村長の家を訪れた俺たちが目にしたのは、黄色い皺々の手紙に難しげに老眼鏡を当てる彼の姿だった。
「失礼します。ただいま経過報告にあがりました。」
俺の一声に村長は便箋を手元に置き、話すように言った。報告の内容は単純明快、新たなモンスターが近辺に現れていることだ。
俺はまた顔を引きつらせる村長を想像したが、彼の反応は比較的落ち着いていた。
発見されているモンスターは、素人の俺から見てもわかるくらい、階段上に危険度が増加している。ランゴスタの大量発生やランポスの襲撃、ドスランポスとドスファンゴの出現、そしてイャンクックの死骸。
「やつが死骸で見つかった以上、それ以上に強いモンスターが近くを縄張りにしている可能性が高いわけだ。」
ベラベラとあの少年の受け売りを話すフレントに、村長は唸った。
「うむ、引き続き調査を頼んだぞ。くれぐれも、無理はするな。コーバルト殿、よろしく頼みますぞ。」
「ハッ!」
村長はそう言うと、街から届いている行動の指針や補助の案内などの資料にせっせと目を通し始めた。
「それと村長。森の奥にまたランゴスタが現れ始めています。くれぐれもご注意ください。」
帰り道で嫌と言うほど不愉快な羽音を聞いたことを思い出した俺は、帰り際にそれを伝えた。村長は、何も言わずに親指を上に立てた。
もう日が暮れ始めていたため、明日の出発を前に俺たちは夜を村で明かすことにした。
その晩、俺はアーミカとフレントの兄妹に連れられて小くて小汚い屋台に座った。街でも珍しいくらいの美人のお姉さんが経営する屋台だった。メニューは、二種類しかなかった。
「ごめなさいね。ご迷惑をおかけして。」
「いえいえ、仕事ですから。」
彼女はイアと名乗った。フレント曰く、村長の娘さんなのだという。オススメを頼むと、地元で採れたお米とアプトノスの肉が乗っかったどんぶりが勢いよく出てきた。
「お代は結構です。私からのお礼です。」
彼女は愛嬌たっぷりの微笑みを浮かべて言った。
「あ、ありがとうございます。いただきます。」
美味い。普通に美味い。俺はこの時、はじめてこの仕事を受けて良かったと思った。正直あの先輩と二人でこんな辺境まで長旅してモンスターと戦う仕事とか本当に行く前から鬱になりそうだったが、彼女との出会いでそれは全て吹き飛んだ。
「コーバルトさんはあの騎士さんとどんな関係なのさ。」
俺に向かって、アーミカが急に聞いてきた。
「ただの先輩。」
フレイブは同じ職場の先輩で、俺よりも五年ほど経験が長い。父は名のある騎士だそうで、彼女もそんな道を志していた。
しかしながら、そもそも優秀な俺たちが騎士であるのであれば、こんなクソみたいな仕事なんか回ってこない。それでも、誰かがやらなくちゃいけない仕事だから、こうして俺たちがやっている。
「てか騎士さんって普段なにしてんの?」
「まぁ、騎士なんてカッコつけてるのは、主の趣味だよ。この制服もね。実際は自警団みたいなもんさ。仕事がない時は畑だって耕してる。」
「変なの。」
アーミカの興味なさげな反応に鼻から笑いを溢しながら、米粒ひとつなくなったどんぶりをイアに返した。
「なんだそれ、不安になってきたぞ。本当に応援をよこしてくれんだろうな。」
フレントが眉を潜めて言った。
「心配はいらない。もう少し具体的な調査の成果があれば、動いてくれるだろう。だから、もう少しだけ力を貸して欲しい。」
そう言うと、フレントは力強い笑みを浮かべて俺の怒り肩を叩いた。我ながら、嘘がうまいと思った。
どこまでも青く広がる大空、いつか見た大海原とそっくりだ。ここまで横に長い空を見渡したのはいつぶりだろうか。
俺とサディはキョロキョロと新天地を見渡しながら、会話もなく歩いていた。すると、その沈黙を破ってフレイブが口を開いた。
「そう言えば、君が持っていた本。あれはなんだ?」
「え?」
彼女の口から飛び出たのは、サディの持っている謎の本についてだった。会話に遠慮がちなサディに、フレイブはしつこく説明を要求した。
「私の知り合いに、竜人族に詳しい奴がいるんだ。賢いし、なにかわかるかもしれない。調査が終わったら、私に預けてみないか。」
興味なさげな態度を取られてしょげていたサディは、一転して明るい顔になった。
「どんなやつなんだ。」
サディが頷く前に俺は質問をねじ込んだ。
「竜人族に詳しいといっても、そいつ自身も竜人族なんだ。というか...ん?」
そう言いながらフレイブは突然、俺の顔をマジマジと見つめて唸り出した。
「んだよ。」
「お前によく顔が似てるような...。」
その瞬間俺はそれまで抱いていた疑いの気持ちが一気になくなった。
「もしやそいつって。」
そこまで言いかけたとき、サディが険しい顔つきで唇に人差し指を当てた。
黙って耳を済ませていると、聞いたこともない重低音が耳を震わせた。大気を力強くかき分け、滑空する音である。
「おい、あれ。」
フレイブが我先にと身を低くして言った。あっという間に土埃を巻き上げ、雑草を蹴散らしながら着地したのは、イャンクックだった。
「もう一頭いたのか。」
この個体の腹部をよく見ると、あの時の死骸にはなかった暖かそうな羽毛に包まれている。
「クックファーだ..!」
「クックファー?」
雌のイャンクックが持っていると言われる超高級な羽毛だ。手に入れることは大変難しく、高額で取引される。
援助の要請にかかった費用も余裕を持って賄うことができるだろう。
「きっと既に死んでいたあの個体と番なんだ。この付近に巣を作っているのかもしれない。」
「欲しいな...!クックファー。」
冷静に分析を始めるサディを横目に俺はそう呟いた。
「馬鹿言っちゃいけないよ。繁殖期の動物の雌は常に気が立ってる。普通のイャンクックよりも危険だ。」
サディが急に早口になった。そしてはなし終わった後に慌てて自分で口を塞いだ。思ったより声が出てしまったのだ。
基本臆病なイャンクックの地獄耳にとって、静かな草原での俺たちの話し声は丸聞こえだった。イャンクックは長い首を上にあげ、草原を見下ろしていた。
「....。」
そして生唾を飲んだ瞬間、イャンクックは俺たちを捉え、大きな耳を開いて突進してきた。
「逃げろっ。」
伏せていた俺たちはすぐに起き上がり、四方八方へと逃げ出した。
イャンクックは四散した俺たちのいた場所を豪快にコケながら駆け抜けた。すぐにムクリと器用に起き上がると、ジャンプしながらこちらを振り返った。
「やれやれ...!」
俺は盾を構え、短剣を一本抜いた。イャンクックは首を震わせながら力強く威嚇している。
「私の後ろにつけ。森まで時間を稼ぐ。」
フレイブは腰に刺していた立派な剣を抜くと、俺の前に出た。
「ごめんなさい!僕のせいで...」
「うるさいっ、さっさと逃げろ。」
パニックになるサディにフレイブが怒鳴り散らした。イャンクックは口から火を溢しながら、急に突進を始めた。
すぐに横に退避し、様子を伺う。相当怒っているようだ。突進の勢いで倒れながらもすぐに起き上がり、次の行動に出た。
「うわぁっ」
イャンクックは俺とフレイブに向かって口から炎の玉を吐き出した。しかし動作が大振りすぎる故か、正確に狙ってくるというよりは適当に撒き散らしているだけだ。
「化け物め...!」
火球飛ばしを隙と捉えたフレイブは、咄嗟にイャンクックの足元を狙いに走った。
彼女はその勢いのまま縦にまっすぐ剣を振り下ろした。俺たちには真似できない、素早い動きだ。
「!?」
確かにフレイブは剣を振り切った。しかし、彼女の刃は、宙を舞っていた。
その直後、イャンクックは尻尾をしならせてフレイブを打った。
「ぐはっ!」
「フレイブ!」
フレイブは吹っ飛ばされた衝撃で、イャンクックの体長にして二頭分は離れていただろう俺のところまで転がってきた。
俺に支えられ、咳き込みながら立ち上がったフレイブは、柄だけになった剣を見て絶句した。
その間にもイャンクックは容赦なく攻撃に出た。乱暴に火球を撒き散らしながら当てもなく走り回ったのである。
すぐに動き出せなかったフレイブの背中を押しながら、なんとか脱出を試みた。
「数撃ちゃ当たるってか..!?」
そう言った瞬間、俺とフレイブの目の前に火球が炸裂した。液体のような物が燃えていた。もし当たってしまえば、服を脱ぎ捨てないと火は消えないだろう。
「くそっ」
尻餅をついていた俺たちに向かって、イャンクックはその嘴を突き立てようとしていた。覚悟したその瞬間、耳を裂くような高い爆発音が鼓膜を叩いた。それと同時にイャンクックは、瞬く間に飛び上がって逃げ出していった。
「間に合った..!」
駆けつけてきたのは、何匹かアイルーを連れたサディだった。片腕に小さなタルを抱えていた。
「何をしたんだ。」
「アイルーたちが作った爆弾だよ。怯ませられないかと思ってね。」
彼らが持っていたのは、小さなタルに火薬を詰めたお手製の爆弾だった。
「イャンクックは聴覚に優れたモンスターだ。探知能力に優れる反面、それは弱点でもある。」
サディは汗を拭いながらいつものようにペラペラとモンスター解説を始めた。アイルーたちは去っていくイャンクックに向かって威勢よく何かを叫んでいた。
「またお前に救われちまったな。」
俺はサディにそう言った。
「僕じゃない。彼らの知恵あってこそだ。」
彼の殊勝さが、俺には少し歯痒いところだ。サディは粉々になったフレイブの剣に目をやった。
「くっ...。」
鞘にも収まらず、情けなく残った剣の柄をフレイブは何処にしまうでもなく、ただ持っていた。
「イャンクックの甲殻は、鉄製武器では歯が立たなそうですね。」
サディの言葉にフレイブは振り向いた。今回の遭遇でそれは明白になった事実だ。彼女の持っていた剣は、対人用ではあるが立派な鉄製品。モンスター用の大きな代物であったとしてもその効果は薄いだろう。
「くそっ」
フレイブは壊れた剣を地面に投げつけた。
「すごい力だったな。予想以上の硬さだったはずなのに、弾かれずに振り切るとは...。」
俺は唇を噛むフレイブに言った。あの光景は凄まじかった。フレント並みの怪力の持ち主かもしれない。
「剣が脆かっただけだ。」
聞くなりそう吐き捨てたフレイブは、打ちつけた箇所をさすりながら腰を上げた。
調査を続行したいところだったが、フレイブの負傷や、雨が降り始めてきたこともあり、キャンプへと引き返すことにした。
しかし、大自然の洗礼は、まだ終わってはいなかった。歩き始めた途端、再びあの重低音が雨音に混じりながら俺たちに向かって迫ってきたのだ。
「追い払ったんじゃなかったのかっ!」
フレイブが叫んだ。
「やはり巣の近くなんだ...!取り返しにやってきたんです。」
サディはアイルーと共にいそいそと爆弾を準備した。しかし、火薬が湿気ってうまく着火ができないようだった。
「お前ら、フレイブを!」
俺はそう言って短剣を抜いた。イャンクックがサディたちに狙いを定める前に、注意を引きつけなければならなかった。
俺たちを取り巻くように旋回しながら着地したイャンクックは、俺を遥かに凌駕するその巨体を使い、地団駄を踏んで怒りを爆発させていた。相変わらず馬鹿みたいな顔をしているが、感じる殺気は凄まじいものがあった。
「安心しな....。お前になんか、はなっから勝てやしねぇんだからよ。」
無意識にそう呟いていた俺は、大声や盾を叩く音でイャンクックを挑発した。
「キュアアアアアア!」
奇声を発したイャンクックは、がむしゃらに首を振り乱しながら、全身を投げ打つように突進してきた。
突進を避けられたイャンクックはすぐさま起き上がると、彼女の体長にして二頭分はあろう距離を軽々飛び越えて急接近してきた。
「あぶねぇっ。」
嘴で叩き潰そうとしてきたのだ。イャンクックの股下をすり抜けることで回避した。彼女の足元には俺の膝が埋まるぐらいの深さの穴がいくつも穿たれていた。
嘴に付着した土を払い除けるように身を翻したイャンクックは、矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてきた。
「大事なクックファーが汚れちまうぞっ」
嘴が地面に深く刺さり、抜くのに苦労している隙に、俺は短剣を耳に突き刺し、そのまま縦に引き裂いた。
イャンクックが悲鳴と共によろけた。それでも攻撃の手は一切緩むことはない。口から火の玉を吐き出し、俺の足元を燃やしてきた。その炎は、雨に打たれても消えることはなかった。
「マジかよっ!」
逃げ場がなかった。ジリジリ迫ってくる火を飛び越える決断をする暇さえもなかった。雷鳴と共に、イャンクックが突進しようと地面を蹴った。
「!?」
雷鳴は、幾筋もの緑色の閃光と共に、イャンクックを黒く照らした。しかしその音は、空気を切り裂く雷にも似た、雄叫びであった。
「ギシシャアアアアアアアアア!」
俺が気を失う直前に見たもの、それは吹き飛ぶイャンクックと俺の間を迸る電光の中で、一際光る一頭の大きな飛竜だった。