分かる?)
思うのは、たった二人の友人の片割れ。ちょっと暗くて、変で、鍛冶屋で、変な奴と笑われまくっていた灯花に対して凄いものだろ自信持てよと言ってくれた、魔法使いになりたいらしいちょっと子供っぽい幼馴染。彼ならば、呪文の意味も分かるかもしれない
けれども、オカルトに疎い灯花には全く意味など分からなくて。ただ助かりたい感情のみで読み上げるだけ
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
(言葉通り。とっしー、来てくれたら)
テキストの末まで読み上げる
何の意味があるのだろう。灯花は疑問に思う。でも、これで助かると、安心して
否や。首を掴む手は、離されなどしなかった。寧ろ前と同じく、いや、それ以上に強く絞められる。苦しいなんてものじゃなく、息ができない程に
(嘘つき)
そんな言葉を発するだけの空気がない。一分にも満たない時を経て、結城灯花という少女の意識は闇に落ちようとして……
『ご機嫌よう、レディ。そして悪鬼よ』
何処からともなく聞こえてきた、第三の声によって、その凶手から離されていた
「っ!けほっ!けほっ!」
急に完全に気道が確保され雪崩れ込む空気にむせながら、灯花は突然自分を抱き抱える謎の第三の人物を見る
190cm近くありそうな巨躯、精悍な顔。そして、灯花を抱き抱える腕は太く、そして一部が機械的
『休んでいたまえ、レディ。君は……ミス、かな?流石にその姿でミセスという事は無いと私の天才的な頭脳は告げているのだが』
「あ、あなたは……」
『私はニ……いや、聖杯戦争における現界においては名を隠すべきであったな
ならばこう名乗ろう。サーヴァント、アーチャー、雷たる神ゼウスを越えし雷電博士、スーパーゼウス!大天才だ』
「……スーパー、ゼウス?」
変な言葉に、鸚鵡返しに灯花は聞き返す
『そう、スーパーゼウスだ。今後私の事はスーパーゼウスと呼びたまえ』
訳が分からない。けれども、助けてくれたらしい
それだけの事を理解して、灯花は目を瞑る。苦しすぎる喉を、一時の休養で忘れるために
「……何が、起きた」
固まった右手を見ながら、男がぼやく
その仮面はそのままに、しかしボイスチェンジの機能は停止している
『私の魔力は電気だ。君達の使う現代魔術に向けて流すことでその魔術を妨害できる。君のそれは一般的な強化魔術、雷電を通せば腕は麻痺する
普通の魔術師というものについぞ会ったことがなく、一度試してみたかった理論だが、体感した感想はどうだね?』
「ふざけるなぁっ!」
声を荒げる男
「目を付けていたマスター候補を、勝手に救われてたまるか!
ギルガメッシュ!おい、金ぴか!
まだ時間がかかっているのか、おい!」
『……そのような狭苦しい場所に、
屋根の上からであるのか、くぐもって響き渡るのは、つい先刻まで社の上で愉快愉快と笑っていた王の声
「なら屋根でも何でも破壊しろ!サーヴァント召喚の兆候が見えたらマスター殺して脱落を狙ったのに、向こうが速すぎた!緊急事態だ!とっとと何とかしろ最強のサーヴァントなんだろ!」
『……ふん。魔術師同盟だか何だか知らんが、雑種共の考えは同じか。弱者は簡単に勝てるとなると飛び付くものよな』
寧ろ召喚を煽った側であるなどとはおくびにも出さず、黄金の王は自身の主を小馬鹿にしたように語り
轟音と共に、部屋の天井が引き剥がされる
月明かりで寧ろ明るくなる部屋の外から部屋を覗き込んだのは、上半身のみを黄金の渦から出し、天井をその手に板のように持った青銅の巨人。その肩には、ふんぞり返る黄金鎧の王
「ギルガメッシュ、あのアーチャーを倒せ」
『……断る。
あくまでも尊大に。サーヴァント、ライダーは自身のマスターに対してすら唯我独尊を崩さず、叫びを一蹴する
『んん、ライトニング!
いくら大天才の私と言えど、そこの王様とやりあっては無事ではすむまい』
「ならば、今殺すべきだろう!」
『その何処に、愉快がある?
言ったはずだそこな
「っ!」
仮面の奥は分からない。けれども、きっと男は黄金の王を睨んだのであろう。このクソサーヴァントが、と
『お話は終わりかな、ミスター・ゴールド』
話の間動かなかった機械腕の偉丈夫が、静かに口を開く
『ふ、呼ぶならばミスター・キングとせよ』
『了解した、ミスター・キング』
周囲に電気の輪が生じ、ふわりと偉丈夫の姿が浮き上がる
ショートしてしまったのかPCの電源が落ち、ディスプレイが消灯する
『では、この大天才から仕掛けさせて戴こう。最古の王に現代の神話を御覧にいれよう』
自信に満ちた表情で、天井であった場所を越え、青銅巨人の肩と同じ高さで二騎のサーヴァントは向かい合う
『だ、そうだ
下がるならば連れていってやろう。あくまでも戦うというのならば、手は出さん。好きにせよ』
「冗談じゃない!下がるぞ!」
黄金の王の言葉に、興が乗ってない王頼みは流石に部が悪いと思ったのだろう、仮面の男は躊躇なくそれを選ぶ
『という結論のようだぞ?
そこのアーチャー、あくまでも交戦するというならば、
『私としては、ミス・マスターを守れたというだけで良し』
『ふん、ではな』
黄金の渦に、青銅の巨人の姿が沈む。ついでに、捨てられてなかった天井まで飲み込まれる。替わりといってはなんだが、尖った先端を持つ空飛ぶ船が現れ、自由落下に任せる王の体をその背にある一人用の椅子が受け止める。更にはその下部から鎖が伸びて仮面の男の腕に巻き付き……
そのまま、ぶら下げられる男の安全はあまり考えられぬまま、
すぐに前方への加速も加わり、その姿は偉丈夫のアーチャーの視界から消えた
『……む?』
それと同時、偉丈夫の耳が捉えたのは、空を駆ける蹄の音。何者か、間違いなくサーヴァントであろう何者かが此方へと向かってきている
その事実に、彼は自らの雷電を腕に纏い、放つ準備をして……
「結城、大丈夫か、結城!」
そう叫ぶ声に、何と友人か!と、その手を下ろした
牡牛『これで、私はゼウスを超えた!とかスーパーゼウス!とか言ったらしいな貴様』
エウロペ『あら、まあ!でもゼウスさまは彼よりも何倍も愛らしいもの、きっと負けないわ』