ドラゴンクエストⅦ ダーマの戦士   作:砂鴉

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第13話:一つの旅を終えて

 一切の光が差さない闇の空間。そこに、小さな影がうごめく。

 

「戻りました」

 

 影の魔物、シャドーナイトの言葉に空間の中心で瞑想をしていたローブの魔物がうごめく。

 

「ジェネラルダンテ様が討たれました。メザレの封印は失敗。集めた魂も、全て解放されたとのこと」

「……そうか。残っていた中では、有能な者を選んだはずだったのだがな」

 

 ローブの魔物は、言葉とは裏腹に然して残念と思うようなそぶりを見せず、淡々と言葉を口にする。

 

「して、例の旅人どもの仕業であったのか?」

「いえ、それが……ダーマからやってきた、これまでとは別の旅の人間のようで」

「ふむ、それはまた……」

「大賢者の、手の者でした」

「ほう。あやつ、まだ生きておったのか」

 

 ローブの魔物の気配がわずかに揺らいだ。予想と違った結果に僅か、ほんの僅かほどだが驚嘆し、しかしローブの魔物の精神が揺らぐことはない。

 

「メザレは神の兵の里。できうるならば封じておきたかったが、仕方あるまい。あの地の優れた人間は死に絶えた。その戦果が出ただけでよしとしよう」

「しかしこちらの損害も甚大です。メザレも落とされたとなると、我々の勢力はもうほとんどありません。これでは、――様の復活まで人間どもに猶予を与えてしまいます」

 

 シャドーナイトの言葉は、もっともであった。世界中に派遣した魔物たち。彼らは確かに各地を制圧し、闇の封印を達するに十分な存在であった。主の見立てでは、全世界を闇の封印に落とすのは――ただ一つの島を除いて――確実なことだったはずだ。

 しかし、実際はイレギュラーな旅人などという存在で、その計略は悉く失敗している。成功と思えるのは強固な闇に封じて百年以上が経過したルーメン島のみ。しかし、封印を達成できたからと言って、それが破られないとも限らない。奇怪な旅人は、外部の侵入を遮断する闇の結界の内部に突如として出現することもあるのだ。

 

「なに、そのためにここ――メザレの地下に空間を作ったのだ」

 

 闇の空間にほの暗い明りが灯される。同時に、ローブの魔物の姿も露となった。

 土色のローブに身を包み、赤い兜をかぶった蜥蜴顔の魔物。彼は足元に複雑な文様を描き、その周囲には明滅する無数の光――眠っていた嘗ての神の兵の魂を操っている。さらに、彼を中心にした魔方陣の内部には、凍結された三体の魔物の亡骸があった。

 

「ボトク様」

「ジェネラルダンテは最低限の役割を果たした。封印を解きに来るものが現れるのは確実。奴らの目を、地下に潜む我から離してくれたのだから」

 

 やがて、ボトクの呪術が完成を見たのか、周囲を漂っていた魂は光を弱め、三方の魔物の亡骸へと収束されていく。

 

「まったく、苦労させられたものだ。お前たちがしくじらなければ、我も死を偽装して地下に潜る必要もなかったろうに」

 

 ボトクはため息交じりに呟き、音を立てて呻き始めた魔物たちに向かって言葉を投げる。

 

「さぁ蘇れ、オルゴ・デミーラ様の忠実なるしもべよ。我の同志よ!」

 

 高々と振り上げたボトクの腕に応じて、魔物たちはうごめく。その復活は、もうすぐだった。

 

 

 

***

 

 

 

 戦いののち、ザジは三日三晩眠り続けた。

 魂の剣を出し、それを元に戻すには、出した本人の身体に対応する魂の剣を突き立てねばならない。剣となって体外に出ていた魂を元に戻すには、そうするしかないのだ。

 そして、この方法にはある欠点が存在する。それは、想像を絶するほどの激痛を伴うのだ。ザジが魂の剣を出したくなかったる理由の一つもそれだ。おまけに今回は自分の意志で創造し、酷使したのだ。傷ついた魂を元に戻す痛みたるや、以前よりもはるかに苦痛であった。その上でかつてない激戦だったこともある。ザジは今日、ようやくベッドから起き上がることができたのだ。

 

「ねぇ、いつまでこうしてればいいのさ」

「まだよ。被写体なんだから、動かないで」

 

 だというのに、やっと動けるようになった体で、ザジは動かないことを強要された。理不尽である。

 ベッドから起き上がり、動けるほどに回復したザジは、手近な椅子に腰かけ半壊したメザレの宿屋からぼんやりと外を眺めている。そのザジとキャンパスの間で視線を行ったり来たりさせているのは、ミクワである。

 彼女もまた、今日までザジと同じくベッドの上から動けない身であった。

 ザジが魂の剣を使うために奪われた自らの魂を取り戻した際、同じく魂を解放された彼女は、その足で戦いの場に出向いた。メザレの村から祠まではかなりの距離があるが、ミクワは自らに強制転移呪文(バシルーラ)をかけ、戦いの場に転移するまでそれを繰り返すという荒業で戦場に到着した。

 それだけでもかなりの魔力を消費したというに、ミクワ自身も自覚の上で本気の魔力を解放したのだ。その代償に魔力を暴走させかけた彼女だが、いざという時のために持参していたミクワの師――メディル手製の魔封じの粉を被ってどうにかそれを抑え込んだ。そして、強制的に魔力を抑え込んだ反動で今日まで寝込んでいたのだ。

 

『あたしさ、メディル様のところに帰ろうと思うんだ』

 

 ようやく動けるほどに回復したミクワは、隣のベッドで体を休めていたザジにそう言った。魔法の修行のやり直しと、魔法のじゅうたんを治してもらうためだ。魔法のじゅうたんは内包していた魔力を奪われただけで、その効力を失ったわけではない。高位の魔法使いに相応の魔力を注いでもらえば、また使えるようになるのではないか。それが、ミクワと持ち主のニコロが出した結論だった。

 ミクワはしばらくは僻地にある大賢者メディルの元で暮らし、絵描きの旅もできなくなる。その前にザジの絵を描きたいと言ってきたのだ。

 

「人の絵ってほとんど描いたことないんだけどね」

「なら風景を描けばいいじゃないか。あの祠とか、復興中のメザレの街並みとか。絵描きの被写体ならそっちの方がいいんじゃないか」

「ううん。あんたがいい」

 

 すっかりなまってしまった体をほぐしに動きたいのだが。そう遠回しに伝えてみるが、ミクワは許可してくれなかった。

 

「だいたい、僕なんか描いて何の得があるのさ」

「ん? そうねぇ……練習、かな?」

「なんのさ」

「人の絵に決まってるじゃない。……後はまぁ、記念とか、お礼とか」

「最後の方が聞こえなかったんだけど」

「気にしないで! っていうか動かないでよ!」

「はいはい」

 

 いったいなぜ急にこうなってしまったのか。窓辺に置いた椅子に腰かけ、頬杖を突きながら外の様子に意識を投げる。

 メザレの住人は、最初の襲撃でほとんどが死んでしまった上、幾人かの魂は帰ってくることができなかった。住人は元の十分の一ほどになってしまった。魔物たちはメザレの民の魂を使って儀式を行おうとしていたが、同時に憎き神の兵の末裔を根絶やしにすることも目論んでいたのだろう。とすれば、魔物たちからすれば最低限の目的は果たしたのだ。

 

 ダーマの時も、魔物たちは魔王の力を強化するという目的を持っていたが、同時にダーマ神殿を魔物の手に収めることで対抗する人間を減らしてもいた。現にダーマが魔物の手に落ちてから、世界中に居た名だたる戦士の幾人もが、ダーマでの一件で命を落としたという。

 ザジたちは魔物に勝った。けれど、もっと広い目で見ると、負けたとも言える。何とも煮え切らない結果だと、ザジは小さくため息を吐く。

 

「あんたはさ、これからどうするの?」

 

 キャンパスに走らせる手を止めないまま、ミクワが尋ねる。ザジは「そうだな」と一言零し、今後の旅に思いを馳せた。

 

「その、もし行く当てがないならさ――」

「しばらくはドンホセと旅をするかな。あいつと一緒にトレジャーハント? っていうのをするって約束しちゃったし。また、僕は流れるのかな。ああ、その前にフォロッド兵団の訓練相手か。ルーク兵士長に頼まれたんだった。メザレの復興の手伝いもあるし……。目的はないけど、やることはいっぱいあるなぁ」

 

 ザジの言葉に、ミクワは「あたしと――」と言いかけていた言葉を途中で切った。そして、視線をキャンパス上に落とし「そう」とだけ答える。

 

「ねぇザジ」

「なに?」

「ありがとう」

「急に何さ」

「ジェネラルダンテと戦ってくれたこと。あんたが来てくれたから、あたしはこうして戻ってこれた。もしかしたら、帰ってこれなかったかもしれなかったから」

「ツボを壊したのはドンホセだよ」

「でも、そのドンホセをあの場に連れてってくれたのはあんたでしょ。あんたがいなかったら、きっとあたし、四元柱とかいう奴らの復活に使われちゃってたわ」

 

 そう、なのだろうか。

 ミクワを救えたのは、ドンホセの働きあってこそ。ザジがジェネラルダンテと渡り合えたのは、ザジよりも剣の腕が立つルーク兵士長の尽力あってこそ。ザジは、自分が何かをしたという実感がなかった。

 ザジはただ、流れるままになっていた自分の生き方にケジメをつけるために、ジェネラルダンテに立ち向かった。

 

 ――いや、それだけじゃないな。

 

 そもそも、ザジがジェネラルダンテに立ち向かった理由は、もう一つあった。

 今こうして、目の前でキャンパスに筆を走らせる少女。失って、迷って、流れるままだったザジに、一つの光明を見せてくれた少女。ザジの新たな生き方、そのきっかけを作ってくれたミクワを、どうにか取り戻したかった。

 そして、ザジはその目標を果たすことができた。

 

 ――僕は、誰かの役に立てたんだ……。

 

 もう、そんな力はないと思っていた。自分が誰かのためになろうとするのは、その人の重荷になるだけだと思っていた。けど、ザジは正しい意味でミクワを助けることができた。彼女の、力になれた。

 足手まといになるだけだった(ネリス)の時とはまるで違う結果。何が違ったのだろう。

 

「たぶんだけどさ、ドンホセも感謝してると思うわ。あんたが信じてくれたから、ドンホセはあんたのために頑張ってくれた。あんたって、見る目があるのね」

 

 ネリスには迷惑をかけて、けれどミクワとドンホセには感謝される。この違いは、なんなんだろうか。

 考えてみる。けれど、ザジにはその違いが見えてこなかった。あるいは、その二つの差を見つけて、正しく誰かのためになる生き方が、ザジの求めるなりたい自分なのだろうか。

 

 これからは、そのなりたい自分を目指して、生きていくのだろう。

 

「できた!」

 

 そうこう考えているうちに、ミクワが出来上がった絵をキャンパスから取り外す。いったいどんな風に描かれたのかはやはり気になって、ザジはきしむ音を立てながら椅子から立ち上がる。そうして覗き込んだ絵は、下書きが済んだだけの、白黒だった。

 

「できてないじゃないか」

 

 けど、モノクロの表情は、自分とは思えないほど穏やかで、落ち着いた眼差しをしている。凛とすんだようなそれが、ひねくれものの自分を描いたものと思えない。

 

「色は帰ってからつけるのよ。あんたの服とか髪の色とかは覚えたし、今度会った時に見せてあげる」

「いいよ、自分の絵を改めて見せられるのは、なんか恥ずかしいし」

 

 ザジの答えに「そう?」と言うと、ミクワは出来上がった下書きの絵をくるくると丸め、キャンパスセットにあった竹筒にしまい、立ち上がる。

 

「そろそろ行くわ」

「もう? 大丈夫なのかい?」

「封印が解けたから転移呪文(ルーラ)で帰れるし。これ以上いると、名残惜しくなるから」

 

 そう言って彼女は窓を開けるとひらりと外に飛び出す。事前準備がいいのか、素早くルーラの魔方陣を描き切った。

 

「またね、ザジ。ドンホセとルーク兵士長によろしく」

「わかった」

 

 彼女の言う通り、名残惜しいのは耐えられない。簡単な別れの挨拶を済ませると彼女は「ルーラ」と呟く。その寸前、

 

「ミクワ!」

「――っと、なに?」

「その、……ありがとう。君のおかげだよ」

 

 主語も何もない、唐突なお礼。けれど、ミクワはその意味を確かに受け取ったように、にっこりと笑顔を浮かべた。

 

「あたしこそ、溺れずにすんだわ。ありがとう、ザジ!」

 

 最後にそう残すと、ミクワはあっさり、霞のように消えてしまった。転移呪文(ルーラ)での別れは、あっさりしたものだ。

 

「……なんだよ、気づいてたのか」

 

 島に打ち上げられた時を思い出し、ザジはそう呟く。彼女が開け放って行った窓の外は青天。メザレ島に、数日ぶりの太陽の光が降り注いでいた。

 

 

 

「おいザジぃ!」

 

 今にも崩れそうな半壊の宿屋を突き崩さん勢いでドンホセが帰ってくる。

 

「どうしたんだよ」

「ま、魔物だよ! 魔物が来たんだ! なんか変な奴でよ……」

 

 魔物の単語を聞いた瞬間、ザジの顔に笑みが浮かぶ。数日寝たきりだったのだ。起き抜けの運動にはちょうどいい。

 破邪の剣をとり、ザジは無言のまま宿屋を飛び出す。僕はいつからこんなに戦闘に積極的になったんだろうなと思い、けれど数少ない取り柄になったと自覚しつつ駆けだす。

 

 ドンホセの言う魔物は、くびかり族だ。村の入り口に現れ、なぜか敵意のない様子で立ち尽くしている。様子のおかしな魔物にフォロッド兵団も困惑しているのだろう。くびかり族と言えば、先日ザジたちが一匹残して全滅に追いやった奴だ。その生き残りが、一族の敵討ちにでも来たのだろうか。

 

 上等だ、返り討ちにしてやる。

 意気込んで駆け込むザジ。それを見つけたくびかり族は、真っ黒な顔に喜色満面で駆け出す。奇声を上げ、斧と盾を下げながら駆けよる。そして、二人が交差する刹那――

 

 

 

 くびかり族は、その場に片膝をついた。

 

「は?」

 

 突如として奇怪な状態になったくびかり族に、ザジは困惑する。握った破邪の剣はその切っ先の行き先を失くして宙を漂う。

 メザレの人々とフォロッド兵団。人間たちの奇異の視線を浴びながら、くびかり族は盾と斧を置き、平伏しながら告げる。

 

「オサ、くびカラレタ。オサのくびヲオトシタモノ、ツギのオサ。――ナンナリと、オサ」

 

 平伏し、何やら敬うような言葉を吐くくびかり族。その姿に、なんとなく予想は立ちつつも二の句を告げないザジ。周囲も無論同じで、平和を取り戻した神の兵の里に、何とも奇妙な緊張が走る。

 

「ど、どうすんだ、ザジ……?」

 

 ドンホセが困ったように、視線をギギギと回しザジを見る。その動作と言葉で、くびかり族はがばっと顔を上げた。

 

「ザジ……オサ!」

 

 喜色満面。いつぞやのドンホセを思い出すなぁとザジは思いつつ、あの時のように無下にできないと感じ始めていた。ザジは、はぁとため息を吐いて天を仰ぐ。

 

「どうして僕の仲間になりそうなやつは、変なのばっかりなんだろう」

 

 やっぱり、アルスの旅の誘い、受けとけばよかった。

 

 

 

 どこか清々しい心地を感じながら、ザジはそう心の中で毒づくのだった。




明日の投稿で連続投稿は終了です。
ここまでの読了、ありがとうございます。
ラストのエピローグ部分もお楽しみに。
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