『コワイ空番』
静子のいる場所には、身内に対しては襲い掛かることはなくとも、見慣れない侵入者にはその身をもって体験することになる聊か物騒とも言える洗礼。
地上には巨大な大陸産のハイイロオオカミやネコ科のユキヒョウなどという見るからに凶悪な生き物がいるのだが彼らはまだ温厚な部類である。
真に恐ろしいのは地上ではなかった。
中央・南アメリカ森林原産のオウギワシの「しろがね」は、英名「Harpy Eagle」と呼ばれている。
ハーピィーとは、ギリシア神話でのハルピュイアのことで、女面鳥身の怪物のことであり神話の中でアルゴ号の冒険譚などにも出てくる。
現地での主なエサは猿の仲間やナマケモノなどである。
そしてこの場所は鋭い爪で木にしがみついているナマケモノを木から引きはがして浚う魔物を想起させるほど大きな鷲~東南アジアにいるサルクイワシよりも、普段の餌として猿を狩っているという研究結果がでている~が自身の塒と定めている場なのであった。
それほどまでに大型の猛禽類が戦国時代の日ノ本でどんな活躍をしてくれるかは推して知るべし、というものでもある。
静子の屋敷の周囲には他所の地では、なかなか出会えない対間者向け警備のエキスパートたちがいる。
ハイイロオオカミのヴィットマン・ファミリーの耳と鼻。
そして、俗に空番と呼ばれている猛禽類やカラスたちの目。
これらの警戒網から逃れることは非常に厳しいものがあるのである。
(大切なことなので二回語らせてもらった)
特にこの猛禽類たちは招かざる客にとって凶悪な狩人であり、彼らが自身の縄張りと認識している周囲でその目を掻い潜ることは非常に難しく、不審な存在には容赦のない攻撃に晒され時に人間すらも命を奪われることがある。
特に夜でも空から無音で襲来する大型のミミズク~特定されていないが恐らくワシミミズク~や生ごみや間引かれた作物や作物に就く虫などを餌としている共生関係にあるカラスたち。
これらに気づかれずに接近し情報を得ていくことは容易なことではなく、ましてや間者たちにとって非常に危険な存在でもあった。
ある日の早朝、静子の住まう地の一角で盛大な悲鳴が響く。
静子の屋敷の「警備をしている中の人たち」たちは、「ああ、またか」とその声の主の方へ冷静に向かっていく。
最大握力140キログラム以上と言われるオウギワシの鉤爪の攻撃を受けて重傷に陥っている覆面の男が頭を血塗れにして地面を転げまわっていた。
もちろん、男はいとも簡単に捕縛された。
『戦を行っているのは人だから』
織田軍の軍議はある時期を境に大きく変わった。
特に変わったのは本格的に美濃攻めを行ったあたりから顕著である。
それは、織田家内部の武将たちにっては、これまでの力攻め一辺倒な小細工のほとんどない分かりやすい戦とは一線を画す策・発想の洗礼を受けることでもあった。
そして、唯でさえ気難しいところがある御屋形様(信長)の一層自分たちには見えない先を見つめた「やり方」に武将たちは頭を捻らせることになった。
また、上から降ろすだけの命令が、意見を求める評定へとの広がりが生まれることも何人かにとっては悩ましいことでもある。
意見を求めてくるとは、言葉として聞こえはよいのだが徹底的に何故どういう理由があってその結論に至ったのかということを明確に説明することも求められる、ということでもあるのだから。
もちろん、持ち寄るだけの論を持つことができる者たちにとっては歓迎する変化でもあったのだが。
これは綾小路静子という、まだまだ若い二十歳にも満たない小娘が、織田家相談役という信長の側近中の側近と言える新たな職務に就いたことに連動していた。
稲葉山城の攻略において、昼夜を問わず攻める部隊による相手を疲弊させる策が生まれた。
それは、「守備をしているのは人間である」という不文律に則った攻め方であるのだった。
後にその城攻めの様子について森三左衛門可成に意見を求められた静子はこう応えたという。
「それはそうなるでしょう。人は眠ること、食べることを充分に取れないと本来の力をだせなくなりものですから。御屋形様のその策は相手の状況を制御できるならば有効な一手となりますよ」
戦評定の時に御屋形様自身が口にした言葉をなぞるような即答であった。
彼は信長に優遇される彼女の持っている価値をより一層強く感じさせられた。
『火つけ三昧』
彩が静子の元に来て間もないころ、日ノ本では知られていなかった「火を起こすためのある道具」を教わった。
高温多湿で雨が多い東南アジアで産声を上げた発火器具で俗にファイアーピストン(ファイアーシリンダー)と呼ばれるものである。
雨の多い土地ということは火種を維持し続けることが難しいということである。
それ故に必要な道具さえ用立てれば、どこででも火をつけることができる道具というものが生まれたのだと考えられる。
閑話休題、当時(戦国時代)の日ノ本において、火縄銃の普及の広がりと共に場所を選ばない着火道具の価値は非常に高くなる。
このとき、彩は十歳に満たない幼さながらも、小間使いとして入り込むことを前提の間者としての教育を受けていた。
その過程で身に着けてきたものにも存在していない簡単な道具での火起こし。
そんな、彼女にとって知りえぬ知識の塊である道具と使い方をいとも簡単に教え与えるなど想像だに値しないことでもあった。
そして教えた時の静子の言葉もかなりオカシイ。
「これでどこででも付け火ができるよ」
一瞬、彩の思考が固まった。
虫も殺さないような笑顔で言う、彩自身の正体をもしかして見抜いているのでは!? という台詞であった。
しかしながら、その物言いには全く他意のない軽口であることが伺え、彼女は心の奥底で頭を抱えた。
日向@ 様、誤字報告有難うございます。