この先も今以上に低浮上になるかと思いますが、完結までのシナリオは用意してあるので、続けさせていただきます。沢山の人に読んで欲しいです。
街の騎士団が到着したのは、俺の腕の傷がすっかり癒えた時期の、夕方だった。
「本当に討伐したのか。一体誰が。」
討伐の証にと解体され、並べられたドスランポスの死骸を見た騎士が言った。茶色のおさげ髪の女性で、盾の紋章が縫い込まれた、綺麗な制服に身を包んでいた。
「この若者たちです。」
村長が俺たち四人を紹介した。そしてそのままことの経緯を説明し、即座にへこへこと謝り始めた。
「謝罪など無用です。払うものさえ払っていただければ。」
騎士は淡々と言った。騎士というより、傭兵のような口ぶりである。
「完全に無駄足ってことっすか?」
女騎士の一歩後ろに立っていた怒り肩の騎士の男がだるそうに言った。額にバンダナを巻いた怒り肩の、サディと同年代ほどの男だった。
「ここまで来た以上、お互い無駄足にはしたくないな。これから詳しく話を聞かせてもらう。一晩は世話になるぞ。」
そう言って女騎士は俺たちを鋭い目で一瞥し、村長に案内されて歩いて行った。
「なんか、怖い人だね。」
女騎士はフレイブと名乗った。彼女はコーバルトという部下を連れ、先遣隊の役割を担ってここに派遣されてきた下級の騎士だった。
「なるほど...。今回の一件は、それに関連性のある出来事が連なってのものであると。」
フレイブはそう言ってコップに注がれた茶を一口飲んだ。
「えぇ。そして今回の一件もまた、鎖を形成する事象の一つに過ぎない可能性が高いのです。」
サディは少し早口気味に言った。フレイブはサディを氷の様な目で見たまま浅く相槌を打った。村長もサディの見解に同意を示していた。
「そう言える根拠は?」
「それをこれから見つけに行くんだ。」
問いかける彼女の横顔に俺は言い放った。剣の鋒のような視線が俺に向いた。フレイブは俺の右腕に巻かれた包帯を一目見て話し始めた。
「わかっている。しかし目処がなければ、我々も手の貸しようがない。」
彼女の言葉に、サディは一冊の本を徐に取り出した。あの謎の竜人語で著された本である。彼は唐突に前に俺に見せてきたあのページを開いて話し始めた。
「どこか辺境の地で、この事象に似た何かが起きているとすれば...。モンスターがここまで押し寄せるのも頷けるかと...。」
フレイブはそれに適当に目をくれると、鼻でため息をついた。まぁ、当たり前の反応である。
一方で怒り肩のコーバルトは少し目を見開きながら、何も言わず遠巻きに本を見ていた。
「一応、明日に我々で近辺の調査をさせてもらう。君達にも同行を願いたい。村長、よろしいですね。」
村長から許可を得たフレイブは、集合時間と場所などを伝えてくると、コーバルトと共にキャンプまで帰っていった。
彼らの足音が聞こえなくなった頃、サディはガックリと肩を落とした。仕方のないことだ。あんなものをいきなり見せられて信じる奴なんていないだろう。かく言う俺たちだって、内容すらもわからない始末なのだから。
しかし、その信頼を裏付けるような出来事は絶対に、起き始めている。その目で見ない限りは、この本が何なのかは誰にもわからないのだ。
落ち込むサディとは裏腹に、俺はこの機会をチャンスと捉えていた。
「やるべきことの順序は見えてんだ。気を落とす必要なんてない。」
俺はそう言って彼らと別れた。
翌日の調査は、俺たちが大型モンスターと遭遇した時間帯から行われた。まだこの村に留まっていたメラルー達を集落に送り返すと同時に、周辺の状況についての聞き込み調査を行うというものだ。
彼らの集落は、秘密の釣り場に繋がる川をずっとずっと登ったさらに奥にあった。
俺たちはそこで休息をとりながら、人の言葉が話せるメラルー「トト」にサディの本を見せていた。すると彼らはしきりに一人の人物(?)の名前をあげた。
「”アン“、ナンデモ、シッテル。ワカラナイコト、”アン“ニ、キク。」
「アン?」
”アン“白い毛並みをもった一匹のアイルーらしい。トト曰く、彼女は物知りなアイルーで、西はシュレイド、東は遠く離れたシキの国までに及ぶほど、その知識は膨大なのだという。
「その“アン”はどこに行けば会える?」
俺はストレートに訊いた。しかし、
「ワカラナイ。」
トトはそう言った。彼女は神出鬼没の存在で、ふらりと集落に現れては、いつのまにかいなくなっているという。
サディと顔を見合わせた。既に俺はすっかり彼女のことしか頭になくなっていた。
「どうでもいい。今は周辺の状況を聞き出すんだ。」
早々に痺れを切らしたフレイブの言葉に肩を叩かれ、強引にポジションを奪われた。
「大型モンスターが出たそうだが、ほかになにか変わったことは?」
そう言ってフレイブは木のベンチに置いたインクボトルに、ちょびちょびと羽ペンを浸しはじめた。
トトは周辺のメラルーに聞き込みを行うと、それを淡々とフレイブに流した。なんでも、怪鳥イャンクックの死骸を見つけたのだという。その話を耳にした俺たちは、休憩も程々に集落を後にした。
メラルーたちに案内され、俺たちは集落からそこそこ離れた、森の中にぽっかりと開けた場所にやってきた。風に乗った薬草の匂いがめぐり、滝壺に落ちる水の音が響いていた。
「すごく心地のいい所だね。」
深呼吸するだけで、不思議とここまで歩いてきた疲れが癒されていく。先行していたメラルーたちが飛び跳ねている所を見ると、そこにはあの怪鳥が無残に力尽きていたのだった。
堅牢なはずの外殻に覆われた身体は、そこら中にこれでもかと傷が刻み込まれており、どす黒くなった血が桃色の甲殻を汚していた。更に耳はちぎれ、嘴は大きく欠けていた。
確実に、何者かに狩られていたのである。
「火傷のような傷跡...。出血もひどいですね。」
イャンクックの死骸を矯めつ眇めつ見ていたサディは独り言のように呟いた。
俺は試しに持っていたナイフを外殻に振りかざしてみたが、全く刃が通らない。逆にナイフがへばってしまいそうだった。それを見たコーバルトも腰のサーベルを振ったが、同様に弾かれてしまっていた。
「こんな硬い甲殻をたやすく砕くなんて、大型モンスターにしかできないぜ。」
「あぁ、それもドスランポスなんか比較にならないほど強力なね...。一体誰が。」
陸の女王、空の王者....、名だたるモンスターのシルエットが俺の頭を過った。死骸をまじまじと見つめていたアーミカも、ただならぬ気配を感じているような面持ちだった。
しかも、この死骸は二日前にはなかったのだというから恐ろしい。彼を狩った者は、まだこの付近にいる可能性が高いのである。
それを耳にしたフレイブは、突然コーバルトにキャンプを構えろと言い出した。全員の視線が彼女に集まった。
「しばらく私たちはここで観測をさせてもらう。相手は大自然、いつなにが起こるかわからないからな。」
コーバルトは少し苦い顔をしながらも、それを承諾した。
なんて肝の座った女だ、そう思った。ただ、民を守るという大義に身を包んだ気高き騎士なのか、モンスターの力を侮っているただの阿保なのかはまだわからないが。
「んじゃ、しばらくここが拠点になる訳だ。」
俺はすぐにでも“アン”を探しに行くつもりでいた。トトに近隣にあるアイルーの集落を聞き出してあるのである。
村や騎士団へと調査の経過を報告するため、フレントやアーミカ、コーバルトは村に一時的に戻ることになった。結果的に、この場には俺とサディ、そして騎士のフレイブが残り、調査を続行する形になった。
近隣のアイルーの村を伺うという提案は、フレイブの同意を得るのに時間は要らなかった。理由は明白、彼女は森に対してあまりにも無知だったからだ。
トトの協力の元、俺たちはアイルーの村へと導かれ、彼らとの交流をすることができた。しかし、そこに“アン”はいなかった。だが、集落のアイルーは全員“アン”を知っていた。
集落にいたアイルーの一匹はこう言った。「彼女は月と太陽が一緒にいる時、そんな特別な時間に現れる。」と。
トトもそう言って頷いていた。しかしどこに住んでいるかを訪ねても、彼らは知らないと言った。
「どうしても、彼女に会いたいんだ。」
「ナラ、ツキガミチタトキ、ソノトキマデ、ココニイロ。」
トトはそう言った。次の満月までは、そう遠くはない。五回ほど夜を明かせば訪れるだろう。
「何を探してるんだ?」
俺たちの様子を眺めていたフレイブが水を差し込むように言った。
「俺にもわからん。」
俺はそう答えた。普通のアイルーを逸脱した生態を持つ彼女に、未だ真実味を得られていないからだ。
「アイルーの姿をした森の妖精かも。」
サディは微笑しながら言った。それを聞いたフレイブは眉間にしわを寄せ、先程見つけた怪鳥の死骸について尋ねろとトトに言った。
彼らは驚きつつも、それに思い当たる出来事があったことをトトに向かって話し始めた。
やけにうるさい夜があったらしい。ドタバタと森を駆けずり回る足音や、奇声が森を震わせたのだそうだ。それも、耳が痛くなるほどの。
彼らはそれを“黒き凶風”と呼んでいた。血の臭いを運んでくるという、悪しき風。またの名を、”イャンガルルガ“と。
彼らは奴の襲来を悟っていた。幻級のモンスターだ。俺は震えた。
「だってよ、騎士さん。」
彼女の顔は至って冷静に見えた。しかし、瞳の動き方は決して穏やかではない。
「知っているのか...?その、イャンガルルガを。」
”イャンガルルガ“俺たちも本物を見たことはない。しかし異形のイャンクックが存在するという噂自体は、辺境に通ずる者の間では有名であった。紫黒の鱗を纏い、奇形の耳を持つという。尋常ならざる殺意を持ち、遭遇した者が血だるまになって見つかったという話さえある。
「本当に奴の仕業なのか。」
フレイブは言った。
「嫌でも疑うしかないですね。食べもせず、ただ命を奪うなんてことをするのは、噂に聞くイャンガルルガならやりかねませんから。」
それともあの殺しになにか意図があるのか。それは実際に彼に訊いてみなければわからないことだ。まだまだ、調べることは沢山ありそうだ。
もし奴がいるのだとすれば、行動を読むことはほとんど不可能に近い。しかし普段は全く姿を見せないモンスター達が現れていることを鑑みれば、目的がある可能性の方が高いだろう。
すると一匹のアイルーがトトを通じて喋り出した。
「アヤシイ、バショ、アル。」
そう言ってトトとアイルーについていくと、アプトノスも悠々と登れそうなほどの巨木の幹でできた天然の展望台にたどり着いた。
俺たちの眼科に広がっていたのは、鬱蒼とした森林ではなく、まったく別の水系の川が悠々と横たわり、切り立つようにせり出た丘が目立つ草原地帯だった。思わず息を飲んでいると、アイルーはどこかを小さな手で示しはじめた。
彼の目線の先に立ってみると、突き出た丘の崖に空いた大きな洞窟が見えた。俺も同じところに指を刺して確認すると、彼は目を見て頷いた。
「あそこか...。みるからにモンスターの巣穴って感じだな。」
入り口は川に浸食されているものの、中に入れば陸地があるかもしれない。そうなればモンスターにとってはいい家になっていることだろう。
「どうやったら下に降りれるんだ。」
そう言うとアイルーは草原の入り口までの案内を快く承諾してくれた。
「い、いくのか。」
フレイブは若干声高になった。
「じゃここで観察しててくれ。サディ、お前はどうする?」
「行ってみる。夕方前だし、まだ大丈夫だろう。」
サディはそう言って背負っていた鞄のベルトを締めた。
「...まてっ、民間人だけでは心配だ。」
気弱そうなサディの発言に少し矜恃に火がついたのか、フレイブは慌ててメモにペンを走らせ、それをちぎるとトトに渡した。
「コーバルトはまた戻ってくる。君の集落に怒り肩の男が来たら渡してほしい。」
「遺書かい?」
急に彼女のおさげ髪が可愛らしくなって、少しからかってみると、明らかな殺意を含んだ視線が見事に飛んできた。
「斬られたいのか。」
「おっかね〜。」
俺は少し小走りになった。
「やめなよ...。」
こうして俺とサディ、騎士のフレイブの三人はアイルーに連れられて雄大な大地へと足を踏み入れた。そこで待ち受ける、予想外の脅威も知らずに。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
街からやってきた騎士団のフレイブとコーバルト、アンタたちの心強い味方です。彼らの活躍にも乞うご期待です。
突如現れたイャンクックの無残な死骸。果たして彼を狩ったのは本当にイャンガルルガなのでしょうか....。次回、あの人気モンスターが登場します。