ドラゴンクエストⅦ ダーマの戦士   作:砂鴉

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第10話:仲間になろう

「確認しとくけど、僕の目的は姉さんから魂の剣をとりあげることだ。ダーマの開放は二の次さ」

 

 ダーマ神殿地下決闘場。

 ダーマを乗っ取った魔物たちが作り上げた、五人の人間の魂を砕いたものに与えられる第二の試練の場所だ。この決闘場で五組連続で勝ち抜けばダーマから解放される。そんな――果たされるはずのない――魔物からの約束を信じ、人々はこの場で互いを傷つけあった。

 

「手助けは感謝するけど、邪魔しないでくれよ」

 

 決闘に参加するためには、四人一組になるのがルールだった。ほとんどの参加者は自分以外に魔物を三匹従えて参加している。けれど、当然ながらザジは魔物たちのことを全く信用していない。かといって他の人間を勧誘する気もなかった。

 そんなザジに協力を提案してきたのは、共に決闘場まで侵入したアルスたちだ。決闘場に着くまで共に戦ったアルスたちなら、少なくとも見ず知らずの人間を仲間に加えるよりははるかにマシだ。アルスの提案は渡りに船。けれど、跳びつくように協力するのもなんだからと思い、不承不承という体で協力することを約束した。

 その態度もあって、彼らにいい印象を抱かれてはいないだろう。自然とザジの口調はいつものぶっきらぼうになってしまう。

 

「あんたねぇ、共闘しようってのに何様の――」

 

 赤毛の少女が食って掛かってくるのは当然だ。ただ、彼女の言葉はそのまえにぼうっとした印象の少年――アルスによって遮られる。

 

「マリベル。もうすぐ出るよ」

 

 アルスが示すように、決闘の舞台へと続く暗い廊下は終わりをつげ、徐々に視界が明るくなってきていた。それと同時に、通路の向こうから大歓声が響き渡る。決闘を観戦する魔物たちのものだ。大方、参加する人間が惨たらしく敗れていく様を期待してのものだろう。

 

「あ……」

 

 決闘場に一歩踏み出し、ザジは思わず息を飲んだ。

 決闘場を埋め尽くす魔物の数は、想像を絶するものだった。直立した蜥蜴人。遺跡の奥に眠っていたような土偶を模した戦士。意志を持ち動き出した彫像。大きな翼と嘴を備えた鳥顔の悪魔。

 ダーマ近辺を根城にしているものではない。見たことのない強力な魔物の姿がいくつもある。彼らと戦う訳ではない。けれど、果たして相対した時、自分の力はあの魔物どもに通用するのだろうか。

 

「ふん、人間が徒党を組んで殺されるのを期待しているのかしら。マリベル様をなめないでもらいたいわね」

 

 無言で決闘の舞台に進み出たアルス。その少し後ろから得意げな言葉を呟きながらマリベルが続く。一切の躊躇も恐れもないような二人と対照的に、ザジは通路の入り口付近で体が固まってしまう。

 

「ん? どうしたザジ?」

 

 当然のようにアルスたちに続こうとしたガボが、動きを止めたザジに気づいて振り返る。

 

「いや、別に……」

 

 ガボに生返事を返しながら足を前に出そうとするが、意思に反して体はこわばって動けない。自分の感情は、自分がよく分かっている。決闘場を埋め尽くす魔物に、圧倒されたのだ。単純に言って、恐れてしまったのだ。

 腰に備えた鎖鎌に手を当て、しかしカチャカチャと震えるだけで手に持つことができない。

 

「どうしたのかしら? もしかして、怖くなっちゃった?」

「そ、そんなわけ……」

 

 マリベルの煽りに強気で返そうとするも、言葉尻は震え声で、ちっとも説得力がない。

 こんなんじゃダメだ。共闘する相手だろうと、弱気なところを見せちゃいけない。そんなところを見られたら、嘗められる。嘗められ、軽んじられたら負けだ。弱気を見抜かれて、そこを付け込まれれば、あとは相手の想うがまま。

 搾取される弱い人間とは、いつもうじうじしてる奴だ。僕は、そうであってはいけないんだ。

 

「ザジ」

 

 どうにか決闘の舞台に出ようとするザジに、振り返ったアルスの姿が視界に映る。彼は、すぐそばにいるかのように語り掛け、やわらかい笑顔のまま続けた。

 

「――。ね」

 

 アルスが、何かを告げる。その言葉の意味が届いた時、ふっと体が軽くなった。アルスが語りかけてくれた言葉が、彼からのザジへの信頼を裏付けしている。そして、すっと気持ちが楽になった気がする。

 見ると、マリベルは「全くコイツは」とでも言いたげに腕を組んで大げさなため息を吐く。そしてガボは「何でもねぇなら行こうぜー」と何の気なしにザジの袖を引いた。

 

「こういう時はさ、――って言うんだよ。僕らが、みんなが一緒だからさ」

 

 アルスが続けて言葉をかける。それで、ザジの気はまた楽になった。

 ああ、そうか。ふきだまりの町に落ちて、長らく忘れていた。姉以外の誰も彼も敵視して、その姉からも鬱陶しがられていると薄々感じて、長いこと忘れていた気がする感情だ。

 これが、信用されるってことなんだろうな。

 

「君は本当に、お人好しだね」

 ――けど、だからこそマリベルもガボも、それに僕も、君を信用できるんだろうな。

 

 心の中の言葉は、当然口に出すことなく胸の奥に飲み込んで、ザジは決闘の舞台に足を踏み出す。惨殺されていく人間を期待する魔物たちの大歓声は、もううっとうしいだけの雑音でしかない。

 アルスを、マリベルを、ガボを。一人ずつその顔を見つめ、ザジは呟く。

 

「みんな、――がんばろう」

 

 三人がそれぞれなりに応えて、決闘の幕が上がった。

 

 

 

***

 

 

 

「うっ……く」

 

 自分のうめき声を聞くのは、もう珍しくもなくなってきた気がする。

 先ほどまで見ていたのは、あの頃の回想という奴だろうな。そう納得して、目覚めかけの意識を無理に起こし、ザジはどうにか体を起き上がらせる。

 

「お! 目ぇ覚めたか。しっかりしろ、どっか痛いとこあるか!?」

「ない、よ。けど、これは……」

 

 起き上がった視界にあったのは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔のネズミ顔の小男だった。なんだか久しぶりに見た気がするなぁとザジは思いながら、つい一日前にはぐれた――とりあえずの――仲間入りした男に返事を返す。

 

「酷い顔だな。ドンホセ」

「うるせぇ! やっとこさメザレについてみたらなんなんだあの惨状はよぉ! 村は呆けた死体だらけ。お前と嬢ちゃんも一緒に傷だらけでぶっ倒れてるし。おめぇだけでも生きててよかったぜ……」

 

 おいおいと泣き出してしまったドンホセに、どうしてここまでらしくない盗賊なのだろうかと彼の内面を思った。

 

「そうだ、あいつは――ミクワは!?」

 

 自分が寝かされているのがメザレの村の宿屋だということはすぐに分かった。一通り、村の内部は案内してもらっていたからだ。

 そして、無事村にいるということは、あの戦いは終わって魔物は去った後なのだということだ。とすれば、共に最後まで戦っていた彼女はどうなったのか。

 ドンホセはバツの悪い顔をして隣のベッドを示す。そこに、ミクワは寝かされている。

 

 起き上がり、彼女のベッドのそばまで行ってその手に自分の手を当てる。まるで彫像のような無機質な冷たさだった。人の温かみなど、完全に消え失せている。苦痛の表情で目を閉じ、ピクリとも動かない。まるで、死んだ今も苦痛に苛まれているような、胸が痛くなるような姿だった。

 

「遅かった。さっきも言ったけどよ、村の奴らも全員やられてやがる。皆殺しだ、ひでぇもんだぜ。生き残りは、おめぇだけだよ」

「……そう、か」

 

 外に出て、惨状を確認しようという気には到底なれなかった。村に着いた時点で村人は全員魂を抜き取られたのだ。そして、ミクワと自分の魂が抜かれる様も、よく覚えている。

 けど、なぜだろうか。

 

「助かったのは、僕だけ、か」

 

 自身の胸に手を当て、ザジは自分が寝ていたベッドに重く腰を下ろす。最後の瞬間、ザジの元にも魔物の手が伸び、確かに何かを抜き取られた。けれどもザジはこうして意識を保ち、ここにいる。

 魔物は魂を抜き取るのに失敗したのだろうか。いや、そんなはずはない。魔物の剣が身体を貫く瞬間を、貫いた刃に引っ掛けられた自身の魂の輝きも、しっかり覚えている。

 ザジの魂は、確かに奪われた。

 

「外じゃフォロッドの兵団が片づけをやってる。ひとまず死体を無事な家に入れて、今後の方針を練るってよ。ザジ、気ぃは進まねーだろうがよ、教えてくれよ。何があったんだ」

「……ああ、でも、ルーク兵士長も来てるだろ。彼にも話した方がいいんじゃないのかい?」

 

 ドンホセに請われ、ルーク兵士長を呼んでからザジはミクワとともに村に来てからの経緯を話し始めた。

 メザレを襲った魔物たち。ザジたちが魔物討伐に赴いたのと前後して村を壊滅させた魔物の首領、ジェネラルダンテ。魂を抜き取られた村人と、ザジにミクワ。

 

「魂を引き抜かれたってこたぁ、嬢ちゃん――あーミクワちゃんたちはまだ生きてんのか?」

「分からない。僕らが魂を砕かれた時と違って、魂は体にないんだから死んだって言っていいんだと思う。けど、そうとも言い切れない。四元柱の復活がどうのって言ってたけど……」

「四元柱、か……」

 

 重々しく、ルークが呟く。

 

「隣国、コスタールは70年も前に魔物に襲われたらしい、その時に現れた魔物の将、バリクナジャと呼ばれる魔物が、その内の一体だったようだ」

 

 ザジとドンホセの視線に応え、ルーク兵士長は話を続ける。

 詳しくは彼も知らないが、かつて世界を闇に堕とそうとした邪悪な魔王が存在したらしい。遥か昔に神との決戦を行い、その末に神と魔王は共倒れになった。メザレの先祖が戦っていたのも、その魔王による軍勢なのだ。

 そして魔王には、直属のしもべとなる強力な四体の魔物が仕えていた。それが、【四元柱】と呼ばれる魔物のことなのだそうだ。

 四元柱の力は恐ろしく、魔王に対抗した神の使徒とされる四精霊と拮抗した力を備えていたそうだ。

 これらはメザレの町に残された資料と、コスタールを襲ったバリクナジャに関する話からの推測だ。

 

「加えて、嘗てコスタールを襲った際のバリクナジャは魔王が倒れていたこともあって幾分力が弱まっていたようだ。つまり、そのジェネラルダンテという魔物の目的である復活とは……」

「四元柱とやらの力を完全にした状態で復活させよう。ってところかな」

 

 兵士長の言葉を継いで、ザジが結論を導き出す。バリクナジャは倒れ、おそらくは他の四元柱も何らかの要因で今は力を失った、もしくは戦死しているのだろう。ジェネラルダンテは、四元柱を完全復活させるためにメザレの人々の魂を狙ったのだ。

 

「おいおい、なんかすげーデカい話になってんな」

「うむ、このまま見過ごすわけにはいかんな。なんとしてでも、奴らの企みを阻止せねば」

 

 ルークが椅子を蹴立てて立ち上がる。腰に佩いた剣の柄に握りこぶしを当て顕然と言い放つ。身をひるがえし宿屋を出たルークは「住人を運び終わったら急ぎ策を練る! 時間はないぞ、急げ!」と外で指示を飛ばした。ザジもベッドから起き上がろうとし、その前にドンホセに止められる。

 

「ザジ、おめぇまさか……行く気か?」

「当然だろう。休んでなんかいられない」

 

 ベッドの脇の棚においてあった破邪の剣の柄を握り、立ち上がる。そのままルークの後に続こうとしたが、その前にドンホセが立ちはだかった。

 

「おめぇは休んでろ。あとはフォロッドの連中に任せとこうぜ、な」

「何言ってるんだよ。僕らは、そのフォロッドに雇われてるんだ」

「ミクワの嬢ちゃんが敵わねー相手に、おれらでどうしろってんだ!」

 

 ドンホセが言い放った言葉が、チクリと胸を刺した。

 ミクワは強い。デッドセーラーに勝てたのは間違いなく彼女がいたからで、くびかり族との戦いも彼女に誘導されたようなもの。ジェネラルダンテ戦など、ミクワが剣戟に割って入ってくれなかったらザジは生きていない。

 そんな彼女も、今や魂を抜かれて倒れてしまった。勝ち目がない。ドンホセがそう嘆くのももっともだ。

 けれど、けれどもだ。

 

「ドンホセ。君はさ、どうして、僕についてこようとしたんだい」

「え? いや、それはその……」

「正直に、答えてくれよ」

 

 重ねるように尋ねると、ドンホセは視線をふらふらとさせながら、やがて、根負けしたように話し出す。

 

「どうにか助かりたいだけだったさ。独房行きなんて御免だからな。ダーマから抜け出して、やりたいこと、なりたい自分ってのが見えてきたんだ。それなのに牢屋で時間を過ごすなら、情に訴えてでもあの場を凌ぐ。それしか考えてなかったさ」

 

 ザジの「正直に」という部分に押されたのか、ドンホセは本心を告げた。少なくとも、ザジはこれが嘘偽りでないと思う。

 ドンホセは、元盗賊というだけあって自分優先な思考をしている。けれど、そんな自分を変えたいとも確かに思っている。でなければ、デッドセーラーとの戦いで囮役になろうとはしない。

 

「僕はさ、特に当ても、目的もあったわけじゃないんだ」

 

 精一杯の表情で答えたドンホセに、ザジもポツリと言葉を零す。

 

「姉さんの傍にはいられないんだろうって漠然と気づいて、そこに居られなくなって、誰かに依存するのが怖くて、一人でフォロッドまで来た。あとは、成り行きだったさ」

 

 ただダーマから離れたくてフォロッドにきた。傭兵の募集をやっているというから何となくそれを受けた。メザレで魔物の討伐を依頼されたから、ただ流れで受けた。

 ここまでの行動で、ザジが自らの意志で決断したことなど、ほとんどなかった。ただ流されるままに、この場所までやってきてしまった。

 

 ここまでは流れだ。流されるままだった。ザジの意志など、ほとんど存在しなかった。けど、ここからは違う。

 

「思ったんだよ。僕と同じくらいの女の子が、僕より強くて、強い心で、誰かのために力を振るう。彼女じゃないけど、なんかかっこいいなって。負けたくないなって。僕も、そんな風になれたらなって」

 

 素直に思う。

 この気持ちは、きっと憧れだ。姉という心の大部分を占めていた者を失って、空虚になったザジに生まれた、新しい感情。

 それを最初に植え付けたのは、アルスたちであって、カシムであって……ここまでに出会った人々との経験からなんだろうけど。

 

「憧れた人が、今倒れてる。だから助けるんだ。こいつ、強いけど、無防備で、抜けてるとこが多いからさ」

 

 ベッドの上に横たわる少女を見る。瞳を閉じて、眠るような少女は何も返さない。言葉を、返してほしい。

 だからもう一度戦いに行く。けど、ザジ一人では勝ち目なんてないだろう。

 

「だからさドンホセ。もし君が、あの時言ったように僕に命を懸けてくれるなら、僕の仲間になってくれるなら、一緒に戦ってくれないかい? 一緒にデッドセーラーと戦った君なら、信じられるから。だから……――がんばろう?」

 

 そう言って、ザジは手を差し出した。ドンホセは、目を見開き、表情の消えた顔に、やがてにんまりと笑顔を浮かべ、ザジの手を取る。

 

「わーったよ、足洗ったおれに二言はねぇ。死ぬまで付き合ってやらぁ」

「ああ、よろしく。――がんばろう、ドンホセ」

 

 握った手を離し、互いに腕をぶつけ合う。そして、二人は宿屋の入り口を潜り抜けた。

 

 今度は、勝つ。でも、ジェネラルダンテは強い。今のままでは、きっと勝てない。だから、

 

「ドンホセ。一つ、教えてほしいことがある」

「あん?」

「切り札になる、策があるんだ」

 

 ザジの要求に、ドンホセは目を丸くして、それを断る。けれど、必死の説得の末に、ドンホセは口を割ることにした。

 ドンホセも、提案したザジでさえ、二度と関わりたくないだろう、ある方法について。




 ドンホセが仲間に加わった!
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