ドラゴンクエストⅦ ダーマの戦士   作:砂鴉

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第8話:メザレの祠へ

 フライングデビルという名の魔物がいる。

 猛禽類のような強靭な足とかぎづめ、そしてその体を宙に解き放つ翼をもつ悪魔だ。

 彼の魔物はダーマ神殿が占拠された際にも姿を見せ、ザジの前に立ちはだかった。

 空中という人間には届かない領域から鍛え上げられた肉体で蹴りを見舞い、遥か彼方からメラミの火球を打ち込んでくる。呪文で応戦しようにも、マホカンタを使える彼の魔物を仕留めるのは至難の技だ。

 

 フライングデビルの強みは空中という領域にあるとザジは思った。

 宙を自在に舞い、眼下の敵を攻撃できる。相手よりも上の領域を支配できるというのはそれだけでかなりのアドバンテージなのだ。

 

 だとしたら、今自分が乗っているこのじゅうたんの上から戦闘を行うことができたら、どれほど多くの魔物に対し優位に立てるのだろうか。

 

「ちょっと、狭いしバランス保つの大変なんだから、あんまり下を覗き込まないでよね」

「ああ、ごめん」

 

 空を飛ぶことのできる夢のような道具。魔法のじゅうたんに乗ったザジは、相乗りするミクワの叱責に対し適当に答えると、じゅうたんの上に腰を落とす。

 バランスのとりづらい柔らかなじゅうたんの上だというのに、ミクワはまるでサーフボードにでも乗るように姿勢を調節し、宙を駆けるじゅうたんの上に立っている。よく乗れるもんだなとザジは彼女を見、視線をやはり眼下の景色に落とすことにした。

 

「だからバランス崩れるって――」

「それでもうまいこと乗ってるじゃないか。倒れそうなら座れば?」

「いやよ。立ってた方がかっこいいんだもの」

「だからって……無防備すぎなんだよ」

「? 警戒はしてるわよ。トヘロスもかけてるし、魔物だって見逃さない」

 

 暗に見えたら面倒なものが丸見えだから座れ、とザジは告げたつもりだったのだが、生憎と空を駆ける心地よさにほれ込んだ魔法少女には伝わらなかったらしい。

 マジカルスカートを履いて見え見え状態でかっこいいも何もないだろ、と思う。けれど、それを口に出せば自分は彼女の手によってじゅうたんから叩き落されるだろうことは、ここまでの付き合いで何となく察していた。

 

 別に照れることもない。女性の肌着だの裸体だの、姉さんで慣れてる。姉さんの身体に勝るものはない。つまり、僕がよこしまな感情を抱くことはありえない。

 

 そうして、ザジはごく自然に平静を保った。

 

 メザレの村の倉庫を管理しているのはニコロという名の男だった。先祖は偉大な魔法技師だったらしく、今ザジたちが使っている魔法のじゅうたんも彼の先祖の作品らしい。

 ニコロは村を支配した魔物の退治に向かうザジたちに、移動の助けになると魔法のじゅうたんを授けてくれた。徒歩で向かうよりも素早く、また魔物の妨害も受けづらいだろうということだ。

 

 実際、メザレの村を発ってからここまで数体の魔物の姿を見てはいるが、戦闘に突入したことはない。おかげで、ザジたちは難なく魔物が占拠したという祠に向かうことができた。

 

 メザレ島のほぼ中心部、南側を湖、それ以外の三方を山に囲まれた場所に、その祠はあった。嘗ては魔王の軍勢と戦う神の兵の拠点の一つだったらしいが、今は神の兵の魂が眠る墓場となった場所だ。神と魔王の戦いから数百年の時が流れ、英雄の魂の安らぎの場所であったそこは、今や復活した魔王の軍勢の巣窟だ。

 その場所を取り返す頼みの綱が、英雄の子孫であるメザレ村の民でなくザジたち一介の旅人なのは、何とも嘆かわしい話なんだろうな。そんな感想を抱きつつ、低空に降りた魔法のじゅうたんからザジは跳び降りる。

 

 ここまではじゅうたんのスピードと、低空とはいえ空の領域を進んできたこともあって魔物の妨害は受けなかった。

 けれど、ここから先は違う。

 

 湖を越えた先にある祠は魔物の巣食う、敵のアジトなのだ。当然、戦闘は避けられないだろう。

 

 祠のある対岸までは、嘗てのメザレの民が作ったのだろう石造りの強固な橋が建てられている。メザレの村と、墓場である祠を行き来する唯一の通り道だ。

 それが健在であったのは救いだが、案の定その橋を守るように魔物がたむろしていた。

 

 金色の髪に、真っ黒な肌。その黒い肌の中に不気味に浮かんだ顔。粗末な旅人の服を纏った人型の小柄な奴だ。

 

「【くびかりぞく】ね。雇われってとこかしら」

「雇われ?」

「あいつら魔物ではあるんだけどさ、ドワーフみたいな一種の部族みたいなとこがあるの。魔軍の率いる配下じゃなくて、もともとこの辺りに住んでた奴」

 

 同じように戦闘は避けられないと判断したミクワはいかづちの杖を片手にひらりとじゅうたんを降りる。そしてじゅうたんはあっという間に小さく折りたたまれ、ザジの荷物袋に収まった。

 くびかりぞくの何匹かはすでにこちらに気づいている。手にした斧を振りかぶり、金色の瞳を爛々と輝かせた。

 

「ま、どちらにしろ僕らの敵には違いない。やるよ」

 

 言うと同時にザジは腰に佩いた新しい剣の柄に手を置く。

 

 邪悪へ立ち向かう兵士のために作られた【破邪の剣】という名の剣だ。今やダーマの親衛隊長である短足騎士(カシム)の愛剣でもあった。以前は嫌っていた男と同じ銘の剣が、今は頼もしく思えてならない。

 

 

 切り込み役だろう先兵のくびかりぞくが駆けこんでくる。それに対しザジは同じように真っ向から立ち向かい、その斧が叩き込まれるよりも早く、駆け抜けざまの一撃を見舞う。抜き打ちには向かないだろう刃が滑るように鞘を飛び出し、流星のごとき速度の一閃が先兵のくびかりぞくの脇腹をえぐった。

 

 戦士の職が与えてくれる特技【しっぷう突き】だ。その名の通り疾風のごとき速さで一撃を叩きこむ技だ。

 しかし欠点もあった。速さに集中した技であるがゆえに、力が十全には乗らないのだ。通常の斬撃よりも威力は落ちてしまう。

 

 案の定、致命傷には至らなかったくびかりぞくはザジに対し敵意剥き出しで斧を振りかぶる。駆け抜けざまに切り裂かれたため、空いた距離を斧を投げることで埋めようという魂胆だ。

 そんなくびかりぞくを、ザジは意識の外に弾いていた。理由は簡単だ。

 

「メラミ!」

 

 ザジに敵意を定めたくびかりぞくを、背後からの火球が火だるまにする。

 

「調子いいみたいね。デッドセーラーにビビってたのが嘘みたい」

「うるさいな。あの時は圧されたけど、こいつら相手に臆するわけないだろ」

 

 デッドセーラーにビビっていたのは事実だ。否定しても仕方ないそれを肯定し、ザジは視線を迫るくびかりぞくたちに投げた。

 戦闘は怖い。特に、自分よりも格上の相手と戦うのは、身が凍る思いだ。それは逆に言えば、格下相手なら臆することなくのびのびと――されど油断なく――戦えるということ。自分の単純な思考に少しの苦笑を零し、向かってきたくびかりぞくを気合をためた一撃で斬り捨てる。

 

「前にも言ったけど、あんたは強いわ。あたしが保証したげる――ベギラマ!」

 

 数匹のくびかりぞくが一斉に襲い掛かってくるが、すかさずミクワは二人の周囲にベギラマを展開。高温の炎蛇がザジとミクワを囲むように現れ、くびかりぞくたちをまとめて薙ぎ払った。

 

「そりゃどうも!」

 

 ベギラマを耐えきったくびかりぞくたちに向けてザジは意識を集中、ダメ押しのイオを叩きこむ。

 しかし、くびかりぞくたちもタダではやられてくれない。元々部族ごと雇われていたのだろう。湖の周囲から次々と新手が現れ、ザジとミクワを取り囲み、さびた手斧を振りかぶってくる。

 

「これじゃきりがないわね」

「こういうのってさ、部族の長を倒せば瓦解してくれないかな」

「ならあれじゃない? 一匹だけ鉄球提げてる奴」

 

 ミクワが示した方向には、確かに一匹だけ武器が違うものがいた。他のくびかりぞくが装備しているうろこの盾を持たず、それぞれ子供の頭くらいはありそうな鉄球を二つ、鎖でつないだ武器を提げている者がいた。戦闘には加わってないが、それは鉄球を投げ込む隙を窺っているのだろう。

 

「あんたのイオとあたしのヒャダルコで周りの奴の目くらましと殲滅。その後はあたしが援護するからあんたが倒してくる。どう?」

 

 くびかりぞくの長とはまだ距離がある。ここからメラミで攻撃しても容易に躱されるだろう。そして、扱いの難しい鉄球なら懐にもぐりこんでしまえば優位は剣にある。勝利のビジョンをありありと描き切れるその作戦は、十分にありだとザジは判断する。

 

「いいよ」

「そ、じゃあよろしく――ヒャダルコ!」

 

 ミクワの言葉と同時に、周囲に集っていたくびかりぞくたちが突如地面から突き出した氷柱に貫かれる。さらにザジがイオを唱え、砕け散った氷と巻き上げられた砂煙でくびかりぞくの視界は完全に塞がれた。

 砂煙の中、ザジはしっぷう突きの足さばきで一気に駆け抜け、くびかりぞくの長の前までたどり着く。数匹のくびかりぞくが長を守るために立ちふさがるが、ミクワが追撃に投じたメラストームが彼らを打ちのめした。

 

 くびかりぞくの長が鉄球を投じる。けれど、ザジはその軌道を読み切った。鉄球を武器にする敵。そんなものと相対したことはないが、使われている現場は何度も目撃した。あの男なら、馬鹿力を駆使し、掴んだ鎖を支柱にもう一方の鉄球を連続で投じてくるだろう。あの息を吐かせぬ連続攻撃は厄介極まりないが、くびかりぞくの長にはそれをやるほどの力がない。こうして鉄球の制御に苦心しているのを見ると、改めてあの男(スイフー)の規格外さがよくわかる。

 

 ――まぁ、たとえ制御されても、何とかできそうな気はするけど!

 

 目前まで迫った長は鉄球をあきらめて懐からナイフを取り出した。しかし遅い。駆け付けるとともに放ったしっぷう突きがナイフを弾き、返す刀を長の首筋に振り下ろす。

 

 斬撃と共に、宙を舞ったくびかりぞくの長の首がザジの背後に音を立てて落ちた。

 

「くびかりぞくなら、お似合いの末路だろ」

 

 そしてザジは油断なく残ったくびかりぞくに剣を向けた。ザジが長を倒したことで彼らの統率は乱れ、ミクワの追撃によりあっという間に数を減らしていく。そこにザジも加わり、一分も経たずして残ったのは一匹しかいなかった。

 

 まだやるかい?

 そう意思を籠めてにらみつけると、くびかりぞくは悲鳴を上げていずこかへ去っていった。

 

「やるじゃないの」

「君のおかげだよ」

 

 ミクワからの賞賛に、ザジは小さく笑いながら謙遜を返した。その謙遜は、本音からのものだ。自分はまだまだ駆け出しの戦士だ。それを彼女――ミクワが導いてくれる。拙い力しかないザジを、戦いの場で活躍させてくれている。そんな感覚があった。

 聞きようによっては使われているようなものだが、ザジは不思議と嫌に思うことはなかった。彼女となら、ここにはいないがドンホセも加えて三人なら、どんな魔物にだって相対できる。船上での戦いから、そんな感想を抱くようになった。

 

「ん」

 

 ミクワが片手をあげる。その行動の意図を察し、ザジは剣を収めて彼女の傍に近づき、自分も片手をあげ、打ち合わせる。

 更なる戦いの場、魔物の親玉が潜んでいるだろう祠の前で、小気味良い肌の音が響いた。

 

 

 

 くびかりぞくたちを仕留めた二人は、その足で祠へと続く橋へと足を向ける。一度戦闘を終えたことで戦意は高まっていた。ザジとしては、このまま高揚した気分を維持したまま魔物の親玉との戦いに突入したかったのでちょうどいい。ミクワはいくらか魔力を消耗していたが、持参した魔法の聖水を飲んで消耗分を補っている。

 

 問題ない、いける。

 

 無言で確かめた二人はそのまま歩く速度を緩めることなく、魔物の親玉が巣食っているだろう祠へと向かった。

 

 

 

「……いない、のか?」

「油断しちゃだめよ。どこかに隠れてるかも」

 

 そうミクワは言うが、その表情はザジと同じ、肩透かしを食らったような顔だった。

 ミクワは魔法使いだ。自身の、そして周囲の魔力の流れには、少なくとも戦士を職とするザジよりかは敏感だ。その彼女が、表情から物語っている。この祠は、今もぬけの殻だと。

 

「怪しいと言えば、祠の中か」

 

 ダメ元とは思うが、祠の扉に手をかけてみる。案の定、錠前のない祠だがその扉は押しても引いても開く気配がない。

 

「ここを支配している魔物の力で封じられてるのよ。どうあがいたって、今は開けられないわ」

「けど、その大切な場所をほっぽって親玉はどこに行ったのさ」

 

 その時だった。西の方角から淡い光を放つ何かが飛んでくる。とっさに身構えた二人だが、それが害意のあるものではないとすぐに分かった。光はふらふら漂い、やがて吸い込まれるように祠の中へと消えていく。

 突如として現れた光。どこかで見たような錯覚をザジは覚えた。そして、直感でその答えを導き出す。

 

「さっきの、なに? すごい弱弱しい感じだったけど……」

「魂だ」

 

 ミクワの言葉に、ザジは即答する。

 忘れるはずもない。ふきだまりの町、魂砕きが行われた時、魂を砕かれた人間は恐怖で小刻みに震え、自我を失くした。怯えたようなその姿が、今の光とそっくりに思えてならない。他ならぬ自分自身も、そうなった記憶がある。

 

「魂って、でもどうしてここに……」

 

 ミクワの言葉が終わるよりも早く、西側から同じような光がまたいくつか飛んでくる。全て、人の魂だ。そして西側には、少し前にザジたちが発ったメザレの村がある。

 

 顔を見合わせた二人は、すぐさま魔法のじゅうたんを取り出した。

 

 

 

 慌ただしくじゅうたんに乗って戻っていくザジとミクワ、その二人をじっと見送る影があった。影は封印化の暗い空の下を駆け抜けていくじゅうたんに視線をやり、その後ろ姿から視線を外さない。

 漆黒の肌。その中に浮かぶ金色の瞳を鈍く光らせ、呟く。

 

「オサ……」

 

 一人生き残ったくびかりぞくは、やがて静かに移動を始めるのだった。

 

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