生還論-shānghán lùn-   作:山石 悠

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避難生活、強くなりたい理由

大赦書史部・巫女様
検閲済

 

タマも真鈴もいい人だ。

避難所生活の間、俺達四人はずっと一緒だった。

 

勇者御記 二〇一六年四月

今治仁記

 


 

 

 

 避難生活が始まって三回目の夜が明けた。

 

 あれから人々はある程度落ち着きを取り戻しはしたものの、気持ちは全く休まっていなかった。避難所にいた人達の中でまともに眠れた奴なんて、意識を失っていた俺くらいだと思う。

 ほとんどの人は物音がするたびに目を覚ましてしまうし、空が視界に入るだけで化け物のことを思い出して怯えた様子を見せる人もいた。

 

 俺と杏は、あれからタマや真鈴と一緒に行動していた。この避難所にも子供はそれなりにいたが、その中でも俺達は少しだけ浮いていたと思う。

 

「うぅ、おなかすいたー。あれじゃ足りないって」

「仕方ないだろ。何日籠城することになるか分からんからな」

 

 乾パンをかじりながら、あっという間に自分の分を食べてしまったタマを諫める。

 様子を見て安全そうなら近くの飲食店まで食料を調達しに行くことも考えないといけないだろう。そうなったら、やはり杏達が行くことになるのだろうか。

 

「私の分も食べますか?」

「杏、それはダメだ。自分の分はちゃんと食べてくれ」

「そうだ! あんずはちゃんと食べろ!」

「でも、食欲なくて……」

「それでも食べなきゃダメ。今は体調がいいかもしれないけど、いつ体調崩すかも分からないんだから」

 

 杏は退院を繰り返す程度には体の弱い。まともに休めない状況の上に食事までとらなくなってしまえば、本当に体調を崩してしまいかねない。

 病院に行けない現状で体調を崩せば、杏の命にかかわることは考えるまでもなかった。

 

「小分けでもいいから、ちゃんと食べて」

「分かった……」

「えらいぞえらいぞ」

 

 杏が食べ始めたのを確認して水を飲む。

 

 杏に言い聞かせつつも、それは自分自身にも向けられていた。

 いや、食欲がある人間なんて、それこそタマくらいのものだった。大人達だってある程度は無理に食事をしていたように思う。

 

「あんずは、また図書室に行くのか?」

「はい」

「ほんと、杏ちゃんは本好きね……」

 

 真鈴がため息をついている。

 

 避難所生活は本当に暇だった。

 一部の子供達はゲームを持ってきていたが、ゲームだって充電が切れてしまえば何もできない。現在は学校に用意された非常用の電源を使用しているらしく、少なくともゲームの充電をするための電力はなかった。

 

 そのため、俺達は杏に着いていって図書室で本を読んだりお喋りをするようになっていた。

 

「二人も何か読みます?」

「アタシ、漫画しか読まないから……」

「タマもー」

「漫画もいいですけど、小説もおもしろいものがたくさんありますよ」

 

 三人が話しているので、そのうちにこっそり本棚の奥の方に向かう。杏が普段入らないような専門書のある場所だ。

 本当は複数人でやった方がいいのだろうけど、杏は小説を読んでいるし、タマや真鈴は頼りにならなさそうだった。

 

 書架の間を進んでいると「あれ?」と真鈴の声が聞こえた。

 

「そういえば、仁がいないけど」

「また奥の方か?」

「たぶん」

「一人で奥の方に行くけど、仁も本好きなの?」

 

 “哲学(100)”と書かれた本棚の前に向かい、背表紙に張られたシールやタイトルを目で追っていく。

 

「仁君が行ってるの、宗教関係の本棚なんですよ」

「宗教? やっぱり、キリストとか信じてる感じとか?」

「神頼みか? お化け退治ならタマに頼んだ方が早いぞ?」

 

 いろいろと言いたいことはあるが、タマに頼むのは嫌だ。

 

「おじさん……仁君のお父さんはそうですけど、仁君は特にそういうわけじゃないと思います」

 

 昨日から来ているが、あまりこれだと思える本が見つからない。

 

「たぶん、神社に関する本を探しているんだと思います」

「神社? …………あ! タマ達の武器か!」

「もしかして、ずっと化け物の正体とか調べるために……?」

 

 聞こえているぞ、と言うのも野暮なので無視する。

 でも、やっていること何も間違っていなかった。

 

 杏の武器もタマの武器も、どちらも本来は神社に奉納されていたものらしいということだった。そのうえ、タマの盾は光の刃が出てくるし、杏の弩もつがえなくても金色の矢が飛び出しているらしい。

 二人の武器は俺達が知っている現実というよりは、ファンタジー的なものとして考えた方が通りがいいのかもしれない。

 

 つまり、あの化け物には聖なる力とかが有効なのかもしれないということだ。

 神様の範囲は分からないので、もしかしたら十字架とかでぶん殴るとか聖水かけるとかでも死ぬかもしれないが。

 

「仁君、たぶん私のためにしてくれてるんです」

「杏ちゃんのため?」

 

 まだ見ていない本を見つけたので、とりあえず開いてみる。

 

「この前も言ったんですけど、私は体が弱くて何度も入院してます。仁君、そのたびに辛そうな顔をするんだそうです。私の前だと『大丈夫大丈夫』とか大丈夫なふりしているんですけど」

 

 …………。

 

「仁君、自分が寂しい思いしてたから、寂しい思いをしている人を放っておけないんです。だから、私が留年してしまったとき、医者のなり方について調べてたっておじさんに聞きました」

 

 なにそれ、俺は聞いてないんだが。

 

「恥ずかしがり屋で人に表に出すのは苦手なんですけど、本当はすごく心配性なんです」

 

 してないし。普通だし。

 

「私がこれを使えるようになったってことは戦わないといけないかもしれないってことで。仁君はそれがすごく心配なんだと思います。初めてこれを持った時だって、仁君は私を庇い続けてくれましたし」

 

 俺の方が丈夫なんだから、そういう風にもなるに決まっているじゃないか。

 

「へぇ、そういうのいいわね」

「確かにいっつもあんずのこと気にしてるもんな」

 

 杏はこういうことを平然と言うから困るし、真鈴は生暖かい感じの声をしているし、タマはナチュラルに気付いているみたいなことを言う。

 

 しばらく本に集中しようと文字を必死ににらむが、そんなことをしている時点で全く頭に入ってこない。

 

「…………はぁ」

 

 本を閉じて棚に戻し、その場にへたりこむ。

 杏が俺のことをそう思っているとは知らなかった。

 

「どんな顔して戻ればいいんだよ……」

 

 妙に暑いのは、夏なのに空調が効いていないからだと思うことにした。

 

 

 

 図書室から戻ってくると、医薬品が切れたという話をされた。

 化け物に襲われたせいで怪我をした人がかなり多かったのだ。食料の方はまだ少し余裕があるが、やはりこちらも切れてしまうかもしれないということだった。

 

 大人達が会議している部屋に呼ばれた俺達は、椅子に座って今の状況を聞かされた。

 

「子供達にこんなことを頼むのは、本当に情けないんだが……」

「おうっ! タマに任せタマえよ!」

 

 頭を下げる先生に向かってタマは胸を張り、真鈴が「顔を上げてください」と慌てていた。

 

 現在は学校の周りに化け物は出ていないが、それが町中の方まで安全だという保証にはならない。物資の調達に向かうのであれば、化け物が出てきても対抗できるタマや襲来を察知できる真鈴が必要だ。

 

 俺達が了承すると、さらに具体的な移動についての話が始まる。

 実際に行くのは誰にするのかとか、どれくらいの荷物を持って帰ってくるか、戻ってこない場合はどうするかなどの話が進む。

 

 とはいっても俺達が来る前にある程度は決めていたらしく、簡単に詳細が詰まっていく。

 

「ということで、土居君と安芸君の二人に行ってもらうということでいいかな?」

「はい」

 

 予定では大人の一人が軽トラを出して、そこにタマ達が乗るという形。

 近くのスーパーまで行って、一時間で戻ってくる予定になった。

 

「あの、私は……」

「あんずはここで待っててくれ。タマがちゃんとご飯と薬持って帰ってくるからな!」

「でも……」

 

 杏が行きたそうな素振りを見せるが、押し切れずにいた。

 だが、一緒に行ったところで足手まといになるかもしれないと思っているのだろう。実際、杏が引き金を引けたのは俺と一緒だったときの一度だけだ。

 

 俺は杏の前に出た。

 

「俺と杏はこっちの防衛をします」

「え?」

 

 杏がこちらを見る。

 

「学校に立てこもって戦うなら、杏の弩の方が向いてるから。今度は俺も頑張るよ」

「……分かった」

 

 杏がうなずいて、物資補給の予定が決まる。

 

「行ってくるな!」

「すぐ戻ってくるから」

「ああ」

「いってらっしゃい」

 

 それなら、タマと真鈴は大人達と出発の準備をして、外へと向かった。

 二人を見送って杏と二人になったところで、俺達は校舎内の見回りをすることにした。

 

 杏と一緒に弩を持ちながら並んで廊下を歩く。

 

「なあ、杏」

「どうしたの?」

 

 周りに誰もいなくなった辺りで少し立ち止まった。

 人こそいないものの離れているわけでもないので、何かあればすぐに駆け付けることはできるだろう。

 

「……杏は戦いたいのか?」

 

 それは、少しだけ気になっていたことだった。

 

 戦うための武器や力を手に入れたとしても、それは戦う義務を背負ったということではない。二階から飛び降りて腰を抜かしたところで、もう一度飛ぶ必要なんてないのと一緒だ。

 

 杏は今までの杏のままでいたところで、きっと誰も文句は言わない。

 

「そりゃ危なくなったら戦う必要もあるかもしれないけど、自分から危ない場所に行く必要なんかないんだぞ?」

 

 それは、タマにも言えることだ。きっと俺が今言っても無駄だから、特に何も言ってないけど。

 

「……そうだね。私、怖いよ」

「だろうな」

 

 杏は運動も苦手で、武器を使って化け物と戦うなんて論外だろう。

 なにより、杏は大人しくて内気だ。戦いに向いてないことなんて明白だった。

 

「あのね。最初の夜、仁君が倒れた後、球子さんが『もう安心だぞ』って手を差し伸べてくれたの」

「…………」

「私、すごくカッコいいなって思ったんだ」

 

 杏の声音に興奮が混じっていることに気づいた。

 本以外の話で興奮している杏を見ることなんて、ほとんどなかった。

 

「今の私は怖くて、きっと仁君がこうして一緒にいてくれないと立ち上がることもできないよ」

 

 「でもね、」と一拍。

 

「私、少しでも近づきたいなって思ったの」

「…………」

 

 杏がそんなことを言うなんて初めてだと思った。

 

「仁君の力を借りなきゃダメなんて、やっぱりダメだよね」

「……いや」

 

 何とか言葉を絞り出す。

 

「杏の隣にいるって言ったのは俺だし」

 

 ずっと杏を守らなきゃいけないと思っていた。

 でも、俺はきっと何もできていなかったのだろう。だって、本当に守れていたのなら、杏の憧れる相手はきっと俺になっていたはずなんだから。

 

「杏がそれを気にする必要はないよ」

 

 本当に必要だったのは、隣にいる俺ではなく、手を引いてくれるタマのような子だったのかもしれない。

 俺はそれを死ぬほど悔しいと思うし、タマに嫉妬さえしてしまう。

 

 でも、きっと俺じゃダメだったっていうのなら、本当に杏に必要な相手がタマだったというのなら、

 

「ゆっくりかもしれないけど、杏ならきっときっと大丈夫だ」

 

 俺はせめて、杏がタマに近付けるよう、杏の隣にい続けることにしよう。

 杏が強くなるのと同じペースで、杏の隣で強くなり続けよう。

 

「それでいつか追いつけるようになったら、そのときは外に行こうか」

「仁君、ありがとう」

「いいよ。ずっと一緒だったんだ、今更今更」

 

 何でもないように笑う。

 

 もう杏の王子様にはなれないのだと、そのとき俺はようやく理解した。




柄にもなく連日投稿しているんですが、続きを考えたり推敲する暇がなくて「毎日投稿している人すげーな」って思います。自分でも何かいてるか覚えてない。

……と、言い訳をしつつ。
「伊予島杏」と「土居球子」が間違ってるよーと教えてくれた方、ありがとうございます。自分の名前ミスっても、キャラの名前ミスるのはまずいですね。直しました。
普段から誤字は多いんですが、今回は輪をかけて多くて泣きました。各キャラ間の呼びかけもミスってたのでそれについても発見次第修正してます。

他のもミスってたら誤字報告等で指摘していただけますと幸いです。
ちなみに、現状「杏子」「珠子」辺りは本編でやらかしてました。



追伸
誤字ばっかり気にしてるから、サブタイトルをミスるんだぞ。
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