先に言っておくと、ミコちゃんはヒロインではありません。石ミコこそ至高( ・`д・´)
朝、いつも通りの時刻に起き、いつも通りの時刻に朝食を食べ、いつも通りの時刻に身支度をして外に出るというパターン化したルーティンを終えた総司は屋敷の前でかぐやと合流する。
今日はかぐやの方が先に準備を終わらせていた様だ。かぐやの傍らにはまだメイド服姿の早坂が立っている。
「…ねぇ、総司?」
「ん?」
すでに朝食時にかぐやとの挨拶は済ませてある。今更挨拶をする必要はなく、総司は車に乗り込もうとして、かぐやに呼び止められた。
「昨日からずっと早坂の機嫌が悪いのだけど、何かしたの?」
「…」
かぐやにそう問われた総司はちらりと横目で早坂の様子を見遣った。
早坂は背筋を伸ばした体勢のまま目を瞑り、総司の方を見ようともしない。
「…いや、何も」
「えぇ。かぐや様、総司様は私に何もしていませんよ」
「…そ、そう」
かぐやが苦笑する。そして視線を総司に向ける。
その視線は、何も言わずとも早坂に何をしたと雄弁に総司に問いかけていた。
「本当になにもしてないんだって。それよりかぐや、早く行くぞ」
「…えぇ」
総司はかぐやに車に乗るよう促してから先に乗り込む。かぐやも一度早坂の方に視線を向けてから、総司に続いて車に乗り込んだ。
二人が車に乗ってから運転手が扉を閉め、運転席に乗り込む。
車はすぐに発進した。その直後、総司は横目で早坂を一瞥した。
視線が合った。鋭い早坂の視線が総司に確かに向けられていたのだ。
交わった視線はすぐに解かれ、早坂の姿は見えなくなる。車は別邸の敷地内から抜け、公道に向けて住宅街の道を走る。
「…総司。本当に早坂に何したのよ」
「いや、本当に何もしてない」
かぐやは総司が早坂に何かしたと思っているようだがそれは違う。確かに早坂が怒っているのは総司に原因があるが、それは総司に何かされたからではない。
むしろその逆、総司が何もしないから早坂は怒っているのだ。
「あんなに怒ってる早坂は久し振りに見たわよ」
「…そうだな」
「何があったのかは知らないけれど、後で謝りなさいよ」
「…あぁ」
「やっぱり何かしたんじゃない」
「だから何もしてねぇっつの。…何もしてないから謝るんだよ」
「?何を言ってるの?」
総司が謝りたいと思ってる事は早坂に何も言わずに居続けた事であり、何かしたからではない。おかしな話だが、何もしなかった事を謝らなければならないのだ。
さすがのかぐやも言ってる意味が解らず首を傾げている。そんなかぐやに総司は小さく笑みを漏らしてから、掌をかぐやの頭に乗せてぐりぐりと回した。
「ち、ちょっと!髪が崩れるからやめなさい!」
「うりうりうりうり」
「総司っ!」
かぐやが本格的に怒り出す前に手を離して解放する。かぐやは全く、とため息を吐きながら鞄から手鏡を取り出して崩れた髪型を整える。
そうして穏やかな一時は過ぎ、車はもうすぐ校門に着くという所まで来ていたのだった。
昼休み。別に何事もなく午前の授業を熟した総司は、弁当を持って廊下を歩いていた。今日は天気が良く、残暑が抜けた秋の穏やかな暖かさがある気候となっている。
だから昼食は外で食べようと考えたのだ。まあそれは建前だが。
(お節介が仲直りさせようと手を出してくる前に逃げましょうっと)
何だかんだかぐやは身内にはお節介を焼きたがる。まああんな空気の早坂と一緒にいるのは辛いというのもあるだろうが、もしかしたら総司と早坂を仲直りさせようと策を弄する可能性があった。
しかし総司は何があっても今の方針を変えるつもりはない。そしてそうなれば、早坂も総司への怒りは収まらない。どんな策でも、せめて選挙が終わるまでは仲直りなど出来ないだろう。
「…ここで良いか」
秀知院学園の敷地は広大だ。何年も通っている総司ですらまだ足を踏み入れた事のない場所はいくつもある。
何故こんな所に、と聞きたくなる程に孤立したベンチに腰を下ろし、包みを広げて弁当の蓋を開ける。中には高級食材をふんだんに使った、高級料理のオンパレード。もう少し庶民的な物を食べたいなんて贅沢を思いながらも料理に箸を付ける。
柔らかく涼しい風が吹く。木から落ちた銀杏が総司の目の前で舞う。
実に風情のある光景だ。この瞬間、今いる場所が総司のお気に入りとなったのは言うまでもない。
「四宮先輩…?」
不意に呼ばれたのは弁当の残りが少なくなってきた時だった。声がした方に振り向くと、そこにはたくさんの紙を抱えた二人の女子生徒が総司の方を向いて立っていた。
「…伊井野さん」
「っ…、私の名前、覚えててくれてるんですね」
「まあな。あんな印象的な出会いしたらそりゃ覚えるさ」
二人の女子生徒が総司の方へと歩み寄ってくる。その内の一人、背の小さい方の生徒である伊井野と言葉を交わす。
「それと、えっと…?」
「あぁ、私は自己紹介がまだでしたね。大仏こばちです」
「大仏、さん…」
伊井野の隣にいるメガネをかけた女子生徒。初めて伊井野と対面した時も一緒にビラ配りをしていた生徒の名前はかなり聞き覚えのあるものだった。
秀知院が誇る四大難題美女。その一人に確か、大仏こばちという名前の生徒がいたはずだ。はず、なのだが、何というか…、メガネが特徴的というか、正直四大美女に数えられているとはどうも見えない。いや、別にそういう事に興味がある訳ではないが。
「四宮先輩はどうしてこんな所に?」
「?見ての通り、弁当食いに来てる」
「…一人でですか?」
「一緒に弁当食う友達いないけど何か?」
首を傾げる伊井野に意地悪してみたら、簡単にあたふたと慌て出す。何とも素直な子だ。
(やっぱ、そういう風には見えないよな…)
総司は一瞬、目を細めて謝りながら手を振る伊井野を見つめる。
どこからどう見ても、あの竹田と手を組む様な人物には見えない。
「ビラ配りか?」
「あ、はい。これからこばちゃんと一緒に行こうとしてました」
「…もう一人の男子生徒は?あの時は一緒だっただろ?」
「竹田君は…、今回は別行動してます」
二人はビラ配りに行くらしいが、もう一人、竹田の姿が見当たらなかった。竹田について問うと、伊井野は表情を曇らせながらそう答えた。
「…そうか」
どうやら総司が想定した通りの状況になっているらしい。これならやはり総司が介入せずとも──────
(いや、これは純粋に生徒会長を目指す奴の前で考える事じゃないな)
そこで思考をシャットする。伊井野ミコは純粋に秀知院を良くするために生徒会長を志す一人の生徒だ。竹田の様な奴とは違う。
総司が考えていた事は、伊井野の前で考えるべきではない事だ。
「…あの、四宮先輩」
「ん?」
弁当に入った天ぷらを口に入れた時、伊井野が口を開いた。体の前でビラの束を握り締め、緊張の面持ちで伊井野は続ける。
「あの時は返事を貰えなかったので、改めてお願いします。…私が当選したら、生徒会に入ってもらえませんか?」
「…」
それは、初めて伊井野と対面した時にも言われた事だった。あの時は何だかんだと色々あって返事が出来ず終いだった。
だが、総司の中でもうその質問への答えは決まっていた。口の中の物を飲み込んでから口を開く。
「悪いが、それは出来ない」
伊井野の表情が泣きそうに歪む。大仏から感じる視線が厳しくなる。
「…どうして、ですか?」
「単純に生徒会の仕事を熟す時間がない。たまに仕事を手伝いに行くのは白銀の時にやれてたけど、生徒会に入るとな。幽霊部員みたいになるぞ」
「…なるほど。四宮の次期当主として、やる事がたくさんあるという事ですね?」
「そういう事」
総司の返答に伊井野は首を傾げたが、大仏は理解したようだ。そして大仏の解説に伊井野も納得したようで、目を見開いてこくこくと頷いた。
「そうですか…、そうですね。良く考えたら白銀前会長の時も生徒会には入ってなかった。理由も少し考えたら解るのに、私…、ごめんなさいっ」
伊井野が腰を折ってお辞儀する。彼女の髪が揺れ、勢い良くお辞儀したせいでビラの束から何枚も紙が地面に溢れ落ちた。
「あああああああああっ!!」
「あーもう、ミコちゃん何してるの」
慌てて地面に落ちた紙を集める伊井野と、ため息を吐きながらそれを手伝う大仏。
総司は空になった弁当に蓋をしてから包みの上に置き、ベンチの近くにまで落ちてきたビラを集める。
「ほら」
「あ、ありがとうございます」
落ちたビラを集め終え、伊井野に渡す。
ここで、総司は一つ気になった事を聞いてみる事にした。
「なあ。何で俺を生徒会に誘ったんだ?」
ただの純粋な疑問。というより、確認というべきか。
これまでの総司の成績や功績を評価しての事なのか、それとも。
「…私、藤原先輩と同じくらい、四宮先輩にも憧れてるんです」
返ってきたのは喜んで良いのか微妙な返答だった。いや、藤原もカタログスペック上は相当な天才といっても良いのだが。
「中等部で生徒会長になって、それも一年であんな堂々として…。私もあんな風になれたらって、そうしたら私の理想を実現できるのにって」
「…」
伊井野の口から続いて出てきた返答は、これまた総司にとっては微妙な気分になるものだった。
かつて、中等部で生徒会長をやってた頃の記憶は今の総司にとって良い記憶ではない。それに憧れたと言われても、総司は素直に喜ぶ事など出来なかった。
「…四宮先輩、私も聞いて良いですか?」
「…何だ」
「どうしてあれ以降、生徒会長をやらなかったんですか?」
伊井野がしたいという問いは、何となく想像がついていた。そして、実際に伊井野の口から出た問いかけは総司の想像通りのものだった。
「選挙で落ちたのならまだしも、立候補もしてません。それに四宮の後継者に決まったのは中等部を卒業してからだったはずです。なのに──────」
「一つ言っておく」
伊井野の声がだんだんヒートアップする中、総司はその台詞を遮る形で口を開いた。
今の総司の声は先程までの穏和なものではなく、迫力に満ち、刺すような緊張感すら感じさせるものだった。
「伊井野。あの頃の俺に憧れるのは止めておけ。良い会長になりたいのなら」
「え…」
か細い声が伊井野の口から漏れたのが消えた。それを無視して、総司は弁当箱を包みに包んで持ち、伊井野と大仏の横を素通りする。
「ど…どういう意味ですか!あの時の四宮先輩に憧れるなって…!」
背後から伊井野の大声が聞こえてきた。総司は足を止め、しかし振り返る事なく答える。
「そのままの意味だ。あの頃の俺に憧れてる様だと、絶対に失敗するぞ」
「そ、そんな事はありません!四宮先輩は堂々としてとても立派で、
ただ忠告するだけのつもりだった。だが、さすがにその言葉だけは聞き流せなかった。
振り返り、伊井野を横目で視線を送る。
「あの時、本当にだらしなかったのは俺だ。そこだけは間違えるな」
「あ…、あ…」
「…」
これ以上言う事は何もない。総司はもう振り返る事はなく立ち去っていく。
もう、背後から呼び止める声はしなかった。校舎に入り、廊下を歩き、少ししてからだった。
総司は階段の下、廊下からを歩く生徒からは見えない物陰に入っていった。
「…ぁぁぁぁああああ~っ」
そして、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
(何やってんの?いや本当に何やってんだよ俺!?は!?あれもう完全に八つ当たりじゃん!マジで屑じゃん!うっわマジで恥ずかしい!)
思い出すのは先程の伊井野との会話。伊井野はあの頃の生徒会について何も知る由はないのだ。総司自身、あの頃の生徒会は何も知らない者から見たらそう見えるのも仕方ないと解っていたはずなのに。
それなのに、伊井野の言葉に腹を立て、八つ当たりをしてしまった。
(ごめん!マジでごめん伊井野さん!…気持ちの整理がついたら絶対に謝るから!)
何としても伊井野に謝らなくてはならない。しかし今は出来そうにない。そんな精神状態じゃない。恥ずかしすぎて伊井野の前に立つ事すら出来ない。
総司はその後、気持ちの整理をすべくその場でひたすら少し前の自分の馬鹿っぷりに悶え続けるのだった。
一応落ち着くまで、昼休みが終わるギリギリまで時間が掛かったのはまた別の話。
総司君、八つ当たりするの巻。
色々と達観しつつある総司ですが、まだまだ精神は未熟です。