『Go!Go!O-DA!!』
近衛前久の美濃の邸宅で口にした熱燗で飲んだ酒は彼の胃の腑を強烈にその旨さを焼きつけた。
日頃呑む濁り酒とは一線を画す杯の底に描かれた絵を妨げることなく見せる透明度。
しかも、前久の言葉によると織田の家中でも滅多に手に入らないほどの酒だと言っていた。
逆転の発想をするならば、これは織田家に仕える者の間で立場が上になれば手に入るということでもあると容易に予想がつく。
また、先に織田殿から贈られた他所で作られたものとは一味違う梅干しも尾張で作られているとのこと。
そして、前久に用意された肴のカラスミ。
酒と当てにする肴~この両方とも今の織田家の治世によって生産されたものばかりであり、いずれも素晴らしいものがある。
美濃・尾張の地でそれらを実現させたのは軒猿たちの調べによると、その出どころは明らかに近衛静子だ。
信長の懐刀、近衛静子の行う政は、乱世の終息と民が穏やかに暮らせる新しい風を今世に吹かせてくれる。
雲水に扮してかの地を見た限り、彼女の齎した安寧を謳歌している民らの顔は他の地で見ることができないほど明るく眩しかった。
武田が破れ、世の流れは大きく変わる。
我が上杉も大きな決断をするべき時がきている。
と、大義を語りつつも小さく呟く「旨い酒と肴もあるし」と。
そんなことを上杉謙信が細やか酒への愛を乗せて考えていた矢先であった。
織田からの使者として足滿と近衛前久が春日山に姿を見せたのは。
その後、上杉の織田への従属という反織田包囲網陣営のみならず、天下の趨勢を見守る世間をも驚愕させるできごとが起きるのは別の話。
『猫?』
「ゆっきー」と「しろちょこ」はユキヒョウである。
そう、現代では非常に個体数が少ない(一万頭には満たなく実数五千頭前後とも言われている)幻の生き物とも言われるユキヒョウなのである。
名前に「ヒョウ」という種を示す名前がついているが、ヒョウよりもトラに近い大型のネコ科肉食獣である。
また、この種はライオンなどに代表される「がおー」という咆哮ができない。
吠えるのではなく、猫のように「にゃあ」と鳴くという。
ごく少ないが現代の日本国内の動物園にも個体がおり、その鳴き声を耳にできる機会があるかもしれない(動画共有サイトなどで見ることもできる)。
それ故、幼獣のうちは大柄ではあるが十分に猫と間違えられる可能性が高いのであった。
ただし、最終的にはるかに大きく成長してしまうのだが。
体格的に体長一二十センチほどまでとされるので、大きくなってもヴィットマンの家族達級までは届かないと想像すると良い。
静子の屋敷には住むネコたちのために、所謂、キャットタワーが作られている。
もちろん、元々はターキッシュアンゴラやマヌルネコたちのためのものである。
しかし、この猫の城に「ゆっきー」と「しろちょこ」も自身の持っている本能に従いこの塔の制覇に参戦した。
それは、自分たちも身体が大きくても「猫」!!!だと主張しているかのようであった。
もちろん、まだ成獣ではないのでそれほどではないのだが、それぞれが思いっきり頭やら尻尾をはみ出してしまう。
出ている部分がだらしなくダラリとぶら下がっている姿が見たものに微妙な感想を齎しているのも推して知るべしというところであった。
『くぅ~っ』
その日はとても暑い日であった。
茹で上がったばかりの枝豆。
表面はカリカリに中は肉汁に満たされた鶏の唐揚げ。
熱々の細長く切られた揚げられたジャガイモ。
そして、冷たくキンキンに冷されたビール。
目の前に並べられた安土桃山時代に帰還してからも求めてやまなかったものに足滿は目を輝かす。
この瞬間の彼は、普段、仏頂面で素っ気ない態度が基本姿勢な彼とは別人であった。
「足滿おじさん、何かすごい嬉しそうだよ」
用意した料理の皿を並べている静子が口を開いた。
「初めて夏の日に静子の父君と呑んだビールは最高だったからな」
どこか感慨深そうに足滿はなみなみと注がれたビールを口に運んで一息にあおる。
くぅ~っ、と思わず漏れる声と表情はいつになく満足そうであった。
『辛い調味料』
静子は調味料の種類を広げることを考えていた。
醤油、出汁入り味噌、七味唐辛子あたりは、広く浸透し織田家に莫大な富を齎してくれている。
柚子胡椒は、今のところ、まだまだそれほどの人気を博すことはできていない。
九州地方や柚子の産地ということから徳島などで生産されている辛味調味料であるが、塩加減によって日持ちに影響が出るところもあり、少量ずつ作っては使い切ることを前提としているものなので保存という部分で先行した売れ筋調味料たちと比べると弱かった。
「やっぱアレかな~」
彼女の姉の愛用していた調味料を思い起こす。
綾小路家一の武闘派な武器マニアで辛い物好きでデス・ソースやらハバネロ・ソースを愛用していた姉の味覚は、イロイロと問い詰めたいところもあるが、当時、姉に腕力で黙らせられることが容易に起きうる未来だったので口に出すこともなかった。
その基本となるタバスコを製造しようというのである。
「タバスコ・ソースならいけるかな…足滿おじさん、どう思う?」
「樫の木の樽にタバスコ・ペッパーと岩塩、穀物酢だったか」
初遭遇時の震えが来るほどの辛さを思い出し、彼は少し顔をしかめながら原材料を挙げた。
「そ、オーク樽に2~3年寝かす醗酵調味料だから、原材料を手に入れるのに少し時間がいるかもしれないけど、保存に気を遣う部分が低いし、辛味を好む人には喜ばれるかな、と」
「……俺の食べるものに入れなければ良いんじゃないか」
静子の姉の例のテレビ破壊案件の報復タバスコ・トマトジュース事件を思い出しながら、足滿はぼそっと応じた。
…静子の姉の足滿への報復の所業やタバスコ製造についてはもちろん捏造でございます。