四宮総司は変えたい   作:もう何も辛くない

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四宮総司は勉強したい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 机にはPCではなくノートと問題集、筆記用具が並んでいる。

 今日の分の仕事は終え、久し振りにゆっくりと勉強が出来る時間の余裕が出来た。この時間を無駄にはしたくない。何せもうすぐ全国統一模試が行われる。気合いを入れて勉強しなければ勝てない相手が二人もいるのだ。

 

 だというのに、何とタイミングの悪い事か。もうわざとやってるとしか総司には思えなかった。

 

「死ね」

 

『開口一番ひどくね!?』

 

 驚愕する声は総司のスマホのスピーカーから聞こえてきた。

 そう、これまた久々の登場、四条帝である。

 帝からアプリ通話が掛かってきたのは総司が勉強を初めてから数分してからだった。

 仕事を終え、『よっしゃ、今日は腰を据えて勉強するか』なんて気合いを入れ、問題集を解き始めてすぐにこれである。正直、軽い殺意が湧いた。

 

「久々にじっくり勉強出来る時間がとれたんだ。邪魔すんな」

 

『とか言いながら通話には出てくれるもんな総司は。このツンデレめっ』

 

「…」

 

『おい、俺には解るぞ。無言で通話を切ろうとするな。ちゃんと用事はあるんだからな』

 

「ちっ」

 

 帝に行動を読まれ苛立つ総司。荒々しい舌打ちの音はまさに荒れ狂う総司の感情を物語っていた。

 

『まず一つ目だけどよ。…今回の賭けはどうするよ』

 

「寿司じゃなかったか?」

 

『それは八百長の話だろ?寿司で良いならそれでも良いけどよ』

 

 そういえばそうだっけか、と過去の帝との会話を思い出す。…まずい、思い出せない。恐らく帝から言い出した事を聞き流してたのではないか、総司の記憶には全く八百長の話をした事など残っていなかった。

 何故か寿司という単語は残っていたが。

 

 ちなみに賭けというのは模試の点数の勝敗についてである。二人が勝敗によって賭けを始めたのは高校に入ってからだった。模試前に内容を決め、負けた方が勝者に施すという至ってシンプルな賭けである。

 これまではほとんど食事を奢るというペナルティーを課してきた。そうでない時もあったが、今回もその例に倣い食事を奢るというのが敗者のペナルティーになりそうだ。

 

「ん~…。蟹なんてどうだ?」

 

『あ?蟹?何で蟹だよ』

 

「いや、何となく思い浮かんだだけ」

 

 寿司といえば海鮮、海鮮といえば…という風に思考を進める内に総司の頭に浮かんだのは蟹だった。

 

「うん、何か蟹食いたくなってきた。正確に言うなら他人の金で蟹が食いたい」

 

『…あー、何か話してたら俺も蟹食いたくなってきたわ。もっと言うなら敗者の金で蟹が食いたい』

 

 総司の手が止まる。顔が上がり、今は何の音も出さないスマホへと目を向ける。

 その口許は、獰猛に歪んでいた。

 

『決まりだな』

 

「あぁ。いつになるか解らんけど、蟹を奢ってもらう予定立てとく」

 

『そりゃこっちの台詞だ』

 

 恐らく帝も同じ表情をしているに違いない。

 

 今の総司と帝は飢えた獣も同然だった。久々に喰い甲斐のある獲物を見つけ、獰猛に嗤う獣。

 

「んで?二つ目の用事って何だよ」

 

『あぁそうだ、忘れてた。いや、姉貴の事なんだけどよ』

 

 自分の姉についての相談の癖に忘れるとは何事か。

 いや問題はそこではない。帝が姉について相談をする。それはつまり──────

 

『あれからどうだ?何か解ったか?』

 

「…何が?」

 

『いや何がって、忘れたのか?姉貴の様子がおかしいってお前に話しただろ?』

 

 これがテレビ通話でなくて良かったと心底安堵する総司。いや、帝とテレビ通話なんてした事はないが。

 いやだからそこじゃない。そこじゃないのだ。

 

 以前、総司は帝から姉の情緒が不安定なのだと相談を受けた。初めはいつもの事なのでは?と思っていたのだが、帝曰くいつもとは何やら様子が違うという。

 結局二人で話していても結論は出なかったため話し合いは終わりにし、帝からそれとなく姉を見てやってほしいと頼まれお開きになったのだ。

 

 単刀直入に言おう。総司は帝の姉、四条眞妃の様子がおかしい理由を知っている。というか、その理由を目の当たりにしてしまった。帝にその理由を話そうと思えば話せる。

 

 だが、総司はその判断を下す事を戸惑っていた。理由は簡単。あんなのに関わりたくないからである。介入すればややこしい且つ面倒臭い事になるのは目に見えている。

 というかそういう理由を抜きにしても介入したくない。

 

(嫌だよ、あんな悲しい事に関わるの。だってあの二人もう神ってるんだぞ?…あ、涙出てきそう)

 

 今の眞妃の心情を想像していたらつい涙が出そうになる。

 それもそうだろう。想いを寄せる相手と付き合っているのは自分の親友。そして二人はすでに──────まあそれを眞妃が知っているかは定かじゃないが。

 しかしもし知っていたら─────総司は思考を止めた。これ以上考えたら本当に泣いてしまう。

 

「…そういえばそうだったな。悪い、まだちょっと解らん」

 

『そうか…。俺の方もちょっと掴み兼ねててな。一応姉貴に監視付けたりしたんだが、手応えは無しだ』

 

「…」

 

 総司は優しい嘘を吐いた。さすがにありのままを帝に話すのは、プライドの高い眞妃には我慢ならないだろう。

 そして、それと同時にある事を悟る。

 帝が眞妃に付けたという監視は恐らく、総司と同じ心情なのだろうと。きっと、総司と同じ理由で帝に報告しないのだろうと。

 総司と同じく、あれを見てしまったのだろうと。

 

「俺ももう少し注意して眞妃さんを見てみるよ」

 

『悪いな。俺も秀知院生ならお前に面倒掛けなくて済むんだが…』

 

「気にすんなって」

 

 というかむしろ帝が秀知院生じゃなくて心底良かったと思う。もしそうだったら、今頃眞妃の精神はどうなっていたか。

 とにかく帝には言ってはならない。もし言えば眞妃を

慰めるべく総司の協力を帝は得ようとするだろう。何だかんだ、帝は姉を慕っているのだから。だがそんなのは御免だ。というより無理だ。さすがにあれは手に余る。

 そして何より眞妃のために、帝には言わない選択を総司はとる。

 いずれ知られてしまうのは避けられない運命だと解っていても。

 

「それで用は済んだか?」

 

『あぁ。…次に話す時は料亭でだな。金は忘れるなよ?』

 

「それはこっちの台詞だ」

 

 笑みを含んだ声で言い合ってから、総司は帝との通話を切る。

 

「さて、今度こそ…」

 

 今度こそ集中して勉強を、という所でスマホが震える。断続的に震えるそのパターンは、メールが来たという事。

 そしてこの便利なメッセージアプリが多くあるこのご時世にメールという機能を使う知り合いは、総司には一人しかいない。

 

「かぐや…」

 

 そう、総司の妹かぐやである。そうでないガラケーもあるが、かぐやのガラケーはメッセージアプリが使えない機種である。なので離れた所にいる友人との会話の手段は電話か、メールのみ。

 

「…はぁ」

 

 ため息を吐きながら立ち上がる。無視しようかとも考えたが、そうすると後が面倒臭い。仕方なく総司はかぐやの呼び出しに応じる。

 

「おーい、久々に勉強中だったお兄様が来てやったぞ~。久々に余った時間を割いて来てやったぞ~。開けろ~」

 

 そんな風に不機嫌さを隠す事なく皮肉全開の台詞を吐きながらどんどんと扉を叩く総司。

 数秒後、扉を開いて総司を出迎えた早坂の表情はそれはもう申し訳なさそうに、何も言わずともその顔だけで謝罪してる事が丸分かりの表情をしていた。

 

「申し訳ありません。本当にかぐや様が申し訳ありません総司様」

 

「で、今回はどうしたってんだ。…まさかまた喧嘩したんじゃないだろうな?」

 

「いえ、そうではありませんのでご心配なさらず」

 

 どうやらまた喧嘩したという訳ではないらしい。それならかぐやは何故総司を呼び出したのか。

 

(あ、これは愚痴を聞かされるパターンだ)

 

 総司はその理由をかぐやの表情を見ただけで悟った。

 何故なら、ベッドに座るかぐやは赤くなった顔を膨らませ、大変ご立腹な様子だったからだ。

 

「帰っていい?」

 

「駄目です」

 

 即答だった。これは帰ろうとしたら早坂は全身全霊で止めてくるだろう。

 諦めて総司はぷんすこしているかぐやに歩み寄る。

 

「どうしたんだよ今日は。また白銀と何かあったのか?」

 

「そうですよ!かいちょ…白銀さんが酷かったんですから!」

 

 何故か白銀の呼び方を直したかぐやは経緯を話し始める。

 そしてその話を聞いて総司はかぐやが白銀の呼び方を直した理由を理解する。

 

 今日、第六七期秀知院生徒会は解散の日を迎えた。白銀から生徒会室の片付けに誘われたため総司はその事を知っていた。ちなみに白銀の誘いは丁重に断った。さすがに生徒会最後の日に自分がいてはいけないだろうと思ったからだ。たとえ、白銀達がどれだけ否定しようとも。

 

 生徒会室の片付けを終えてから、かぐや達四人はファミレスで打ち上げを行ったらしい。その時にかぐやは白銀からもう自分は会長ではないと言われ、呼び方を直したという。

 さて、本題は打ち上げが終わってからだ。店を出て帰路に就き、駅で藤原、石上と別れたかぐやは白銀に家まで送ってもらった。

 

 その時、かぐやは白銀にこう言ったそうだ。『私は会長は、会長がいい』と。

 

「うっわ、はっず」

 

「言わないであげてください、総司様。かぐや様が一番解ってる事なんですから」

 

「二人とも黙りなさい!まだ続きがあるのよ!」

 

 茶々はそこまでに、かぐやの話に再び耳を傾ける。

 

 かぐやの我が儘を聞いた白銀は鞄から一枚の紙を出した。それは、生徒会選挙の申込書。そこにはしっかり白銀御行と名前が書かれていたらしい。

 

「会長は全部計算していたんです!私にあの恥ずかしい台詞を言わせるために!」

 

「なるほど、かぐや様はまんまと出し抜かれてお怒りという事ですね…、総司様、どうしました?」

 

「…ん?いや、別に」

 

 かぐやの話は解った。だが一つ、一つだけ総司はかぐやの話の中で引っ掛かっている事があった。

 

「…早坂、悪いけどかぐやの相手を任せていいか。すぐ戻るから」

 

「え」

 

「頼む」

 

「あの、総司様?ちょっ「聞いてますか早坂!」」

 

 幸運にもかぐやの意識は完全に早坂に向いていた。その隙に総司はそそくさとかぐやの部屋を出る。早坂の声は聞こえないフリをして。

 

 かぐやの部屋を出た総司はすぐに自室へと戻り、机に置きっぱなしにしていたスマホを手に取り操作する。

 メッセージアプリを起動、アプリのフレンド欄を呼び出し、その中から一人のユーザー名をタップする。

 

『もう会長はこりごりなんじゃないのか?』

 

 そう文字を打ち、送信する。

 返事はすぐに返ってきた。

 

『気が変わった』

 

 これまた簡潔な答えだ。果たして、気が変わったその理由とは一体何なのだろうか?

 

「くくっ」

 

 小さく笑みを漏らしてから、総司は再び文字を入力、『そうか』とだけ打って返信する。

 

 画面には二つの画像がそれぞれ左右にあり、縦に並んでいた。一つはデフォルトの顔面がない上半身の画像。もう一つは迫力のある文字体で『知』と書かれた画像。

 デフォルト画像は総司のもの。そして、もう一つの知の画像の所には──────

 

「単純だな、白銀」

 

 白銀御行と書かれていた。

 

 総司は小さく呟いてから、スマホを机の上に戻して部屋を出る。当然、かぐやの部屋に再び向かうためである。

 今頃早坂がかぐやの相手をしているはずだ。先程と同じく勉強を続けようかという考えが出なかった訳ではないが、後が怖いため却下する。

 

 かぐやの部屋に戻ってきた総司を出迎えたのは、騒がしいかぐやの声と早坂の鋭い視線だった。

 すぐに謝ったが、無情にも早坂の埋め合わせカウンターは一つ追加されたのだった。




もう何も辛くないは蟹を食べたい
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