九月九日。すでに何度か言っているが、その日は白銀御行の誕生日である。
かぐやはその日に向けて何を送るべきか、どう祝うべきかと考えに考えた。らしい。それは総司も最近のかぐやの行動や仕草を見ていて解っていた。
それを見て、総司はかぐや一人に任せるべきだと考えた。自分は手を貸すべきではないと、自分は自分でかぐやとは別にプレゼントを用意しておこう、と。
だが白銀の誕生日当日の朝、総司は絶賛その決断を後悔していた。
「どうでしょう、特別に発注して作ってもらったケーキです。会長、ケーキ食べたがってる感じでしたからとっても喜ぶに違いないわ♪」
「「…」」
絶句。
今の総司の状況を一言で言い表すならその一言以外考えられない。
因みに今、総司達は家の厨房にいるのだが、この場にいるのは総司とかぐやの二人だけではなくもう一人、早坂も総司の隣に立っていた。
二人は朝、朝食を摂り終え身支度を終え、その時かぐやに呼ばれたのだが。
三人の目の前には、一メートルはあろうかという巨大なケーキがあった。これはもう、誕生日ケーキというよりウェディングケーキと言った方が正しいのではないだろうか。
更にこのケーキは大きさ以外にも拘りがあるらしく、かぐやはその点の説明を続けている。
しかし総司も早坂も、目の前の衝撃が大きすぎてかぐやの説明が全く耳に入ってこなかった。
「…早坂、任せる。ちょっと俺は用事を思い出した」
「待ってください、行かせませんよ。私には荷が重すぎます。ここは総司様がかぐや様の相手をすべきかと」
「お前の主だろ、お前が残れ」
「それを言うなら貴方の妹でしょう。総司様が残ってください」
二人の間で始まるかぐやの押し付け合い。さすがのかぐやも二人の様子に気が付き振り返る。
「二人共、どうしたの?」
「…いや、その、まあ…な?」
「…はい。かぐや様がそれで良いなら特に口出ししません」
「何よ、歯切れが悪いわね~」
早坂がため息を吐く。そして、ぷいっとかぐやから視線を逸らしてから小さく、されどもかぐやの耳には届くボリュームで呟いた。
「昔はこんなにアホじゃなかったのに…」
「アホ!?」
「そんなハッキリ言ってやるなよ早坂。…事実だけど」
「総司も何を言ってるの!?」
私はアホじゃない!
いやアホですよ。
という口喧嘩がかぐやと早坂の間で始まる。まあ喧嘩というには可愛いものだが。
(…さて、それじゃあ今の内に行くとしますか)
二人が互いに意識を向けている内に総司は厨房を出て玄関へと向かう。そしてすでに屋敷前に到着していた運転手に今日は赤木の車で行くと伝えてから、総司は予め呼び出しておいた赤木の車に乗り込んで学校へと向かうのだった。
その後、二人の口論がどういう結末を迎えたか、総司が知る事はなかった──────
なんて事はなかった。
「総司様。よくも私を置いて行ってくれましたね」
「…その、早坂。マジスンマセンした」
正直、朝のあのかぐやの様子は尋常ではなかった。ここ最近ポンコツが混じってきてる事は承知していたが、あのケーキをそのまま白銀に渡すなんて事、普段のかぐやならばあり得ない思考だ。
流石に心配に思った総司は、藤原と石上が生徒会室から出て行った事を確認すると、扉の前で中の様子を覗く事にしたのだ。
同じ思考をした人物がもう一人いる事を知らずに。
藤原と石上が帰っていったのを見届けた総司が生徒会室の方へ歩き出そうとしたその時だった。細く白い指が総司の肩を力強く掴んだのは。
当然、総司の肩を掴んだのは早坂である。
「あれから大変だったんですよ?結局かぐや様が納得しないまま時間は遅刻ギリギリ。私はかぐや様と同じ車に乗る羽目に。車に乗ってからもかぐや様の相手を続け、どれだけ疲れた事か」
「…すみません、はい、すみません」
ハイライトが失われた瞳を前に、総司が出来るのは頷く事と謝る事だけ。
抑揚のない声で喋り続ける早坂に逆らえず、ただ総司はその場で早坂の話を聞き続ける。
「…これはいずれ埋め合わせしてもらいますからね」
「え、いや…」
「し て も ら い ま す か ら ね」
「いえすまむ」
次期当主としての威厳はどこへやら。総司は震えて早坂の言葉に頷くのだった。
「さて…。かぐや様はどうされたのでしょう」
言いたい事を言い終え、スッキリした表情になった早坂が生徒会室へ視界を向ける。
二人は足音を殺して扉に近付き、一度視線を交わし、頷き合ってからそっと扉を開けた。
僅かに開いた扉の隙間から中の様子を覗く。
白銀は執務デスクで作業をしていた。そしてかぐやだが、部屋の脇の扉を開けて何かを眺めている。
「…あ、何か動揺してるぞ」
「あそこにはかぐや様の指示で運んだケーキがあります。多分、自分のアホさ加減を自覚したのでしょう」
早坂が言った直後、顔を赤くしたかぐやが扉を閉める。どうやら早坂の言う通りらしい。ほら、心の中で『私アホ────!!!』て叫んでる顔をしている。
すると、かぐやの表情がコロコロ変わり始めた。その様子を見て、総司が口を開く。
「始まったな」
「その様ですね」
時にアホっぽく、時に氷の様に冷たく、時には幼児の様に純粋な、また時には普段の平静を保っている状態の、様々な表情がかぐやの顔に表れる。
あれは、かぐやの脳内で会議が行われている時に起こる現象だ。かぐやは知っての通りだいぶ情緒不安定だ。その日その日のメンタル状態によって性格が変わる。
数多くかぐやの性格の変化を見てきた総司と早坂は、その種類を大きく四つに分けた。
一つはここ最近のメインの性格である通常かぐや。二つ目は白銀に出会うまでのメインであった氷かぐや。三つ目は今日の朝にかぐやが見せていたアホかぐや。そして四つ目が、以前に風邪を引いていた時に見られた幼かぐや。
時には通常と氷が混ざった様な性格になったり、アホと幼が混ざった様な性格になったりと精密に分類できている訳ではないが、大方はこの四つで分類は可能だ。
まだまだかぐやの生態は謎に包まれているのである。
そして総司が口にした脳内会議とは、かぐやの脳内で先程上げた四種類のかぐやが会議をするのである。
別にかぐやの脳内を映像解析できる訳でもあるまいし、総司と早坂にも良くは解らないが。これは飽くまであのかぐやの表情の変化の仕方から立てた総司と早坂の仮説である。
「…終わった様ですね」
「こっちに来るな。一回閉めるぞ」
かぐやの表情の変化が止まる。と思えばかぐやが扉の方へと歩いてくるではないか。総司がそっ、と音が立たない様に閉める。
同時に二人は扉に耳を付けて中の声を聞き逃さんと集中する。
まず聞こえたのはパチリ、と何かのスイッチが押された様な音。直後、戸惑う白銀の声が聞こえてくる。どうやらかぐやが部屋の電気を消したらしい。
かぐやは白銀に目を閉じているように言う。白銀はそれに従った様だ。
聞こえてくる衣擦れの様な音。更に何か粘着性のある物を触る際の音が聞こえる。
(…まさか、かぐや!服を──────)
「絶対違いますから」
カッ、と目を見開き部屋に突入しようとする総司を早坂が冷静に止める。
「いやでも…」
「よく考えてください。あの音は多分ケーキの音。それとライターの音も聞こえましたから恐らく──────」
総司の脳内がシスコン思考に呑まれかけた時だった。二人はこちらに近付く足音を察知する。即座に扉から離れ、廊下の角に身を潜める。
扉が開かれたのはその直後だった。部屋から出てきたその人物は閉まった扉に乗り掛かるとずるずると崩れ落ち、床に座り込んでしまう。
顔を真っ赤にし、僅かに息を荒げ、疲労困憊な様子。
「「…」」
総司と早坂は目を見合わせ、ふっ、と笑い合った。そして座り込んだ生徒に歩み寄ると、その両脇に腰を下ろし、総司は生徒の肩に手を置き、早坂は優しく生徒の頭を撫でる。
「頑張りましたね」
「あぁ。お疲れ、かぐや」
座り込んだ生徒、かぐやを笑顔で労う二人と労われるかぐや。
周囲には誰もおらず、その光景を見られる事は無かったが、もし誰かが見ていたらこう思っていただろう。
家族か、と。
あの後、かぐやが落ち着いてから三人は身を隠し、白銀が帰宅してから生徒会室に置いたままの巨大ケーキを運び出した。
あれを処分するのはかぐやと早坂だが、まあ主に早坂のお腹の中へと消えていくだろう。
ちなみに総司は甘いものが苦手のため辞退した。裏切り者、と総司を非難する早坂の暗い目は総司の脳裏に刻み込まれた。あれはまた埋め合わせとか言い出すかもしれない。
「あ」
ふと、総司は動かしていたペンを止めた。そしてデスクの傍らに立て掛けてある鞄のファスナーを開け、中から包装されたある物を取り出す。
「渡しそびれちまった」
総司が取り出したのは今日、白銀に渡すつもりだった誕生日プレゼントだ。かぐやが白銀にプレゼントを渡すのを見届けてから渡す予定だったのだがすっかり忘れていた。
「まあ、明日渡せば良いか」
白銀は小さな事には囚われない男である。かぐや関連の事以外は。だから今日渡し忘れた事は謝れば許してくれるだろう。多分。
そして総司は明日、手伝いを頼まれてないが生徒会室へプレゼントを渡しに赴く事となる。そこで、混沌とした光景を見る事になるとは知らずに。
次の日、総司は予定通り生徒会室に赴いた。そこで石上に泣かされた藤原に抱き付かれたりと大変だったが、何とか白銀にプレゼントを渡す事が出来たのだった。
ちなみに、総司が白銀に渡したプレゼント、高級枕は大層喜ばれたという。
四宮一家再び