生還論-shānghán lùn-   作:山石 悠

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始まりの夢、拾われた弩

 目の前で白い化け物が吹き飛ぶのを見ながら、俺は杏の肩を揺すった。

 

「杏!」

「むりだよ……わたし、できない……っ!」

 

 手を添えている杏の肩が、小刻みに震えているのが分かった。

 声音は定まらず、いつもは静かに緩む目元が恐怖の色に染まっている。杏と一緒に支えている弩は異様に重く、俺だけでは持ち上げられる気がしなかった。

 

「杏、頼む! 俺だけじゃ引けないんだ!」

「でも、わたし、こわくて……」

 

 杏が見つけた弩。これであの化け物達が倒せると杏は言うが、俺ではその引き金を引くことができなかった。なら、これが使えるのは杏しかいないのは考えるまでもない。

 

「はぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 盾のような鉄の塊を持った女の子が、白い化け物をぶった切って殴り倒していく。

 弩を見つけた俺達が動けずにいるところを助けに来てくれ、今はこうして目の前の化け物達を倒してくれている。

 

「ああ、くそっ……」

 

 物語であれば設定とか用語とかが地の文に並んでいたりするわけだが、現実は俺達へ親切な説明をしてくれたりなんてしない。もしかしたら目の前の女の子が何かを知っているのかもしれないが、それを悠長に聞いている時間は存在しない。

 目の前にある情報だけで、すべてを考えて決めなくてはならなかった。

 

 現在は女の子が優勢ではあるものの、それがいつまで続くかなんて分からない。

 ここで杏が引き金を引いてくれなければ、結局俺達自身の安全は保障されない。

 

 簡単なことではあるが、それが今はとても難しいことだった。

 

「杏! 構えてくれ!」

「仁君、でも──」

「──俺が一緒に撃つ!」

 

 杏の反論を叩き潰すように言葉を重ねた。

 

 そうだ。この子は俺が守らなくちゃいけない。

 バトルもの一話みたいな展開で選ばれたのが杏だけだったとしても、俺が守ってやらなくちゃいけないことに変わりはない。

 杏の代わりに俺が強くならなくちゃいけないんだ。

 

 杏が一人では勇気を出せないのなら、俺はその勇気になってやればいいはずだった。

 

「二人で一緒にやろう」

 

 今度は優しく。

 そっと杏に弩を握らせ、その手に俺の手を重ねる。

 

「なぁに、安心しろ。夏祭りの射的と一緒さ」

 

 鼓動が加速する。

 そんなわけがなかった。完全に強がっていた。

 

「三つ数えて引き金を引く」

「…………うん」

 

 同じタイミングで深呼吸。

 

「三」

 

 弩を構える。

 

「二」

 

 力がみなぎる。

 

「一」

 

 

──そして、光の矢が暗がりを引き裂いた。

 

 

 

 

 


 

「起きて、仁君」

 

 ぼんやりと、光が差す。

 かすかな揺れと聞きなれた声。

 

「起きてってば、もう朝だよ」

 

 何か呼びかけられている。

 その声の意味はぼんやりしていて分からない。

 

「なんだ? じんのやつ、まだぐっすりなのか?」

「全然起きてくれなくて……」

 

 声の主が増えた。

 

「な、に?」

「あ、仁君、朝だよ。起きて!」

「おら、じん! あんずのモーニングコールだぞ!」

「んぐっ!?」

 

 腹部に走った痛みで、ベッドから転がり落ちる。

 つぶれたカエルみたいな声を上げ、くらくらする頭を抱えて立ち上がる。

 

「起きたか?」

「『起きたか?』じゃねーよ、何しやがるタマてめぇ!」

「寝坊する方が悪いんだからね」

「杏はタマの味方するのかよ!?」

 

 いつの間にかすっかりニコイチになってしまった杏とタマの二人をにらむ。

 杏が孤立せずに済んだのはよかったけれど、よりにもよって一番仲良しなのがタマなのが微妙に納得いかない。

 

「それにしても、いつもは早起きなのにどうかしたの?」

「夜更かしでもしたか?」

「してないしてない。あんなにしごかれたんだ、部屋に戻ったらばたんきゅーだったわ」

 

 今日から新学期が始まるが、夏休みの間も訓練で死ぬほどしごかれていた。夜更かしして遊んだりする余裕なんてどこにもない。

 

「じんは貧弱だなぁ」

「くっ、こいつ……!」

 

 言い返したいが、実際に訓練の成績はタマに勝てていない。俺と杏がダントツで最下位を争っているのが現状だった。

 

「でも、仁君は勇者としての力が弱いから……」

 

 杏のフォローが入るが、それを言い訳にするのはオトコノコ的に許せないという気持ちがある。

 俺は確かに勇者としての力を手に入れた。だけどそれは、本来勇者になるはずだった杏のおまけとして手に入れた力だった。

 

「まあ、俺だって寝坊しちゃう日くらいあるさ」

 

 この辺で話を切る。

 あの日の夢を見てしまったせいで、少し気持ちがざわついていた。タマにはばれないだろうが、長い付き合いの杏であれば察してしまうかもしれなかった。

 

「それより、タマは早くいかないのか? 乃木に負けるぞ?」

 

 最近のタマは乃木よりも早く教室に行くことが目標になっているらしく、昨日も「明日こそ勝つ!」と意気込んでいたのを覚えている。

 

「しまった! 杏、早くいくぞ! 今日こそ教室に一番乗りだ!」

「うん。……仁君も、遅刻しないようにね」

「分かった分かった。ほら、着替えるから先行っててくれ」

 

 服に手をかけながら杏とタマを送り出す。

 ドアを閉めて寝間着を、適当に丸めてベッドへと放り投げた。

 

 

 

 三年前のあの日から、世界はその姿を大きく変えた。

 俺達はただの小学生から勇者というものになってしまって、人々を守るための闘いなんていうものに身を投じる使命と強大な力を手に入れた。

 

 人々を襲い、世界のありようを変えたあの化け物は、後に“バーテックス”という名前を付けられた。現代兵器が一切通用しないバーテックスに対して人々には対抗するすべなどなく、現在では“神樹”によって守られる四国を含めた一部の地域以外、人は住めなくなってしまった。

 

 現在、バーテックスに対抗する手段として挙げられているのが、人類の生存権で確認されている“勇者”だ。勇者というのは、あの日の杏やタマのように不思議な武具達を手に入れた少女達のことで、彼女達の武器であればバーテックスを倒すこともできるそうだ。

 現在、四国にいる勇者達──つまり、俺や杏達──は、政府からバーテックスの対策を委任された組織“大社”に身を寄せ、勇者の力の使い方をはじめとした様々な訓練を受けている。

 

 四国にいる勇者は全部で六人。だが、実質は五人といった方が正確だろう。

 俺のように男で勇者の力を手に入れた人は今のところ見つかっていないらしく、その勇者としての資質の低さも併せて杏のおまけだろうというのが大社の見解だった。

 

 

 

 手早く準備を済ませると、すぐに部屋を出た。

 時間にまだ余裕はあるが少し速足気味に教室へと向かう。朝食を食べる時間はなさそうなので諦めた。

 

 教室に向かって移動していると、後ろから「ジンくん!」と俺を呼ぶ声が聞こえ、足を止めて振り返った。知っている声だった。

 

「おはよう、ジンくん」

「高嶋もおはよう。寝坊か?」

「昨日、格闘技のテレビ番組見てたら寝れなくなっちゃって……」

 

 えへへ、と高嶋が笑う。

 高嶋も勇者の一人だ。普段はニコニコ笑っている女の子だが、格闘技をやってるらしく勇者としてはこぶし一つでバーテックスを吹っ飛ばすのだから恐ろしい。

 

「ジンくんは?」

「俺は特に理由なんかないよ。なんか妙にぐっすりだっただけ。おかげで朝からタマのやつに蹴り飛ばされちまった」

「仲良しだねぇ」

「仲良しぃ?」

 

 予想外の言葉に首をかしげる。

 今の説明のどこに仲良しの要素があったのだろう。高嶋はムードメーカーみたいな明るい子ではあるが、こういうところがたまに分からなくなる。

 

「仲良しだよ。だって、朝から部屋に行けるくらいの仲なんでしょう?」

「まあ、あながち間違ってないけどな?」

 

 でも、俺とタマのは仲良しというよりはなんかもっとこう、いい表現があるような気がしてならない。

 

 少し逡巡していると、近くの部屋にあった時計が目に入る。

 

「……っと、急がないと遅刻しちまうな」

「もうそんな時間?」

「ああ、ほら」

「ほんとだ! 急ごう、ジンくん!」

「はいはい、置いていかないでくれよ?」

「置いていかないよ!」

 

 

 

 全力疾走のかいあってか、俺達はチャイムが鳴る前に教室へたどり着くことに成功した。

 時計を見れば、思ったよりは時間に余裕ができている。

 

「おはよーございまーす! 高嶋友奈、今治仁、到着しました! やったねジンくん、間に合ったよ」

「そりゃあ、よかったよかった」

 

 いえーい、と高嶋とハイタッチを交わして教室に入る。

 

「仁君、ちゃんと間に合ってよかった」

「大丈夫って言っただろ?」

「でも、時間ギリギリじゃない」

「間に合えばなんでもいいのさ」

「もう、また適当なこと言って」

 

 呆れたような杏の言葉を受け流して荷物を降ろすと、少し周囲を見渡す。

 俺と高嶋が最後だったらしく、教室にはすでに全員がそろっている。

 

「今治、おはよう」

「乃木もおはよう。今日もタマより早かったのか?」

「ああ。私が一番だった」

「はっ、タマのやつまた負けてやがる」

「じんが起きてれば勝てたしっ! 今日負けたのは絶対にじんのせいだからな!」

 

 タマから反論が飛んでくるが、そっと聞かなかったことにする。

 案外、間違っていないような気もするので、こういうのは無視しておく方が安パイだ。

 

「もう、仁君も喧嘩売っちゃダメだし、タマっち先輩も買っちゃダメ」

「「えー、でも(あんず)、こいつが!」」

 

 完全に一緒なタイミングで互いを指さしあってしまったせいで、一瞬教室の空気が止まった。なんとも居心地の悪い空気になってしまった。

 これじゃタマと本当に仲良しみたいじゃないか。

 

「二人とも、そろそろ授業も始まりますから」

 

 にらみ合いをしていると上里が窘めてくる。流石に上里相手に我がままを言えるほど仲良くなっているとは思えない。

 

 しぶしぶ席に座りなおすと、そこでちょうどよくチャイムが鳴った。

 

 

 

 これが、今の俺達の日常。

 人々を守る勇者として戦う勇者としての日々。

 

──そして、大切な人を生かすための日々だ。




いーれーて!(ゆゆゆ杯)
と、今日の昼くらいから始めました。一応、杏メインですが、杏とタマっち先輩はずっと一緒だからね……仕方ないね……。

タイトルですが「生還論(しょうかんろん)」と読みますので、よろしくお願いします。
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