四宮総司は変えたい   作:もう何も辛くない

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早坂愛は近付きたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しい日になる筈だった。初めての友達と、可愛い後輩と、ちょっぴり気になる人と、遊んで、食べて、そして花火を見る。夏祭りに行こうと約束した日から、どれだけこの日を待ちわびた事か。今日を迎えて、どれほど心踊らせた事か。

 

「なりません」

 

 ずっとつまらない夏休みだった。早く終われば良いとすら思った。でも、今日だけは違う。

 

「最近のお嬢様の振る舞いは目に余ります」

 

 それなのに──────

 

「人混みのある場所は付き人もかぐや様を見失う恐れがあります。そんな中でかぐや様に何かあれば、当主様に何と申し述べれば…」

 

 待ち焦がれていた一時は、かぐやの掌から零れ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。それでこうなった、と」

 

 今、総司はかぐやの部屋に来ていた。早坂に頼まれこの場に来たのだが、部屋の主はベッドに伏せている。ルンルン気分だったかつての姿はなく、絶望に満ちた背中が総司の瞳に映る。

 

「おいかぐや。かぐやー?」

 

 かぐやの傍らに腰を下ろし、肩に手を乗せて揺するも反応なし。

 まさか眠ってるのかと思ったが、直後に聞こえてきた鼻を啜る音でそれは違うと悟る。

 

「大丈夫…」

 

「え?」

 

 ずっと泣いてたのか、そう問い掛けようとした時だった。かぐやがポツリと呟いたのは。

 

「夏はもう終わるから…。だから、大丈夫」

 

「──────」

 

 言葉が出ない。涙を流しながら、かぐやはずっと、こうやって自分に言い聞かせ続けていたのだ。

 何度も、何度も、何度も。大丈夫と。

 

 ふと、総司は先程からずっと電気も付けずに暗い部屋の中で光るあるものを見る。それは、パソコンの液晶。

 

『みんなと花火が見たい』

 

 かぐやの紛れもない本音だった。抑え切れない本心が、そこには書かれていた。

 

 沈黙が流れる。正直、何と声を掛ければ良いか解らない。何故なら総司には、かぐやを家に閉じ込めるその判断の理由が解ってしまうから。

 

 だが、当然だがそうではない者には関係ない。

 早坂がかぐやに向かって口を開く。

 

「…かぐや様、いつまでそうしてるつもりですか。普段だったら手段を選ばず家から抜け出してる所じゃないですか」

 

「何をしたってどうせ上手くいかないわ…」

 

 早坂の台詞に対して力ない返事を返したかぐや。そんな主人の姿を見た早坂は、一つため息を吐いた。

 

「本当、弱る時はとことん弱る人ですね…」

 

 うつ伏せのままのかぐやの頭を撫でながら、総司は黙って二人の会話に耳を傾ける。

 

「かぐや様。以前貴女が私に言った台詞を今、そのまま使わせてもらいます。…()()()()()()()()()()()()()

 

「──────」

 

 早坂が言った言葉の意味は総司には掴み切れない。だがかぐやには通じた様で、かぐやはピクリと体を震わせた後、ゆっくりと体を起こして真っ直ぐにかぐやに視線を送る早坂を見返した。

 

「…なら、私はどうすれば良いの?」

 

「知りませんよ。そんなの自分で考えてください。ですが、もし貴女が何かを成したいのなら私は全力で協力します」

 

 縋る様に早坂を見るかぐや。そんなかぐやを早坂はあっさりと突き放しつつ、笑顔を浮かべて力は貸すと意志を示す。

 

「でも…、今日は本家の執事が二人もいるのよ?何の準備もなく抜け出すなんて出来る筈…」

 

「準備?それなら、私にお任せください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦決行のための準備を行うため、総司は部屋を追い出されてしまった。ただ、恐らくその作戦は成功する。というより、成功しかしない、と言った方が正しいか。

 早坂が考えた案に総司の修正を加え、まず間違いなく成功するだろう作戦が完成した。

 まあ、作戦というか力押しというべきか。

 

「…ったく。相馬の事は俺に任せるんじゃないのか」

 

 あの時、京都の本邸で雁庵と別れ際にした会話を思い出す。雁庵は、かぐやが今日夏祭りに行く事を知っている。それにも関わらず、雁庵は本家の執事二人に命じたのだろう。かぐやを家から出すなと。

 雁庵からの指示だとはかぐやには報せなかった様だが。さすがに嫌われている事に気付いているのだろう。これ以上嫌われるのは御免らしい。

 

 まあ、効果はないと思うが。これで更にかぐやは雁庵に対して苦手意識を深める事だろう。

 かぐやを家から出さないのは、何よりかぐやを想っての事なのだが。

 

 その理由が、先程の総司の台詞である。

 相馬、総司と敵対している四宮家長男、黄光との繋がりが深い財閥である。その相馬の配下である工作員が総司の周りを彷徨いているという報告が上がっている。

 以前の藤原との買い物の時にも、姿があったと赤木から報告を受けている。

 そんな中で、監視も付けずにかぐやを人混み溢れる夏祭りの場に行かせたくなかったのだろう。

 

 そして、その判断は正しい。総司自身、今の自分の判断が甘い事は重々承知している。

 

「何事だ」

 

 それでも、総司は信じている。この判断こそが、一番かぐやに笑顔を与える選択なのだと。

 

「総司様。申し訳ありません。この者が、かぐや様を外に逃がしました」

 

 開きっぱなしの扉からかぐやの部屋へと入る。そこには本家の執事の一人に手首を掴まれ拘束される、かぐやに変装した早坂の姿があった。

 

「あぁ。その事ならもう気付いている」

 

「…は?」

 

「もう赤木を追わせている。()()()()()()()()()()、かぐやを家に連れ帰ると命じておいた」

 

「…そうですか」

 

 総司の台詞が予想外のものだったのか、呆ける執事だったがすぐに持ち直し、早坂の手首を掴んだまま総司にお辞儀をする。

 

「それでしたら、すぐに応援を…」

 

「いや、その必要はない。ついでに先に言っておくが、早坂に処罰を与える事も許さん」

 

「…総司様、それは出来ません。我々は─────」

 

「父様直属の部下、か?だからどうした。お前らに俺の命令に背く権利があるとでも?」

 

「っ…」

 

 威圧。

 総司は執事を見下ろし、有無を言わせぬ口調で続ける。

 

「どうしても納得いかないのなら父様に報告すれば良い。応援を出そうとしたが俺に止められたと。早坂の処罰も俺に止められたと」

 

「…失礼します」

 

 数瞬の思考の後、執事は早坂から手を離し部屋を出ていった。

 足音が遠ざかっていく事を確認した総司はふっ、と気を緩めてため息を吐く。

 

「ありゃ、黄光兄上寄りだな」

 

「…助かりました、総司様。ありがとうございます」

 

「気にすんなよ。それに、これは作戦だろうが。上手くいったな」

 

 着けていたかつらをとって、早坂が総司に礼を言う。

 しかし、あのやり取りは最初に決めた作戦の上だった。

 

 先程、かぐやを花火大会に送り出す作戦を早坂が考えた時はこうだった。

 早坂がかぐやに変装し、夕食時にかぐやを呼びに来る本家の執事を誤魔化す、というもの。しかしそこに総司が修正を加えたのだ。

 

「やっぱりバレただろ。あいつら、何だかんだ有能だからな」

 

「…本当に助かりました」

 

 総司はこう考えた。恐らく、早坂の変装はバレると。ならバレると予想した上で動こうと。

 

 先程、総司は執事に対して赤木を向かわせたと言ったが、それは事実である。総司の言う通り、赤木は時間を掛け、()()()()()()()()()()()かぐやを連れ帰って来るだろう。

 そしてもう一つのバレた場合の懸念、早坂の処遇である。これはもう力押しでしかない。

 いくら総司の直轄でないとはいえ、執事は飽くまで執事。次期当主である総司とは立場が違う。その命令に、自分の意思のみで逆らう事は出来ない。

 後は雁庵をどう納得させるかだが、それは多分大丈夫だろう。これが一番かぐやのためだと言い続ければ多分納得する。

 

「かぐや様は、皆と花火を見られるでしょうか」

 

「…さあな。そこまでは解らん」

 

 早坂が窓の外を見上げながら呟く。

 その視線の先では、夜空に咲く花火がここからでも小さく見えていた。

 

 かぐやは今頃、全力で会場に向かっているのだろう。

 総司達に出来るのはかぐやを送り出す所まで。後は、本人に頑張ってもらうしかない。

 

「早坂。外に出て見よう」

 

「…はい」

 

 それに、かぐやには悪いがこちらはこちらでとある約束がある。

 早坂と二人で花火を見るという約束だ。四宮として、約束を違える訳にはいかない。

 

 二人はバルコニーに出て、手摺に寄り掛かりながら花火を見上げる。

 

 花火が打ち上がり、夜空に咲き開く。時間差で、僅かに聞こえる音は正に夏の風流。これは、自分も浴衣を着るべきだったかとちょっぴり後悔の念を抱く総司。

 

「私はいつも、ここから花火を見上げるかぐや様を見て、不思議に思ってました。どうしてここまで、花火に憧れてるんだろうと」

 

 不意に早坂が口を開く。視線は夜空に咲く花火に向けたまま、続ける。

 

「でも、今なら解ります。…私も、もっと近くで見てみたい」

 

 早坂が総司を見上げる。小さな笑みを携えて。

 

「…そうか。なら、来年行こうか」

 

「え…」

 

「俺と早坂とかぐやと、藤原と白銀と石上と。うん。この面子なら俺達と早坂の関係は解らんだろ。白銀と石上には最近友達になったって言えば…」

 

「…」

 

 どうやって四宮と早坂との関係を知られず、尚且つ自然に早坂を参加させられるかを考える総司は気付かなかった。

 早坂の目が白けている事を。

 

「…そうじゃない」

 

「は?何が?」

 

「もう良いです。えぇ知ってましたよ、総司様がそういう人だって事は」

 

「???」

 

 首を傾げ、疑問符を浮かべる総司。そんな総司に呆れつつも、早坂は一歩、大股で総司に近付いた。

 

「…早坂」

 

「何でしょう」

 

「近くない?」

 

「そうでしょうか?」

 

 今の二人の距離は拳一つもない、もう今にも二人の肩が触れ合いそうですらある。

 

「…早坂」

 

「何でしょう」

 

「近い」

 

「近くないです」

 

 いや完全に近い。更に総司に近付いた早坂の肩は総司の腕に触れている。

 何故ここまで近付く必要があるのか。そんな総司の気持ちが伝わったのか、早坂はニッコリと悪戯気に総司に笑い掛けながら口を開いた。

 

「総司様が悪いんですからね?」

 

 俺が何をした、とは聞けなかった。早坂の笑顔を前にして、唇を動かす事が出来なかった。

 

 花火の音が鳴る。早坂は花火へ視線を戻す。

 一方の総司は、腕から伝わる早坂の体温と先程の早坂の笑顔が妙に脳裏に過り、花火に集中出来ぬまま、花火大会は終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かぐやが赤木と帰ってきたのは、夜の十時を回った後だった。

 総司と早坂が迎え、二人は花火はどうだったかとかぐやに問い掛けた。

 

「…ごめんなさい。花火、見られなかったわ」

 

 一瞬、表情を暗くしかけた二人だったが、すぐにそれは笑顔に変わった。それは何故か。

 

 かぐやの顔が、輝かんばかりの笑みに包まれていたからである。

 

 因みに後日、赤木から総司に一枚の写真が渡された。

 そこに写っていたのは一台のタクシー、その車内を拡大させたもの。

 窓ガラスに反射する花火で見辛いが、そこにはガラスに張り付いて花火を見上げる三人の姿があった。いや、正確には一人は傍らにいる男の顔を見上げている。

 

 その三人とは、かぐや、白銀、藤原である。恐らく、石上は助手席に座っていたと思われる。

 そして総司は昨日のかぐやの花火は見れなかったという台詞の本当の意味を知る。

 

 要するに、白銀に見惚れていたのである。何という事だ。あんなに苦労…別にしてないが、送り出してやったというのに。

 目の前の花火ではなく、好きな男に見とれてしまうとは。これは問い質さなくてはならない。

 

 という事で、この後総司は写真について早坂に報告。二人掛かりでかぐやを質問攻めにしたという。




もう何も辛くないは見たい(浴衣早坂を)
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