ドラゴンクエストⅦ ダーマの戦士   作:砂鴉

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第2話:旅の共に

 目を開けると、そこにはまじまじと見つめる歯の欠けた少年の顔があった。

 

「ザジ! 目、覚めたか!」

 

 少年は額をつけるほど顔を近づけ、ニカッと笑いながら言った。

 

「……ああ。ガボ、降りてくれ、重い」

「おーい! アルスー! ザジが起きたぞー!」

 

 少年――ガボはザジの上で喜びを表現するように飛び跳ねながら仲間であるもう一人の少年を呼ぶ。起きてすぐのザジには、飛び跳ねる少年がもたらす下腹部への衝撃だけでも意識を落としそうだ。

 

「おいガボ! やめてくれ! 痛い!」

「あ、わりぃ」

 

 再三に告げて、ようやくガボはザジの上から降りる。それでザジも自分が今いる場所を把握できた。

 無機質な石の天井に簡素なベッドが三つ。宿屋の一室だろうと考えると、ザジの半年以上前の記憶に、同じ部屋に泊まった覚えがあった。

 ダーマ島にある唯一の旅人の宿。ダーマ神殿を目指してきた旅人が最後に立ち寄ることになる場所だ。

 

「やぁ、ザジ」

 

 部屋の戸が開き、人のよさそうな少年が現れる。緑色の頭巾に同じ色の服。一見、その辺の田舎に暮らす、幼げで華奢な少年にしか見えない。しかしザジは知っている。この少年が、幾多の戦いを潜り抜け、本職の戦士や騎士にも負けない力を秘めていることを。

 

「……アルスか。どうして、あそこに居たんだ」

「見てたんだ。ザジがカシムと話してて、一人で出ていったのを。それで……」

 

 気になって追いかけてきた、か。

 続く少年の言葉を心の中で呟き、ザジは嘆息した。この少年は本当にお人よしだ。

 吹き溜まりの町でも、いかにもな盗賊の取引に応じて、騙されて魔物に瀕死の重傷を負わされて逃げ帰ってきた。自分に利益はないだろうに、カシムとネリスがダーマの大神官を救出するために山肌の集落に向かえばその護衛を買って出た。あげく、ザジからの頼みも快く引き受け、魔物たちが主催する決闘にさえ参加した。

 誰かのためになることならば、なんだろうと嫌な顔一つせず自らを危険にさらす。

 姉のためならいざ知らず、少し前まで知りもしなかった他人のためにそこまでできる少年の心が、ザジにはちっとも分らない。

 

「ちょっとあんた。訊く前にお礼はないの、お礼は」

 

 ザジの思考とアルスの言葉を遮って赤毛の少女が部屋に入ってきた。彼女もアルスの旅仲間で、名前はマリベル。彼らの中で最も虚弱そうな少女でありながら、その態度は三人の中で最も大きい。しかし、その自信に裏打ちされた確かな強さもあると、ザジは知ってしまった。

 

「お礼って、なんのさ」

「なんのって! あんたあたしたちが来なきゃ死んでたのよ! それなのにその態度は……」

「別に助けてくれなんて言った覚えはないね」

 

 マリベルの高圧的な物言いにザジはぶっきらぼうに返す。彼女の物言いに、素直に返すのはなんか癪だった。あからさまな態度がマリベルの癇に障ったのだろう。彼女は頬を膨らませ、さらに言い募るべく口を開く。けれど、

 

「まぁまぁマリベルもちょっと落ち着いて。ザジもほら、あんまりトゲトゲしないでよ」

 

 一触即発の気配を感じ取ったアルスが何気ない形で二人の間に割って入る。マリベルは当然納得しがたいのだろう、さらに言い募ろうとするがアルスは「ガボ、マリベルと一緒にご飯食べてきたら?」とさりげなく告げる。

 

「メシ! おう、マリベル。いこうぜ!」

「待ちなさいよガボ。あたしはまだこの生意気に言うことが……!」

 

 さらに続けようとするマリベルだが、ご飯の誘惑に誘われたガボの勢いは抑えきれず、彼に引っ張られて連れ出されてしまった。

 騒々しい二人が部屋を辞した後、その場は一転して沈黙に包まれた。アルスはガボやマリベルと違っておしゃべりではなく、むしろ非常に物静かな少年だ。その上、奥の深い、深海のような澄んだ瞳は他者にその真意を読ませない不思議な奥深さがある。

 不思議な人だ、とザジは思っている。

 おそらく自分とほとんど変わらない年で、一見は頼りない華奢な少年。けれど、その芯には誰にも歪まされない、太く強い、『自分』がある。ザジには、まぶしく見えるような、しっかりと根を張った、彼の幹だ。

 

「ザジは、さ」

 

 やがて、アルスはゆっくり、言葉を選ぶように口を開いた。

 

「これから、どうするつもりなんだい?」

「どうって……一人で行くよ。僕は僕で、いろいろ考えながらさ」

 

 そう答えて面を上げると、アルスの顔がそこにあった。澄んだ眼がザジの奥深くまで見透かすようで、ザジはふいと窓に視線を逸らす。

 

「姉さんと話して、やっと気づいたんだ。僕は姉さんのために今日まで生きてきた。それが、僕の生きるってことだった。けど、僕の献身は、結局姉さんを追い詰めていただけなんだ」

 

 ネリスのために、できることをしよう。そう心に誓ったのは、両親を亡くした時だ。両親の代わりに、病弱な姉を守っていこう。ザジは自らにそう課して今日までの日々を生きてきた。

 けれど、姉のため姉のためとあれこれ世話を焼くうちに、焼かれるネリスは自分を恨んだだろう。弟は自分のために尽くしてくれる。弟の時間を、自分のために使わせている。それを申し訳なく感じていたのだ。

 最も近くに居ながら、そんな姉の心痛に気づくのに、ずいぶんと時間がかかった。

 

「僕は、病弱な姉さんに甘えていたのさ。姉さんに尽くす。そうすれば、姉さんの方も僕を必要としてくれる。僕は、姉さんに必要とされたくて、恩の押し売りをしていたんだ」

 

 だから、僕はもう姉さんには必要ない。むしろ、姉さんを傷つけるだけの存在に成り下がってしまった。

 

 そうして姉さんから離れると決めた結果、ザジには、生きている意味がなくなった。これからの人生に必要な意味を見失った。

 

「そっか」

 

 アルスは肯定するでも否定するでもなく、ただ、ザジの言葉を受け入れた。そして、

 

「ならさ、ザジ。僕らと一緒に行かないか」

 

 そして、ごく当たり前のように、旅の共に誘ってきた。

 

「僕が? 君たちと一緒にか?」

「うん。ザジがこの先どう生きていくか決めるにしても、一人じゃ危険だろ。僕らと一緒なら、少しは危険も抑えられるんじゃないかな。それに、ザジが悩んだ時は、僕やガボ、マリベルが一緒に答えを探してあげられる」

「……あの二人からはロクな答えが返ってくると思えないんだけど」

 

 アルスが挙げた旅仲間の二人の態度を思い返し、ザジは皮肉を零すしかない。つられてアルスも苦笑する。

 

「あはは、そうかも」

「ガボはともかく、マリベルは早々に反対しそうだよ」

「そこは僕がなんとか。マリベルとは幼馴染みなんだ、何とか説得してみるよ」

 

 幼馴染み。そう言ったアルスの顔は、どこか寂しげだった。

 今度はザジが無言でアルスを見つめていると、物鬱げな少年は小さく息を吐く。

 

「……実はさ、ダーマに来る前は、もう一人仲間がいたんだ。僕らが旅をしようと思ったきっかけの奴なんだけど。あいつ、自分のやることを見つけ出したんだって、旅の一族の元に残っちゃってね。たぶん、もう二度と会えない」

 

 鬱な表情を端々に漂わせながら告げるアルスの横顔は、この半月で見てきたアルスという少年の印象を深めることになった。

 一見頼りなさげで、お人好しな、およそパーティリーダーには向いてなさげな少年。彼がガボやマリベルを引っ張っていくだけの力がないことは、ザジにも分かっていた。けれど、アルスは無理にでもそれを成し遂げていた。

 いなくなった仲間の代わりを、もう二度と会えないだろう別離を経験して、少年は自分の生き方を変えた。変えざるを得なかった。

 

「ザジをその代わりにってつもりは全くないよ。けど、あいつは旅を通じて、自分の生き方を決めた。もしも僕らの旅でザジも生き方を見出せるなら、その手助けになればって、思ったんだ」

 

 アルスのことは信用していない訳ではない。むしろ、吹き溜まりの町という弱肉強食の世界で他人を警戒し続け、人間不信という感情を育てざるを得なかったザジにとって、数少ない信用できる相手だろう。

 決闘場での戦いやそれに至る道筋を経て、アルスたちは信用に値する人間だとザジは認識している。

 

 改めて、アルスの提案を考えてみる。彼らは仲間として申し分ない。決闘場を共に戦い抜いた経験や、ダーマ大神官と共に魔物の親玉を討った実績も相まって、魔物を相手にする上で不安な点などほぼないと言っていい。

 彼らの人となりもなんとなく把握している。仲間としても十分に信頼でき、相談もしやすい。ザジのこれからの生き方も、彼らとなら見出すことができるのではないかという淡い期待もあった。

 

 

 

 けれど、

 

「ごめん。それでも僕は、一人で行くよ」

 

 ザジは、断ることにした。

 ザジは、これまでの人生を姉という存在に甘えて生きてきた。アルスたちを信頼して彼らと共に生きる生き方もあるのではないかという期待も抱けた。

 けれど、だからこそ、怖かった。これでは、ネリスのために生きてきた今日までの日々が、また繰り返してしまうのではないか。ネリスがアルスたちに置き換わるだけで、結局同じように依存してしまうのではないかという不安が、ザジの胸をよぎった。

 

 アルスたちは信頼している。仲間と認識もしている。だからこそ、いつか彼らにも拒絶されてしまうのではないかと思ってしまうと、怖くなった。

 

「僕の生き方は、僕一人で見出す。結果的に誰かと行くことになったとしても、それは僕の意志で決めたい。誰かに左右されるんじゃなくてさ。だから、少し一人で考えてみたいんだ。その結果で、君たちとは別の誰かと旅をするかもしれないけど」

 

 旅を共にする人が必要だろうという認識はある。けれど、そんな人は自分自身で見出したい。近場で済ませたくはなかった。

 だから、アルスの誘いを、ザジは断る。

 

「……そっか」

 

 アルスは、引き留めることなく、ただザジの意志に従った。ザジが決心したことを、無理に変えようとはせず、ただザジの意思を尊重してくれた。

 アルスは腰かけていたベッドから立ち上がり「ぼくらもご飯食べに行こうか」と誘ってきた。

 それくらいならまぁいいかとザジは思い、自身もベッドから腰を上げる。

 

「あ、アルス!」

 

 ただ、先に部屋を辞する後姿に思わずザジは声をかける。なんだろうと振り向いた彼の顔は、初めて会った時と変わらない、柔らかなものだった。魔物に脅かされながら生きるこの時代の人間とは思えない、澄んだ瞳だ。

 

「今日は、その、……ありがとう」

 

 言えてなかった感謝の言葉を口にする。

 

「それから、決闘場でもさ。……一緒に戦ってくれて、うれしかったよ」

 

 吹き溜まりの町に落とされて、姉に言い寄る男に、カシムに、全てに敵意をぶつけてきた。思えば何年も、素直にお礼を言ったことなどなかった気がする。自分の言い草は、きちんと感謝を伝えられているのだろうか。

 

「うん。こっちこそありがとう、ザジ」

 

 ふっと同じように返してくれたアルスの言葉がすごく嬉しかったが、それは顔に出さないでおいた。

 

 食堂の席で、マリベルとガボにもお礼を言った。ザジの予想に反して、マリベルは上げ足をとることなく「どういたしまして」と返してくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 アルスたちは朝早くに旅立った。

 不思議な台座の銀色の光に包まれた彼らは、まるで存在などしていなかったように霞のように姿を消してしまった。台座からの輝きも失せ、ザジが後を追うことは叶わない。

 

「あいつら、どっからきたんだろう」

 

 旅立つ姿を見つけ、こっそりと後を追っていたザジだが、姿を消してしまった彼らを見て呆然と呟く。後に残された不思議な台座は、もう何も反応しない。

 どこからともなくやってきて、見ず知らずのダーマの人々を助けた立役者。ふと、ある言葉がザジの脳裏を過る。

 それは、ダーマに数ある職の中で、誰もが憧れる最高の職。人々を救い、魔を払う、選ばれし者の職。此度の騒動でザジに痛手を負わせてくれた赤い鎧の戦士も、彼の職になることを夢見、夢半ばで散った。

 

 あの職に就くのは、アルスなのかもしれない。

 自らの力と、怯まぬ勇気によって、血路を開き、強き者どもを打ち倒す、神秘の子。

 

 その職に就かずとも、ザジも少し焦がれてしまった。自分とはまるで違う、されどなれたらいいなと思ってしまった。魔物に苦しめられた人々を救う、アルスの生き方。その旅路。

 

「誘い、乗っとけばよかったかな」

 

 ぼんやりと呟いた自分の言葉に少し驚きつつ、ザジも宿に戻って旅支度を始めた。




 回想などを除けば、原作主人公アルスたちの出番はこれにて終了です。マジで。
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