早坂命の皆さん、ごめんなさい。m(_ _)m
「今日は寒いですねぇ~。早く夏来ないかなー」
「随分と気が早いな。まだまだ春は続くぞ」
こんな長閑な会話が行われているこの場所は生徒会室。今日も今日とて総司は連行され、生徒会の仕事を手伝わされているのだ。
今は一度仕事を中断し、かぐやが淹れた紅茶を飲みながら休憩している。
「いいえ!時間なんてあっという間に過ぎるんです!うかうかしてたらな~んにもないまま卒業ですよ?」
「ぶふぉっ」
良かった。紅茶を飲み込んだ後で本当に良かった。もし口の中にまだ残ってたら、正面に座っているかぐやと白銀に吹き掛けてたかもしれない。
「…睨むなよ」
「「別に睨んでなんかない(いません)」」
藤原の台詞で心にダメージを負ったであろう二人が目を細めて睨んでくる。しかし全く堪えない。むしろ微笑ましいくらいである。というか半年間何もない二人が悪い。
「あっ、そうです!夏になったら生徒会の皆で旅行に行きましょう!」
藤原がそんな事を言ったのはその時だった。そしてこの言葉が、とある二人の戦いの始まりを告げるゴングだったという事を、まだ総司は知らなかった。
「それは良いですね。親睦も兼ねてどこか行きましょうか」
「わーい!」
藤原の提案にかぐやが穏やかな笑みを浮かべて同意し、藤原は両手を上げて喜んでいる。
そして残る白銀は、二人の会話は聞こえていたのだろう。手を口許に添え、目を閉じ、何やら考えている様子。
(あ、目が開いた)
よく解らないが方針は決まったらしい。自信ありげな表情から察せられる。
「どこに行きましょうか!楽しみです~」
「そうだな…。行くならやっぱり山か「海です。海以外あり得ません」っ!!!?」
藤原の問い掛けに答えようとする白銀。だがそこにかぐやが割り込んだ。
かぐやに割り込まれて最後まで言い切れていなかったが、白銀が山と言ったのは聞き取れた。そしてかぐやは海と提案した。
海VS山
(定番中の定番じゃねぇか。もっとコアな所で争ってくれないかなー)
なんて考えている総司だが、この話題については全く考える気はなく、案を出すつもりもなかった。
何故ならこの話題は
そう、考えていた。
(てか何で白銀はそこまで海に行くの嫌がってんだ?かぐやが海に拘る理由はまあ、何となく察しがつくが)
かぐやが海に拘る理由は恐らく、白銀を水着で誘惑しようとかそういうものだろう。生まれてから16年、片時も離れず一緒に居たのだ。そのくらい読み取れる。
だが、先程からかぐやと白銀の論争を耳にしていたがやけに白銀が海に行く事を避けようとしている風に思えた。
一体何故──────
「あぁそうか。もしかして白銀って、か「スタアアアアアアアアアアアアップ!!!」…痛いんだけど」
思いっきり顔面を叩かれた。実際には白銀は総司の口を塞ごうとしたのだが、勢いよく振るわれた白銀の手は総司の顔面に衝突。見事な張り手音を奏でた。
「す、すまん…。だがな総司!」
「あーはいはい。黙ってりゃいいんだろ解ったよ」
口許を拳で擦る。かなり痛かった。今もヒリヒリして仕方ない。
総司が口にしようとした単語は、『金槌』である。白銀の先程の反応からして総司の予想は当たっているのだろう。そして、その事をかぐやに知られたくないのであろう事も。
(別にかぐやに知られても何もないと思うけどなぁ。…まあ、好きな相手の前では強がりたくなるもんか)
一人で考え込み、勝手に一人で解決する総司。
その間にも、かぐやと白銀の論争は白熱していた。
(うちのプライベートビーチに鮫なんて出た事ないだろ。ハンターなんていらんだろ。…まあ、白銀の反論を磨り潰すためなんだろうけど)
しかし展開は一方的だった。何とか敵陣のデメリットをあげつらおうとする白銀だが、捻り出した案は全てかぐやに封殺されてしまう。
(そういえばかぐやの部屋で見たな。『会長が言いそうな事VOL.42旅行編』…。おーぅ…)
ふと思い出す、かぐやの机の引き出しにあったノート。その下にはそれと同じ種類のノートがまだあったはずだが、まさか…、と考えたところで総司は思考を遮断する。
考えてはいけない。VOL.42という事はつまり、それ以外に最低でも41冊の──────等とは考えてはいけない。
「山は夏じゃなくても良いじゃないですか。海は夏しか行けないのですから」
「ぐっ…」
続けざまに夏といえば山派全員にダメージが入る強烈なストレートを叩き込まれた白銀。
「山は天気が荒れやすいですし、それに虫も多いですよ。蚊もいれば、蛾も毛虫も、蜂だっています」
ここで、これまではかぐやに何を言われようとも反撃の一手を探っていた白銀の表情が固まった。そして、総司は察した。
(あ、こいつ虫も苦手なのか)
どうやら白銀は色々と弱点が多いらしい。普段の振る舞いからはそんな風には見えないのだが。まあ、かぐやだって普段の振る舞いからプライベートでのポンコツっぷりを想像できる者などいないし、何と似た者同士のカップル(予定)な事か。
「…水着買っておくか」
総司がそんな事を考えている内に、白銀は山を断念する決断を下した。その隣でかぐやが勝利の笑みを浮かべる。
この直後、有頂天にいるかぐやをドン底に突き落とす言葉が飛び出てくる事など露知らず。
「あ、そうですねぇ~。私も去年のサイズ合わなくなっちゃって。新しいの買わなきゃ…っ」
「?」
藤原は自身の胸を見下ろしながらそう言った直後、目を輝かせながら総司の方を見た。
…何故?
「総司君総司君!あのですねぇ~…」
すると藤原はニコニコしながら総司の方へと歩み寄り、耳元に口を近付けた。
…何故だ。何故かデジャブを感じる。
「一昨日の「山にしましょう」へ?」
「は?」
何かを言おうとした藤原だったが、それを遮る様な形でかぐやが口を開いた。
「か、かぐやさん?さっきまで海にしようって言ってませんでしたか?」
「いえ。海はベタつくし人も多いし鮫も出ます。山にしましょう」
「さっき大丈夫だって言ってませんでした!?」
「いや海だ!山は雨も降るし虫も出る!海にしよう!」
「こっちもさっきと言ってる事違う!?」
「い、今起こった事を話すぜ…。ついさっきまで海と山で争ってた二人が何の前触れもなく突然意見を逆転させやがった…。何を言ってるのか解らねぇと思うが俺も何が起きたのか解らねぇ。超スピードとかそんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」
「総司君はボケないでください!私を一人にしないでくださいぃ!」
突然意見を逆転させた二人に乗っかる形でボケてみたのだが、藤原に怒られた。それも涙目で。
「山です」
「海だ」
「山」
「海」
「や」
「う」
「ま」
「み」
「お二人とも、落ち着いてください…、ね?」
再び論争を白熱させる二人。いや、もう論争というか子供の口喧嘩みたいになってしまっているが。
すると、二人は総司の隣の藤原に視線を向ける。
「埒が明かないな。こうなれば藤原書記に決めてもらおう」
「そうですね。お願いします、藤原さん」
「え!?わ、私ですか!?」
突然の事に戸惑う藤原。だが、藤原は二人の願いに答えるべく考え始める。
「えっとー…」
人差し指を口許に当て、斜め上を見上げながら、藤原は口を開いた。
「どちらかといえば海…ですかね?」
「っ!」
「…」
ガッツポーズする白銀。他人を呪えそうなどす黒い視線を藤原に送るかぐや。その事に気付いたのかはたまた否か、藤原は体を総司の方へと向けて更に続けた。
「でも、総司君の意見も聞きましょう!後々、石上君の意見も聞かないとですし!」
「…?」
首を傾げる総司。今、藤原は聞き捨てならない事を言わなかったか?
「藤原。石上は解るけどさ、何で俺?」
「え?そんなの決まってるじゃないですか。総司君も一緒に行くからですよ?」
「え」
「え?」
Why?
いや、本当に何で?
「俺も行くのか?」
「おいおい総司。何を当たり前の事を言ってるんだ。もうお前は俺達には欠かせない仲間だろう?」
「…」
体が震えた。寒いからではない。それなのに勝手に、体が震えた。
「…あれ?もしかしてそう思ってたのって俺だけか?」
「会長だけではありませんよー!私もです!」
「そうですね。私も同じ意見です」
言葉が出ない。
仲間。かぐやにならともかく、それ以外の人にそんな風に言われたのは初めてだった。
(あぁ…。かぐやが変わったのは、きっと…)
総司はようやく理解する。今まで解っていたつもりで解っていなかった。去年までの氷のようなかぐやが変わったのは、きっとこの暖かさに溶かされたからなのかもしれない。
「俺は生徒会役員じゃないぞ」
「今更だろ」
「今更ですね」
「今更だわ」
「…くくっ」
勝手に笑みが溢れる。本当に言う通り、今更だ。
「そうだな…。俺は──────」
その後、今日の分の仕事の存在を思い出すまで議論は白熱し、結果夏が来るまで保留という事に相成った。
それからは、議論が終わってからやって来た石上会計を巻き込んで大急ぎで仕事をやる羽目になるのだった。
「それじゃあ、今日は御苦労だったな皆。石上会計も。本来の仕事以外の事をやらせてすまなかったな」
「いえ…。それは良いんですが、どうしてここまで仕事が遅れてたんです?」
「あぁ、それはな…」
すっかり日も暮れ、辺りが暗くなり始めた頃、ようやく生徒会は本日の活動を終了し、解散となった。
途中から来た石上がいなけれな更に遅くなっていた事だろう。どころか、まず下校時刻に間に合っていたかも解らない。
「さて…。帰りますか」
「そうだな。じゃあ迎えを…」
「あ、総司君!」
これ以上ここにいる理由はない。総司がスマホで迎えを呼ぶべく番号を入力しようとした時、藤原に呼ばれた。
「ん、何だ藤原」
「あの、一昨日の埋め合わせの事なんですけど…」
「…かぐや。迎えはそっちで呼んでくれ」
「解りました」
くいくいと総司の制服の袖を軽く引っ張りながら、どこか言いづらそうにしている藤原。それを察した総司はかぐやに迎えを呼ぶよう頼んでから藤原に引っ張られるまま部屋の端まで行く。
そして藤原は背伸びして口を総司の耳元に近付ける。
ここでようやく総司は思い出した。先程の、今と似たシチュエーションで感じたデジャブの正体を。
完全に一致している、あの時と。
「埋め合わせですけど…。まだ先になりますけど、私の水着選びを手伝ってください」
「…は?」
呆けた声が漏れる。
みずぎえらび?
水着選び…。
(水着選び!?)
バッ、と勢いよく藤原を見る。藤原は悪戯気に、それでいてどこか少し恥ずかしそうに頬を赤く染めながら総司の顔を見上げていた。
「良いですか?約束ですよ?忘れないでくださいね?」
藤原はそう言い残し、鞄を手に生徒会室の扉へ足を向ける。
「それじゃあ、お先に失礼します~!また明日~!」
そう言う藤原に他の面々がまた明日と返事を返す中、総司は何も言えなかった。
「総司先輩、どうかしましたか?」
「は?…いや、何も」
言えるはずもない。藤原と藤原の水着選びを手伝う約束をしたなんて。そんな事を知られたら多分爆発する。総司が。
「…何てこった」
奇しくも、総司が呟いたのは一昨日のあの時と同じ台詞だった。
もう何も辛くないは増やしたい(石上の出番を)