[タカミチ]
僕とネギ君は、連れ立ってエヴァの家へやって来た。
「ここがエヴァ……エヴァンジェリンの家だよ。」
「へえ……。趣味がいい家だね。」
僕はアンティークなウッド製ドアベルの紐を引いた。カラン、コロン、と涼やかな音が鳴る。
『はい、どちら様でしょうか。』
「茶々丸君かい?僕だよ、タカミチだ。」
『高畑先生……。今お開けします。』
エヴァの従者で僕の生徒、ロボットの茶々丸君が玄関扉を開けてくれた。いや、正式にはガイノイドと言うらしいんだが、その辺はどう違うのか僕にはよくわからない。
「!!……タカミチ、彼女はアンドロイドなのかい?」
「え……っと。ロボットとどう違うのかな。」
「ああ、ロボットの中でも人間型をしているのがアンドロイド。」
「ああ、うん。そうだよ。彼女は僕のクラスの生徒で、同時にエヴァの従者だよ。名前は絡繰茶々丸君。」
「……厳密には、ガイノイドです。いらっしゃいませ、高畑先生、それとお客様。」
「ああ、これはお土産です、絡繰さん。」
ネギ君が、途中の洋菓子店で買って来たケーキを茶々丸君に渡す。茶々丸君は会釈して受け取った。
「ありがとうございます。」
「いえ……。しかし、物凄い技術ですね。貴女に使われている科学技術……。数十年、下手をすると数百年近く先を行っている。」
「お褒めに預かりまして、光栄です。開発者たちも喜ぶでしょう。」
「彼女を創造したのは、これもウチのクラスの天才2人でね。本当に天才の名に恥じない頭脳の持ち主たちさ。」
ネギ君は茶々丸君の存在に驚いてはいるが、動揺してはいない。そう言えば彼は、核ミサイルとかちょいちょいと解体してたっけな。彼は魔法使いであると同時に、科学者、技術者でもあるんだろう。
「素晴らしいですね。僕の部下にも、僕が造ったロボットたちがいるから、今度会わせてみたいですよ。」
「それは実現するのであれば、楽しみですね。それとわたしに敬語は不要です。」
「そうかい?ありがとう。」
……いるのか、ロボットの部下。ちょっと斜め上だった。まあ、そうだよね。
僕らは茶々丸君の案内に従い、居間を兼ねた客間へと移動する。ネギ君は目を見張った。まあ吸血鬼の自宅が、ここまでファンシーだとは思わないだろうからなあ。そしてそこのソファに、この家の主であるエヴァがどっかとふんぞり返って腰掛けていた。
「……フン。貴様がナギの息子、ネギ・スプリングフィールドか。」
「そうですよ。エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルさん。お初にお目にかかります。」
「いちいちフルネームで呼ぶな。フン、エヴァンジェリンもしくはマクダウェルでかまわん。」
「では、お言葉に甘えて。マクダウェルさん。」
「……で?わざわざそこのタカミチにアポを取らせてまで、わたしに何の用だ。」
そうだ。ネギ君はエヴァに何の用事があるんだろう。もしや
「今日は父に代わり、貴女の『
ぶふぉ。とんでもない台詞に、僕は紅茶を噴き出してしまった。茶々丸君が布巾で拭いてくれる。ああいや、自分でやるよ。ああでも、出来る出来ないで言えばネギ君の実力なら、出来そうだなあ。
「……いらんよ。」
僕は再度、紅茶を噴く。何故だ!?エヴァはずっとこの呪いを解きたがっていたはずじゃ!?
「何故です?……ずっと気に病んでいたんです、僕は。僕はこれでも父を尊敬しています。ですが、その尊敬する父が、ついうっかりだとは思うのですが、約束をすっぽかしていたと言うのは腹立たしい事です。
僕が調べたところによると、呪いは3年で解かれる事になっていたはずです。」
「確かにな。そしてわたしの呪いは解かれぬまま、15年にもなろうとしている。そうなっているな。
……1つ問うが、貴様に『
「……単純な魔法の技量と魔力量だけならば、たぶん今の僕は父を超えています。」
「「!?」」
その瞬間、ネギ君の気配が爆発した。今の今まで、ネギ君はその力を丁寧に隠し切っていた。過去に戦場で会ったときは、そこそこ達人並の魔力に見えていたが……。今ここで見せた魔力量は、そんな物では無かった。……それはそうか。そこそこ達人程度の力で、空間を飛び越えて雷撃を落としたりはできない。更には『
「な、なんだその化け物じみた魔力は!」
「ああ、今収めます。」
「……凄まじいな。血筋か?いや、もしや……。」
「他にも事情はありますが、血筋も大きいと思います。」
「なるほど……。それならば、『
フッと寂しげな笑みを、エヴァが零す。どういう事だろう?
「不可能……ですか?……!!まさか!!」
「ほう、思い至ったか。それともわたしを「視」でもしたか?」
「……思い至った方ですよ。「視」ようとすれば「視」る事もできますが、流石に失礼でしょう?」
「ど、どう言う事だい、ネギ君?何がどうなって……。」
ネギ君は、唖然とした、しかし困った様な顔で苦笑を浮かべている。何かネギ君とエヴァに、置いてかれてる感じがするなあ。僕は紅茶を飲んで、気を落ちつけようとした。
「タカミチ、僕の推測が間違ってなければ……。」
「間違ってはいないよ。まあヒントは出したのだ。それで正解を出しても、褒められはせんぞ?」
「ですね……。ふふふ。」
そしてエヴァは決定的な一言を口にする。
「『
僕は三度、紅茶を噴きだした。
[エヴァンジェリン]
あれは、もう3……いや4年前にもなるか?ある雨の夜だった。当時のわたしは、ナギが約束を守らなかった事、そして何処かで死んだと言う知らせで荒れていた。いや、荒れていたと言うよりはその時期を通り越して、無気力になっていた。機械的に晩飯を食らい、機械的に後片付けをし、機械的に風呂に入り、そろそろ寝ようとしたところで、玄関を乱暴に叩く音が聞こえる。
最初は無視するつもりだった。だが相手はしつこくドアを叩き続ける。いい加減苛立ったわたしは、寝間着のまま玄関を開けた。たいした用事でなかったら、ぶち殺してくれる、と思いつつ。
だが……。
「え……。」
「よお……。久しぶりだな、エヴァンジェリン。」
そこに居たのは、ナギ……。死んだと聞かされていた、ナギだった。
それから先は、よく覚えていない。何か、ナギに泣き縋りポカポカと殴りつけた様な気がするが、よく覚えていない。覚えていないと言ったら、覚えていないのだ。この「
そしてわたしはナギに夕食の残り物を温めて出してやった。奴は貪るようにそれを掻き込んだ。そして人心地ついた奴は、わたしと向かい合う。
「済まねえな、エヴァンジェリン。長い間、ほんとに長い間縛りつけちまってよ。」
「まったくだ。あげくに死んだなどと噂が流れた時は……。」
「いやホント、済まなかった。……で、どうだ?ガッコ通ってみてよ。光に生きて見ろ、とか昔の俺はカッコいい事言っちまったが……。」
「……最初の3年間は、な。楽しかった様な気がする。だが……。『
「……そ……っか。3年で来ずに、ほんと済まなかった。」
その時のナギの憔悴した様子は、かつてのナギらしく無かった。なんだ?何がこの男に起きた?と、ナギは突然わたしの眼の前で土下座をする。
「そんな責め苦を負わせた挙句、ほんとなら頼み事なんて出来たわけじゃ無い事は重々承知の上だ!どうかあと数年、麻帆良に居てくんねえか!?」
「!?」
ぎょっとした。言葉の内容にではない。この男がわたしに土下座までした事で、だ。あの傲岸不遜を絵に描いたどころか、四コマ漫画にして大人気になってアニメ化されて劇場版まで作られたかと言う程の、この男がだ。
そしてナギは理由を話した。自分と、妻のアリカ王女と、そしてその息子たるネギの事を。自分が
「……残酷な、男だな。」
「……。」
「ああ、おまえは残酷な男だよ。麻帆良に留まれ、と言う話の事じゃない。恋い慕う女の前で、他の女との子供のために力を貸せ、と言い放つのだからな。ナギ、お前が死んだことにして、自由に裏で活動できる様にするために……。『
「……済まん。謝罪なんざ欲しかねえだろうが、俺には謝るしかできん……。」
「何、いいさ。」
わたしは笑って言った。涙なんか流れてない。ないったら、ない。
「惚れた弱みだ。麻帆良の退屈な暮らし、あと数年続けてやるさ。任せておけ。」
「済まん、エヴァンジェリン……。」
「謝罪よりは、礼が欲しいところだな。」
「……ありがとう、な。」
そして『
[ネギ]
「そんなわけでな。『
微笑んで言うマクダウェルさんに、僕は黙って頭を下げる。それしかできない。この人は、父さんのため、ひいては僕のために、大きな犠牲を払ってくれているのだ。そしてそれに対して報いるのは、けっして自分に振り向かない想い人の感謝でしかない。
どうにかマクダウェルさんに、何か報いてあげたい。けれど僕にできる事はほとんど無いに等しい。マクダウェルさんの欲する物を訊こうかとも一瞬思ったが、それは逆に失礼にあたるだろう事は、深く考えなくても分かる事だ。故に僕は、黙って頭を下げるしか出来なかった。
タカミチも、沈痛な面持ちで黙っている。彼からすれば、どう反応をすればいいか分からないのだろう。だがこれは、何にせよ父さんとマクダウェルさんの間の事だ。僕にも、タカミチにも、
「顔を上げろ。こそばゆくて仕方がない。」
「はい……。」
「お前は顔はともかく、ナギとはまったく違うな。」
「まあそうですね。僕は薄っぺらい人間です。僕にあるのは、薄っぺらい、しかしそれ故に深く焼き付いた復讐心と、せめても両親が護った多くの命に対する使命感だけですし。」
「何、自分が薄っぺらい事を理解して自覚しているだけでも違うさ。自分の薄っぺらさを自覚せずに、重厚さを装って傲岸不遜に生きている連中の、何と多い事か……。」
絡繰さんが、僕がお土産に持って来たイチゴのショートケーキを切って出してくれる。マクダウェルさんは、それを口に運んだ。
「ほう、洋菓子屋アスタリスクのケーキか。いい趣味をしているな、美味い。」
「あ、それはタカミチに教えてもらったんですよ。褒めるならタカミチを褒めてあげてください。」
「む、そうなのか?タカミチはこういう部分は駄目駄目だと思っていたのだが。見直さねばならんな。」
「ひどいなエヴァ。ははは。」
そして僕とタカミチ、マクダウェルさんは父さんの話題を肴にして、しばしの間楽しく語らった。父さんの連絡先とかも聞きたかったんだが、残念ながら万が一を考えてマクダウェルさんも教えられていないとの事。知らなければ、漏れる事は無いからね。けれど万が一、マクダウェルさんに何者かの手が伸びれば、父さんに伝わる事にはなっているらしい。
「あの爺、と言うより爺とナギの共通の知り合いが、麻帆良に隠れ住んでいるらしい。そいつが常日頃、麻帆良の状況を見張っているとの事でな。何かあれば、そいつからナギに伝わるらしい。」
「……『
「僕はその話、聞いてないなあ。まあ、僕がまだ頼りないって事なのかね、ははは……はぁ。」
「フン、自分の分をきっちり知れて良かったではないか。」
にやにやと笑って、タカミチにトドメを刺すマクダウェルさん。楽しそうで何よりだ。だけどなあ……。父さんが「敵」と戦ってくれているんなら、可能であれば連携を取りたい。そうでなくても、万が一に互いの邪魔をし合う様になる事は、避けたい事態だ。
「その人物……。僕が麻帆良に滞在中に、繋ぎが取れればいいんですけどね。」
「僕からも、学園長に聞いてみるよ。」
「ふ、タカミチはあまり頼りになりそうもないがな。わたしも以前、あの爺にはそれとなくそこはかとなく真正面からはっきり訊いてみた事があるが、はぐらかされたからな。」
「ぼかして訊いたのか、単刀直入に問うたのか、どっちなんですか。」
そしてその後多少の雑談をした後、僕とタカミチはマクダウェルさんの家を辞去した。マクダウェルさんは、気が向いたらいつでも来い、と言ってくれた。ただ何か頼み事をするならば、それなりの代価を忘れるなとも言っていたけれど。「悪い魔法使い」に頼み事をするならば、代価が必須だとの事だ。
まあ、わからなくも無い。と言うか、自称正義の「善い魔法使い」連中だって、その行いに対し代価は受け取っているのだ。「自分の満足心」と言う、代価を。なまじ形になった報酬じゃないだけ、あいつら暴走し易いんだよなあ。奴らの「正義心」が満足するなら、なんだってやるし、あいつら。
分かってんのかね。正義も行きすぎると、ヤバいっての。どこぞの漫画じゃないけど、「きさまらは人間のからだを持ちながら、悪魔になったんだぞ!これが!これが!おれが身をすててまもろうとした人間の正体か!地獄へおちろ人間ども!」なんてことになるぞ。
……他人の事は言えないか。僕も復讐に走る気満々だしな。ただ、これが正義じゃない事は、しっかり自覚しておかないと。僕の復讐は、僕の個人的な感情だ。奴らは邪悪だが、僕は正義じゃない。正義酔いには、重々注意しないとな……。
「さて、夕飯は何処で食べようか。」
「そう言えば、日本に来る前に麻帆良について聞いた話だと、中華の電車屋台があるって事だったけど……。」
「ああ、あれは残念ながら学園祭期間中だけなんだ。学生が部活動の延長で有志でやってる物でね。」
「それは残念。」
タカミチ、いい人だなあ。僕が深刻な表情で悩んでたの見て、絶妙なタイミングで夕飯の話題で割り込んでくれた。この良い縁は、大切にしないとね。
高畑先生、台詞はあまり多くないけれど、使い勝手いいキャラだなあ……。
そしてナギとの繋ぎを取れる、麻帆良に隠れ住んでいる人物……。ええ、あのヒトです。あのヒト。
そして動かすのが難しかった、エヴァ。ナギとの心の決着がついているけれど、未練が無いわけでは無い、という。難しいなあ……。