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だから、杏にあれだけ仲良くなれる人ができたのは、喜ぶべきことだと思う。
「ん、んっ……」
意識が浮上し、ゆっくりと目を開くと石膏の天井が目に入った。
「仁君! 目が覚めた?」
「ああ……うん」
すぐそばにいた杏に返事をしながら、体を起こす。全身が痛くて、頭もぼうっとしている。
だいたい、なんで俺こんなところで寝てるんだろ。
「仁君、一緒に引き金を引いた途端に意識を失っちゃって」
「引き金?」
「覚えてない? 地震が起きて、白い化け物がやってきて、仁君と一緒に逃げて」
そこまで聞いて、何があったのかを思い出した。
白い化け物に襲われて、杏が弩を見つけて、知らない女の子が助けに来てくれて、一緒に弩の引き金を引いて──
「……そこで、気を失ったのか?」
「うん。あの後、おじさんが来てくれて、ここまで仁君を運んできてくれたの」
「そっか……」
よく分からないけど、杏がそう言うのならそうなのだろう。
周りを見渡すと、ここが教室だということに気が付いた。
正面には「みんな、す
「仁君、体は大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。怪我とかはないと思う」
全身のだるさも一時的なものだろう。感覚的には全身筋肉痛っていうのが近い。
体をほぐすために立ち上がると、ゆっくりとストレッチを始める。
頭も多少は楽になった。
「それで、さっき助けに来てくれた子は?」
「一度怪我の手当てをしたら校庭の化け物を倒してから、少し校舎内の見回りに……」
「一人で?」
「うん」
思わず「一人なんて危ないじゃないか」と言いかけて口をつぐむ。助けられた上に戦う手段もない俺は言う権利がない気がした。
実際、助けに来た時も彼女は一人だった。
「……じゃあ、それのこととか、何か聞かなかったのか?」
話題を変えつつ、視線で杏が持っている弩を指す。
あの時は暗がりであまり分からなかったが、それは艶やかな乳白色に輝いていた。少なくとも経年劣化や傷の類は見られない。
「ううん。あの人も『戦えるようになった』って感じただけで、詳しいことは知らないみたい」
「そっか」
杏と話しながら情報を整理することにした。
正直なところ、何が起こっているか分からない今はそうでもしていないと気がおかしくなりそうだった。
「あの白い化け物、空飛んでたよな?」
「ヒレみたいなのもなかったと思う」
あのデカい口だけが妙に目立つようなデザインで、人を食い殺すことしか考えていないような作りだった。はっきり言って異様な造形だ。生き物っぽさというのがない。
状況だけならスーパーナチュラル系のパニックホラーだ。
杏は一瞬だけ外の方に目を向けて、何かを思い出したかのように震えた。
「さっき、外で人が…………わたし、こわくて……みんな死んじゃうのかなって……」
「大丈夫だよ、杏。これはホラーじゃない」
奴は言葉を喋らないし、正体も不明。
だが、決して不死身ではない。
杏やさっきの女の子が持っている武器は確実に怪物を倒すことができるはずだ。
今はまだ何が起きているのかも分からないけど、それは事件を起こったばかりだからだ。
「そういえば、杏達の他に武器を手に入れた人はいるのか?」
「武器を持った人はいないけど……」
杏はそう言って、少し離れている場所にいる女の子を指さした。何やら年の離れた男の子と一緒にいるようだった。
「あの人が、私達があそこにいるって分かったんだって」
「居場所が?」
そちらを見ていると、向こうもこちらのことに気が付いたらしい。
そばにいた家族らしき人に一声かけてから、その人は足を引きずるようにこちらに近付いてきた。
「君、気が付いたの?」
「はい。助けてくれたんですよね、ありがとうございます」
頭を下げると、向こうも「助けたのはアタシじゃないから」と笑った。半分無理をしているような様子だった。
「アタシは六年の安芸真鈴。……今治仁君、だっけ?」
「はい。あってます、安芸さん」
「真鈴でいいし、敬語じゃなくていいよ。逆に、アタシも仁って呼んでもいい?」
「あ、はいどうぞ」
そのやり取りで少しだけ落ち着く。どんな人かと思ったけど、話しやすそうな人でよかった。
真鈴は俺の顔をしばらく見つめて「それにしても」と口を開いた。
「仁、日本語上手ね」
「……日本生まれの日本育ちなんで」
天然物の金髪を弄りながら呟く。
確かに俺の見た目は欧州出身である親父の血を濃く継いでることもあり、顔立ちを含めかなり外国人っぽい。だけど、その親父だって今では帰化しているし、俺も日本から出たことはない。
「で、それは別にどうでもよくて。話進めてもいいかな、真鈴」
「ごめん、そうね」
話を先に進めるように促すと、真鈴は表情を改めた。
「真鈴は、武器とか持ってないのか?」
「武器? あの盾とか、そのボウガンみたいなの?」
「ああ」
持っていないなら、まだ見つけていないという可能性もあるだろう。
とにかく今は、対抗できる人が一人でも多くほしいと思った。
「アタシは全然。今は何も感じないし、さっきまでも二人のことを助けないといけないってことしか分からなかったから……」
「まあ、そんな都合よくいかないか」
積極的に戦おうとは思わないけど、何かあったときに対抗できる人員は必要だ。あの化け物が何かは分からないが通常の兵器が通用しない、なんてこともあるかもしれない。
軽く肩を落とすと、杏が俺の袖を引いた。
「仁君。逆に私はそういうのを感じなかったから、たぶん私とは違う種類の力なんだと思う」
「……なるほどなるほど」
杏の言葉に頷く。
戦う能力を持っている人と、完治する能力の人の二種類がいるってことらしい。もしかしたら、もっと種類があるのかもしれないが。
「それと、アタシからも一つ聞きたいんだけど、逆に仁は武器とか持ってないの?」
「いや、ないはずだけど……」
俺は杏みたいに何かに呼ばれるような感覚も、真鈴みたいに他の人を察知する能力もなかった。俺はただ杏のそばにいただけだった。
「でも、なんか仁と杏ちゃんからは、同じような感覚がするんだけど……」
「同じような?」
真鈴の言葉を信じるのなら、俺にも何かあるらしい。
だけど、俺には武器がない。それこそ、まだ武器を見つけてないってことだろうか。
「……いや、分からないこと考えても仕方ないか」
しばらく考えてから諦める。
どこかで俺の武器が見つかるかもしれない。
「それで、これからはどうするの?」
「今はまだ怪我してる人もいるし、あれが出るかもしれないから……」
「籠城ってことか」
最近多発していた災害のこともあり、先生が学校にはそういった場合の備蓄があるという話をしていたのを思い出す。
地震とは話が違うが、籠城する分には適した場所かもしれない。
などと話していると、勢いよく教室のドアが開いた。
「戻ったぞ!」
そこにいたのは、さっきの助けに来てくれた女の子だった。
「球子」
「ますずとあんずはここにいたのか。それと……」
彼女の視線が俺の方に向いた。
「さっきは助けてくれてありがとう」
「気にするな! …………えっと……」
「今治仁」
「おう、気にするな、じん!」
元気いっぱいな彼女はそう言ってニカリと笑った。
「タマのことはタマとかタマっちと呼んでくれ」
「タマ?」
「土居球子だから、タマなんだって」
「なるほど……」
とりあえず、タマと呼ぶことにする。
「それでタマ。大丈夫だったのか?」
「ああ、周りにはもうお化けはいなかったぞ」
「ならよかった」
見たところ大きな怪我がないのは分かっていたが、それでも無事なのが確認できて安堵する。
「たぶん、あいつらが来たらアタシも感じると思うし、ひとまずは安全かな」
「……そうか」
二人の言葉で状況が落ち着いたのを理解し、時計の方に目を向ける。
時刻は深夜二時を超えていた。杏と二人で引き金を引いたのが十時くらいの話だったから、四時間弱は倒れていたらしい。
「水と食料もあったみたいだから、しばらくは大丈夫みたい。今、大人の人達がこれからどうするかを話し合ってるって」
「まあ、しばらくは外に出られないだろうからな……」
今は周囲にいないらしいが、他の場所からやってこないとは限らない。
「しっかし、あの白いお化けは一体なんなんだ? なぁ、あんず、ますず、じん」
「あんな生き物見たことないし、ってか宙に浮いてたし。某国が秘かに開発していた新兵器とか?」
「ボーコクってなんだ?」
「まだ、出てくるのかな……」
「大丈夫だ、あんずはタマが守るからなっ!」
タマが力強く宣言する。
実際、この場ではおそらく一番化け物に対して強いであろうタマが守ってくれるのなら安心だった。
「大丈夫大丈夫。杏にもそれがあるんだ」
「でも私、撃てなくて……」
「また俺が一緒に撃つから。今度は絶対に気を失わない」
杏の手に自分のそれを重ねる。
さっきは意識を失ってしまったが、次こそは倒れたりしない。最後まで杏のことを守らないといけない。
「……仲いいのね」
「まあ、付き合いも長いから」
「小学校に入る前だっけ?」
「そうそう。杏の一時帰宅のタイミングだったと思う」
俺と杏は近所に住んでいたが、知り合ったの自体は幼稚園の途中のことだった。当時、日本人らしからぬ見た目をしていたせいでどこか友人が作れずにいた俺にとって、初めてできた友人が杏だった。
「私が一時退院したときに偶然出会ったのが仁君で」
「俺、あのときの杏の『きれー……』って言葉、今でも忘れられねぇわ」
「もう! 仁君!」
杏は初めて俺の見た目を認めてくれた人だ。外国人みたいな見た目で、でも生まれ育ちは日本でしかなくて。蝙蝠みたいなどっちつかずだった俺に、居場所をくれたのは杏だった。
この田舎の町で、杏に出会えたのは本当に幸運なことだったと思う。
「それから、一緒の小学校に行くことになって……って感じだな」
とはいえその後、杏は入院期間が長かったせいで、小学生ではあるが留年している。だから、俺達は同い年だけど同じ学年ではない。
「じゃあ、仁は杏ちゃんが唯一の友達なわけだ」
「いや、幼稚園の頃ならともかく、今はそういうわけでもないよ」
この見た目でも受け入れてくれる人はいる。ただ、杏は最初で特別だったというだけだ。
「私も、入院してみんなと学年が違っちゃって、なんとなく壁を感じてたんですけど、仁君はいつもと変わらないでいてくれたから……」
俺達は互いに周りとどこか違っていた。
どこか一人ぼっちのような寂しさを、お互いの存在で埋めていた。
「だから、」
俺には戦う力がない。
今はまだないだけなのかもしれないが、今この瞬間、杏を守れるのがタマしかいないのは事実だ。
だから、今の俺にできることはたった一つしかない。
「俺はずっと杏の隣にいるから」
杏のことを守ると自信を持って言えない自分が、少しだけ憎らしかった。
勇者御記についてですが、三十分足らずとかで作ったものでよければテンプレとしてお使いください。スマホとPCどちらでも問題ないよう調整等は済ませたつもりです。
ゆゆゆ杯が終わって匿名解除できるタイミングになったら(してもいいのかな?)、改めて宣伝したりするかもです。