生還論-shānghán lùn-   作:山石 悠

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避難生活、守りたい人

大赦書史部・巫女様
検閲済

 

杏と一緒に、タマみたいに強くなろうと約束した。

タマと一緒に、杏を守ろうと約束した。

 

俺にとってはどちらも同じだけの価値があった。

 

だから俺は、真鈴の代わりに二人のそばで心配をしている。

 

勇者御記 二〇一六年四月

今治仁記

 


 

 

 

 立てこもりの避難生活は、気付けば五日目を迎えていた。

 あれから化け物が現れることはなく、かといって安全が保障されたわけでもない日々が続いている。

 

 学校での生活もルーチンができ始め、何もなければ落ち着いて生活できるようになっていた。

 俺達も、食料の調達や周囲の警戒といった事態で呼び出されることがない限りは、ほとんどの時間を図書室で過ごすようになっていた。

 

「…………」

 

 神社と教会の施設的な類似点や相違点をまとめた文章を目で追いながら、それらしい情報がないかを探していく。

 

 図書室の本をすべて読みつくしたというわけではないが、それでも目ぼしい蔵書はあらかた読みつくしてしまっていた。哲学(100)歴史(200)の本はもう思い当たる部分がなくなったので、そろそろ小説(900)や地元に関する本をまとめたスペースにも移動した方がいいのかなと思い始めている。

 

「ない、か」

 

 手元にあった本を閉じて本棚にしまうと、隣の本に誰かの手が伸びた。

 

「……え?」

 

 思わず隣に顔を向けると、そこにはいつの間にか真鈴がいた。

 

「これ、読んだらいいの?」

「あ、ああ……」

 

 「いつの間に?」とか「なんで?」とか、頭の中に浮かんだ言葉を口に出せずに視線をさまよわせることしかできない。まさか手伝ってくれるとは思っていなかった。

 いや、見て見ぬふりをするタイプだとは思っているわけではないが、ここで手伝うよりは杏達のそばにいるのだと思っていた。

 

「一人だと寂しいかと思ったんだけど」

「……その気遣いは別にいいぞ」

 

 実際、女子達ばかりで居心地が悪いというのを否定はしないが、寂しいという気持ちはない。ここからでも三人の話している声はちゃんと聞こえていた。

 

「っていうか、これってどんな本を探せばいいの?」

「どんな本?」

「そうそう。だって、なんかこう、知りたいことがあるんでしょ?」

「そうだな……いくつかあるんけど、とりあえずは武器と化け物についてだな」

 

 妖怪でも何でもいいのだけど、あの化け物が何かに登場していないか。

 杏やタマが持っていた武器が一体何だったのか。

 

 その辺りが分かるだけでも、きっといろんなことが有利になるはずだった。今は、取説もなしに手探りで進めているのと何も変わらないのだから。

 

「ふーん、なるほどね」

 

 真鈴はもっともらしく頷いてから、本の方に視線を落とす。

 

 何か雑談でもするのかと思っていたが、真鈴は俺が隣居ることを忘れているみたいに読みふけっている。しばらく待ってみたが、顔を上げる素振りも見せないので俺も続きの本を手に取って開く。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 最後の棚、最後の列。

 もう、これを読み切ってしまえば本当に他の棚まで移動するしかなくなってしまう。

 

 ぱらぱらと紙をめくる。

 聞こえてくるのは紙が捲れる音と、少し離れた閲覧スペースで雑談をしている杏とタマの話し声くらいだった。

 

「ねぇ」

「どうした?」

 

 互いに本から視線を逸らすことなく会話が始まった。

 

「本当に見つかると思う?」

 

 ……………………。

 

「…………ごめん」

「いや」

 

 真鈴の言いたいことはもっともだった。

 

 たかだか地方の小学校の図書室に、世界の危機を救う秘密について書かれた資料があるかなんて言われたらきっとないだろう。

 外に出られないのは重々承知しているけど、それこそ杏やタマが武器を手に入れた神社にある資料を手に入れに行った方が効果的なんだと思う。

 

 だけど、実際の俺達は外に出られない。

 なら、ここで調べ物をするくらいしか俺にできることなんてなかった。

 

 それは真鈴もきっと理解しているのだろう。

 少しだけ変な空気になって、真鈴が「ごめんね」ともう一度謝った。

 

「アタシ、杏ちゃんと球子が心配なの」

「なんで?」

「だって、杏ちゃんと球子、きっと戦わされるでしょ?」

「たぶん」

 

 現状、化け物を確実に勝てる手段や相手は二人の武器しかない。

 物資の調達ですら頼まれているのだから、有事の際の戦闘は確実に二人に任されることになるのだろう。

 

「そうなったら、杏ちゃんはきっと戦えないし、タマは突っ込んでいきそうで怖いの」

 

 真鈴の声は小さかった。きっと、向こうで歓談している二人には届いていないだろう。

 

「それって、仁も同じように思ってるんじゃない?」

 

 真鈴が俺の方を見た。

 その目はなんだかすごく不安そうで、俺は何となく真鈴の気持ちを察してしまったような気がした。

 

 怖くて、不安で、一人なのが嫌で。

 だから仲間が欲しいのだ。

 

「……そうだな」

 

 真鈴の言葉は正しかった。

 

 俺と真鈴は少しだけ立場が似ているのかもしれないと思った。

 杏とタマは間違いなく戦う力を持っている二人で、俺と真鈴はその近くに入られるけど戦える人間というわけではない。

 

 杏の隣で一緒に引き金を引けても、俺自身が引き金を引くことはできない。

 タマの隣で化け物が襲ってくる方向を見極めても、真鈴自身が化け物を倒すことができるわけではない。

 

 戦うときにそばにいることはできるだろうが、本当に戦うのは二人で、俺達はあくまでもそばにいて補助をすることしかできない。

 

「アタシ、二人を心配することしかできないし……」

 

 真鈴が自嘲気味に言った。

 

「あのさ、真鈴」

 

 思わず呼んでしまって、少しだけ黙る。

 何を言えばいいかよく分かっていないが、何かを言った方がいいことだけは分かる。

 

「真鈴は、“仁”って知ってるか?」

「仁?」

「仁義礼智信、って」

 

 五常、とかいうらしい。儒教の中に出てくるものだ。

 

「そもそも、五年生の授業に自分の名前の意味を調べるみたいな授業があったんだけどさ」

「あ、うん、アタシもあったよ」

「それで、仁って名前の意味を調べたんだ」

 

 仁というのは、思いやりの心を意味するらしい。

 自分のためではなく、誰かを思いやって行動すること。

 

「真鈴の心配は、利己的なものじゃないし、杏やタマのことを思いやってのことだ」

 

 だから、その心配はきっと、真鈴には仁があるっていう証拠なんだと思う。

 

 それに、そもそも真鈴には何もないわけではない。

 真鈴には化け物や杏やタマのような戦える人を見つける力がある。真鈴の持っている力は、相手を思いやる仁の力そのものではないだろうか。

 

「何を基準にして能力に目覚めているのかは分からないけど」

 

 杏が強くなりたいという気持ちで戦うものに選ばれ、真鈴はこんな時でも相手のことを心配してしまうような人だから見つける力に目覚めた。

 ただ、なんとなくそうだったらいいなと思った。

 

 そうだったら、真鈴の不安な気持ちは、きっとそう悪いものではないと言えそうだから。

 

「だから、真鈴は自信をもって心配すればいいと思う」

 

 真鈴はしばらく黙りこくってから、少し首を傾げた。

 

「それ、慰めてるの?」

「……いや、たぶん違う」

 

 何を言えばいいのか分からなくなって、思わず黙りこくった。

 

 

 

 夜になると、みんなブランケットを被って眠る。

 だが、本当の意味で眠れている人間はやはり少なかったと思う。いつまた化け物が襲ってくるか分からなくて、みんな本当の意味で眠れていなかった。

 

「…………」

 

 すぐ近くの杏とタマと真鈴が眠りについたのを確認してから、ゆっくりと立ち上がった。

 音をたてないように部屋を出て、誰もいない廊下を歩く。

 

「……ふぅ」

 

 夜はとても居心地が悪かった。

 誰かが寝返りを打って物音がすることで目を覚ます人がいて、その人がパニックを起こすと他の人が眠れなくなった。

 

 暗いのも、近くに何かがいるのも怖い。

 だけど、それ以上に孤独なことが怖かった。

 

 みんなが余裕のない状況で、互いに助け合って何とか生きている。

 でも、それだってもう限界に近いように思えた。

 

 これまでの日々をなんとか過ごせているのは、きっと杏やタマや真鈴の存在のおかげだった。あの化け物を倒せる存在がいるから、みんなまだこらえることができている。

 でも、その支えだって流石に限界が近いだろう。

 

 大人達の話では、明日にでもほかの避難所へ誰かが様子を見に行ってみようという話も出ているらしい。

 ……その様子を見に行くのはどうせタマや真鈴になるんだろう。仕方ないことだと分かるけど、二人ばかりを危ない目に合わせているなんて嫌だった。

 

「…………はぁ」

 

 ため息をついて座り込む。

 

 月の明かりがまぶしいなと感じて窓の外に目をやると、そこには右側が少しだけ欠けた月が輝いている。

 そういえば、避難生活が始まった日は満月くらいだったなと思い出した。

 

 しばらく廊下の端っこに座り込んで月を見ていると、教室の方から足音が聞こえてきた。

 

「じん?」

「タマ?」

 

 視線を向けると、そこには先ほど寝たはずだったタマが立っていた。

 

「どうしたんだ?」

「じんが遅いから様子を見に来た」

「ああ、それは心配かけてすまん」

 

 俺は謝りながら自分の隣を指さす。

 

「座るか? 月が綺麗だぞ」

「本当か?」

 

 タマが隣に座り、楯を置いた。

 

「眠くなかったのか?」

「まあ、なんとなくな。タマこそ寝なくていいのか?」

「タマが熟睡してる間にお化けが来たら、誰が戦うっていうんだよ」

「…………」

 

 今の言葉に嘘は混じっていないように感じた。いや、そもそもタマが嘘をつくのが得意なようには見えないので、きっと本心だったのだろう。

 

「怖く、ないか?」

「全然」

「……強がってないか?」

 

 タマだって、今まで戦った経験がある人というわけでもない。

 だというのに、あんな化け物と戦うことを怖いと思わないわけがなかった。

 

 絶対に強がりだと思った。

 

「本当になんともないぞ」

 

 だけど、タマは本当に何とも思っていないように首を振った。

 

「じんは確か、タマやあんずみたいに戦えるかもしれないんだっけ?」

「真鈴はそう言ってたな」

「じゃあ、じんは怖いのか?」

 

 タマに問われて答えに詰まった。

 

 化け物は異様で気持ち悪いと思う。でもきっと、戦えるかどうかなら戦えると思った。

 怖いという気持ちは確かにどこかにあって、でもそれは……

 

「俺が戦うっていうことなら、そんなに怖くはない」

「……あんずが戦うのが、怖いのか?」

 

 あまりにもタマがストレートに聞いてくるから、少しだけ笑みがこぼれた。

 

「そうだな、杏が戦うのが怖い」

 

 最初の夜。俺は杏の前に立って弩を構えられた。

 だから俺はきっと戦える。化け物を前にしても弩を向けることができるだろう。

 

 でも、俺に引き金は引けなかった。

 俺のための武器が見つかってないからなのか、杏と一緒じゃないといけないからなのかは分からないけど、少なくとも今の俺には武器がない。

 俺が戦うためには杏が一緒でなくてはならない。

 

「あんずはタマが守るっ! 絶対に守る! じんだって同じだろ?」

「……そうだな」

 

 タマが自信をもってそう言ってくれるから、杏は前を向けている。

 怖がって動けないままじゃなくて、杏なりに勇気を出そうと頑張れる。

 

 タマが杏のことを守ろうとしてくれるように、俺だって杏のことを守りたいと思っている。

 

「じゃあ、タマが前でお化けをぶった切って、じんがその後ろから撃つ! 最強のコンビネーションだな!」

 

 屈託のない笑顔でそういうものだから、思わず笑ってしまった。

 

 「本当はタマが前で戦うことだって怖い」と言うのは、きっと野暮なんだろう。

 

「じゃあ、約束な」

「約束?」

「一緒に杏を守ろうっていう、約束というか誓いというか」

 

 小指を出す。

 タマは「おうっ!」と頷いて俺と小指を絡ませた。

 

「「ゆーびきーりーげんまん、嘘ついたら針千本のーます!」」

 

 俺はせめて、タマの楯が化け物とぶつかる前に敵を撃ち抜けるようになりたい。

 タマが飛び出すのと同じくらい、俺も前に飛び出していこう。

 

「「ゆーびきったっ!」」

 

 何でもないように笑う。

 

 俺はタマの相棒になってみせようと決めた。




ゆゆゆ杯も残り3時間切りましたので、滑り込みで最後の投稿でもしておきます。

結果発表は明日だそうですね。
あまり集計云々は気にせず参加したのですが、誰がどんくらいなのかなーと楽しみに眺めてます。

匿名解除は明日も投稿するつもりなので、その時にでも同時にやろっかなと思ってますので、よろしくお願いします。どれがどの人か楽しみですね。
ちなみに僕は既に数か所から「分かりやすいよね」と言われて枕を濡らしました。
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