「東京喰種」の二次を書いていたはずが……何故かこっちを書き始めてしまうワタシ(いわゆる逃避ry
『ユキヒョウ物語』
白い地毛に黒い斑紋が散らされている二匹。
やけに大柄な子猫であった。
二匹とも尻尾をゆらゆらと立てながら、にゃあにゃあと愛らしい声で自己アピールをする。
暫くの間、手を離せない作業があり二匹の相手をできないでいると、普通の猫では見ることのできない行為をした。
長い尾の先の部分を口で咥えたのである。
心的負荷解消に自分の尾を咥える姿。
その様子を見た静子にはピンとくるものがあった。
子供の頃に連れて行ってもらった某動物園で飼育されていた大型ネコ科絶滅危惧種の持っている特有の行動が思い起こされたのである。
それは白い毛皮に美しい斑紋がある美獣ユキヒョウだ。
ところで、ユキヒョウは「ヒョウ」という名称が付いているのだが、ヒョウよりもトラに近い種類と言われている。
しかも、一般的に大型ネコ科動物の発する「がおー」という咆哮ができない。
その鳴き声はあまりにも猫らしい「にゃあ」なのである。
幼獣だと知らなければ、やけに大きい子猫?だな~となることも充分起こりうる。
そんなユキヒョウの「ゆっきー」「しろちょこ」の二頭は、今のところすくすくと大きく育っている。
実際のところ見るからに猛獣なのだが、猫とは一線を画するその立派なガタイに似合わない「にゃあ~ご」やら「なーご」と可愛らしく鳴きながらヴィットマンたちからフリーになっている静子を見つけると今が絶好の機会と甘えて来るのである。
結局、急ぎの案件でないこともあり、もふもふの誘惑に抗うことができず手を止めてしまうのであった。
二頭の顎を流されるように撫でながら静子はなんとなく思う。
もしかして、こんなに可愛いんだから「猫喫茶美濃舎」に大きいネコとしてデビュー!しても大丈夫かも、と。
早速その考えを静子は彩に伝えると返事は捗々しくないものであった。
静子に聞かれた彼女は頭痛がしているかのように眉間を皺を寄せて額を手で押さえつつ口を開いた。
「その二頭を可愛いと愛でることができるのは静子様だけです」
その口調は反論に応じない決意に満ちているきっぱりとしたモノであった。
『生きる』
生きること、それは他の命を奪い食らうことに他ならない。
逆に何も奪うことない営みは、優しい生き方かもしれないが何も解決できないことが多い。
無力に縮こまって怯えるだけでは、結局のところ何も得ることはできないのである。
彼女は戦の後に起きる乱取りという蹂躙によって全てを失った。
まだ幼い少女は両親が最後の命を振り絞って隠してくれた狭い物入の中に設けられている地下保管庫に身を強張らせながら隠れていた。
保管庫と言っても粗末なものであるが、年貢を納めるときに種籾も含めて全て取られないために必要なものであった。
そこは巧妙にできた二重底になっており、彼女の隠れている底板の上には全く価値がなさそうな細々とした物が乱雑に乗せられていた。
息を殺しながら彼女の手には唯一の武器として鉈が、指が痛くなるほど強く握られていた。
乱暴に戸を蹴破る音。
野蛮な雄叫び。
両親のくぐもった命のこと切れる音。
決して裕福と言えない村の家々を荒らしている雑兵たちは、あまりの実入りの少なさに何時になく荒れているようだ。
がさがさと部屋の中を漁る音が彼女の隠れている場所に近づいてくる。
そして、無造作に彼女の隠れている物入の蓋が開けられる。
「ちっ、シケた村だっ。次ぃっ!行くぞ次ぃ~!!」
結局、物入の二重底の奥底で身を硬くし息を潜めている少女に気が付かなかった。
荒々しいガサツな声が遠くに離れていく。
不幸中の幸いに彼女は命を拾った。
そして、いつまでも、物入の奥で少女は声を殺して慟哭した。
しかし、彼女は頭を垂れて俯いているだけではなかった。
歯を食いしばってもう一度顔を上げて立ち上がり運命を掴むことになる。
そんな少女の小さな物語。
しばらく後にまだ幼い彩という名の少女が、略奪を受けた村の被害状況を調べに来た森可成の手の者に拾われるのはまた別の話である。
『連発式ゴム鉄砲』
足滿が嬉々として作って遊んでいたゴム鉄砲。
職人たちの間で大流行となり、それぞれが独自の工夫をして魔改造されていた。
「どうだい、俺のは十連発の連装弾だ!」
「やるな、だが数が多けりゃ良いってもんじゃねぇ。おいらの九連装だが滑らかな装弾と素早い発射には敵わねぇよ」
などというやり取りが交わされていた。
仕事の合間の手慰みと言えども、静子の技術街の職人の面々である。
その匠の技がいかんなく無駄に発揮されまくっていた。
熱を帯びた彼らの遊びは、何時しか信長の耳に入ることになった。
まず、彼が考えたのは、これは遊びの範疇に留めずに何らかの武器に応用できないか?ということであった。
特に構造に類似点がありそうなクロスボウの改良に繋がりそうな気がしたのである。
実のところ、古くから中国に連弩というものがある。
史記に始皇帝が連弩でサメを撃ったという記述があることからも、かなり古い歴史を持つ。
ただ、その時代の連弩は速射性を求めた結果、命中率と射程距離が落ちてしまう代物であった。
そのため威力の低さを補うために毒矢を装填されることが多かったという。
同時多発的に西欧でも紀元前3世紀ごろにギリシアでも攻城兵器として姿を現している。
こちらは二列のチェーン駆動式で複雑な機構であるがかなり強力な大型なものであった。
閑話休題、弾連装式ゴム鉄砲である。
作りとしては伸ばしたゴムを引っかける部分に複数の歯車を利用したモノが多い。
しかしながら、連装式クロスボウだけでなく利用しているゴムの部分を見方によっては設置式の投石機にも応用できそうに見えるモノでもあり、また、様々な発想の種が後から芽吹きそうに思えたのであった。
この大きさならば色々と気軽に試すことができそうである。
信長は発想の発露・熟成を促すことを目指すことに舵を切ることにした。
要するに自由な発想の「遊び」から知恵を生み出すということである。
そうして「究極ゴム鉄砲作成大会」が織田の領土で大々的に開かれることになる。
それを耳にした足滿が普段とは異なり過ぎる様子で周囲を引かせるほど力を入れて参加することを表明したという。
夾竹桃 先生が「なろう」で小話を七日連続(2020.06.05~06.11)でアップして下さったことに感謝込めて…