[ナギ・スプリングフィールド]
俺の眼の前で、信じられない事が起きていた。
「ピィー……ジャッ!ジャジャジャ、ジャジャー……。」
3歳ぐらいの赤毛のガキが、口からノイズにしか聞こえない音をさせると、そのガキを襲おうとしていた悪魔の群れが、自身が地面に落とした影に飲まれ、消滅する。こんな呪文、聞いた事ねぇぞ?あのノイズは呪文か?
そしてガキがタメイキ混じりに呟く。
「はぁ……。なるほど、こいつら寄越したのは、メガロメセンブリア元老院、か。なんで「ぼく」が狙われるんだろうな……。こいつらは知らなくても、
それとも、あんたが知ってるのかな?「お父さん」……。」
「……ね、ネギ、な、の、か?おまえ、ネギ、か?」
「ああ。あんたが父さんの、ナギ・スプリングフィールドであるのと同じくらいにはネギだよ。」
ガキ、いやネギは肩を竦めて言う。だが……。俺は魔法使いの杖を構え、ネギに向き合う。
「……てめえ、誰だ?ネギに取り憑いてやがんな!?」
「やっぱりそう思うか。でも、ちょっと待っててくれ。ネカネ姉さんの進行中の石化をどうにかしないといけないから。……スタン爺さんは、完全石化してしまったから、今のわたしの技量だと無理だが……。
ピィー……ジャッ!ジャッジージー、ジャッ、ジー……。」
「てめ……おおっ!?」
ネギに取り憑いてやがる奴がさっきみたくノイズ呪文を唱えたと思ったら、石化して砕けてたネカネの足が瞬時に治りやがった!?と、ネギに取り憑いてやがる奴が言った。
「……さて、じゃあまず誤解を解くとするかね。父さん、わたしは間違いなくネギ・スプリングフィールドだよ。助けに来てくれて、嬉しいよ。」
「く……。手前、ネギに取り憑いて、なに……。」
「取り憑いてるわけじゃないよ。わたし「も」また、ネギ・スプリングフィールドさ。もっと正確に言うならば、ネギ少年の「前世の人格」だがね。」
「!?」
前世の人格、だと!?
「魂ってのが中古のコンピューターみたいな物とだと例えるのが分かりやすいか。仮にそう例えると、それの上で走っているソフトウェアがネギ少年の人格であり、前の持ち主が使ってた時代のソフトウェアが消えないで残ってたのが、わたしの人格になる。
本当ならわたしの人格は、目覚めないままずっと眠り続け、そのうちにネギ少年の人格に完全に上書きされて消滅していたはずなんだが……。」
「な……。」
「だがしかし。ネギ少年の人格は、村が焼かれ、村人が皆石化され、あげくにスタン爺さんとネカネ姉さんまでもが目の前で倒れた事で、ショックを受けて内に閉じ籠ってしまった。しかもかなりの深層にな。
ネギ少年は聡い子供だ。悪魔どもが村人は石化するに止めていたのに、自分に対しては石化させようともせずに殺しに走った事を気付いていた。そしてその事から、この村が襲われたのは自分が原因だと理解してしまったのさ。」
「!!……ま、待て!ネギ!違う、違うぞ!お前のせいなんかじゃない!違うんだネギ!」
俺はネギの両肩を掴んで揺さぶり、必死になってネギに話しかける。だがネギは……ネギの前世を名乗る奴は、悲しそうな顔で言う。
「無駄だよ、ネギ少年には何も聞こえていない。ネギ少年の人格は、深く、深く引きこもっている。せっかくの父親との再会だから、会わせてやりたくて何度も起こそうとしているんだがね……。
自分のせいで村が滅ぼされたと思い込んでいるんだ。会わせる顔が無い、らしい。わたしも「そうではない、お前のせいじゃない!」と何度も呼び掛けているんだが……。聡いが、それでも子供だ。いったん思いつめてしまうと、どうにもならん。」
「なんて……こった……。」
俺は崩れ落ちる。なんてこった……。俺の身体に取り憑いている
「ネギは……。どうなる?」
「……この身体、この魂は既にわたしの物ではなくネギ少年の物だ。そのうち再び目覚めるのは間違いは無いんだが……。だがネギの人格が眠った事によって剥き出しになった自己防衛本能が、わたしの人格を叩き起こしたせいで、おそらく……いや、間違いなく問題が起きる。しばらくの間は、二重人格の様な形で同居する事になるな。そして……。
最終的には二つの人格は融合し、ネギ少年でもわたしでもない中間の人格が出来上がる。……今在るネギ少年も、今在るわたしも、結局は消滅するに等しい。新たな人格は、両者から受け継いだ特質や記憶を保持するとは思うが……。」
「!!」
ネギが、その人格が消滅する……。コイツを責めてもしかたがねえ……。コイツが、前世の人格がいなけりゃ、下手すりゃネギ自身が死んでいたんだ。だが、それでも、それでもっ!
「ネギ……ネギいいぃぃっ!!く、くっそおおおぉぉぉ!!……ぐうっ!?」
やべぇ!じ、時間切れを忘れてたっ……!!まずい、早く帰らねえと、早く麻帆良に帰って封印に戻らねえと……!
「なるほど、あんたが行方不明になった理由はソレか。人の事をネギ少年に取り憑いてるだなんだ言って、あんた自身が悪霊じみたモノに取り憑かれてるじゃないか。
ピィー……ジャッ!ジャッ、ジャジャジャッ、ジジジジジ……。」
「ぐ、や、も、戻ら、ねえと……!!」
「まあ待て。なるほど、解析魔法によれば……。倒されると元の依り代にしていた肉体を離れ、近くにいる他の肉体……基本は自分を倒したヤツの肉体に憑依して新たな依り代とするのか。迷惑なやつだ。」
そう言ったネギは、地面に
「ぐはっ!?」
「すまんな、手加減がまだ上手く無いんだ。」
「て、手加減てぇ問題か!?って、ありゃ?」
ありゃ?俺の内からの
「ら、
『……掌打の一撃で、わたしをナギ・スプリングフィールドの肉体から叩き出すとはな。』
「奥義、『霊魂追放掌』……。本来は、敵対者の霊魂そのものを攻撃して肉体から引き剥がし、即死させる技なんだがね。この様に、他者に憑依した悪霊の類を引き剥がしてやる手段にも使える。」
俺の傍らには、霊体状の
!!……や、ヤベえ!俺の身体から離れたって事は、こいつは自由に何処へでも行けるって事じゃねえか!
「ら、
『子供にしては……。いや、子供であるのに、凄まじい能力だ。前世の人格と言ったか?その能力があれば、便利そうではあるな。』
「てめ、まさかネギに……!?」
まずい!この
『な、何っ!?』
「馬鹿かね、あんたは。掌で霊体をはじき出せるんだから、身体のどの部位でも霊体をはじく事ができてもおかしく無いだろうに。あんたはわたしの表皮から内側には、入り込む事もできないよ。」
『なんと……。恐るべき能力だな。このま……何っ!?』
「話が長いのには、注意した方が良いな。わたし程度の力量があれば、詠唱が無くても長時間集中するだけで、ある程度の術式は展開可能なんだよ。」
なんと……。
「無駄だよ。知らなかったのか?わたしからは逃げられない……。」
『き、貴様は何者だ!』
「ただの、ネギ・スプリングフィールド少年の前世さ。……さて、消えてもらおう。
ピィー……ジャッ!ジャージャー、ジジジャジャー……。」
『!!……。』
ネギが例のノイズ呪文を吐き出すと、凄まじい勢いで
『……!!。……。』
「……終わった。けっこう面倒くさかったな。」
「いや、面倒くさいって一言で
「あり、だな。と言うか難易度的には、完全に石化してしまった村人の皆さんを治す方が大変だよ。悪魔による石化だからな。石化途中なら状態異常レベルなんだが、完全に石化してしまうと不可逆変化だからなあ……。
これを戻すには、生命蘇生レベルに近い……まあ、それよりかは若干楽だと思うんだが、若干程度の違いしか無いとも言えるしなあ……。そんなレベルの魔法が必要になるんだよ。それよりは力技で何とかなる、こっちの方が楽だった。」
俺は呆然としていた。今の今まで決死の覚悟で自分の内に封じていた、あの
ふと見ると、ネギが宙に浮いていた。そして徐々にその高さを上げていく。
「お、おい、何処へ行く?」
「……ちょっとまずい状況になっている。ネギ少年の人格を起こそう、起こして父さんと会わせてやろう、そう努力していたんだが……。
やめた方が良かった様だ。さっきも言った通り、ネギ少年は他の人に会わせる顔が無いと、そう思い込んでいる。ここで父さん、あんたに会ったりしたら、逆に追い詰められてネギ少年の心が壊れてしまいかねないんだ。わたしとネギ少年は既に一部が混ざり始めているからな。そう言うのは理解できるんだよ。
でもって、ネギ少年は徐々に目覚め始めている。さっきまで、わたしがネギ少年の人格を目覚めさせよう、目覚めさせよう、と何度も干渉していたからだな。だがこのままでは、先ほども言った通り、ネギ少年の心が壊れてしまう。失敗だった。」
「な……。」
ネギが浮遊し、その高度を上げていく。俺はそれを追おうとするが、とたんに身体の最奥部から激痛が走る。くそ、
「ま、待て!待ってくれ!ネギ!ネギ!!」
「済まないが、待てない。ネギ少年の人格が目覚めるまでに、誰もいない場所へ行かねばならない。そうしなければ、ネギ少年の心が壊れてしまうかもしれない。……今ネギ少年に必要なのは、時間だ。誰にも干渉されず、心の傷を癒すための。
そのうちに、ネギ少年の人格とわたしの人格は入り混じり、新たな人格を構成する事になる。そのとき、どれだけネギ少年の要素が残るかはわからないが、心が壊れていなければ、あるいは……。だから、今は我慢してくれ、父さん……ナギ・スプリングフィールド。」
「く……。」
ネギはもう、遥か上空に行ってしまっている。声も届かない。と、俺の目の前に幻影魔法らしき物で、地図が描かれた。ネギからの念話が聞こえて来る。
『後始末を任せて悪いが……。この地図の、この赤い光点のところに、今回の悪魔を差し向けて来た契約者がいる。悪魔を倒された衝撃を、わざと召喚者にフィードバックさせるような術を使ったから、ショックで気絶しているはずだ。早目に確保し、捕らえて欲しい。』
『……わかった。せめてそのぐらいは、やって見せる。』
『今回の件で、あまり気に病むな。あんたが気に病めば、ネギ少年も間違いなく苦しむ。』
『……ああ。』
『それと、石化した村の皆と、ネカネ姉さんの事、頼んだ。それじゃあ……。もうこの状態で会う事は無いだろう。さよなら父さん。』
『……さよなら、だな。前世のネギ……。』
俺は身体の奥底から染み出て来る苦痛を噛み殺し、立ち上がる。そして石化した村人達を魔法で浮遊させて一か所に集めると、万が一にも損傷したりしないように結界を張って防護する。そして気を失ったままのネカネも別の結界で護ると、俺は飛行魔法を唱えて飛翔した。目的は、悪魔どもに村を襲わせた召喚主だ。至らない父親と言えど、頼まれた事ぐらいはきちんとやって見せなきゃ、な。せめて……そのぐらいは。
[ネギ?]
わたしは可能な限りの速度で飛翔した。
(起きたかい?)
「うん……。」
(わたしたちは記憶を共有しているから、何が起きたのかは知っていると思う。)
「うん……。」
ネギ少年は悄然としている。そしてポツリと呟く。
「僕が……。お父さんに会いたいって思ったから、だからあんな事が起きたのかな……。」
(それは違う。)
わたしは強い意志を込めて語る。
(たとえ君がそう考えなくても、絶対にあの事件は起きたよ。絶対に。それにあの事件は、君じゃなく君のお父さんとかが原因じゃないかと思うよ?)
「な、なんで!?お父さんは、みんなの英雄なのに!?」
(英雄だからさ。英雄は、良い人たちからは親切にされるさ。だけど、悪い奴らからすれば、絶対にやっつけたい相手なんだ。悪ものは、だけどお父さんには敵わないから、弱いところを狙うんだ。お父さんが大事に隠してた、君とかね。)
そう、
それはともかくとして、ネギ少年は明らかにあの村の外からは隠されていたと、そう思う。だが完全では無かったのだろう。ネギ少年の存在を知ったナギ・スプリングフィールドの敵が、あの村を襲わせたのではないだろうか。
「そんな……。なんでそんな酷い事するの?」
(そんな理屈が通じない奴らだから、悪ものなのさ。少なくとも、君のせいじゃない事だけは確かだよ。)
「……。」
ネギ少年は押し黙る。だが一部が融合し始めているわたしには、彼の心の中に蠢く黒い想念がはっきりと感じ取れた。そしてしばし後、ネギ少年は口を開く。
「くやしい……。」
(そうか……。)
「くやしい、くやしいよ……。あんなことした奴ら、やっつけてやりたい!」
(よし、やっつけてやろう。)
「え?」
わたしはネギ少年に語り掛ける。
(その気持ち、その悔しさを忘れないで胸の奥にしまって置くんだ。いつかわたしと君が、1つになって両方とも消えてしまって新しい自分になっちゃうのは、理解できるだろう?)
「……うん。」
(だけど、強く、強く思っていれば、きっとわたしたちが1つに合体した後も、その気持ちは新しく生まれた自分の中に、絶対に残ってくれるはずだ。)
「……うん!」
ネギ少年は、強く頷いた。だがその時、ネギ少年の腹から異音が発せられる。
グ~~~……キュルルル……。
顔を赤らめるネギ少年に、わたしは語り掛けた。
(とりあえず、食べられそうな物を探そう。幸い、わたしが霊的高次空間で得た知識の中に、サバイバル技術も含まれているからね。)
「う、うん。」
(腹が減っては戦はできぬ、と言う遠い国の言葉がある。まず、悪ものへの仕返しとかも何も、わたしたちが生きていてこそだよ。)
「わかったよ!」
そしてわたしたちは、食べ物を求めて森の中へと分け入って行った。
主人公いきなり復活です。まあ、しばらくすればネギの人格と融合してしまうのですが。と言うわけで、厳密に言えば本当の主人公は融合後の新たな人格なわけですけどね。
そしていきなり