ハンターの誕生の物語です。初めましての方は第一話「目覚め」からぜひご覧になってみてください。
第四話「猪突猛進」
結局、昨日の捜索ではラブちゃんは見つからなかった。しかし、とりあえずはアーミカが無事だったことに安堵している。もしあの時、サディがもっとはやく見つけてくれなかったら、と考えるだけで恐ろしい。
今更そんなことを考えたってしょうがないことはわかっている。しかし、俺は不安で仕方がない。
「ん....。」
居間で雑魚寝になっていたアーミカがむくりと目を覚ました。昨日の疲れからか、飯を食ったあとにそのままバッタリと寝てしまっていたのだった。
「おはよう。」
「...はよ。」
くっきりと目元に涙痕を作っていたアーミカは、すぐによろよろと家を出て顔を洗いに行ってしまった。俺はとりあえず朝食を準備するために腰を上げた。
窓を開けると、早朝の新鮮な冷たい空気と朝日が颯爽と舞い込んできた。濁りきっていた空気が洗われていくのが感覚的にわかった。
昨夜の時点で言っておこうと思っていたことは、結局朝食の時にも言い出すことができないままでいた。しかしこのタイミングを逃すことはできないと思っていた俺は、ジュースを飲みながらそっと口を開いた。
「なぁ、アーミカ。」
猫背になって少し俯いていた彼女は、視線だけをこちらに向けた。
「ラブちゃんの捜索、行くのか。」
「行くけど。」
「そうか。」
しばらく無言の間を作ってしまった。余計な導入を入れようとして見事に失敗していたのだ。だめだ。俺だったらもっとストレートに言わねば。
「.....疲れてないか?」
「ちゃんと寝たもん。」
「そう、だよなぁ..。」
まただ。さっきと同じじゃないか。俺は少し苛立ちさえ覚えた。濁してはいけないことはわかっている。俺は残ったジュースを飲み干して息を整え、きっぱりと言った。
「なぁ、アーミカ。捜索は、兄ちゃんたちに任せてみないか。」
アーミカは予想通り一気に怪訝な表情へと変わっていった。いきなりブチ切れるもんかと覚悟していたものの、意外とその感情は穏やかに見えた。
「別に好きにすれば?」
「え?」
俺は困惑した。俺はもちろん捜索にいくつもりだ。アーミカの言葉の意味が読み取れずにいた俺は、また聞き返した。
「誰が兄ちゃん達と行くっていったのさ。」
それに対してアーミカが言い放ったのはまさかの一言だった。昨日のあの一件を、一晩寝て忘れてしまったというのだろうか。
「ちょっと待て、一人で行くなんて言わないよな。」
俺は思わず音を立ててカップを置いた。
「私さ。馬鹿じゃないから兄ちゃんの言いたいことぐらいわかるんだわ。足手まといだから留守番してろってんでしょ?はっきり言えよ。」
アーミカは顔を歪ませていた。彼女はいつになく怒っていた。俺は想定していた反応よりもずっと悪いものであるとすぐに察知した。
「誤解だ。そんなつもりじゃない。」
「そんなつもりだろ。昨日のあたしを見たら一目瞭然でしょう。」
俺は思わず言葉に詰まってしまった。こんな時、サディやアンタがいればと思った。
「違う。俺はお前が心配なんだ。」
「はぁ?最初は疲れてないかとか言って今だって言葉に詰まってたくせになんだよ今更。」
「落ち着いてくれ。」
「落ち着けるもんか!ラブちゃんは今頃お腹を空かせてるんだよ!!」
はじめてアーミカが俺に向かって怒鳴った。俺はまた、なにも言い返せないままアーミカの鋭い眼差しに刺されていた。彼女は息を震わせ、自分の部屋へと潜ってしまった。
俺は思わず深いため息をついた。いつからだろう。妹とこんなにそりが合わなくなったのは。しかし今のアーミカはいつになくおかしい。俺はそれをさらに狂わせてしまった気がしてならなかった。
「おいっちにー!おいっちにー!」
朝一番のお日様をたっぷり浴びながら、俺と村長はイアの食堂の前に集い、体操していた。
「はい、次は天高く翼を広げる火竜のポーズ!はい!」
村長がランポスをバッサバッサしていた若い頃から続けているらしいこの体操。俺もバッチリ習得済みだ。この体操をしている間は村なぜか中の笑い者だが、みんなはこの体操の効力を知らない。憐みの目を向けてやりたいのはこっちの方である。
「最後にランポスの気高き遠吠えのように溌剌とした笑顔でー!」
「ギャッハッハーイ!」
最後におもいきり笑うこの顔の体操が、水で顔を洗うよりもずっと引き締まる。そしてテンションも上がるので一番好きな項目だ。
「はいはい、うるさいからどっかいきなさい。」
耳を塞いでいたイアが呆れた様子で店の準備をしながら言った。
「なんだよお前だってできるくせによ。」
「できてたまるかそんなもん!」
「わかったからはやく飯作ってくれよ。」
俺はお駄賃をイアに手渡して席にどっかりと座った。ぶつぶつと文句を言いながらパンを焼きはじめたイアをよそ目に、門に向かう一人の少女が目に止まった。
「ようアーミカ。」
彼女はいつも通り不機嫌そうな顔で背中を丸めて歩いていた。メラルーが物色でもするかのような目つきでこちらを見ると、三回くらい瞬いて目を逸らした。いかにも会いたくないやつに会ってしまった、というような反応である。
イアの挨拶すらも返さずに、彼女はまた歩きだした。
「どこいくんだ。」
シカトして過ぎ去っていく彼女の背中に話しかけた。すると立ち止まったアーミカは「ラブちゃんを探すのに決まってるでしょ。」と言った。
「そうか。頑張れよ。」
しばらく間を置いた俺はそう言った。それを聞いたアーミカは、また門に向かって歩きだした。
「ちょっと、なに言ってるのよ。アーミカちゃん!一人は危ないわよ。みんなと行きなさいな。」
俺のパンを焼いていたイアが慌ててキッチンを出ようとした。
「いいからいいから、ほっとけって。」
俺は一足先に門を出ていくアーミカを見て言った。イアは遠くには行くなと大声で忠告だけして戻ってきた。
「さっさとご飯済ませて、追いかけて頂戴。」
「俺らが行く頃には見つかってるかもな。」
そう言うとイアはカウンター越しに俺の頭を叩いた、いや殴った。モス一匹の捜索になにをそんなに焦っているのかまったく理解ができない俺は、渋々謝ってパンを貪った。
こうしてイアに尻を叩かれるようにして、サディとフレントと俺の三人はモスのラブちゃんを探しに森へと繰り出した。森は昨日までの騒然とした雰囲気は微塵も感じられず、長閑な空気に満ちていた。
きっと静かになるまでどこかに隠れていただけだろうし、そうなればもう出てきている頃だ。正直サクッと見つかるもんかと高を括っていたが、実際は簡単に見つかるものではなかった。
まず、ラブちゃん以外のモスがほとんどいないのである。ケルビなどの草食モンスターはいるが、モスの数が明らかに少なかった。
その理由と思しきものは思い悩むこともなく、サディの提案で行った少し奥にあるキノコの群生地で見つかった。
「なんだこれ...。」
キノコの群生地は、これでもかというほどにグチャグチャに荒らされていたのだ。鮮やかに彩られていた地面は茶色の絵具をこぼしたように乱雑に掘り返され、キノコは無惨に散らかっていた。
「またランポスか。」
「いや、これを見て。」
サディが指で示したのは、なにかの足跡だった。丸くて太く、大きい。縦長で、鋭い爪の跡がつくランポスとは全く違うものだった。
「モスにしては大きすぎるでしょう。きっと、ブルファンゴの物です。」
ブルファンゴ。大きく反った牙が特徴の草食モンスターだ。かなり凶暴な性格で、外敵を見るなり全力で突進をかましてくる危ないモンスターとして知られている。
「とりあえず、アーミカを探しませんか。」
ゆっくりと立ち上がったサディが言った。まだまだ疲れが抜けきっていない目をしている。休んでもいいと言ったのだが、アーミカのためだと言って聞かなかった。
「あぁ、そうしよう。」
もし昨日と同じ形でブルファンゴと出会していたら大変だ。あれはパチンコなんかで追い払えるようなもんじゃない。
「ラブちゃーん?出ておいでー!」
勢いのまま一人で森に飛び込んでしまったが、思いの外居心地の良い場所である。村と比べるとちょっと臭いけど、可愛いモンスターや虫がたくさんいるし、いい匂いの木の実は採れるし、退屈しのぎには丁度いい。
それに私は、ラブちゃんを発見するための大きな手がかりを早くも握っていた。うんちである。こんな丸々とした可愛らしいものはどう考えたってラブちゃんので間違いない。匂いも当然チェック済み。最も愛している飼い主の私のお墨付きだ。
「いつまで隠れんぼしてるのー?」
すっかり不安が消し飛び、調子に乗っていた私は、またいつものように兄ちゃんたちのことを心の中で蔑み始めた。
だいたい、ラブちゃんのことを知り尽くした私と同行しないということ自体が間違いなのだ。いつもと変わらずに森をフラついているバカ三人を妄想してしまった私は、箒で払うように鼻で笑った。
「もう、いい加減出てきてよー。」
そう言って地面にあった石を蹴り上げた。石は綺麗に放物線を描きながら飛んで行き、私の前にあった大きな茶色い物体に当たった。
何気なく石が綺麗に蹴れたことにすこし快感を覚えていると、茶色い物体は突然むくりと動きだした。その大きな茶色い物体は、お尻を私に向けていた。正体は巨大なブルファンゴだったのだ。
彼は私を見るなり荒い鼻息を立て、口からはみ出た左右非対称の白い牙を振り乱しながら睨みつけてきた。突然すぎる出来事に状況が飲み込めなかった私は、ブルファンゴとバッチリ目を合わせたまま動くことができなかった。
ブルファンゴは唸り、地面を二、三回蹴ると全力で私に突っ込んできた。私は転がりながら横に逃げると、ブルファンゴが真横を猛スピードで通り過ぎた。その後を草木や髪が激しく靡くほどの突風が突き抜けていく。
巻き上がった土煙に咳き込みながら立ち上がった私は、振り返り再度突進を試みるブルファンゴを見もせずに走りだした。
「なんなのもう!」
スリングショットで反撃など想像もしなかった私は、無我夢中で方向感覚もないまま走った。唸り声とふとましい足音が後ろから迫ってきた。私は背後を振り返り、また横に逃げた。土煙が巻き起こり、草木が揺れる。
倒木が入り組んだ隙間を通り抜けたが、あの巨大なブルファンゴは牙で倒木を跳ね飛ばし、私を執拗に追いかけた。
吹き飛ばされた木片は私の目の前に降り注ぎ、行手を阻んでしまった。追い詰められ、一瞬で頭が真っ白になった。振り返ると、そこにはまだまだ疲れる様子のない、地面を蹴りたてるブルファンゴの姿があった。
(殺される...!!)
その時、どこからともなく”あの時“に似た奇声が響いてきた。しかしそれはあの時に聞いたものよりも声量が大きく、よりおぞましいものであった。
考えたのも束の間、私の頭上を大きな黒い影が通り過ぎた。土埃を巻き上げながら着地し、巨大なブルファンゴの前に立ちはだかったのは、彼と同等の体格を持った巨大なランポスだったのである。
「へ...?」
その巨大なランポスはブルファンゴを捲し立てるように威嚇をすると、空に向かって吠えた。全く意味がわからないが、どちらも敵意を向け合っているようだ。私はこの混乱に乗じて木片を乗り越え、我を忘れて全力疾走した。
これでもかというくらいに走り、力尽きて座り込んだ頃には意識が朦朧とするまでになっていた。
「死ぬかと思った...。」
ひとまずブルファンゴを撒くことができたが、私の心の中にはみるみる内に不安が募っていた。あんなバケモノ二匹がいる森で、ラブちゃんが生きているのかということだ。
「なんで...。ランポスは昨日追い払ったんじゃないの...?」
私は呟きながらよろよろと立ち上がって、歩き出そうとした。しかし、ラブちゃんの手がかりがあった場所からはかなり離れてしまっていることに気付いた。場所なんて覚えてないし、ここがどこかもわからない。
呆然と立ち尽くしていると、可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。声の主を探すと、なんとそこには見覚えのあるピンク色のスカーフを巻いたモス、ラブちゃんがいたのだ。
しかし声の主は、彼女ではなかった。背中に跨っている一匹のメラルーのものだったのである。歌でも歌っているのだろうか。ラブちゃんに跨ったメラルーの後ろには、ピックアックスを持ったメラルーが二匹付き添っていた。
「ラブちゃん!やっと見つけた!」
私は泣きながらすぐにラブちゃんの元へと駆け出した。それを見た付き添いのメラルーは、ピックアックスを構えて私の前にトコトコと現れた。完全に不審者を見る目つきだった。
「な、なにさ。」
「ニャー。」
「え?」
「ニャー。」
全くわからない。たちまち涙腺が萎えてしまった私は、頭を抱えた。するとラブちゃんに跨っていた一匹のアイルーが付き添いに向かって話かけた。付き添いのメラルーたちは後ろに戻っていった。
「ボクタチニ、ナニカ、ヨウ?」
突然ぎこちないカタコトでメラルーは話し始めた。どうやら人間の言葉が理解できるようである。私は驚きつつもしゃがみ、メラルーと目線を合わせると経緯を説明した。
「そのモス、私の家族なんだ。迷子になってたみたいでね。探してたの。だから、かえして。」
実際ラブちゃんも私の足元まできて、スリスリしてくれている。私はラブちゃんを撫でると、可愛らしい声を出して鳴いた。
「カゾク、ソウナノカ?」
アイルーはラブちゃんに向かって話しかけた。数秒の沈黙の後、メラルーは相槌を打ったり、「ニャハハ」と気味悪く笑ったりした。しばらくその光景を眺めていると、人間の言葉を話すメラルーはラブちゃんから降りた。
「ソウカソウカ、オマエ、モスダッタノカ。」
「は?え?私がモス?」
私の反応にメラルーは首を傾げた。
「ラブ、ソウイッテタゾ?オマエ、アーミカ。モスノ、オネエチャン。」
「なっ...。」
私は感動とショックで凍りついた。いろいろな解釈が私の脳内で飛び交っていた。その間に人間の言葉を喋るメラルーは付き添いのメラルーに事情を説明してくれたようで、ラブちゃんは無事に私の元へと戻ってきた。
「ラブ、オイシイキノコノバショ、シッテタ。ダケド、キノコ、ナイ。キット、ドスファンゴノ、シワザ。」
「ドスファンゴ?」
聴き慣れないながらも、嫌な予感を含んだ言葉が私の耳に届いた。ブルファンゴの仲間だろうか。
「ドスファンゴ、ブルファンゴノ、オヤブン。シロイ、ケト、キバ、アル。スゴク、オオキイ、ソシテ、ツヨイ。」
完全に私が出会ったブルファンゴと一致していた。巨大な体格に、背中のコブを覆う白い毛、左右非対称の大きな牙。あれはブルファンゴの群れを率いるボス、ドスファンゴだったのだ。
「あたし、そいつ見たよ。ついでに、巨大なランポスも見つけたんだ。」
巨大なランポスという言葉に、メラルーは目を見開いた。
「ソレ、ドスランポス。ランポス、ノ、オヤブン。オオキクテ、ツヨイ。アタマモ、イイ、インテリ。ボクタチノ、シュクテキ。」
やはりそうだったか。私はどうやら、それぞれの群れのボスを引き合わせてしまったようだ。メラルーによればここ数日、ランゴスタを追って森までやってきたランポスの群れと、どこからともなく現れたファンゴの群れが睨み合っている状態だったという。
今に二つの群れが激突してしまうだろう。そう言ってメラルーたちは怯えていた。森は大混乱になると。心配そうに私を見上げるラブちゃんを優しく撫で、サディや兄ちゃんのことを思い浮かべた。
「大丈夫。ラブちゃんはなにも心配しなくていいからね。私が守るから。」
どこか遠くで、おびただしい獣の方向が響き渡った。森は昨日以上に不穏な空気に溢れかえっている。乱れた髪を耳にかけ、私はスリングショットを取り出した。