力をためたデッドセーラーの前に真っ先に駆けだしたのは、ザジだ。
「はっ、小娘と違ってバカか、小僧!」
横一文字に振り抜かれる戦斧。当たれば痛恨の一撃は免れないそれを、ザジは鋼の剣を斜めに構えて受け流す。コスタール行きの船で同乗した旅の剣士に教えてもらった技で、力任せの相手にはより強さを発揮できる。
剣の上を滑るように斜め上に向かって振り抜かれた斧は、込められた力もろともデッドセーラーの体勢を崩させる。懐にもぐりこんだザジは、泳いだ骨の腕に向かって肉薄した高揚感のままに刃を叩きつける。しかし、渾身の力を込めた刃は細い骨の腕にあっさり弾かれた。
「固い!?」
予想よりも遥かに軽い手ごたえにザジの心に動揺が生まれる。それを表に出さないよう強く歯噛みし、ザジは小さくステップを踏むと一歩後方に飛び離れる。追撃に振り下ろされる斧をすんでで回避する。
デッドセーラーは懐に飛び込んできたザジを「ちょうどいいカモだ」と言わんばかりに猛烈に攻め立てた。筋肉がそぎ落とされた骨の身で、人間技ではない嵐のような連撃を見舞う。回避のタイミングを一歩間違えれば、簡単に肉片へと変えられるだろう一撃。それを、ザジは全身から噴き出す冷や汗の感覚を感じながらどうにか凌いだ。
ザジがそれを凌げたのは、偏にダーマ神殿での激闘のおかげだ。ダーマで魔物たちが催していた決闘場。魂砕きを成功させた人間に与える第二の試練として催されていたそれは、人間同士による殺し合いを強いられるものだった。
ザジもある目的を抱き、共に決闘場に侵入したアルスたちと決闘に参加した。そこでの激闘、連戦が、ザジに戦いの経験を積ませたのだ。
魔術師ネペロ、戦士ガルシア、僧侶トンプソン、武闘家ナプト、そして盗賊ドンホセ。彼らとの逃げ場のない戦いが、ザジの身に確かな経験として刻み込まれている。
――ガルシアの剣よりも重く、ナプトの拳より速い。けど、戦えてる。僕は、やれるんだ!
少女から「スカラ」の声が届き、ザジはこれまで回避に集中していた刃を受け止めることにも意識を向ける。守備力上昇の効果を見せる金色の輝きを纏ったザジは、至近距離で斧の重撃を躱し、受け止め、受け流し、その間少しずつこちらからも斬撃を加える。だが、そのどれもがデッドセーラーの骨に傷を負わせることは叶わなかった。
多少距離をとったところで背後を流し見る。ドンホセがタイミングを計っているのを視認し、意識を眼前の敵に戻す。そして大きく振り下ろされる痛恨の一撃を受け流したのち、ザジはその場を離脱した。
急造のパーティだが、この中で最も重装備なのはザジだ。魔法使いだろう少女は言わずもがな。ドンホセも身にまとっているのは【みかわしの服】と呼ばれる動きやすく多少丈夫な服だ。鉄の鎧を装備している重装のザジが前に出て注意を引き付けるのが定石だろう。
「そりゃっ!」
そうしてザジが注意を引いた間にドンホセは袋から取り出した粉を投げつけた。デッドセーラーに当たったどくがの粉がデッドセーラーにまとわりつく。だが、何の効用も得られない。
「ばかっ、見るからに混乱なんて効きそうにない奴じゃないの!」
「いや、試すだけ試してみようぜって感じなんだが」
「ならあたしはあいつに【ザキ】でもすればいいの」
「だよなぁ……あ、せっかく覚えたしおれも使ってみるか……」
ザジは喧嘩しないで攻撃しろ、と言いたくなった。
ドンホセの行動もあながち間違いではない。明らかなゾンビ系の魔物でも、混乱や眠りなどの精神的な攻撃が通用する魔物はいる。ただ、やはりほかの魔物に比べて耐性を有した魔物が多いのは事実だ。
そして肝心のデッドセーラーはといえば、どくがの粉の成分をまともに浴びても何ともない。おそらくだが眠らせることも、どくがのナイフに帯びた麻痺毒も効果はないだろう。この時点で、デッドセーラーとの戦いにおけるドンホセの価値はほとんどない。
互いの距離が空いたところで、デッドセーラーは大きく息を吸い込む、胸――と言っても服の下は骨しかないはずだが――の辺りがかすかに膨れ、ぼろぼろの水兵服が霜を帯びる。
「くらえい!」
裂帛の気合と共に吐き出されたのは【こおりの息】だ。魔物たちが行使する氷のブレス攻撃の中でも中級――中位の氷結呪文ヒャダルコと同程度の冷気を持っている。
「ベギラマ!」
それに対し魔力を練っていた少女が呪文を行使する。二条の炎の塊が蛇のようにのたうち、合わさって灼熱の壁となり【こおりの息】を阻害した。さらにその炎は少女の集中と同時に力を増し、デッドセーラーを一瞬包み込む。
デッドセーラーはすぐさま炎を振り払い、さらに強く【こおりの息】を吹き付けた。先ほどは少女を侮っていたのだろう。今度の息吹はベギラマに拮抗する。
「ひょおお! やるじゃねぇか、嬢ちゃん!」
「これくらい当然。あんたたちはあんまり役に立たないみたいだけど……!」
ドンホセの賞賛に返されたのは、得意げな皮肉だった。その自信は確かなようで、軽口を叩きつつも少女の視線はデッドセーラーから外れない。真剣な眼差しが拮抗する灼熱を透過し、そのままデッドセーラーを射抜いている。不気味な巨大骸骨相手に、全く臆していない。
氷と炎が正面からぶつかり合い、戦場は水蒸気に包まれていく。双方ともに視界を奪われ、戦況は拮抗している。その間にザジはデッドセーラーの対処に思考を割いた。
デッドセーラーは骨の上に水兵服という貧相な見た目に反し、その骨はかなり堅かった。ザジの鋼鉄の剣でも、真っ向からかち合えば刃こぼれしてしまう。現に先ほどの打ち合いで早くも刃が欠けたと思える感触だった。どくがのナイフなど言わずもがなだ。だが、
「一つ通じそうな手を思いついた。ドンホセ、この拮抗が破れたら、あいつの気を引いてくれるかい? 僕がもう一度叩く」
「ん? おう、任せろ!」
「あたしはこのまま押し切ってもいいんだけど、あんたの策に乗ったげるわ。一旦ベギラマ止めるわよ。いい?」
少女が「せーの!」と声を出すと同時に杖を引き右に跳んだ。ザジも右、ドンホセは左だ。三人が空けた場所を、低温の冷気が吹き抜ける。
【こおりの息】を躱されたこと。そして狙う人間が二手に分かれたことでデッドセーラーはどちらを先に潰すか迷う。充満した水蒸気も、ザジたちの動きが視認されるのを遅らせる効果を生んだ。
動きの止まったデッドセーラーに、ドンホセが袋から取り出した【石つぶて】を投げつける。
「……けっ」
そして、注意を向けたことで漸く分かるほどひそかに、小さく、ドンホセは【しのび笑い】を浮かべる。
「げひゃひゃ、テメェからだぁ!」
それが決め手だ。デッドセーラーは戦斧を掲げ、甲板の板がきしむほど強く踏みしめ、ドンホセに襲い掛かった。
――今だ。
ドンホセに向かって注意が動いた隙に、ザジは低い呼気を発しながら【気合いをためる】。戦士の職業が与えてくれた特技で、体中に力を漲らせ、次に放つ打撃の威力を高めるための下準備だ。さらにそれを察した少女がザジに【バイキルト】をかける。筋力増強の銀色の光を纏ったザジの次の攻撃は、現状で出せる最大の力となるだろう。
そして、デッドセーラーがドンホセに跳びかかった瞬間、ザジもまた駆けだす。
「ヒャド!」
背後の少女がドンホセとデッドセーラーの間に氷柱を作り出す。攻撃ではなく、ドンホセへの攻撃のタイミングを狂わせることが目的だ。デッドセーラーは構わず氷柱ごと叩き切ったが、ドンホセは辛くもその場から離れていた。舞い散る氷柱と砕け散った氷音が、そして充満する水蒸気がザジの気配を消していた。
腹に押し込んだ気合を吐き出さず、ザジはそれをそのまま自身の腕に、全身にみなぎらせる。そして、突き出した鋼鉄の剣ごと、デッドセーラーにザジの身一つ注ぎ込んだ突きを食らわせた。
「この程度、人間ごときにぃ!」
横合いから叩きこまれた刃にデッドセーラーもまた力で対抗する。バイキルトもプラスされた一撃は確かな威力で、デッドセーラーはその巨体を大きく崩した。
けれどまだだ。体勢を崩され、しかし致命傷には至っていない。だが、ザジとしてもこの一撃で決着が着くと思ってない。
デッドセーラーはゾンビ系の魔物だ。そして、ゾンビ系の魔物は、その体がすでに死んでいるということからか、斬撃や打撃に対しある程度の耐性を持つ。だが、呪文なら。それも、死者であるゾンビ系を火葬する、炎を伴う呪文なら。
ザジはぐらついたデッドセーラーの胸骨に、自分の手のひらを押し込んだ。
「砕けろ」
ぽつりと吐き捨て、すぐさま意識を呪文の行使に集中。押し当てた左手に
「あぐぁああああ!!!!」
発動の瞬間、ザジの手のひらから飛んだ魔力にビクリと体を痙攣させたデッドセーラーは、次の瞬間内側からの爆発に包まれる。自身の内側で炸裂した爆発呪文、その中でも下位の【イオ】だが、炸裂させた場所が場所だ。デッドセーラーの声帯のない喉から苦痛の絶叫を迸らせるには十分な威力をもたらした。砕けた骨の隙間にさらに剣の切っ先を押し込み、ダメ押しでえぐるように骨を砕く。
致命傷だ。勝った。そう、ザジは油断してしまう。
「ニンゲンごときがぁああああッ!!!!」
怒りで全身の骨をきしませ、欠片を散らし、上半身と下半身が分断された状態でデッドセーラーは戦斧を大きく振り上げ、跳びかかってきた。一瞬判断の遅れたザジは、どうにか鋼鉄の剣を防御に掲げるも、剣ごと甲板に叩き伏せられる。足の力が砕け、その場に倒れたザジにさらにダメ押しの斧が叩きこまれる。
視界を覆うさび付いた戦斧の刃。掲げた鋼鉄の剣が砕かれれば、その刃は容赦なくザジの身体を叩き潰すだろう。それまで抑え込んできた戦死という言葉と、死の恐怖がザジに襲い掛かる。
「はぁはぁ……お前、上半身だけで……!」
「よくも、ニンゲンがぁ、テメェだけはオレサマがぁ――!!」
さらに強く押し込まれる戦斧。だが、それがザジの身体に傷をつけることはなかった。デッドセーラーにいくつもの火球が叩き込まれ、全身が炎に包まれる。力が緩んだ隙にデッドセーラーの身体を蹴飛ばし抜け出したザジの眼前で、デッドセーラーの身体には次々と火球が叩き込まれる。
「メラストーム!」
少女の周りにいくつもの火弾が生み出され、渦を巻き、それが次々にデッドセーラーに打ち出された。
「どりゃぁああああっ!!」
火だるまの敵に、どこから持ってきたのかドンホセが大人一人分はありそうな中身の詰まったタルをデッドセーラーに投げつける。中身は火薬の詰まっていないただの鉄球だが、その分質量は十分でデッドセーラーに痛打を叩きこんだ。
「とどめの……メラミ!」
少女の眼前に現れた一抱えはある火球が撃ち込まれる。骸骨海賊は炎の中でのたうち、やがてばったりと甲板に倒れた。
ボスであるデッドセーラーが倒れたことで、しにがみ兵たちを操っていた魔力も途切れたようだ。彼らはこと切れた人形のようにそこかしこに転がっていた。戦闘の最中動き出していたピラニアンたちの慣れの果て――ようかい魚も同様だ。
戦いが終わったのを確認し、ザジとドンホセはそろって大きく息を吐いた。ドンホセは心の底から、ザジは隠したかったが隠し切れない疲労感から、安堵のため息だ。
「ひー、なんとかなったなぁ」
「たぶん先兵ってとこだろうね。これ以上強いのが、まだ居るんだろうな」
「アントリアって奴くらいかねぇ」
「たぶんね。けど、アントリアはあいつらと大神官が斃したから、見たわけではないし」
ダーマを支配していた魔物は悪魔神官アントリアという名だ。偽の大神官として君臨していた名は伊達ではなく、アルスたちもかなりの苦戦を強いられたらしい。が、同行したフォズ大神官もその名に恥じぬ活躍を見せ、倒すことができたそうだ。
ザジの実力はあの頃のアルスたちと同等といったところ。あれから少しは経験も積み強くなったとはいえ、とても急造のパーティでアントリアのような大物を倒せるとは思えない。となると、デッドセーラーの強さはその少し下と見ていいだろう。
なんにせよ、殺気を漲らせた強敵である魔物に勝てた。その事実がじんわりとザジの全身に行き渡り、同時に冷や汗がどっとあふれてくる。戦いの最中は夢中だったからか、自分が思った以上に無理をしていたらしい。
「助かったよ。流石だな」
そう言って現れたルーク兵士長は、油断なくデッドセーラーの亡骸を睨みながらザジたちの傍までやってくる。傭兵として雇われたのだから無様なさまを見せられないと、ザジは平然とした表情で皮肉を返す。
「そっちは、まぁ精神的にもつらい相手だったみたいだね」
「ふむ、そう言ってもらえると助かるよ。君たちに任せっぱなしだったからね」
「いや、横槍が入らなくて助かったよ」
そうザジがフォロッド兵の戦果を労うと、兵士長は「ありがとう」とザジの手を握った。
ああ、こうやって相手を持ち上げてやると、驚くほど素直にお礼を言われる。そして、そう言われるのは、悪くない。
吹き溜まりの町では警戒しっぱなしで他人を気遣う余裕など――姉は別にして――なかったため、新鮮でここちいい。
「ほんと、やるじゃない。あんた」
兵士長が兵団の指示に戻っていってすぐ、ザジの傍に少女がやってくる。
「このくらい、大したことないさ」
「強がらなくていいわよ。デッドセーラーはかなり強力な魔物だったわ。それを接近戦であそこまでやり合えるんだもの。あんたのこと、見直したわ」
ポンと少女の手が肩に置かれる。その思った以上に柔らかくたおやかな感触は、不思議と心地いい。同時にかけられた言葉に、あふれていた冷や汗がすぅっと引いていった気がする。
ああ、僕はダーマのころよりも強くなれているのか。ダーマでの戦いやその他多くの経験は、しっかりと息づいているんだな。
闇の封印の暗い空の下。ザジの心の中だけは、一筋の日差しが差していた。
ちらりと少女の方を向くと、視線が合う。強気な瞳、得意げに笑った笑顔がまぶしい。なんとなく、顔を合わせたままは気恥ずかしい。
現状は背丈もほとんど変わらぬ同い年くらいの少女に励まされているようなものだ。冷静に考えればかなり居心地が悪い。ザジは話題を変えようかと考え、ふと思い出したことがある。
「そうだ、さっきの魔法のことだけど」
「ああ、あれはあたしが開発した魔法よ。【メラストーム】。これで少しは見直したかしら?」
少女の言ったように、さきほどのメラの嵐。あれは見たことも聞いたこともない魔法だった。それも気になるが、けれど、ザジが言いたいのはそのことではない。
「そうじゃなくて。君、呪文を唱える時に呪文名を口にしてただろ。呪文を行使するとき、普通呪文の名前を叫んだりしない。魔法使いの間では常識じゃないのか?」」
魔法の名前がその呪文を行使する
呪文はかなりの精神集中が必要だ。ほんの僅かでも言葉を発したり他に意識をとられると、その分だけ集中が乱れ、発動する呪文の効果が下がる。儀式魔法など、言葉も発動条件に含まれるものもあるが、一般的に戦闘時に使われる呪文は、言葉を必要としない。
そして件の少女はと言えば、僅かに「むっ」と眉間に皺を寄せる。が、すぐにやめ、代わりに「ふふん」と得意げな顔になって、
「だって、その方がカッコいいじゃない」
そう、笑顔で言ってきた。
「かっこいい。それだけの理由で?」
「ええ。……嘘よ。そんな顔しないで」
ダーマでの魔物との戦いは、命がけだった。
いつ、次の瞬間には死んでいてもおかしくない状況だった。現に、魔物によるダーマ占拠事件で何人が死んだだろう。
決闘場を突破したものの、偽の大神官にあっさり始末された闘士。決闘場で起きた反乱の最中、他人を守るために散った勇者を志した戦士。魂砕きに遭い、砕かれた魂の修復が叶わぬまま死んでいった人々。そもそも最初のダーマ襲撃の際に命を落としたダーマの神官や戦士。そして、吹き溜まりの町で人間同士の争いで死んでいった数えきれない人々。
当時は彼らの死に慣れてしまっていたが、事件が解決し、他人を気遣うことを学びなおしたザジは、それらを振り返り、酷い憤りを覚えた。彼らは、生きるという戦いの中で、必死を尽くしたにも拘らず、死んでいったのだ。
そしてその立場が自分であったのなら、これ以上に無念で、憤ることがあろうか。
戦いとは、戦場とはそういう場所なのだ。決してふざけていい場ではない。
ザジの想った以上に真剣な態度に虚を突かれたのか、少女はそっぽを向く。「メディル様みたいなジョークは難しいわね」と呟き、視線をザジに戻す。
「子供のころにうっかり強い魔物を怒らせちゃってね。腹いせで呪いをかけられたの。自分の魔法が制御できないほどに暴走する呪い。メディル様にも解除できないくらいで……。意図的に呪文の威力を抑えて制御できる範囲にするために、ね。あたしって潜在魔力は無茶苦茶高いのよ」
「君の持ってる魔力が強いのは、まぁ見ればわかったけど。……なるほどね」
変な呪いをかける魔物も居たんだなとザジは思う。魔物の意図としては、幼いころから――本人も周りも気づかなかったが――すさまじい魔法使いになる素質があったため、後々自滅することを目論んでかけた、のだろうか。初対面の時に見た彼女の魔力の質と量。呪文名を口にしながらあの威力の呪文。その謎が少し解けた気がする。
「なぁお二人さん、いい雰囲気のとこ悪いんだけどよ」
そう差し込まれたドンホセの言葉に、ザジと少女の距離がさっと開く。
「こいつ、動いたりしないよな。死んだフリじゃないよな」
ドンホセが気にしているのは、上半身と下半身に別れたデッドセーラーの亡骸だ。元から死んでいるようなゾンビ系統の魔物なので、死んだフリもあったものではないが。
「だ、大丈夫よ、あれだけメラストーム叩き込んでトドメにメラミ。ピクリともしないし、間違いなく倒したわ」
「そか、ならいいんだ。……お宝持ってねーかな?」
ミクワの言葉にほっと大きく息を吐いたドンホセは、次いで舌なめずりするようにデッドセーラーの亡骸に近づく。強力な魔物はそれに見合った武具や道具を隠し持っていることが多い。ドンホセの盗賊としての癖が働いたのだ。
「君はやっぱり盗賊だね」
「うるせぇやい。魔物を追いはぎして悪いことなんかあるかよ。この斧とか、錆びてボロボロだけど、研ぎなおせばいい値がつくんじゃねぇか?」
まったくとザジは小さくため息。ミクワもそんな様子に笑っていた。戦いが終わった後の一段落。誰もが油断するその瞬間。決定的な隙が、ザジたちを包み込んだ。
倒れていたデッドセーラーに、突如現れた何かの影がまとわりつく。するとその上半身が、がばっと面を上げた。
「ひょぉおっ!?」
「デッドセーラーが破れるとはな。ニンゲンにしてはやるものだ。だが、貴様らをメザレに近づけるわけにはいかん!」
デッドセーラーは――デッドセーラーに取りついた影の魔物は、骸骨が隠し持っていた杖を掲げる。波の彫像が掘られた水色の杖だ。
「あ、あれは【うみなりの杖】か!? やべぇぞザジ、嬢ちゃん、何かに掴まれ――」
「海の藻屑となるがいい!」
ドンホセの警告は一歩遅かった。動き出した新手に対して武器を構えたザジと少女の対処が遅れる。
【うみなりの杖】。秘められた魔力を開放することで、局所的な【つなみ】を呼び起こす力を秘めた杖だ。
呼び起された【つなみ】が船上を押し流す。ようかい魚やしにがみ兵たちの骸。瀕死のデッドセーラー。そして、捕まるものがなく、なすすべのないザジを。
「ザジ!」
「ちょっと、あんた――きゃっ!?」
手すりに捕まりながら手を伸ばすドンホセ。そして、ザジを助けようと手を伸ばした瞬間、流されたようかい魚に衝突され、投げ出される少女。
とっさにパーティを組んだ二人の姿を意識の端に、ザジは海に投げ出された。