「ハンター」誕生の物語を描きます。モンスターハンターの世界の御伽噺を読む感覚でお楽しみくださいませ。
溌剌と木々を照らす太陽の光に、赤い鱗を翳した。揺らめく炎のような輝きを発するそれは、太陽と見まごうほどに美しい。屋根に寝そべってはそれを大空に重ね、舞う火竜を思い浮かべる毎日。行きたくても行けないから妄想すらはじめる、森の向こう側。
そんな焦ったい日々を、もしかしたらサディの本が変えてくれるかもしれない。あの未知の文字たちは、俺たちに新しい世界を見せようとしているのではないか。大いなる冒険が俺を待っているのではないか。昨日の夜はそんな気がしてなかなか寝付けなかった。
しかし目が覚めて冷静になると、ただ俺の呆れた妄想癖がひどくなっただけだと思い込んでしまう。急に昨日の自分が恥ずかしくなって、俺は宝物を懐にしまいこんだ。
「おはようアンタ。準備はできたかい。」
いつのまにかサディが隣にいた。もちろん今日はバッチリ気合を入れてきた。
「え?それだけで行くのかい。」
ナイフと松明、腰に巻いた採取ポーチだけの俺とは裏腹に、サディは背負う形の大きな鞄を持ってきていた。
「今日の探検はいつもより危ないだろう。もしものときのために、いろいろ準備したんだよ。」
サディは一度鞄を下ろし、中からいろいろ取り出して見せた。薬草や水、虫かごにキノコ図鑑などと、ぎっしり詰まっている。用意周到なのは確かにいいことなのだが。
「動きにくそうだな。それ。」
すると彼ははムッとした表情で俺を見た。
「もし怪我しちゃったらどうするんだい。」
「向こうでも拾えるだろ薬草くらい。」
「喉が乾いたら?」
「雨水でも飲めよ。」
「新しいキノコがあったら?」
「食えばいいだろ。」
サディは額に手を当ててため息をついた。そしてゴソゴソと荷物を再び鞄に詰め始めた。
「ようお前ら。準備万端ってとこだな。」
のしのしと足音を立ててやってきたのはフレントだ。俺とフレントは互いに拳を合わせて挨拶をした。マブダチ同士の特別な挨拶だ。彼は俺と同じように軽装だったが、腰に鞘に入った大きな手斧を提げていた。
「フレントさん。今日はよろしくお願いしますね。あれ、アーミカは。」
サディは鞄を背負い、キョロキョロと周囲を見渡して言った。確かに、アーミカの姿はどこにもない。兄妹だし、来るなら一緒に来ると思うのだが。
「あいつならまだ寝てるんじゃないか。」
フレントは腰に手を当て、呆れた様子で言った。珍しい。早起きはあいつの数少ない得意分野の一つじゃないか。
「下手に起こすとご機嫌斜めになっちゃうからな。置いてきた。」
フレントが言うと、それなら仕方ないかとサディは微笑んだ。ひとまず探検隊が欠員を除いて揃ったということで、早速俺たちは村の外れにある森を目指して門を出た。
静かに流れる川の流れに逆らい、上流を目指していく。所狭しと身を寄せる木々が陽光を遮り、晴れている昼間でも薄暗く、いつでも涼しい。点々と差し込む光が神秘的な光景を作り出していた。
このあたりは村民にかかせない生活用の森だ。キノコや野草、水が豊富にあるおかげで生活には無くてはならない存在である。
「畜生め。今日に限ってなかなか出てこないのか。」
森を見渡していたフレントはそう呟いた。
「連日夜は火を焚いてないからな。でも少し奥に行けば、すぐに会えるぜ。」
俺は薬草を摘みながらフレントに話した。ランゴスタは比較的明るいところに集まることが多い。日没が始まっても松明などの灯りをつけないでおくと、ランゴスタは太陽を追ってあらかた森の西の方へ消えていく。ここ数日はそうやって村内への侵入は凌いではきたものの、なにかと不便だし、昼間より僅かにマシになるといった程度であった。
それからしばらく川に沿って森の奥へ奥へと進んでいくと、ぽっかりと森にはまった池を見つけた。
「お前、ここによく来るのか。」
池の畔にしゃがみ、水をすくって飲んでいるとフレントが訊いてきた。
「あぁ、前に探検してるときに見つけたんだ。魚釣りには絶好のポイントだぞ。」
ここは既に村民が使う安全な森とはかけ離れた地。俺とサディとモンスターしか知らない世界だ。驚嘆するフレントに、サディもどこか自慢げに顔を綻ばせた。
しかしすぐにシャキッとした表情になり、どこかに目を凝らしている。
「どうしたサディ。」
声をかけたのも束の間、サディは突然駆け出した。俺とフレントは慌ててその跡を追った。
「見てください。」
慌ただしく手招きをする彼の足元には、大きな黄土色の物体が転がっていた。
「ランゴスタの死骸ですね。」
転がっていたのは大きなランゴスタの頭や脚、羽だった。体液も飛び散っている。それを頼りに周囲を見てみると、同じように食い散らかされたランゴスタの死骸がいくつもあった。
「胴体の部分だけ綺麗に無くなってやがる。」
「きっと、誰かに食べられたんです。」
しゃがんでランゴスタの死骸を観察していると、地面に大きな足跡が残っているのが見えた。ケルビやモスのものとは違う、人の足よりもずっと大きいものだ。
「あぁ、足跡も残ってるな。」
「なんだってんだ一体...。」
フレントは訳が分からなそうに頭を掻いた。次の瞬間、反対側の畔の茂みが大きく揺れ、ケルビが飛び出してきた。ケルビは池に足を滑らせそうになりながらも池の畔を走った。びっくりさせやがって。と口にする間もなく、続くように飛び出してきたのは、ケルビよりも二回りほどの体格を持った、青い竜だった。
「あれはっ」
サディは思わず声高になった。
「ランポス!」
ケルビを追ってきたのか、葉や枝を散らしながら飛び出してきたランポスはそのまま池に落ちた。静寂とした森にけたたましい水飛沫と、ランポスの声が響き渡った。
俺たちはすぐに近くの木の裏に身を隠した。ランゴスタを食い散らかしたのもきっとあいつだろう。この辺でランゴスタが増えたからそれを追ってきたのだろうか。
そっと様子を伺うと、池から這い出たランポスは再びケルビを狙って走り出していた。それを察知したケルビもすぐに逃走を始めるが、なんとケルビの前に立ちはだかるように二頭のランポスが駆けつけた。彼らはケルビを囲い込み、威嚇しながら追い詰めていく。逃げ場を失ったケルビはぐるぐるとその場を回り続けている。それから間もなくして一匹のランポスに飛びかかられ、首を食いちぎられて仕留められてしまった。他の二頭のランポスもそれに続き、ケルビに群がっていく。
彼らの足元に生える草花は、一瞬で真っ赤に染まっていった。肉を啄んだランポスは血で嘴を染め、空に向かって甲高い声で吠えた。
俺たちは唖然と、その光景を木の影から見ていた。
「す、すげぇな。これが森の奥か...。」
別の木からその様子を見ていたフレントはそう呟いた。ケルビは普段から見慣れている動物で、人にはあまり懐かないが可愛いと女子供から人気だ。無惨にも捕食されている光景をみると、なんとも嫌な気持ちになる。
「って、こんなうだうだしてる場合じゃねえな。おい、どうする。」
フレントはランポスに気づかれないように声量を抑えて訊いてきた。額には若干の汗が見える。
「ケルビに夢中だから、今のうちにここを離れるぞ。枝一本踏むな。」
サディとフレントは無言で頷いた。俺は足元に目を配りながら、サディとフレントを先に行かせた。離れようと寄り掛かっていた木から手を離し手を握ると、汗が滲んだ。
腰ほどの高さの段差を登ろうとしたとき、サディがやってしまった。苔の生えた岩に片足を乗せ、体重をかけた途端にずるりと滑ってしまったのだ。体を打った音は静かな森に、やけに大きく響いたように聞こえた。全身の血の気が引き、冷や汗がドッと溢れ、全員の動きが固まった。
恐る恐る後ろを振り返ると、どうやらこちらには気付いていないようである。よく考えればそこそこ距離があった上、まだケルビに夢中な様子であった。
「大丈夫だ。落ち着いて行け。」
俺たちはそのまま抜き足差し足で森を引き返そうとした。しかし今度は、すぐ近くでランゴスタのやかましい羽音が聞こえてきた。茂る低木の木々の向こうに、確かにランゴスタの影があった。決して一匹ではない。
「羽音に紛れれば、足音も消せるだろう。早く行こうぜ。」
焦り気味にフレントが言った。今にも走り出してしまいそうだった。
「彼らに気づかれたらランポスも一緒に引き付けてしまう。静かに行動しましょう。」
先程の一件でサディは岩に脛をぶつけているのを俺は見ていた。どちらにせよ走ってはいけないことは確かであった。
ランポスの甲高い声が、俺たちのいる方向に向かって響いてきた。もうケルビを食べ終えたのか、足音がだんだん近づいてきている。きっとランゴスタを襲うつもりなのだろう。俺たちはまた木の影へ身を隠した。
「サディ、足大丈夫か。」
「うん、この程度はなんともない。」
草や枝をじりじりと踏む足音、奴等の喉の音まで俺には聞こえた。どうやらランゴスタを追ってかなりの距離まで接近してきているようだ。小声でやりとりを済ませた俺たちはすぐに息を殺し、ランポスが去るのを待った。一瞬の油断も許されず、胸は動悸ではち切れそうだ。
裏で激しく木が揺れ、地面が太鼓のように鳴った。飛びかかったのだろうか。木の影にいた俺たちの目前に、ランゴスタが飛び回ってくる。来るんじゃねぇ!そう心の中で叫びながら、身を屈めるように二人に促した。サディは両手を口で押さえて縮こまっている。
なにをトチ狂ったのかランゴスタはまるで挑発するかのように、俺たちの真上をチラチラと飛び回っていた。このままでは、俺たちがランゴスタの囮になってしまう。しかし、俺たちはその場で蹲り、ランポスが立ち去るのを祈ることだけしかできなかった。しかし、自然とは時に無慈悲になものである。足音がしたかと思えば、サディが蹲る背後に、一匹のランポスがぎょろりとその姿を現した。サディを横目に捉えると、黄色の嘴から鋭い牙を覗かせた。
「この野郎っ!!」
俺がサディの腕を引こうとした時、フレントの怒号が森に木霊した。
目が覚めた。家には、どうやら誰もいないらしかった。ぼんやりとした頭を持ち上げ、ベッドから降りたときに昨日のことをハッと思い出した。もぞもぞと服をきて窓から空を見ると、既に太陽は空のテッペンに登ろうとしていた。陽の光に目を刺され、私はすぐに部屋に引っ込んだ。
しかし指で窓を少しだけ押して、わずかなその隙間から村の門を覗き見てみた。案の定、誰もいなかった。窓を閉めると、普段と変わらない気持ちのつもりで、黒いローブを羽織って家を出た。顔を洗おうと裏にある池に行くと、ピンクのスカーフを巻いた一匹のモスが水を飲んでいた。
「ラブちゃんおはよう。もう昼だけど。」
そう話しかけると、ラブちゃんは私の足元に寄ってきた。もっさりと苔が生えた背中を撫で、ひくひく動く大きな鼻にキスをした。
顔と口を洗い、まだ若干寝ぼけている頭を叩いた私は、自宅を後にした。
「いらっしゃいませー!あら、アーミカちゃん?」
今日のイアの食堂はお客さんがいた。キッチンの前のカウンターでどんぶりを勢いよく掻き込んでいたおじさんが、横に一つズレてくれた。私はその隣に座り、モス○ーガーを注文した。
「はいはいー!って、今日じゃなかったかしら。」
「あ?」
「おじいちゃんから聞いたのよ。アンタとサディとお兄さんとアーミカちゃんが森を調査しに行くって。」
「なんであたしまで。」
なんであそこにいただけで行くことになっているのだ。あんな危ない森に危ない奴らと行くわけないだろう。私は皮肉な笑い方をして言った。
「あいつらと一緒にすんなし。」
それを聞いたイアはクスッと笑った。
「でもちゃんといつもサディの話とか聞いてくれるじゃない。」
あいつらは本当にバカ。アンタと兄ちゃんは見た感じで分かるが、知的そうに見えるサディも普通にバカ。いや、バカになってしまったと言った方が正しい。
アンタのせいだ。あいつは私とサディが小さいころからずっとモンスターを追っていた。今とやっていることはほとんど変わらず、探検とか言って森へ飛び込んでいくだけ。泥だらけになって帰ってくることもしばしば、怪我をしてくることもまた相応にあった。
森の奥に行こうとかいうバカには当然誰も関わろうとしなかった。でも、サディは違った。彼は戻ってきたアンタを心配して話しかけたり、おにぎりを持っていったりしていた。しだいに仲良くなっていくと、サディは差し入れを持っていくついでにアンタの話を楽しみにするようになった。差し入れのクオリティは謎に上がっていき、アンタのために料理の腕をメキメキとあげた。そんでしまいには一緒に森に行くとか言い出す始末だ。もうバカとしか言いようがない。
「...早く作れよ。」
「はいはいかしこまりました。」
イアはそう言ってまた少し意地悪げな笑みを浮かべた。こういうからかいほどイライラするものはない。ランゴスタの羽音の方がずっとマシだと思うぐらい。っていうか元はと言えば、全部あいつのせいだ。私が寝過ぎたり、イアにからかわれてるのも、全部あいつのせいなんだから...。
私はムシャクシャして握ったコップに力を込めた。
そのまま森で食べられちゃえばいいのに。そう思った矢先だった。
「大変だー!大変だー!」
いきなり男の大声と共に村の鐘がやかましく鳴り響いた。私を含め、食堂にいた全員が声のした方向へ注目すると、木こりの男が汗だくになり、息を切らしながら門の内側へ転がり込んできていた。数人の村人が彼に駆け寄ったが、木こりの男はそれをよそ目にこう叫んだ。
「あいつらがきた。ランポスだ!」
ランポス。確か森にいるっていう青い竜だっただろうか。サディやアンタから、森で遭遇したら気をつけろって口酸っぱく言われていたような気がする。
「イア、逃げよう。」
イアは頷くとすぐにキッチンのものをガサガサとしまい込み始めた。私もそれを手伝い。あらかた終わると、一直線に彼女の自宅へ向かった。村の雰囲気は物々しくなり、住民たちは慌ただしく行き交っていた。
イアの自宅まで来ると、ちょうど村長がスパンと扉を開けて出てきた。背後には村長の奥さんが肩を弱々しく掴んでいた。
「なにをしておる。早く家に入るんじゃ。」
私の肩ぐらいの身長の村長は、農作業用のクワを背負っていた。
「ちょっとおじいちゃん、どこいくつもり!」
イアは強引に行こうとする村長を引き止めて言った。
「これでも村の長。わしが参らんでどうするというのじゃ!なぁにこれでも若い時はランポスどもをばっさばっさと...。」
「今は無理でしょう!大人しくするのよ!」
イアに片手で持ち上げられた村長は、そのまま鞄に押し込まれるように家の中に放り込まれてしまった。
「アーミカちゃんも、お入りなさいな。」
彼女は私にそう促した。自分から逃げようと言い出したものの、私は大事なことを忘れてしまっていた。ラブちゃんを庭に置いたままだったのだ。家の中に避難させておかないと、きっとランポスに食べられてしまう。
「すぐ来るから。」
そう言って私は自宅の方向へ駆け出した。女性や子供が家に避難していく中、知らせを聞きつけた男たちが松明や槍などの護身用具を持ちよって集まっていた。
私はその男たちを見て、サディや兄ちゃん、アンタのことが頭に浮かんだ。こんな肝心なときに森なんかに出掛けやがって。お前らの大好きなモンスターがすぐそこまで来てるのになにやってるんだよ。私は焦燥感の入り混じった怒りを煮え立たせた。しかし、まさかすでに森で食われてしまったんじゃないか、どうしてもその考えも頭を過ってしまっていた。行き場のない不安と焦りが胸の中を揉みくちゃにしていく。
早く帰ってきて。そう叫びたくなった。
私は自宅の前まで来ると、すぐに裏手に回った。しかしそこに、ラブちゃんの姿はなかった。
「嘘でしょ...。」
放飼も同然の状態ではあったものの、庭から出ることは滅多にない。サディたちが採取してくるキノコを待って一日中池の周りをうろついているだけで、彼からも世界一行動範囲が狭いモスと太鼓判まで押されているほどだ。
最悪の結末が脳裏に浮かぶ。胸の鼓動が激しくなった。動揺で冷や汗まで噴き出てきて、私は焦りのままなにも考えずに走り出した。
「ラブちゃん!どこにいるの!」