『根昏盧乃魅崑』
尾張の静子の屋敷には世界中の様々な書物が所狭しと所蔵されている。
国内の未来の世に散逸されてしまっていたはずのもの。
南蛮にて禁書とされてしまっていたが、何やら本を高値で買い取る異教徒の外国人がいるなら銭に変えてしまえと売りつけられたもの。
それどころか焚書になりかねないだろうものまでも…。
そして、彼女は気が付いてしまう。
ある物語において禁断の書物。
その存在そのものが創作作品上のものと言われていた本が明の古書として紛れ込んでいた。
静子の図書室には不文律の決まりがある。
必ず静子自身が最初に読む、ということだ。
彼女がまだ手を付けていない新たに入荷してきた本の山は彼女自身の忙しさに比例して大きくなっていた。
「……根昏盧乃魅崑…当て字っぽいよね……」
その本は何の皮を使っているのか一見、分からない総皮張りの表紙。
しかも、ご丁寧に本が簡単に開いて中の書が抜け落ちないためか鍵でしっかりと閉じらており、鍵自体も紛失しないように紐に括られたものが一そろいになっていた。
「!?…ね…くろのみこ…ん……これは、もしかしてネクロノミコン!!??クトゥルフ神話の架空の魔導書よね……うそでしょ…本当に実在していたなんて……変わった皮の表紙……」
表紙の表面をそっと撫でてみる。
滑らかな感触であるのだが、気のせいであろうか、どこかかび臭い腐臭のようなものが漂ってきたような気がした。
「うわ~、悪趣味でイヤ~な感じ。人の皮でできている!?……くわばらくわばら…触らぬ神に祟りなし…この鍵って開いて読むとアブナイって意味かも……」
ぶるりと体を震わせると手に取った本をそっと本の山に戻す静子であった。
そして、この本を手に取ってしまった静子が、その夜に不可思議な夢の世界へと誘われたのは別の話。
『シズコ・ブートキャンプ』
戦国時代はいざ知らず現代の米国の軍隊にはブートキャンプなる口語が存在している。
所謂、新兵への教育・訓練プログラムである。
某エクササイズのトレーニング・ビデオにあるように、後に軍隊式訓練自体を意味する言葉へと変化している。
そして、静子軍である。
預けられた新兵たちは、必ずこの洗礼を浴びることになる。
「静子軍の心得、一つ、出来ない子は出来るまで徹底的にやるっ! 一つ、出来ない子が出来たら褒めた後、さらに練度を上げて訓練っ!! 一つ、最初から出来る子は出来ないと言うまで、練度を上げ続けて訓練っ!!!」
静子軍のみならず、織田家のヤヴぁい人として広く認識されている森勝蔵長可が兵たちを睥睨する。
「お前ら俺の言葉を復唱しろっ」
長可がどこかの国の訓練教官鬼軍曹のごとく大声を張り上げた。
ノリノリであった。
『めしてろ?』
下間頼廉は静子たちの姿を見送った後、教えられた町へ足を向け後悔した。
道を挟んで多くの料理屋が軒を連ねている。
鰻の炭で炙りながら滴る甘辛い付けダレが焦がされて香しい匂いを辺り一面に漂わせる店。
川に遡上してきた鮭を使ったハラコ飯の店。
最早、尾張名物になってきている醤油を贅沢に塗って網の上で炭火焼きするだけの焼握り飯。
最近、特に人足たちに人気がある焼き鳥屋。
とにもかくにも目というよりは鼻と胃袋に毒な場所であった。
彼は鋼鉄の意思で、その場からゆっくりとその場を離脱する。
冷や汗を浮かべながらも、来たものを誘惑し堕落させる天魔の技に満たされている場所から。