ランポスに加え、ブルファンゴも現れてしまった村の森。なんとかラブちゃんを見つけ出したアーミカですが、無事に村へと帰ることができるのか。アーミカを探しに森へ繰り出したアンタ達は、そこでなにを見たのか。
ごゆっくりご覧ください。
森の奥から怪しげなざわめきが聞こえてきたのは、俺たちがアーミカを探し始めてしばらくたった頃、秘密の釣り場にいた時だった。ランポスのものと思しき声だが、普通のランポスよりももっと低く、太く、狂気を感じる。
それに加えてブルファンゴもいるとなれば、すぐに手を打たないと大変なことになる。俺たちの力だけじゃ解決できないかもしれない恐れがあるからだ。本当はすぐにでも村に戻りたいところだった。
しかしとりあえずはアーミカを探すために、声が聞こえた方角へ、森の奥へと進んでいくしかない。サディはその間、ずっとぶつぶつと独り言を呟き、メモと地面とを交互に見ながら歩いていた。
「なにかわかったのか。」
急に話しかけられたサディは弾かれたように頭を上げた。
「いや、独り言さ。今は関係のない話題だ。」
彼はそう言って少し歩調を早めた。俺はサディの気づきや閃きに賭けているところがある。だから肝心な時の彼の独り言は嫌いだった。俺はいつになく好奇心を抑えて、違和感のある森を歩いた。
そしてずっとずっと奥に行った頃、俺たちは異様な光景を目にすることになった。
「おいおい...。」
思わずフレントはため息混じりに呟いた。なんと俺たちの前には、なぎ倒され、吹き飛ばされたと思われる木が所狭しと散らばっているのであった。俺も息を飲むしかなかった。
こんなことをやってのけるのは間違いなくブルファンゴのようなモンスターに違いない。しかし問題はなぜこのような事態になったのか、ということである。
「まさかアーミカが襲われたんじゃないだろうな..。」
フレントはすぐに不安を露わにした。不意に同じことを考えていた俺はどう反応しようか迷っていると、既に地面を虱潰しに調べていたサディは否定の一言から雄弁を始めた。
「これを見てください。この足跡。」
そこにあったのは、俺の掌の何倍もある二種類の足跡だった。一つはキノコの群生地で見かけたような巨大な丸みを帯びた足跡。もう一つは巨大な鉤爪の痕跡があった。
「二種類のモンスターが争った後の可能性が高いです。アーミカとの関連性は低いでしょう。」
それを聞いたフレントは、不安の色を消せない表情で唇を舐めながら頷いた。
「気にすんな。アーミカはきっと無事さ。」
俺はフレントの背中を優しく叩いて言った。
「あぁ、悪いな。俺がもっと強く止めていれば...。」
「言ってもどのみち聞かなかっただろうさ。振り返る必要なんてない。早く進もうぜ、相棒。」
そう言って歩き出した時だった。先程と同じ、恐ろしい奇声が森を裂いて俺たちに届いた。それに加え、木々の揺れる音、地響きにも似た轟音が森を揺らしていた。
それらがすぐ近くにいるということはすぐにわかった。鬱蒼としげる木や草の向こうに、大きなシルエットが蠢いていたからだ。
「あれだ!」
サディが思わず声を上げた。のめり込むように目を凝らしている。
俺も正体を見破ろうと凝視した、その瞬間、その影の一つがいきなり葉を蹴散らしながらこちらに吹き飛ばされてきた。
「危ないっ。」
俺はサディを引っ張って転がった。風圧を感じた直後、背後で鈍い音が響く。すぐに起き上がって確認すると、そこには巨大な体格と、頭に真っ赤な鶏冠を持った青き竜の姿があった。
「ドスランポス...!」
ドスランポスはすぐに体勢を立て直すと、俺たちには目も暮れずに威嚇を始めた。
「おい!早くそこから離れるんだ!」
反対側に逃げ込んでいたフレントが叫んだ。何かと思い正面を見ると、木々をなぎ倒しながら大猪“ドスファンゴ”が姿を現したのだ。
再び俺はサディの腕を引っ張り、走って逃げだした。フレントが手招きする方向へと急いだ。
吹き飛ばされた木々はドスランポスを掠めるようにさらに遠くへと飛んでいく。ドスファンゴは唸り、周辺の草が薙ぐほどの荒い息とともに牙を振り乱して突進した。ドスランポスは身軽な動きでそれを避けると、遠吠えを上げながらそれを追っていった。
「誰かが知らせに行かないと。」
サディが俺を見て言った。
「一人では危ない。」
「村にはもっと多くの命があるんだ。やっぱり僕がいく。」
そう言ってサディは倒れこむようにして走りだした。俺は止めなかったが、フレントに同行を頼んだ。すると彼は渋い顔をして決断しかねている様子を見せた。
「アーミカは俺に任せろ。あいつとは少し二人で話がしたい。それに、お前も疲れてる。」
俺は思い切ってそう言った。
「疲れてんのはお互い様だろう。」
「フレント、これが最善の方法だと俺は信じてる。だからここは、俺に賭けてくれ。」
そう言うとフレントは軽く頷きながら俺の肩を叩き、そのままなにも言わずにサディの後を追っていった。それを見送った俺は、再びアーミカを探しに奥へと踏み出した。
一人になって動きやすくなったはいいが、アーミカの手がかりはなかった。己の直感を頼りに、川の周辺を探して回るしかなかった。時折声を上げてみたりしたが、なかなか彼女の返事は返ってこなかった。全く当てにならない嗅覚にも頼ってみた。しかし俺はアーミカの匂いは同じ年頃の女の子とすれ違った時のような、あのフワッと残る甘い感覚が全くない匂いだということをすぐに思い出した。しかしどことなく、芳しい匂いが俺の鼻をくすぐっていた。
「間違いない、この辺りだな。」
俺はそう呟いて匂いの発生源を探ると、三匹のメラルーと出会った。彼らはこの辺りで採れる美味しいキノコを持っていた。
「メラルー?なんでこんなところに。」
キノコを抱えていたメラルーは俺を見ると、ぎこちない人間の言葉で喋り出した。
「コンドハ、リュウジンカ。」
メラルーはそう言った。
「俺以外にも誰かいたのか?」
しゃがんでメラルーの小さい肩を掴んで言った。
「サッキ、ニンゲント、モス二、アッタ。タシカ、アーミカト、ラブ。ドスランポスカラ、ニゲテキタ。」
メラルーの言葉に俺は無事を確信し、緊張がみるみるほぐれていった。俺はすぐにどこにいるかを尋ね、場所を聞き出すと礼も疎かに走り出した。
情報を頼りに獣道を掻き分けて進んでいくと、アーミカと思しき人影を見つけることができた。彼女は一匹のモスを引き連れて、森をゆっくりと歩いていた。木々の間から差し込む柔らかい陽光が彼女の背中を照らし、吹き抜ける風が癖毛を揺らしていた。
「おい!アーミカ!」
駆け寄りながら大声で呼びつけると、アーミカはすぐに振り返ってこちらを見た。
「探したぜ。ラブちゃん見つけられたんだな。やっぱり、流石は飼い主ってとこだ。」
そう言うとアーミカは少し口角を上げ、目尻を細くした。
「まぁね。一番ラブちゃんを熟知しているから、そんなに手間取らなかったよ。」
俺は苦笑を堪えて向き直ると、横に並んで歩きだした。
「けどな。」
そう言うと、少し得意げだったアーミカの表情は一気に冷え込んだ。彼女にはきっと、窒息しそうなほどの沈黙がこの一瞬で積み重なっているだろう。
「昨日からの行動は褒められたもんじゃない。」
「....勝手に、ついて来たんじゃん。」
アーミカはいつもより刺のない言い方で、いつものように口答えをしてきた。
「確かに勝手だな。けど、どうして勝手についていったと思う?」
「.....別に知らないけど。」
アーミカは地面を見ながら呟くように言った。俺は聞き出すことはせず、微笑を交えながらすぐに答えを言った。
「そうか?なら、教えてやるよ。答えはな、アーミカとラブちゃんが心配だったからだ。」
「....。」
俺はチラッとアーミカを表情を伺った。彼女は顔色を悟られないようにと俯いていたが、幼い頬が赤く染まっているのはバレバレだった。
「フレントも、サディもイアも、お前らのために心配して、悩んだり揉めたりしたぜ。俺だってな。それで、ここまで来たのさ。」
「ラブちゃんは悪くない。ランポスさえ来なければこんなことには...。」
俯いたままの彼女は、少しだけ声を震わせながら言った。
「別に誰が悪いなんて言ってない。ラブちゃんだって自分の身を守るために逃げたんだ。そしてお前も、ラブちゃんを助けるために行動した。俺たちはそれを手助けするために行動した。結果、アーミカもラブちゃんも俺たちも無事だった。俺たちはこうだ。でもな。」
俺はそこで一息ついてこう続けた。
「ランポスはどうだろうな?」
「え?」
優しい風が俺たちを通り過ぎて、森の奥へと駆け抜けていく。俺はそれと同時に回れ右をして後ろ歩きになった。
「出来事ってのはな。かならず因果の関係で結びついてるもんだ。ランポスとファンゴがこんなとこまで来た理由も、きっとあるんじゃねぇかな。」
俺はアーミカの目を見てそう言った。
「自然が与える試練を絶対悪にしておくなんてもったいない。今の俺たちは、それを知る必要があるんだ。だから俺は、森へ行くのさ。」
俺はくるっと勢いをつけて進行方向を向いた。最初はアーミカに説教をしていたつもりだったのだが、話が逸れてしまった。まぁ、こういう話の逸れ方は、いつものことだ。普段はこんな話などふてくされた暗い目で聞くはずのアーミカが、不思議と目に光を宿しているような気がした。
「って、こんなにのんびり話してる場合じゃねぇな。」
いくらサディとフレントを早く帰らせたとはいえ、一刻を争う事態だ。
「サディと兄ちゃんは?」
「一緒に来てたんだが、ドスランポスとドスファンゴを見かけてな。二人には一足先に村に戻って報告をしてもらってる。俺たちも早く行こう。」
森に再び大きな奇声が響き渡った。それも、群れで飛ぶ小鳥のように何重にも重なって、悪魔の声のようなおぞましい旋律のようだった。
ラブちゃんが怯えた様子を見せた。アーミカはすぐに寄り添って宥め始めた。俺も身構えながら近道を模索していると、俺が来た方向からさっきのメラルーが鳴きながら走ってきていた。
「どしたどした。」
「ドスランポスノ、コブンガ、タクサン。ドスファンゴノ、コブンモ、タクサン。ボクタチ、カエレナイ。」
転がり込むようにして俺の足元に縋り付いてきた。俺はすぐに詳しく話すように言った。どうやら、ドスランポスの群れとドスファンゴの群れが集結し始めているようだ。メラルーの帰路も、きっとあいつらに邪魔されて通れないのだろう。
俺たちはラブちゃんになんとか急いでもらいながら、村へと辿り着いた。その間も、森のざわめきはより一層激しさを増し、ケルビなどの草食モンスターが慌ただしく走り回っていた。
アーミカとメラルーたちと別れた俺は、すぐに村長の元へと向かった。ノックもせずに扉を開けると、すでにフレントとサディがいた。
「アンタ!アーミカは、ラブちゃんは見つかったのか。」
フレントは目をカッピラいて真っ先に訪ねてきた。
「あぁ、二人とも無事だ。今は家にいるよ。それに、ちゃんと話しておいた。」
フレントは安堵の息を漏らし、俺に向き直ると礼を言って頭を下げた。
「水臭いな。気にすんなっつったろ。」
俺はフレントの肩を叩き、その横にどっかりと腰を下ろした。すぐに本題についての議論は始まった。どうやら、村民を少し離れた別の村に一時的に避難させようという話が持ち上がっているようだ。
「できるなら早くしたほうがいい。もうランポスの群れとブルファンゴの群れが集結しているようだ。」
それを聞いたサディは一層眉間にシワを寄せた。
「じゃあさっそく俺が皆に伝えてこようか。」
そう言ってフレントが腰を上げると村長は片膝立ちになり、慌ててそれを止めた。
「待て待て、そう簡単に言うな。」
「しかし...。」
「わかっておる。だが今から即避難は無理じゃ。まず先方に使いを送る。その間に用意をさせるのじゃ。」
村長はそう言って奥さんに紙とインクを用意させ、手紙をしたためはじめた。それを見たフレントはそのまま外へ出て行ってしまった。俺もそれに続くように、サディを連れて村長の屋敷を後にした。
向かった先は、俺の家だった。そして二人で屋根に登った。俺はぐったりと仰向けになり、空を見た。しかしサディは、座ったまま空を眺めることはしなかった。
「あー疲れた!ちょっと一休みだ。」
俺は陽光にまぶたの裏をオレンジ色に染めながら、そう言った。
「よくのんびりできるね。僕は落ち着かないよ。」
サディは爪を毟りながらそう言った。
「村長がああ言うんだから仕方ない。それに、俺はのんびりしてるんじゃない。体力回復だ。お前も寝とけ。」
サディは不安というよりも懸念に満ちた表情をしていた。
「何か考えがあるなら言ってくれよ。」
珍しくサディは俺に意見を求めた。見透かされた気になった俺は、その胸の内を明かした。
「俺があの二頭を追っ払う。これでどうだ。」
数秒間沈黙が流れた。俺は口角を上げたまま彼の表情は窺わなかった。
「本気で言ってるのかい?」
「あぁ。」
俺は目を開けた。太陽を隠した雲が、青空の中で一際輝いていた。
「森をその目で見てきたお前ならわかるだろ。もう街の騎士団なんて待ってられないんだ。金もかかる。しばらく森なんて行けなくなるぞきっと。」
サディは納得しつつも、まだ躊躇の色を隠せていない様子だった。無理もないが。
「命より大事なものなんてないよ。」
サディの一言は俺に重くのしかかった。しかし、俺たちがやろうとしていることは命をかけずして達成できるものではない。モンスターとの命のやりとりは、絶対に避けられないことになるだろう。俺は、その覚悟はとっくにできていた。
「そうだな。でも、俺は命をかける価値はあると思うぜ。いや、かけなくちゃならないと思う。モンスターと同じようにな。」
そう言って俺は懐から紅蓮の鱗を取り出した。そしてそれを、雲から顔を出した太陽に翳した。俺のなかにいつのまにか灯っていた狩人としての心は、紅蓮の鱗が発する輝きのように燃えていた。
「アンタ。」
屋根の下には、フレントとアーミカが立っていた。
「俺たちを忘れたわけじゃないだろうな。」
フレントが無邪気に白い歯を見せて言った。
「恩は返すよ。」
アーミカはスリングショットの紐を振り回しながら言った。その口は不敵に微笑んでいる。目からは揺るぎない闘志のようなものをひしひしと感じる。
「聞かれちまったか。」
「あぁ、お前らがその気なら、もちろん手伝うぜ。」
俺はこみ上げるように胸が熱くなった。屋根から飛び降り、改めてフレントとアーミカの顔を見た。
「ありがとう。」
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
バラバラに森へ繰り出していた四人はとうとう集結することができました。しかし、ランポスとブルファンゴの群れも集結してしまいましたね...。
次回は、とうとう団結した四人組が森へと繰り出し、村を救う戦いへ挑みます。ぜひお楽しみに!