原作第78話のかぐやと白銀のその一方で、総司と藤原に起きた出来事のお話です。
まさに、シンクロニシティ。
『単刀直入に聞くわ。総司、貴方は藤原さんの事をどう思ってるの?』
昨日、かぐやに言われた言葉が脳裏に過る。
どう思う、なんて聞かれてもよく解らなかった。ただ、良い友人だと思っている、とだけ答えた。
現に総司は千花の事を友人だと思ってるし、千花も同じ様に自分の事を友人だと思ってるはずだ、とも答えた。
直後、かぐやの目が刺々しくなったのは気になったが。
「総司、くん…」
至近距離で総司を見上げている千花の頬は紅潮し、艶やかに潤んだ両瞳に吸い込まれそうになる。
今、総司と千花は校舎内のとある教室に来ていた。ここにはたくさんの備品があり、この中には体育祭に使う得点板や拡声器、テントの布等が置かれている。
その他にも体育祭では使わないだろう備品も置かれているが、それには理由がある。
この教室の他にも備品が置かれた物置はちゃんとある。今頃かぐやと白銀が行っているだろう体育倉庫は良い例だ。しかしこの学園で盛大に行われる行事に使う備品が倉庫一つ、教室一つで入りきるはずもない。
その場に入り切らなかったものを置く場所、それが今、総司と千花がいる場所だ。
さて、そんな場所で何故二人がこんな雰囲気に包まれているのか。時は一時間程遡る──────
「総司。体育祭の備品整理を手伝ってくれないか」
始まりは、そんな白銀の何気ない言葉だった。総司は今日のスケジュールを思い出し、特に白銀の頼みを断ってでも急いで熟さなくてはならない予定はないと確認してからその頼みを頷いて受け入れた。
先程言った通り、体育祭の備品は二ヶ所の場所に保管されており、その内の体育倉庫を白銀とかぐやが、そしてもう一つの教室を総司と千花が受け持つ事となった。
「総司君が生徒会の仕事を手伝うのって何だか久し振りな気がしますねぇ~」
「…そういえばそうだな」
備品がしまってある教室に向かう総司と千花。総司の隣で歩く千花がニコニコと笑いながら言う。
確かに、総司が生徒会の仕事を手伝うのは長らくなかった。前生徒会が解散してからの空白期間があったのもそうだが、新しく生徒会が発足してから今日、総司が生徒会を手伝うのは初めてだ。
「…何だか最近、総司君は私に構ってくれませんでしたからね~」
「どういう意味だ」
何故か不貞腐れた様子の千花に苦笑いする総司。いや、確かにこうして千花と面を向け合って話すのも久し振りな気がするが、そうでなくても毎日メッセージでやり取りしてるはずなのだが。
「それは私とだけじゃないでしょう?圭ちゃんとだって同じ事してるじゃないですかっ」
「いや、そうだけど…。何で俺が圭さんと連絡先を交換した事知ってんの?」
「圭ちゃんが教えてくれたんですよ!」
そのままモノローグ通りの台詞を千花に言った総司。直後、火山が噴火したかの如く、千花が大きな声で総司に言い返した。
何で、何でそこまで怒る?首を傾げる総司とぷいっ、とそっぽを向く千花。
先程までの機嫌の良さはどこへやら、すっかりへそを曲げてしまったらしい。
本当にどうしてこうなったのか総司には理解できない。近頃余り千花と実際に会って話せなかったのも圭と連絡先を交換した事も、何故千花の機嫌急降下に繋がるのかさっぱり解らない。
「つーん」
「…」
つーん、なんて口に出して言っちゃっている。実はそんなに機嫌悪くなってなんかないんじゃないか、なんて考えが浮かんだ時には総司と千花は目的の教室の前まで来ていた。
総司が扉に掛けられた南京錠を外し、取っ手に手をかけて横に引く。
中はかなり埃臭く、久しく誰の手も入らなかった事が窺えた。
早速動き出す二人。ここにある体育祭に使う備品の点検と、すぐに取り出せるように場所の移動を行う。
白銀から貰ったリストを確かめながら、点検と移動を済ませた備品にはチェックを入れて作業は順調に進んでいた。
「…無いですね」
「無いな」
途中までは。というより、最後の一つまでは。
「体育倉庫の方にあるんですかね?」
「あり得るな。拡声器なんて気軽に持ち出せるし、文化祭の準備の邪魔になって移動させたのかもしれん」
そう、リストにはこの教室にあると書かれている拡声器がどれだけ探しても見つからないのだ。おかげで拡声器を探すだけで十五分も時間を使ってしまった。
とにかく一度、白銀かかぐやと連絡を取りたい。そして、体育倉庫に拡声器があればこれで作業終了、なければまた探し直しだ。どちらにしても白銀かかぐやに連絡を取らなければ始まらない。
だが──────
「…出ない」
「生徒会室に置きっぱなしにしちゃったんですね…」
通話を掛けるも通じない。白銀も、かぐやもだ。
実際千花の言う通りなのだが、二人は知らない。体育倉庫にて、かつてないほど二人のテンションが爆上がりしている事など。
「どうします?」
「…もう一度探してみよう。見落としてる所があるかもしれない」
もう一度探し直す二人。今度は先程よりも細かく、備品と備品の間に挟まってないか、文化祭で使う備品の中に混ざってないか、しっかり目を通していく。
「あっ!ありましたよ、総司君!」
千花が声をあげたのは、総司が去年の文化祭で使われたと思われる衣装が入った段ボールをどかそうとした時だった。
振り返って見ると、千花は棚の上を見上げていた。千花の視線を追いかけ総司もそこを見ると、棚の上には段ボール、そして中からはみ出た白い拡声器の持ち手の部分。
「ん…しょっ」
千花が背伸びをして腕を伸ばす。段ボールに手は触れているが、千花の身長ではそれ以上は無理らしい。
「俺がやるから、下がってろ」
「いえっ…、だいじょうぶ、ですっ…」
立ち上がり、歩み寄りながら千花に声を掛ける。しかし千花は意地になってしまったか、背伸びを続けて段ボールを下ろそうと試みる。
「あっ…」
千花の右手の指が段ボールに触れ、位置を動かす。直後、呆然と千花の口から声が漏れた。
「っ」
総司の目にはその光景がスローモーションで見えた。
棚の上を見上げる千花。その千花に向かって落下する段ボール。中に入っていたのは拡声器だけではなく、何やら金属製の物が一緒に落ちている。
「千花っ!」
手を伸ばし、千花の左腕を掴んで引き寄せる。抵抗する事なく千花は総司の方へと引き寄せられる。
床に落下する物々がけたたましい音を立てる。二人は思わず目を瞑って身を竦める。
音が止み、ゆっくりと目を開ける。先程まで千花が立っていた場所には拡声器が、棒状の金属が散乱していた。もし、総司が間に合わなかったら。
考えるだけでゾッとする。
「千花、大丈夫か?怪我はないか?」
総司は
「…おい?」
「…」
しかし千花は何も答えない。総司の方を見ようともしない。腕の中で何故か小刻みに震えているだけ。
なのでもう一度呼び掛けると、今度はゆっくりと総司の方へと振り向いた。
頬を真っ赤に染めて。
「──────」
ここでようやく総司は今の自分達の体勢を自覚する。
先程、千花を引き寄せた総司。その千花は今、総司の右腕に抱かれている状態だ。総司の右半身に千花の温もりが、女の子の体の柔らかさが直接伝わってくる。
『単刀直入に聞くわ。総司、貴方は藤原さんの事をどう思ってるの?』
昨日、かぐやに言われた言葉が脳裏に過る。
どう思う、なんて聞かれてもよく解らなかった。ただ、良い友人だと思っている、とだけ答えた。
現に総司は千花の事を友人だと思ってるし、千花も同じ様に自分の事を友人だと思ってるはずだ、とも答えた。
直後、かぐやの目が刺々しくなったのは気になったが。
「総司、くん…」
至近距離で総司を見上げている千花の頬は紅潮し、艶やかに潤んだ両瞳に吸い込まれそうになる。
いや、実際に吸い込まれているのか、千花の顔が少しずつ近付いてきてる気がする。
(待、て…。おい、これはさすがに…)
そう言ったのは内心でだけで、実際に口に出しては言えなかった。このままではどうなるか、総司にだって解っていた。しかし止められない。
どころか、千花の体を抱く総司の右腕に力が籠る。
「っ」
直後、千花の両目が閉じた。まるで、総司から来るのを待つように。
バカな、本当にそれで良いのか。千花はそれで。相手が、自分なんかで。本当に?
頭が警鐘を鳴らす。このまま流されるべきではないと。
心が叫ぶ。このまま流されてしまえと。
総司の両目もまた、ゆっくりと閉じようとしていた。
「総司先輩、藤原先輩。手伝いに来ました、よ…」
時が音を立てて凍り付いた。総司と千花と、そしてこの教室の扉を開けた石上、三人の視線が交わる。
「「「…」」」
誰も何も言えない。沈黙が流れる。
それもそうだろう。方や自分の先輩二人の情事を目撃してしまい、方や目撃されかけたのだが。
いや、成立はしていないのだが。しかしそれを石上の方が解る筈もなく。
「──────」
そして、石上優は目を閉じた。両瞼の上に両手を重ねるというおまけ付きで。
「死にたいので帰ります」
「ま、待て石上!誤解だ!これは千花を助けようとしてだな!」
「そ、そうなんです石上君!総司君は私を助けてくれただけなんです!」
「…総司先輩、藤原先輩を名前で呼ぶ様になったんですね。…藤原先輩は僕と同じ空っぽな人間だと思ってたのに、裏切り者!」
「どういう事ですか!?」
号泣する石上、憤慨する千花、そしていつの間にか話題が逸れていく二人の会話を聞いてる事しか出来ない総司。
千花と石上の言い争いは総司が止めに入るまで延々と続いたのだった。
「結局、お二人は何をしてたんですか?」
その後、石上がそう問い掛けたのは教室の扉に南京錠を掛け、生徒会室に戻ろうとした時だった。
総司と千花の二人は石上に懇切丁寧に説明した。拡声器が見当たらず探していた事、千花が棚の上の段ボールに入った拡声器を見つけた事。千花がその段ボールを落としてしまい、総司がそこを助けた結果、あの体勢になってしまった事。
キスしてしまいそうになった事は伏せたが。というより、触れたくなかった。恥ずかしすぎたから。
「へぇ~…」
石上は以降、何も言わなかったがもしかしたら察しているかもしれない。何だかんだ石上は勘の良い男である。
「「…」」
「…」
本当にそれ以降何も追求してこない石上が逆に怖く、戦々恐々とする総司と千花だった。
ちなみに夜、かぐやから体育倉庫であった出来事を早坂と一緒に聞かされ苦笑いしか出来なかったのは別の話。
そして、その様子に何かが引っ掛かったのか、早坂に何かあったかと問い掛けられまた焦ってしまったのも別の話である。
かぐやの問い掛けで察した方もいるかもしれませんが、今回のお話は原作第77話の翌日という設定です。
ついでにこの話の裏タイトルを発表しておきましょう
『そして、石上優は目を閉じた(物理)』